【so.】青江 つぐみ[4時間目]
4時間目の書道はいつも、視聴覚室の床の上だから寒くて嫌になっちゃう。紙に向かって筆を走らせるのは楽しいから好きだけど。
「つぐちゃんさぁ、朝に言ってたこと、他に誰かに話した?」
制服に着替えていたら、やまちーがひそひそ声で尋ねてきた。さっきアヤリンとまこちんに相談してしまったけれど、そういえば、やまちーに口止めされていたんだった。
「ううん、言ってない」
ウソついちゃった。
「それがいいよ。ホラ、誰が足を引っ張ってくるかわかんないしね」
そうだよね。やまちーは優しいなあ。
視聴覚室には畳が並べてあって、わたしは先生の真ん前に座って道具を広げた。
「新年最初の授業だから、書き初めということになるンだけど、新年の目標だとか意気込みだとかもっともらしく書いたってつまらないからやめとこう。書は自由に、思いを込めて書いて欲しいから、このお題で書いてみて」
坂倉先生はホワイトボードに「このクラスに必要なもの」と書いた。
「正直に書いてみて欲しいから、名前は書かなくていいよ。ハイ、出来た人から見えないように持ってきて」
そう言って先生はすとんと座ってしまった。
「先生! 他の人に見えないように書いたほうがいいんですよね?」
委員長が質問すると「見せびらかしたくないなら」という答えだったから、みんなそれぞれ壁のほうを向いてしまった。さて、何を書こう。何だろうな。うーん。やっぱり、分かってくれるかなとか、不安に思うことなく言ってしまえるクラスだったら良いな。なんでも分かってくれるのがいい。そういうことかな、うん。
「理解」
まあまあ上手く書けたと思ったから、半紙の上と下をつまんで真ん中をたわませて、みんなには見えないように持っていって先生に渡した。ぽつぽつと書けた人が先生に渡していって、みんなが書けたらそれを先生が前に貼りだした。
「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」
横一列に貼りだしてみて、しばらく眺めていた先生は、振り返るなりこう言った。
「きみたちのクラスは戦争でもやってんの?」
そんなこと言われてもねぇ、って言うみたいに、橋本さんが肩をすくめた。やまちー、伊村さん、わたし、橋本さん、委員長、まこちん、そねちゃん、もじゃ。これだけの人数なのに様々な言葉が飛び出してきて、先生はちょっと驚いたようだった。
「理由は聞かないけど、この断罪っていう字ね。ちょっとびっくりする言葉だけど、思いがこもっていて良いと思う。良い思いじゃないけどね!」
先生はそう言って朱で大きな丸を書き入れた。
「ちょっと先生、パンドラの箱を開けちゃったみたいな申し訳なさがあるから、次はこのお題で同じように書いてみて」
ホワイトボードに書かれたのは「このクラスの誇れるもの」だった。
何だろうなー、朝に相談したら委員長ややまちーがアドバイスくれたり、体育の時間でもアヤリンたちが親身に聞いてくれたり、そういうところかなあ。よし、決めた。わたしは思いを込めて書いた文字を持っていった。みんなだいぶ悩んでいたみたいだった。
「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」
それらの言葉を、また先生はしばらく眺めてから、振り返って言った。
「性格悪いやつがいるね」
そしてわたしの書いた「親切」に丸をつけてくれた。やったあ。
「性格は文字に表れるからね。この親切って文字、すごく性格の良さが出てる」
お昼ごはんの前に誉められると、ごはんが美味しく食べられそうで嬉しいなあ。
「さっきの『親切』、つぐちゃんでしょ?」
授業が終わると、伊村さんが言ってきた。
「ひみつー」
「わかるよ。つぐちゃん性格いいもん」
伊村さんと話しながら渡り廊下に差し掛かったら、校舎棟の屋上に人の気配を感じて見上げてみた。逆光でよく分からないけれど、長い髪が風になびいて、誰かが立っていた。
「飛び降り?」
伊村さんがつぶやいた。うそ、なんで?
屋上の誰かが飛び降りた瞬間、無意識にわたしは叫び声をあげていた。中庭に墜落していく人影が地面にぶつかるそれより前に、横に立っていた伊村さんが腰を抜かして座り込むのに目が行った。そのおかげで、その瞬間は見なくて済んだ。いつもクールな伊村さんが腰を抜かした驚きと、飛び降り自殺が目の前で起きた衝撃とがないまぜになって、よく分からない感情が心のなかでぐるぐるぐるぐる回り続けていた。
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