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【so.】井上 真[昼休み]

「つぐちゃん、大丈夫?」

 叫び声をあげて固まってしまったつぐちゃんに声をかけたけど、返事はない。尻もちをつきそうなイメージがあったつぐちゃんではなく、伊村さんが尻もちをついたことには驚いたけれど、そんな伊村さんは立ち上がって空から落ちてきた遺体?に近づいていき、みんなに知らせるように大きな声で言った。

「人じゃない!」

 そういえば飛び降り自殺って、トマトを潰すみたいにぐちゃぐちゃになるもんだと思っていたけれど、固いものがばらけただけのような感じに散らばっている。伊村さんの近くに堀川さんが寄っていって、何か会話をしている。

「みんな安心して、これは人体模型です」

 振り向いた堀川さんは、努めて冷静に言った。でもその声は上ずっていた。

「ホントだ。気持ちわりー」

 和泉さん津田さんたちが、散らばっている人体模型の部品を触りだした。わたしはこれが落ちてきた屋上を見上げてみたけれど、太陽が眩しいほかには何も変わったことはなかった。

「おいっ! 教室に戻れ!」

 息を切らせながら駆けてきた三条先生がそう叫んだ。

「教室で待機だ! いいか堀川、指示があるまで全員を教室から出すなよ」

「は、はいっ」

 みんな教室へと歩きだした。つぐちゃんは動かない。

「つぐちゃん、歩ける?」

 つぐちゃんは、引きつった笑いを浮かべて言った。

「まこちん、あのね、足が動かないんだ…」

 これが硬直っていうやつだろうか? わたしはつぐちゃんの左手を肩に回してみたけれど、イメージしたみたいに肩を貸して歩くことができなかった。

「あれ、おかしいな」

 わたしがもたもたしていると、つぐちゃんを挟んで反対側にそねちゃんが近づいてきて、つぐちゃんの右手を肩に回した。

「まこちん、せーので持ち上げよう」

「うん」

「せーのっ」

 そねちゃんと息を合わせてつぐちゃんを持ち上げる。

「ふたりとも、ありがとうー」

 つぐちゃんは力なく言ってうなだれた。

「あーもーつぐちゃん、せめて立って」

 わたしはそねちゃんと休み休み、教室までつぐちゃんを運んだ。結構たいへんだったから、ほかの余計なことを考えなくて良かった。


「委員長、お昼食べていいの?」

 教室に戻ると、教卓の前に堀川さんが立って、みんなの質問に答えている。

「教室から出るなってことなんで、買いに行ったりはダメです」

「えええー!!!」

 新藤さんの大げさな声がして、少しだけみんなの気持ちがほぐれたような気がした。わたしはお弁当を食べたかったけれど、パンを買いに行きたいのに行けない人がいるのに悪い気がして、みんなと同じようにただ席に座っていた。しばらくすると放送が入って、体育館に集合するようにとの指示がされた。みんな文句を口にしながら教室を出る。ちらりと視界に入ったのは、自分の席に座ったまま、ぼんやりしている郷さんの姿だった。


 寒い廊下を空腹のまま、みんな何も言わずに体育館へと歩いた。臨時の全校集会になったようで、冷たい床に体育座りをして、校長先生からのお話を聞かされることになった。最初はさっきの事件の話のはずが、いつの間にやら学校の歴史の話にすり替わっていた。

「先々代…初代校長は、愛の人でございました。愛に生まれ愛に生き、愛を分け隔てなく分け与え、皆の愛を受けて天へ旅立たれた、そういった人でございました。そんな先々代の熱い想いを受け継いで本校を発展してまいりましたのが先代の校長でございます」

 わたしは前に座っている和泉さんの丸まった背中を眺めながら、校長先生の話を聞き流している。

「わたくしは生徒として先代の校長の薫陶を受けました。本校で身に着けた慈愛の精神、それはわたくしの規範であり、人生のすべてです」

 おなかが鳴った。なんでこんな目に遭っているんだろうなと考えた。

「先代から引き継いだわたくしなりに、一生懸命、身を粉にして尽くしてきたつもりでありましたが、まだまだ未熟であったようです」

 わたしじゃない誰かのおなかの鳴る音がして、朝に作ったお弁当のごはんに何のふりかけをかけたか思い出そうとした。さけかたらこか、のりのどれか。さけのふりかけが食べたいなって思ったら、またおなかがグゥと言った。

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