【so.】津田 満瑠香[4時間目]
「つだまるー、ミルクティー買いに行こう」
体育が終わって着替えていたら、のりんに声を掛けられた。あたし達には暗黙の了解があって、下駄箱のそばの自動販売機まで飲み物を買いに行ったらそのまま、あたしが鍵を持っているバスケ部の部室へ行って次の授業をサボるというものだった。次は美術で、あたしは別に出てもいいんだけど、のりんに言われたら断ることが出来なかった。イズミンも来るかと思ったけれど、何だか神妙な面持ちだったから声は掛けなかった。
「さっきマジでビビったよね」
「あー、ヨシミ?」
卓球でイズミン相手に吠えたヨシミの姿を思い浮かべながら、ミルクココアの缶をプシュッと開けた。寒くかじかんだ手の平を、ホットドリンクの缶が癒していく。
「イズミンがなんかしたの?」
口元のマスクをいじりながらのりんが尋ねる。
「そういえば委員長にもなんか変なこと言われてたっぽい」
「何だそれ。コエー」
バスケ部の部室の鍵を開けて中へ入った。暖房なんて効いてないから、想像以上に寒かった。
「さ、さ、さみいー」
あたしはココアの缶を、両手でぎゅうっと握りしめた。
「そんなに? 教室の方がずっと寒ぃーし」
のりんは適当な椅子に腰掛けた。電気をつけたら先生にバレそうだからつけない。体育館の半地下にある部室はジメッとしているが、窓から入る明かりでそこまで暗くはない。椅子の座面の冷たさが想像できるから、あたしは部室の真ん中に立っていた。
「つーかヨシミおかしくね?」
「元々あんなじゃん」
「そのまんまだからおかしいっつーの」
「あー」
「よく平気でいられるよね」
そうつぶやいてのりんはロイヤルミルクティーをごくりと飲んだ。私としてはもうこの話題に向き合うのは嫌だった。
「やまちも凄いよね。あたしなら、あそこでヨシミに声掛けれないわ」
「ヨシミに擦り寄ってんでしょ、あのチビは」
「あのコ色々考えてそうだもんねー」
うまく矛先をやまちに逸らせたか。あんた達のパワーゲームに巻き込んでくるなよな。
「そうだ、のりん、猫好き?」
「えー、ふつう」
「普通!? 人間って、犬好きか猫好きに分かれるでしょ?」
「あたし文鳥が好きだわ。手乗り可愛いぞー」
文鳥のことなんて知らないから無視して言った。
「じつは体育館裏に猫が住んでて、窓から見えるんだ。見る?」
怪訝そうに押し黙るのりんを無視して、あたしは窓を開けた。体育館裏はコンクリート舗装されておらず、グラウンドと同じような地面が3メートルぐらいの幅で体育館を囲んでいて、外側に一定の間隔で植栽が並び、さらにその奥に、元々はお城だった事をうかがわせる城壁がそびえていた。
「あそこに猫ちゃんがいるのよ~」
植栽のひとつの根元を指差すと、のりんも窓際へやって来てそれを見た。
「あの箱?」
「あれがおうちにしてるダンボールで、その脇にいるでしょ」
「あの倒れてるやつ?」
「寝てるんじゃない?」
「伸びきってる」
言われてみれば確かにちょっと不自然な体勢だ。
「おーい猫ちゃーん」
「死んでんじゃねーの?」
「なわけないでしょ! ちょっとのりん酷い」
あたしは部室を飛び出して、ぐるっと回って猫のいるところまで駆け寄った。
「なにこれ!」
ダンボールの脇には猫の餌が散らばっていて、猫は口元から何か吐き出したまま横たわっていた。
「つだまる!」
窓を乗り越えて、半地下の通路から地上へ這い上がってのりんが駆けてきた。そしてそれを見て「げぇ」と小さくつぶやいた。
「誰か先生呼びに行こう!」
のりんがあたしの右手を強く引っ張って歩き出した。その時に遠くの方で悲鳴が聞こえて、大きな音がしたんだ。
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