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【so.】岡崎 正恵[4時間目]

「さびぃよぉー」

 写真部の部室で震えながら制服に着替えている。アヤリンはとっくに着替え終わって待っている。

「まっさ、早く着替えてよ。次、音楽室」

「わー、まじか。急ぐ」

 ジャンパースカートを急いで被り、意を決してジャージを勢い良く脱ぎ捨てた。

「ぎゃー! 靴下も脱げた!」

 よろけて裸足で踏みしめた部室のコンクリートタイルは虚無の冷たさ。

「あと3分」

「アヤリン待ってー」

 椅子に腰掛け靴下を履き、脱ぎ捨てたジャージを適当に放り投げると、セーターとジャケットを掴んで部室を出た。

「あ、カメラカメラ!」

 すぐに再びドアを開け、愛機を首から下げた。懐に得られる、なんとも言えない安心感。

「あと2分」

 せっかく体育を終えて着替えたのに、音楽室まで走っていった。

 教科棟の最上階にある音楽室は、この学校がお城の敷地内にあったとよく分かる眺望を持っている。積み上げられた石垣の上、ちょこんと残った橘城の天守閣、お堀の向こうの橘公園にいる鹿たち、橘港を行き交う船のぽつぽつ、ぜんぶ私の好きな風景だ。

「ミス岡崎、余所見は終わりました?」

「バレてた!」

 びっくりして声を上げると、クラスのみんなが笑った。音楽選択のこのクラスには、面倒臭い力関係が存在しない。開放感から思わず気が抜けてしまうんだ。

「では先週分けたパートで、オー・ソレ・ミオの練習です」

 お手本に葵先生のバリトンボイスが響き渡る。お腹のすく4時間目は一番声が出るらしい。そんな先生の顔を正面からパチリ。秋の橘祭、写真部の展示にふらりと来て、私の写真を褒めてくれたのは先生だった。

「君の人物写真はどれも、みんないい表情をしているね」

 それ以来、意識して人物写真を撮るようになったし、音楽の授業も好きになった。みんなと声を合わせて歌ったり、その表情を写真に収めたり。この瞬間がずっとこのまんまだったらいいのになって思いながらシャッターを切る。12時を超えて昼休みへと向かう時計の針を、私はシンデレラの気分で見つめていた。もう、魔法の時間は終わりなのね。

 授業が終わって音楽室を出る。並んで歩くアヤリンに、本音をこぼしてしまった。

「はー。教室戻りたくないわー」

「まっさ、そんなにあの人達が嫌なら、一緒にいなきゃいいのに」

「アヤリンは政治が分かっていないねぇ。私は勉強出来ないしファッションも分かんないけど、コレがあるから立ち回れるんだぜ」

 そう言ってアヤリンの顔を撮った。被写体になるのを嫌がるアヤリンの表情はいつも不機嫌だ。

「立ち回る必要ある?」

「まー、危険回避? あとおおっぴらにみんなの顔写真を撮れるし。私可愛い女子大好き」

「写真部の部長はオッサンだったのね」

「そうだ、ン、撮ってあげるから脱ぎなさい」

「ばーか」

 きゃっきゃ言いながら階段を降り、渡り廊下へ出るとみんなが足を止めている。なんだろうと見上げると、校舎棟の屋上に長い髪の毛とスカートがはためいているのが見えた。真昼の高い太陽のせいで、その顔は見えない。

「きゃああああああああああああああ」

 何人もの悲鳴が重なって不協和音になって、凍える1月の空気を切り裂いて、校舎棟の屋上から落っこちてきた人体は中庭のコンクリートに叩きつけられてバラバラに飛び散った。

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