【so.】平 安代[4時間目]
「そねちゃん?」
もじゃがぼそっと呟いた。地理準備室から出てきたのは、紛れもなくそねちゃんだった。
「なんで?」
体調が悪いからって、体育を休んだはずじゃなかったっけ。体育を終えたわたしは、教室に戻らず直に地理準備室まで、もじゃに連れられて来たところだ。
「ねーそねちゃん! なんで!」
もじゃがそねちゃんに駆け寄った。そねちゃんはぎょっとした表情を浮かべていた。
「着替えないの?」
「体調悪いんじゃなかったの?」
お互いに疑問を投げかけて、答えが出てこない。沈黙が耐え切れないから、わたしは二人に言った。
「教室もどろうよ」
それでも二人が動かないから、わたしが歩き出したら二人ともついて来た。無言で。次の時間は選択科目で、わたしは音楽だけど、もじゃとそねちゃんは書道。制服に着替えながら、二人は何か話すのかなぁと考えた。
「タイラー、行こう」
同じ音楽選択のヒロさんが声をかけてきた。とっくに着替えて待ってくれていたらしい。もじゃとそねちゃんのことが気になったけれど、ヒロさんと音楽室へ歩き出した。
「先生に何か聞けた?」
「ううん、会えなかった」
「いなかったんだ」
「わかんない」
「なんだかよくわからないね…」
「わたしもなんだ…」
それきり会話が終わってしまった。だって本当に、何でそねちゃんがあそこから出てきたのかわからないんだもん。
音楽室は広いけど、たった8人の生徒では寒さが際立つなと思った。音楽準備室のドアが開いて、葵先生が入ってきた。前に立ってみんなを見回して、そのまま静かに立っている。
「ミス岡崎、余所見は終わりました?」
岡崎さんがよそ見していたらしい。
「バレてた!」
ははははは。岡崎さんはユニークだなぁ。
「では先週分けたパートで、オー・ソレ・ミオの練習です」
葵先生がまずお手本に歌声を響かせた。いい歌声だなといつも思う。男子がいないから、みんなで歌ってもこういった力強い低音が無くって、いまいち満足感がないんだよなぁ。
「じゃあソプラノとアルトは分かれて座ってください」
みんながガタガタと椅子から立ち上がり、川部さん、栗原さん、ヒロさん、月山さんがソプラノとして右側に立ち、わたし、埋田さん、岡崎さん、荘司さんが左側に集まった。先生がタクトを振る。吹奏楽部の朝練みたいに、同じ小節を何度も繰り返すことはなくって、楽しい合唱になった。歌いながらたまに岡崎さんが写真を撮っていて、それが少し気になったけれど。
音楽室は教科棟の最上階で、向かいの校舎棟はもう少しだけ背が高い。その屋上に誰かいるみたいで、窓の向こうでちらちらそれが動いていた。他に気づいている人はいたのかな。
授業が終わって、ヒロさんと二人並んで歩いていた。やっぱり頭の中では、さっきのそねちゃんが現れた瞬間が、何回も上映されている。何か質問があったんだろうか。
「タイラー、なにか考え事してる?」
ヒロさんは鋭い。頭がいいもの。きっと、後でもじゃが話すかもしれないから、今は言わなくてもいいのかな。
「きゃああああああああああああああ」
普通じゃない悲鳴が、1階に降りた時に聞こえた。ヒロさんと顔を見合わせて、立ち止まってしまった。「どん」って強い音がして、叫び声とか鳴き声とかが入り乱れている。さっき見た屋上の人影がちらちら動く映像が、わたしの頭の中では何度も何度も繰り返し上映されていた。
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