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【so.】橋本 忠代[4時間目]

「やまちさあ、今朝の面談、何を聞かれた?」

 視聴覚室へ、次の書道の為に歩きながら、私は前を歩いていたやまちに声をかけた。やまちは迷惑そうな表情を露骨に現した。

「あんまクラスで話しかけないでって言ったじゃん」

「廊下だよ」

「そうじゃなくて」

「面談。何答えた?」

「何でそんなこと聞くのよ」

「知りたいから」

「何で答えなきゃいけないの」

「やまちさあ、終業式の朝、他に誰かいたんじゃない?」

「えっ」

「やまちが自分で発見して、自分で判断して先生に知らせに行ったの?」

「……」

「何か隠してない?」

「隠してないよ」

「先生には実際に知らせに行ったみたいだけど、その最初のところがね…」

「なによ」

「やまち、疑われてるよ」

「誰に」

 話していたら視聴覚室へ着いてしまったから、私は話を打ち切った。可哀想だけれど、これくらいの方が多分良いんだ。私の予想では、4時間目の最後にはやまちの方から教えてくれるはずだ。


「新年最初の授業だから、書き初めということになるンだけど、新年の目標だとか意気込みだとかもっともらしく書いたってつまらないからやめとこう。書は自由に、思いを込めて書いて欲しいから、このお題で書いてみて」

 書道の坂倉先生がホワイトボードに書いたのは、「このクラスに必要なもの」という題。

「正直に書いてみて欲しいから、名前は書かなくていいよ。ハイ、出来た人から見えないように持ってきて」

 先生は座ってしまってほったらかし。

「先生! 他の人に見えないように書いたほうがいいんですよね?」

 堀川さんがみんなの困惑を代弁するように質問すると「見せびらかしたくないなら」という答えだけ返ってきた。このクラスに必要なもの…か。

「真実」

 それしかない。私は真実が知りたい。気合を入れて二文字を書き上げると、先生の所へ提出した。

「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」

 ホワイトボードに張りだされた私たちの習字に対して、先生は1、2分黙って眺め、振り返ってこう言った。

「きみたちのクラスは戦争でもやってんの?」

 私の方が聞きたいくらいだ。思わず肩をすくめた。

「理由は聞かないけど、この断罪っていう字ね。ちょっとびっくりする言葉だけど、思いがこもっていて良いと思う。良い思いじゃないけどね!」

 朱で大きな丸が入れられて、次のお題が出された。

「ちょっと先生、パンドラの箱を開けちゃったみたいな申し訳なさがあるから、次はこのお題で同じように書いてみて」

 そのお題は「このクラスの誇れるもの」で、私はちょっと考えた。年末にあんな出来事があったのに、表向きは静かに過ごしている皆のことを。クラスメイトが欠けても日常は続いていき、私の焦燥や不安なんかこれっぽっちも意に介さずに流れていく。無関心とかそういうものじゃない。きっとみんな、静かに悼んで過ごしているのだ。それはこのクラスの美徳かもしれない。私は筆を執ってこう書いた。

「平穏」

 ホワイトボードに張られたのは次の言葉たち。

「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」

 それを眺めていた坂倉先生は、振り返るとこう言った。

「性格悪いやつがいるね」

 そして「親切」に丸をつけた。

「性格は文字に表れるからね。この親切って文字、すごく性格の良さが出てる」

 なんとなく、つぐみちゃんが書いたんだろうなって思った。やまちじゃないだろうな、まさか。


「ハシモー。終業式のことなんだけど」

 視聴覚室を出ようと靴を履いていたら、やまちが声をかけてきた。

「うん」

「あの日は朝、たまたま外でナオと一緒になったから、ふたりで教室まで行ったんだ」

細田さん?」

「そう。で、その…アレがあって…腰が抜けちゃって…そしたらナオが、先生に知らせてきてって言って、それで何とか知らせに行けたんだ」

「そっか。大変だったね」

 ちょっと泣きそうな感じのやまちをなだめながら、ちらちら表れる細田さんの名前に奇妙なものを感じていた。やまちと並んで廊下を歩いていたら、渡り廊下の手前くらいで大きな悲鳴が聞こえた。それは私の夢想していた平穏をぶち破るのに相応しいものだった。

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