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【第8話】アリア 35歳 ほんとうに、初めてなの

 出張から戻って、3日めの昼下がり。わたしはタカの指定した駅に向かっていた。
「12:54に着く電車に乗ったよ!めっちゃ緊張してるから、うまく話せなかったらごめんね?」
「了解ッ!俺も緊張してるけど、がんばって色々話すから、安心してね」
 優しいなあ……と思いながら、タカと初めてマッチした日から今日までのことを、振り返ってみる。
数えてみると、知り合ってからまだたったの9日間。
毎日LINEして、通話もして、送ってくれた動画を夜な夜なひとりで眺めていたから、会うのが待ち遠しくなっていたのが本心だった。

 集合場所の改札に着いたらまだ彼の姿がなかったので、化粧直しにお手洗いに行った。すると、思ったより混んでいて、待ち合わせの13時をすぎてしまった。
 ヤバイな、と思いつつ、急いで改札に戻ると、出たところの柱に寄りかかる、細身のジャケットを着た長身のゆるふわパーマの男の子が、こちらに視線を送る。
事前にわたしの服装を伝えていたので、目が合うと、手を振ってくれた。
「タカ……くん、だよね?」
「そう。アリア、初めまして」
「うん、初めまして。ごめんね、少し遅くなっちゃって……」
「大丈夫、俺もいま、来たところだから。想像通り、かわいくて品があって、嬉しくなっちゃった」
「うう、実際に会っても、キザなこと言うね。でも、幻滅されてないのなら、よかった」
「そうやって、いつも控えめなところも、かわいいよ」
 天然の、女たらし。わたしが会う前から抱いていたイメージは、どうやら間違っていないみたいだ。


「こっち、車停めてあるんだ。家がちょっと、駅から遠くてね」
「え?そうなんだ……」
 てっきり、20代独身男性にありがちな、ターミナル駅から少し離れたマイナーな駅の、駅から徒歩10分以内の1LDKとかに、住んでいると思い込んでいた。
「車のるの、怖い?」
「うん、ちょっと。わたしね、マッチングアプリで知り合った男の人に会うの、ほんとうに、初めてなの」
「そっか。嫌なら、無理しなくていいよ。その辺でお茶でもする?」
「……あは、ありがとう。大丈夫だよ、わたしもう、ちゃんとした大人ですから。それにライターだもん。何かあったら記事にしちゃう」
「うわー、それじゃ、絶対悪いことできないね。でもよかった、家に来てくれるの、嬉しい」
 ドキドキしながら彼の後をついて行った。

 駐車場に停められた車は、少し古ぼけたアコードだった。わたしの世代ならまだしも、20代のこの外見の男の子が乗るには、とても違和感がある。
「アコード、懐かしいな。高校生のころに好きだった人が乗ってた車なの」
「さすが、アリア。他の女の子たちは、古いねとかダサいねとか、けっこうひどいこと言うんだよね〜」
「あはは!確かに、若い子は言いそう。自分の車?」
「いや、親の。正確には、元々はじいちゃんが乗ってた車なの」
 なに、それ。キュンとした。きっとおじいちゃん、大切な車を孫が受け継いでくれてるの、嬉しいと思うな、なんて、勝手に想像した。


 車に乗ってる間も、雑談が絶えなかった。
「アリアは運転するの?」
「するよー!一応車も持ってるし、バイクも乗るよお」
「え、まじで?すご。中型?」
「いえ、大型を持っているんです。これは、わたしの中で一番の自慢なの」
「うわー、お姉さんってやっぱ、すごいな。アリア、見た目とのギャップがやばすぎ」
 楽しかった。初めて会った気がしなかった。そして、15分くらいで到着したそのお家に、また、驚かされた。
 築数十年は経っているであろう、昔ながらの住宅街にひっそりと佇む、小さな庭付きの一軒家だった。
外壁に合わせて、きれいに紫陽花が咲いていた。とても好きな雰囲気だ。

「え!?……まさかの、実家暮らし?」
「違うの。ここに一人暮らし。さっき話した、じいちゃんとばあちゃんが住んでた家。住む人がいないと傷んじゃうからって、親に猛プッシュされてね。親は駅近の、キレーなマンションに住んでるの。ずるくない?」
「えー、なにそのエピソード。素敵すぎて、物語が一本書けちゃいそう」
「ありがとう。そんなふうに言ってくれたの、アリアが初めてだわー」
 社交辞令とかではなく、心からそう思った。
わたしも、どちらかと言うとご両親のタイプで、夫の希望で買った駅近のデザイナーズマンションに住んでいるから。

そう、まだ彼には言えてないけど、わたしは結婚している。夫がいる。

 言うべきか?言わないべきか?迷ったまま、この日を迎えてしまった。
知人の編集者に言われた「実際に経験しないと、リアリティのあるものは書けないよ」その言葉がのしかかっていて、誰かしらと、一回は会う!そう決めていたから。

 やりとりをしていて、タカにはたくさんの親密な女性がいることはわかっていたから、わたしが既婚者だと知っても傷付いたりはしないだろうけど、世の中には「既婚者が、配偶者以外の異性とふたりで会う」ことすら、否定的な考え方の人もいる。
 ライターをしていて改めて思うのは、「いろいろな考え方の人がいる。他人の考えに対して柔軟な人もいれば、絶対に受け入れない人もいる」だ。

 タカがどういう思考かはわからないけど、安パイをとるなら「言う必要のないことは、わざわざ言わない」これが結論だった。


連載は、マガジンにまとめてあります。
https://note.com/virgo2020/m/mbb11240f6784


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