【so.】津田 満瑠香[2時間目]
授業が終わると、厚着ののりんが教室を飛び出していった。あたしは左隣のイズミンに話しかけた。
「ねえ、さっきのさ」
「書き込んでみればいいじゃん」
イズミンは投げやりにそう言った。何をそんなにイラついているんだろうか。
「このクラスの誰か?」
「なんでしょ。大体想像つくけど」
そう言ってイズミンは教科書を机に投げ込むと席を立った。
「あっ待ってよ」
慌てて生物の教科書とノートを手にすると、イズミンの後を追いかけた。なんでここまであの件で開き直れるんだ。冷血かよこの女。もうこの話題をこれ以上振らないほうがいいんだろうか。
廊下へ出るとヨシミがロッカーから荷物を出していて、なんとなくイズミンとあたしと一緒に生物室へ行くことになった。
「実験って何やんの?」
「観察とか言ってた」
ヨシミはそれを鼻で笑って、語りだした。
「生きてく上で何の役に立つんだろうね。ワタシ、10年後にこの授業のこと感謝してる予感がこれっぽっちもないわ」
ま、そりゃそうなんだけど。この言ってやった感に同意出来ないんだよな、と思ってイズミンに顔を向けると、軽く頷いてきた。
生物室に着いて席について先生がやって来ても、のりんの姿が見えない。
「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」
島田のじいさんがいつものように小声でぼそぼそ喋り出した。あたしはキミと一緒に、机の上の顕微鏡のダイヤルをいじっている。
「ビニール袋に少量の水とメダカを入れた物を用意したので、各テーブルからひとり、取りに来てくださいねぇ」
向かいの橘さんがすっと立ち上がって取りに行った。熱心な人が班にいると楽でいいわ。
「これ見えるかな?」
キミが鉛筆の先を顕微鏡のレンズに近づけていた。
「見えないっしょ。黒いもん」
「何も見えねー」
橘さんが魚を持って戻ってきたので、顕微鏡を任せてあたしはスマホを取り出した。のりんの席が空いている。実験をサボるつもりだろうか。あたしはFILOでメッセージを投げた。
「ばっくれ?」
すぐに返事が返ってきた。
「出るよ」
やがて教室の後ろのドアが開いて、のりんがコートを抱えて入ってきた。どこか外へ行ってきたんだろうか。
「見えたよ」
橘さんがこっちに顕微鏡の覗くとこを向けてくれたから、身を乗り出して覗いてみた。何やら半透明な血管みたいな所に、勢い良く流れているものが見えた。
「こんな小さい魚でも生きてんだねぇー」
少し感心して、自然と口から言葉が出ていた。
「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」
テーブルまでやって来た島田じいさんは、指をぺろっと舐めて、その手でプリントをめくって渡してきた。その危険地帯を指差して、キミとニヤニヤ顔を見合わせた。臭いんだろうなあ。ふとあたしの左斜めに座っているツッキーを見ると、黙々とプリントに書き込んでいた。それを橘さんが覗き込んでいて、ぼそっと言った。
「月山さんってさ。絵、上手いよね?」
「え、そうかな」
どれどれ、と身を乗り出してみると、確かに上手なスケッチが描かれていた。
「ほんとだ。ツッキー見せて。写させてー」
強引にツッキーのプリントを奪うと、その通りに写してみた。つもりだったけど、なんだか残念な仕上がりになった。一緒に写していたキミも、中途半端な絵を完成させた。
「何が違うのかな?」
「才能?」
あたしの人生に、絵描きになるという未来が無いことだけは理解が出来た。
ツッキーにプリントを返して、キミとどうでもいい話をしてたら授業が終わって、また少し心の緊張が緩んできたのが嬉しかった。
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