【so.】堀川 国子[4時間目]
制服に着替えてロッカーから書道の道具を出していると、教室からまことが出てきた。
「まこと、行こうよ」
新年最初の授業だから、書き初めをするんだろう。新年らしい言葉を考えながら、話しながら視聴覚室まで歩いていった。
「新年最初の授業だから、書き初めということになるンだけど、新年の目標だとか意気込みだとかもっともらしく書いたってつまらないからやめとこう。書は自由に、思いを込めて書いて欲しいから、このお題で書いてみて」
坂倉先生はホワイトボードに「このクラスに必要なもの」とだけ書いて座った。
「先生! 他の人に見えないように書いたほうがいいんですよね?」
みんなキョトンとしていて困っていたようなので尋ねてみた。
「見せびらかしたくないならねー」
先生からは、それだけ。仕方ないから適当な壁際の柱の前に道具を広げて墨を擦った。クラス委員長としてクラスを俯瞰して見ると…自然と頭に3文字の言葉が浮かんできた。
「協調性」
個人主義といえば聞こえはいいかもしれないけれど、不干渉、無関心のバラバラなクラスには、協調性が一番不足しているように思っていた。我ながらなかなかにいい字が書けたのですぐに持っていった。他の人たちはまだ壁に向かって悩んでいるらしい。すぐに出てこないようなら問題の認識が出来ていないってことだろう。ひとり、またひとりと先生に提出に行くのを、静かに見つめていた。
「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」
ホワイトボードに張り出された文字を数分見つめていた先生は、振り返ってこう言った。
「きみたちのクラスは戦争でもやってんの?」
戦争というのか内戦というのか冷戦というのか。何か腹に一物抱えた人が私の他にもいるってことだけはよく分かった。それにしても断罪だなんて。まるでみんなが何かの罪を犯したみたいじゃないか。一体誰がそんなことを。
「理由は聞かないけど、この断罪っていう字ね。ちょっとびっくりする言葉だけど、思いがこもっていて良いと思う。良い思いじゃないけどね!」
朱で丸を入れて、先生は次のお題を出した。
「ちょっと先生、パンドラの箱を開けちゃったみたいな申し訳なさがあるから、次はこのお題で同じように書いてみて」
ホワイトボードに書かれたのは「このクラスの誇れるもの」というお題。誇れるもの? そんなもの、ある? 今度はずいぶん悩んだ。何人か提出しているのに、まだ思いつかない。考えた末に、皮肉を込めて「距離感」という3文字を提出した。
「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」
なし、って…またはっきり書くもんだ。それに無関心って、ネガティブなことじゃないか。
「性格悪いやつがいるね」
本当にそう。また数分、張り出された文字を眺めていた先生は「親切」に丸をつけた。取ってつけたような茶番。
「性格は文字に表れるからね。この親切って文字、すごく性格の良さが出てる」
こんな呆けた字を書きそうなのは、つぐみちゃんくらいでしょうね。みんながつぐみちゃんの方をちらちら見ているようでもあった。
「なにが断罪よね。異常だわ」
授業後、まことと廊下を歩きながら愚痴ってしまった。
「何て書いたの?」
「私? 私は協調性」
このクラスの団結していない所に不満はあったけれど、それが罪だとか、そんな酷い捉え方まではしたことがなかった。このクラスの澱みを露わにされたようで、怒りを通り越して吐き気がした。教科棟を出て渡り廊下に差し掛かると、つぐみちゃんが叫び声を上げた。
「きゃああああああああああああああ」
瞬間、少し先の辺りに誰かが墜落して、1つだったものが分解して飛び散った。誰かが死ぬ場面には、もう二度と立ち会いたくないっていうのに。
目の前で目撃したらしい伊村さんがぺたんと尻餅をついて、時間が止まったみたいな静寂が訪れた。
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