【so.】橋本 忠代[昼休み]
「それは天の主の与えたもうた試練です」
お得意のキリスト教的観念論に持ち込んだ校長先生のお話が延々と続いている体育館の冷え切った床の上。もじゃの背中を見つめながら、さっきの出来事を思い返している。
4時間目が終わってやまちと話しながら教室へと戻る途中、渡り廊下で屋上から人体模型が降ってきた。丁寧に制服が着せてあって、自殺を模した悪趣味なイタズラだろうっていう結論になった。それで終われば良かったのだけれど、学校という小さな社会での大きな事件だとそうはいかない。教室へ集められた後に体育館へ全員で移動して今、校長先生の訓話が繰り広げられている。
「その試練に対峙したとき、頼りになるのは本校の朋友たちです」
さっき嗚咽を漏らした校長先生は震える声でそう言うけれど、この長い長い独演会という試練では残念ながら朋友たちでさえ頼りにできない。ただひたすら終わるのを凍えながら待つのみだ。
「先生たちです」
そう言うけれど、見回しても頼りになりそうな先生に目が当たらない。全校集会のはずなのに保健の宮本先生の姿はないような気もする。ただ単に誰か病人がいるだけなのかもしれないけれど。
「非力ながらわたくしも力になります」
声を震わせながら熱弁を振るう校長先生には悪いけれど、このひと月ほどの間の出来事には何の助けにもならなかったように思う。お通夜に参列してお悔やみを述べただけで、年が明けてからは三条先生の面談しか行われていないのもそれを物語っている。三条先生からは何の説明もないし、何の解明もしていない。いったい郷さんが亡くなった理由は何だったのか。私はずっとそれを知りたいのだ。
一回整理してみよう。2学期の終業式の前日、4時間目の体育が終わると、郷さんのヘアピンがなくなっていた。郷さんはパニックを起こしたみたいに騒いで、教室に残っていたみんなで探したけれど、見つからなかった。
ヘアピンがなくなるなんてよくあることだし、あの時は何をそんなに大騒ぎするんだと思わないでもなかった。幼馴染の田口さんから貰った大事なものだったらしいから、そういうもんかなと納得したつもりでいたけれど。ただ、当の田口さんはその日、学校を休んでいて不在だったから、普通に考えればヘアピンをなくしたことを田口さんが知ることはないのだけれど。細田さんが言う和泉さん説では、田口さんがヘアピンのことを知って激怒して、郷さんは追いつめられたという…。たとえばFILO上で郷さんが田口さんに謝って、けれど田口さんは許さなかった、っていう筋書きだろうか。その辺りの真相は田口さんに確認してみないといけないけれど、答えてくれるだろうか。体育の時の田口さんの怒鳴り声を思い出すに、気が引ける。
次が終業式の朝の件だ。ひとりで登校してきたやまちが、教室で首を吊って死んでいる郷さんを発見したっていうことになっていたけれど、これはさっきやまち本人から、その時に細田さんも一緒だったと聞いた。腰が抜けてしまって動けないやまちに対して、先生に知らせてくるよう促したのが細田さんらしいのだけれど、何故そのことがやまちひとりの手柄になってしまっているんだろう。これは細田さんに話を聞いてみないといけない。
田口さんと細田さんに話を聞くことで、何か謎が解明するだろうか。それをしたところで何か得るものがあるだろうか。残念ながら私は郷さんとそこまで仲が良かったわけではない。悪かったわけでもなく、ただ単に接点がなかったというだけ。けれど同じクラスの子が謎の自殺を遂げたなら、その真相を知りたいと思うのは自然なことではないのだろうか。毎日、郷さんの机の上に置いてある花瓶と菊の花を見るたびに、私に何か出来たことはなかっただろうかと自問するのだ。
考え込んでいると校長先生のお話は終わり、教室へ戻るように言われた生徒たちがぞろぞろと廊下へ出て歩き出した。
「アンタが死ねば良かったよ」
廊下に突然響いた大きな声と、何かを強く叩いた音。声の主は埋田さんで、叩かれたのはどうやら田口さんの頬のよう。教室へ戻れば中島さんが椅子に当たっていた。誰も彼もがピリピリしている。いったい何がここまで事態を悪化させてしまったのだろう。
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