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【so.】月山 綾[昼休み]

 まっさはすぐさま現場の写真を撮りだした。たとえば私たちが難なくシャーペンで文字を書くように、彼女にとっては条件反射のように対応できるんだろう。張り詰めた空気の中に乾いたシャッターの音がする。

「人じゃない!」

 真っ先に近づいていった伊村さんが叫んで、続いた委員長が翻訳するように声を上げた。

「みんな安心して、これは人体模型です」

 その声で、落ちた人体模型を囲む人がちらほらと出てきた。まっさはその様子をあちこち移動しながら撮影している。私は足元に名札が転がっていたのに気がついて、咄嗟に制服のポケットに突っ込んだ。

「おいっ! 教室に戻れ!」

 走ってきた三条先生が、まっさに向かって叫んだように見えた。虚を突かれたような表情のまっさの手を引いて、私は強引に歩き出した。

「アヤリン、痛いって」

「なんでこんな時まで写真撮ってんの!」

「こんな時だからじゃん? アヤリン、その時歴史は動くんだぜ」

「意味わかんない」


 教室へ戻ると、中は終業式の朝と同じ空気だった。お昼を食べていいのかって理由で新藤さんは委員長とモメていた。その様子でクラスの雰囲気が少し和んだ気がしたけれど、臨時の全校集会を行うから体育館へという放送があって、みんな口数も少なく廊下を歩いた。気の重い行進だった。

 校長先生の話が始まる前に、私は姉ちゃんから聞いた話を思い出していた。10年以上前にも、うちの学校で生徒の自殺があったこと。姉ちゃんの入学するよりも前のことだから詳しいことは何も分からないけれど、その時も大変な騒ぎだったらしい。

「きっとその時のことを覚えている先生方もいるんだろうけれど、誰も口を開こうとしないんだよね」

 そう言って姉ちゃんからはそれ以上の情報を得られなかったから、私にも詳しいことは調べることができない。歴史は繰り返すというけれど、そういうことなんだろうか。

「先々代…初代校長は、愛の人でございました」

 体育館では校長先生がずっと話し続けていて、ついに得意のやつが始まったと思った。

「愛に生まれ愛に生き、愛を分け隔てなく分け与え、皆の愛を受けて天へ旅立たれた、そういった人でございました」

 学校の成り立ちとその歴史について、校長先生はことあるごとに話し始めて時間を長くする特技を持っていた。

「そんな先々代の熱い想いを受け継いで本校を発展してまいりましたのが先代の校長でございます」

 さすがにお腹が空いたなと思いながら、私は前に座る橘さんの背中、制服の繊維をひと筋ずつ数えていた。


山浦でしょ? 犯人」

「マジで?」

 廊下を歩いていて、田口さんたちのグループが口を開いた。

「いないじゃん、アイツ」

 そんな会話が聞こえてきて、さっき山浦さんから送られてきたメッセージのスタンプを思いだした。とっつきにくそうに見えるけれど、お茶目な所があるように見えた山浦さん。郷さんと仲が良かったことは知っていたけれど、それ以上何も知らなかった。

「ホントに死ねば良かったのにねー」

 忌々しげに吐いた田口さんの言葉に思わず顔を上げた時にはもう、その頬を強かに打つ音が響き渡っていた。

「アンタが死ねば良かったよ」

 そう言い捨てて去っていく埋田さん。私にはあの行動が取れただろうか。

「それはないわ。見損なったわ」

 福岡さんも田口さんに言い捨てて、頬を押さえたまま動けない田口さんの背中を、細田さんが優しくさすっていた。


 教室へ戻っても山浦さんの姿はなく、中島さんが彼女の椅子を蹴りつけて大きな音を響かせた。時計の針はもう1時を回っている。

「でもさ、たまきちゃんが犯人って決まったわけじゃないよね?」

 誰かの泣きそうな声が聞こえる。学校にこれだけの騒ぎを起こした心の内を、私ははっきり想像することができない。仲が良かった友達の自殺を思い出させるような騒ぎを起こして、いったい山浦さんは何を訴えたかったのか。私はポケットへ手を入れると、さっき拾った名札の表面に刻まれた文字を撫でてみた。落下の衝撃でヒビの入った名札には「山浦」と刻まれていた。

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