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【so.】新藤 五月[昼休み]

 渡り廊下へ墜落したのが人体だったら、まともに見たらこの後ソーセージドッグを食べられなくなるかもしれないと思った。肉とケチャップからあらぬ想像を掻き立てられそうだからだ。もしやハセベのパンのおばちゃんに恨みを持つパン屋による嫌がらせじゃないのか。4時間目まで考え抜いた今日最高の打線の1番バッターを汚すなんて絶対に許せない。ハセベのおばちゃんのためにも別のパン屋に浮気することは控えようと心に誓う。でもコンビニのパンは別カウントでいいよね。
 委員長たちが人間じゃないと宣言してくれたから安心して近づいてみたけれど、人体模型は半分が体の内側覗いていて、結局気味は悪かった。大声を上げながら乱入してきた三条先生が教室へ戻れと言うので、キミと連れ立って教室に戻ることに。せっかく1階にいるから、パンを買いに行くのはすぐなのに…。

 教室で待機しなければいけないらしくって、もうこの轟く空腹音をオンライン生放送したいくらいに前後不覚になっている。そこにもわんといい匂いがして、見たらタイラーがお弁当の蓋を開けたところだった。

「委員長、お昼食べていいの?」

 タイラーを指差しながら委員長ににじり寄ると、冷たい返事。

「教室から出るなってことなんで、買いに行ったりはダメです」

「えええー!!!」

 崩れ落ちてのたうち回りそうな程の落胆。ちょっとパン買って帰ってくるだけじゃないか。それのどこに咎める理由があるってんだ。タイラーを睨んでやったら、こっちには気づかずに弁当に蓋をして袋へしまっていた。それでいい。今この場で抜け駆けするやつはこの昼食保安官が許さねえ。

「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」

 体育館へ行かなきゃいけないなら、なんで教室まで歩かせたんだ。もう1カロリーも無駄に燃焼したくないっていうのに。もう怒りよりも空腹が勝って声も出ない。わたしはふらふらと無言で歩いた。

 空腹に極寒の体育館はこたえる。熱分が奪われていく。校長先生が何やらありがたいお話をしているみたいだけれど、全然頭に入ってきやしない。

「朋友や先生方の顔を思い浮かべてください」

 浮かべる体力もない。

「皆さんはひとりではありません。わたくしたちはひとつの家族です」

 家族はパンを買いに行くのを禁止したりしない。しないんだ。絶対にしない。だからひとつの家族だなんて真っ赤なウソだ。神様、どうかわたしに一片のパンをください。


 あー。


「一回教室に戻るようにって、三条先生からの伝言です」

 いつの間にか集会が終わったらしく、立ち上がったら委員長が真っ先に駆け寄ってきて言った。わたしに対するその姿勢に、もう反発する元気も起きなかった。わたしは黙って右手の親指を立てて差し出した。委員長は「ありがとう」と言うと去っていった。まあ彼女は彼女なりに頑張っているんだ、そこは認めてあげよう。

 廊下へ出てもシーンとしていて暗い雰囲気なので、わざとらしく言葉を発した。

「いやー、長かった。2ヶ月は過ぎたかと思った」

「せいぜい20分くらいだろ!」

 キミが素早く言い返すと、みんな口々に話しだした。

「キミ、腹減ったぁー」

「私もなんか食べたいよ。でも、一回教室戻らなきゃいけないんでしょ?」

 もうそれは受け入れなければいけないとして、他のクラスはどうなるんだ。同様の扱いにしてもらわないと困る。いざ買いに行ったらほとんど売り切れていましたっていうんじゃ、打線が組めないじゃないか。それだけは、それだけは絶対に避けなければいけない。わたしとパンの中を引き裂こうとするあらゆる世界の悪と戦わなければ。まるで消えかけの石油ストーブがボゥと火を上げるみたいに、わたしの中で最後の炎がめらめらと燃え上がりつつあった。

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