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良い女の条件


ほっそりとした白魚の様な指に、シックなベージュのマニキュア。


髪をカットしたり、カーラーで巻いたりするしなやかな
指先からは、色気が溢れ出ているように思えた。



1970年代の終わり。

私がティーンエイジャーの頃である。

私の髪をカットしてくれていたのは、東京で修行を積んで、故郷で美容院を開業したばかりの美容師Mさんだった。
当時、30代半ばくらいだったと思う。

彼女を取り巻く、生活感の無い垢抜けた東京帰りの香りに、私は秘かに憧れを抱いていた。

生まれも育ちも港町育ちの、
周囲の女性達とは雰囲気が全く異なり、それが一番顕著に現れていたのは手だったように思う。

お客さんをシャンプーする
機会も多くある筈なのに、
長く整えた爪先には、いつも美しくマニキュアが施され、私は彼女の手を見る度に惚れ惚れした。


その後、彼女が遠方に嫁ぎ
縁が途切れたのだが、私が
40代半ば、彼女が還暦を迎えた頃に電話で話す機会があった。

「私、高校生の頃、
Mさんの綺麗にマニキュアされた手にいつも憧れてたんよ。

いっつも、洗練された色の
マニキュアだったねぇ」


「あんた、手と爪の手入れは
気ぃ抜いたらあかんよ。

手が綺麗やと、ええ女に見えて株が上がるんよ」

と、Mさん。

彼女が生まれ付きに美しい
自分の手を、更に美しく保つ為に、常に綺麗に手入れしていた理由が腑に落ち、それから私は、どこに行っても他人の手が気になった。


ネイルサロンが日本各地に広がり、ジェルネイルがポピュラーになって来た頃である。

スーパーのレジ待ち時。
私の前には、すっぴんでボサボサ頭の熟年女性。


自分の事を棚に揚げ心の中で
「お化粧くらいすれば良いのに」

と思っていると、彼女が綺麗にネイルした手で財布を出した。

「まぁ、素敵!普段はお洒落なのね」

彼女の株が一挙に揚がり、 ネイルが、
「今日はオフなのね」
と思わせる力を発揮していた。


私は、荒れた自分の手が恥ずかしくなり、慌てて買い物籠の横に引っ込めざるを得なくなった。


Mさんの言葉を目の当たりにすると、私も「良い女」を
目指したくなり、ネイルサロンに通い続けた時期がある。

しかし、私は爪が薄くジェルネイルのもちが悪く、費用が嵩んでしまう事に加えて、
コロナが広がり、人に会う事が無くなると億劫になり、
ぷっつりとサロンから足が
遠のいてしまった。


それから3年半になる。


その間も時々、自分でマニキュアすると急に華やいだ気持ちになり、爪先に色を挿す効果を感じてはいたが、


つい先日、洋服を買ったお店の同世代の店員さんの手に、素敵なネイルが施されているのを見て、久々に触発され、

「サロンに行かれてるの?」
と尋ねると、

「いいえ、セルフなんですよ。韓国製の良いシールがあるんです」
と教えてくれた。


興味を持ち、早速シールを
取り寄せてトライしてみたところ良い商品で、自分でマニキュアするよりも、ジェルシールはサロンに行ったかの
様に仕上がり、久々にウキウキと気持ちが弾み不思議な位だ。




メイクも、洋服も、髪型も
鏡を見ないと目に入って来ないが、爪は常に視界に入って来るので、例えシールだとしても、美しく彩られた爪先に視線が飛ぶ度に、気持ちが華やぎ、幾らか所作も優雅になり、モチベーションが上がって来る。

しかし、セルフケアは安く上がるが手間がかかるのが難点
だ。
気持ちに余裕がない時は、
難しいだろう。

手の甲もふっくらと整えたくて、眠る前には、大嫌いな
ベタベタハンドクリームを嫌々ながら手に擦り込む。


私は強烈に、面倒な事は大の苦手。
きっと又、3日坊主になってしまう可能性大なのである。


手に関わらず、美しい人は
面倒な努力を陰で積み重ね、更に「良い女」になって行く。


歳を重ねる毎に沢山の努力が必要だ。

プチシニアの入り口に立つ私は、年々、頭が痛い美容問題が山積みになって来て、今後が更に恐ろしい。



「良い女」は、
綺麗でいたい執念が産みだす
努力の結晶だと、感じ入る
この頃の私である。








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