【so.】川部 心[4時間目]
「川部氏、驚嘆いたしましたぞ」
小ホールから教室への道すがら、荘司氏と歩いていた。さっきの卓球トーナメントで披露した私の実力を、心の底から賞賛してくれているようだった。しかしありがたいけれどそれを素直に受け止められない自分の自身の無さよ…。
「たぶんさっきのが私の学生生活のピークになると思います」
「そのようなことはありますまい」
「だといいですが…」
実際、残り1年ちょっとの高校生活で、さっきよりも陽の目を浴びるようなことはおそらく訪れないだろうと思えた。
教室へと戻って制服に着替え、選択授業の音楽で音楽室へ。着替え終わった橘氏が椅子に座ってじっとしているので、荘司氏が声をかけた。
「橘氏、音楽室へ行きませう」
「ごめんね、タイラー待ってるんだ」
「左様ですか。では失敬」
橘氏ともう少しJ-MENについて話したいところだったけれど仕方がない。荘司氏と一緒に音楽室まで歩くことにした。もうすぐ昼とはいえまだまだ廊下は寒い。階段を登って教科棟の最上階へ辿り着くと、音楽室の前に栗原氏がいるのが見えた。
「栗原氏、先刻はどうされた?」
そういえば、自分の試合に夢中だったけれど、栗原氏は体育の時間にいなかったような気がする。
「ちょっと気分悪くて、保健室に」
栗原氏はうつむきながらそう答えた。
「川部氏が凄かったのですよ。卓球のトーナメントで優勝したんです」
「へえー、凄い」
栗原氏が私へと顔を向け、驚いたような顔をした。
「それほどでも…」
「運動部の人たちにも勝ったんでしょ?」
「ええ、まあ」
「凄いじゃない。わたしには出来ないな」
少し嬉しさを覚えた。
「栗原氏に言われるともうちょっと誇っても良いような気がしてきました」
栗原氏はふふふと笑った。
席に座ってもまだ先生はやって来ないようなので、スマホを開いて裏サイトを見てみることにした。
「グダグダ言ってねーで行動で示せよ!口だけヤロー」
1時間目の最中に見たその刺々しい書き込みの下に、新たなコメントが書き加えられていた。それはもっと苛烈な内容だった。
「やってやるやってやるやってやるよ見とけよ」
尋常じゃない内容に、思わずつばを飲み込んだ。これは何かの犯罪予告なのだろうか?
「ミス岡崎、余所見は終わりました?」
「バレてた!」
いつの間にか先生がやって来ていて、私と同じようにぼんやりしていた岡崎氏が注意された。慌ててスマホをポケットに入れ、最後まで音楽の授業を真面目に受けた。
「流石にお腹が空きましたねえ」
廊下の下駄箱で上履きを履きながら、荘司氏にそう言った。さっきからお腹が鳴っているのが恥ずかしかった。
「栗原氏、行きませぬか?」
教室の中で、栗原氏は窓の外を見つめていた。
「あ、うん、行くね」
「教室に戻って、お昼食べましょう」
それを聞いて、栗原氏はぼそっと口にした。
「食べれるかな…」
栗原氏は体育を休んでいたから食欲が無いのかもしれない。
「あ、体調ですか」
「いや違くて…あ、いや、うん、そう…」
何か言いよどむ栗原氏を不思議に感じながら階段を降りていると、遠くの方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。そして何かが叩きつけられるような音がして、私はさっき裏サイトに書き込まれていた犯行予告めいた書き込みが、頭の中に鮮明に浮かび上がってきていた。
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