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ツラい遠視とずっと闘ってきた

ちょっと前、別の場に遠視だか老眼だかの話を書いた。

思えばこの人生、遠視との闘いだった。
遠視は誤解されているフシがあって、よく見えていいねと言われるが、実はそんなお褒めにあずかるような代物ではないのだ。

正常な人が目の力を抜いたとき仮に1mあたりにピントが合うとする。
近視の人はこれが30cmとかになるから遠くが見えない。
遠視の人は逆にこれが3mとか? というのが大きな誤解で、無限遠にピントが合う、が正解、すなわちどこにも合っていないのだ。

このため、どこを見るにも目の筋肉を酷使するため疲れやすく、はては首や肩、頭の激痛をももたらすというやっかいなもの。
だから小学生の頃の校内映画大会などは悲惨な記憶しかなく、30分ほども鑑賞したら激しい頭痛に襲われ、嘔吐は必至。

そんなツラい遠視とずっと闘ってきた。

なぜ遠視などという、近視の対義語のような命名をされたんだろう。
「無限視」とか「どこもツラい視」とかにしてくれていれば、よく見えていいねなどと羨ましがられることもなかったのに。

(2015/7/17記)

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