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【so.】田口 吉美[2時間目]

 2時間目は生物室で授業をやるらしい。廊下へ出てロッカーから教科書を出していたら教室から和泉が出てきて目が合ったから、一緒に生物室まで行くことにした。後からつだまるも追いかけてきて、3人で歩いている。

「実験って何やんの?」

 ワタシが尋ねるとつだまるが答えた。

「観察とか言ってた」

「生きてく上で何の役に立つんだろうね。ワタシ、10年後にこの授業のこと感謝してる予感がこれっぽっちもないわ」

「思う思う」

 和泉が乗ってきたからワタシも調子づく。

「だいたい生きてく上で役に立たない授業って多くね? 現代文だって、あんな暗い小説が何の役に立つんだっつーの」

「意味分かんないよねアレ」

 のりんが見当たらないまま生物室へと着いてしまった。


 自分の班の席へ座ろうとすると、何故か同じテーブルにもじゃが座っていて、バレンタインデーがどうとか喋ってる。メガネがやって来て慌てて自分の席へ帰っていくもじゃ。ワタシは面白そうだから曽根に話しかけてみた。

「誰かにチョコ渡すの?」

「タイラーがね」

「だめだめだめ」

 慌てるタイラー。こいつが誰かにチョコを渡すのか?

「いーじゃん」

「通ってる塾の先生にあげるんだって」

 さらっと曽根はそう言った。

「へー」

 相槌は打ってみたものの、何の意外性もないつまらない話。まあ所詮こいつらは塾の先生相手にキャーキャー言ってるのがお似合いだ。

「どこまで行ったの?」

 ちょっと意地悪な質問を投げてみることにした。

「えっと、まだ、なにも」

「キスも? 今までにしたことは?」

 畳み掛けるように聞くと、タイラーは俯いたまま目を合わそうとしない。

「ごめーん、悪いこと聞いた」

 こいつらにそんな経験がないことくらい百も承知だ。ワタシは終業式の前の日のことがまだ夢のようだったから、ついそれを言いふらしたくなったのだ。

「私あるよ」

 驚いたのは、曽根が対抗してきたことだ。

「何回?」

「いちいち数えたこともないよ」

 曽根のその見下すような態度がムカついた。

「その先は?」

「セックス? 両手じゃ足らない」

「誰とよ!」

 ついつい声を荒げてしまった。

「私、高校から編入したから、中学まで共学だったんだよね」

 中学の時に男とヤってたのがそんなに偉いって?

「何それ自慢?」

「別に自慢するような事でもないでしょ?」

 そう言って曽根はワタシに目もくれず、ポケットから取り出したスマホをいじりだした。何なんだこの女。確かにワタシはこの間初めての体験だったかもしれないけれど、その早さに優劣なんてあるのか? 何か言い返したくっても更なる返しが飛んできそうで言葉が出てこない。

「はいこれに書いて下さいねー」

 ちょうど生物の島田のじじいがプリントを配っていったから、それを1枚ひったくると、隣の班のやまちのところへ移動することにした。やまちの班は椅子がひとつ開いているから、そこへ座ると、隣のやまちが声をかけてきた。

「どうしたの?」

 ワタシは怒りを噛み殺しながらなるべく冷静に答えた。

「曽根むかつく」

 キョロキョロと見回して状況を察したらしいやまちは、ノートにささっと走り書きをして見せてきた。

「いいんちょうこわい」

 その文字を見て、やまちの向かいに座っている委員長の顔を見ると、口をとんがらせてプリントに文字を書き込んでいた。こっちはこっちで事情があるらしい。ワタシは諦めてニッコリ笑ってみせると、授業中は口を開かないようにした。やまちが見せてくれたプリントを写して提出したから、結果、自分の班にいるよりは楽できたかもしれない。


「曽根がさ、中学の時、男とヤりまくってたって自慢してきてさ」

「え~、何それ意外~」

 授業が終わって、やまちと喋りながら教室へ向かって歩いている。

「そんなん自慢するようなこと?」

「いーや」

「でしょー? ビッチじゃんか」

「ビッチって」

「淫乱だわ。淫乱女」

「意外な一面だなあ」

「クラスの女子のこと見下してんだわ、きっと。嫌な女」

 イライラするし次はどうせグラウンドで体育だし、バックレたいなあと思っている。

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