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チーズケーキはまた来年でいいから

昨日は、亡き母の80回目の誕生日だった。
存命中は照れくさくてお祝いの言葉などかけなかったのに、昨日はどうしてもと思い、会社帰りに実家に寄った。

昨夏、母の病状はすでに芳しくなく、おそらく最後の誕生日になるだろうと分かっていたのに、その日を忘れて過ごしてしまったのだった。
やってしまったと唇を噛んだ。
その後悔もあって、昨日はどうしてもだったのだ。

母は甘いものが大好きだった。
昔は、2Lのバルクのアイスクリームを一人でペロリと平らげてしまうほど。
そんな母のため、昨日はケーキを買っていった。
お供えはいつも日持ちのするものばかりだから、暑い夏の誕生日くらいは冷たくてフレッシュなものが欲しいだろうと思って。
神戸マイスターの店〈ボックサン〉のケーキだ。
グルメ記事ではないので写真は撮っていないけれど。

母の写真の前にケーキを供える。
白いケーキ箱を開けて、中身を母に見せる。
ふふん、と母が鼻を鳴らした。

実家には30分ほど滞在した。
浴室の電球が切れているのを新しいのに替え、開けにくくなった冷蔵庫の扉を少しばかり直し、健康に不安を抱えるようになった父の話を聞いた。
母が亡くなって8か月、それまで家事などほぼしたことのない父は一人でよくがんばっている。

ケーキはいくつか買っていったが、甘いものが苦手な父は持て余すだろうし、一つだけ置いてあとは持って帰ってきた。
それさえもいらないと父は言ったが、ダメにしてもいいからと置いてきた。
せめて昨晩くらいは母といっしょに食べてほしかったからだ。
きっと母は、もったいないから全部持って帰ればいいのに、と思っていることだろう。

持ち帰ったケーキを家族とうまいうまいと食べながら、ふと母がもっとも好きだったチーズケーキを買わなかったことに気づいた。
「大丈夫、チーズケーキはまた来年でいいから」
わかった、81回目の誕生日に。

(2021/7/29記)

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