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【so.】郷 義弓[昼休み]

 何かが落ちて誰かの悲鳴が聞こえて、それ以上の情報が私にはない。中庭に落ちた何かが、誰かに当たったんだろうか。すぐ廊下の向こう側へ見に行きたいのだけれど、私は教室の外へ出ることができない。どういう仕組みだか知らないけれど、そういうふうになっている。たぶん私が死んだせいなんだろう。そうでなければ、理解ができない。じゃあ死んだはずの私が、何故ここにこうしているんだろう。教室を出られないのは、何かここに未練があるからなんだろうか。それをまた夜に向けて少しずつ思い出していくのだろうか。
 教室にはまだ私だけ。4時間目の終わりを告げるチャイムは確かに聞こえたけれど、中庭での某かの事件が影響しているのか、誰も教室に戻ってこない。私は教室の中をゆっくりと2周して、3周目をしようとしたところでみんなが一様に暗い顔をして中に入ってきた。そこには、たまきちゃんの姿だけがない。

「委員長、お昼食べていいの?」

 新藤さんが教卓の前で、委員長を問い詰めている。

「教室から出るなってことなんで、買いに行ったりはダメです」

「えええー!!!」

 大きな声で落胆する新藤さん。お昼休みなのにさっきの事件のせいで、お昼ごはんはお預けのようだった。よほど大きな事件だったんだろう。きっとこの後、ホームルームでもやるに違いない。

「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」

 教室のスピーカーから校内放送が流れ、みんなはまた席を立って教室を出ていった。その姿を見送る透明の私。大勢の足音が遠ざかっていってやがて何も聞こえなくなった。がらんどう。私はここに確かに存在しているのに、私の存在に気づいているのは井上さんだけ。私がいわゆる幽霊というものだとすると、井上さんは霊感が強いんだろう。のりんも霊感は強そうだったから、寒気くらいは感じているかもしれない。
 南中した太陽の照り返りが教室の天井を明るくしている。しんと静まり返った空間では思考が進む。私が今ここにいる理由、私が外へ出られない理由、私が死んでしまった理由。理解の及ばない事象の説明を魔術や呪いで賄ってしまえば便利だけれど、すべての結果にはきちんと理由がある。点に到る線がある。すべての因果関係を思い出すことはまだできないけれど、断片的な点がふいに思い出されてくる。私がこの教室を出られない理由は、私が何かに呪われているんじゃない。2年A組――このクラスには、私が呪いを掛けたんだ。

 集会が終わったようで、大勢の足音が近づいてくる音が聞こえだして、やがてクラスのみんなが教室に入ってきた。相変わらず様子は暗くて、ほとんど会話が聞こえない。

「でもさ、たまきちゃんが犯人って決まったわけじゃないよね?」

 ジンさんが泣きそうな声で、つぐみちゃんに聞いている。この混乱を引き起こしたのは、ひとり姿の見えないたまきちゃんの仕業らしい。彼女はどこへ消えてしまったんだろう。まさか…と一瞬自殺を疑ってみたけれど、それなら「犯人」だなんて物騒な肩書は必要ない。たまきちゃんが何かいけない事をしたせいで、臨時集会が行われたらしい、というのが真相な気がする。じゃあ、彼女はどうしてそんな事をしたんだろう。それを確かめる術がない。
 時計は午後1時になっている。今日は違う。全然違う。昨日までのありふれた展開では、みんなが教室でお昼ごはんを食べてから昼休みの教室の賑わいを経た5時間目、6時間目の間、私は毎日同じように少しずつ取り戻していく記憶に直面しては戦慄を覚えていた。それが今日は何か違う。この教室では私の存在だけが異常だったのに、私の平常な日常も異常を来たしている。

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