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第六回こむら川小説大賞結果発表 大賞はボンゴレ☆ビガンゴさんの「短編幻想SF『アボガド』」に決定1

第六回こむら川小説大賞結果発表 大賞はボンゴレ☆ビガンゴさんの「短編幻想SF『アボガド』」に決定2(No131~No171 大賞選考)

 令和5年7月17日から令和5年8月18日にかけて開催されました第六回こむら川小説大賞は、選考の結果、大賞・金賞一本、銀賞を二本、各闇の評議員の五億点賞が以下のように決定しましたので報告いたします。

大賞 ボンゴレ☆ビガンゴ短編幻想SF『アボガド』

受賞者コメント
映画みたいな夢を見ることって皆さん、ありますか?
朝、目が覚めて、「うわ!今の夢めちゃくちゃ良い出来だったな!!」って興奮しちゃう系の夢です。

僕は中学生の時に初めてそういう夢を見ました。
近所にファミリーパーク的な超巨大な公園がありました。
サイクリングロードとか野球場とかがあって、花見の時期は人だらけになる有名な公園です。

夢の中の僕は友人達とその公園の茂みの中にぽっかり空いたトンネルのようなものを見つけます。
トトロの住処の穴っていうとイメージつきやすいし、多分当時の僕もそれが脳に残ってたんでしょう。

夢の中の僕たちはその穴を通り抜けます。
すると、その先はピーターパンとかがいそうなカリブ海的な港町で、帆船がいくつも錨を下ろしていてめっちゃ雰囲気ある街だったんです。
夢の中の僕たちはそこを秘密の場所として楽しく遊びます。
夕方になって、みんな帰ろうと言い出すのですが、僕はなぜか帰りたくなくて、一人でそのカリブ海的な港町に残ることにします。

仲間はみんな帰ります。
僕ひとりぼっちになります。

自分からこの世界に残りたいと言ったのに、一人になると不安で不安でマジで不安でほんと不安で。
寂しく怖くなり、すぐに帰ろうとするんです。

港町を出て、トンネルを潜ってみんなを追いかけます。
トンネルは暗くて怖いのですが、なんとか抜け出します。
ファミリーパークに戻る感じです。

で、ファミリーパークに戻ると、さっきは真夏の青々していた公園の茂みが、色褪せているんです。
公園には誰もおらず、秋、いや冬みたいな寒々とした芝生や葉の落ちた木々が僕を見下ろします。

僕は「なんかおかしいなー」と思いながらも自転車置き場に行きます。
自転車はあるのですが、蔦が絡まってて、なんか年月が経ってる風なのです。

これはヤバいって時のスーッと血の気の引くような気持ち悪さを夢の中の僕は感じて、急いで自転車を出して家に向かいます。
帰り道、道順は見知っているいつもの馴染みの感覚なのに、そこに立ってる建物は知らないものばかりなのです。
で、家にたどり着くと、荒れ放題の空き地になってて、家なんかありません。
僕は取り返しのつかない選択をしてしまったんだ。この世界で僕はひとりぼっちになっちゃんだ。
と、愕然としたところで……目が覚めました。

目が覚めた僕は「うわー!めっちゃ物語でありそーなストーリーの夢だったな!」って感動して、小一時間ぼーっとしてました。
そういう経験って皆さんお有りでしょうか。

小説って、書いてて自分で入り込むと、自分でも驚く展開やこれやったら面白いな!(他人にウケるかってより自分がテンションあがるな!)って感覚になることがあります。
「ある程度プロットは作りつつ、全速力で脱線しない速度でぶっ飛ばせ」といつかの本物川大賞で謎の概念さんがおっしゃっておりました。(多分言ってた。記憶にある。ニュアンス違ったらごめんなさい)

今回はそんなドライブ感が自分でも出たな、と手前味噌ですが感じています。「やっちまえ!書いちまえ!」みたいな、ある意味雑な感覚ですが。
ただ、小説だからできることや、物語を辿る作業って何が楽しくて読者はそれを追い求めるのかな?ってことは、自分なりに考えて描きました。
読み返せば、言い回しや表現がもっと良くできたんじゃないかとも思いますが、初速の勢いを大事にしてみました。そしたら、こんな結果になってしまいました。

そうです。前振りが長くなりましたが、

……私が今回の大賞です!
覇者です!

あんたが大将!
私が大賞!
あそれ!
ボンゴレ祭りじゃい!
どんこどんこ!!

審査員のお三方!
お疲れ様でした!
締め切りの後こんなすぐ結果発表ってお前ら毎度ヤバすぎだろ!時間軸どうなってん!!あんたらこそが今回の大賞だよ!
ありがとうございます!

参加した全作品の作者の方々!
お疲れ様でした!
ただ、私が大賞です!

あんたが大将!
私が大賞!
あそれ!
ボンゴレ祭りじゃい!
どんこどんこ!!

祭りは終わりだ!火を消せ!
明日からはまた人混みを虚な目で歩け!
だが、楽しく生きましょう!
そして、アボガドでも、たまには食べましょう!!(最近高いけどね。スーパーで98円で売ってる時が狙い目だぞ!)

てなわけっで、
お疲れ様でした!!!
たくさん睡眠とって夏を乗り切ってください!
健康第一!!!!!

ボンゴレ☆ビガンゴ短編幻想SF『アボガド』

イラスト:ロウェルさん

 大賞を受賞したボンゴレ☆ビガンゴさんには、ロウェルさんによる表紙風ファンアートが進呈されます。

◆金賞

こくまろ【猫耳爆乳美少女全裸待機中】

◆銀賞

2121ネクロファジーの唯一
まらはる私と友人で、なんか非日常で戦ってる少女の話をする

◆五億点賞

謎の有袋類賞

悠井すみれ屑石は金剛石を抱く

謎の概念賞

ライオンマスク大谷翔平にポケモンカードで負けたら自殺するしかない

謎の巡礼者賞

おなかヒヱル非美少女戦士

◆ファンアートのご紹介

メッセージるつぺる

イラスト:ジュージさん

屑石は金剛石を抱く悠井すみれ

イラスト:そうてんさん

クロノスタシス御調


イラスト:そうてんさん

 というわけで、素人創作草野球大会、第六回こむら川小説大賞を制したのはボンゴレ☆ビガンゴさんの「短編幻想SF『アボガド』」でした。
 おめでとうございます。
 以下、闇の評議会三名による、全参加作品への講評と大賞選考過程のログです。

◆全作品講

謎の有袋類:
 みなさんこんにちは。伝統と格式の本物川小説大賞のオマージュ企画。こむら川小説大賞です。
 第六回はいつもより期間を短くしたのですが、こんな感じになりました。
 ちょっとしたトラブルもありつつ、本家本元である本物川小説大賞主催が凱旋してくれた事実上本物川小説大賞でもあります(?)
 参加者137名の内、初参加の方が58名、二作書いた方が34名、最終日の駆け込みが31作、合計171作のエントリーでした。
 川系列の伝統に従って、大賞選考のための闇の評議員を一新しまして、今回は謎の巡礼者さんと、謎の概念さんに協力していただきました。
 今回の議長も前回と引き続き主催である謎の有袋類が行います。よろしくお願いします。

謎の概念:
謎の概念です。よろしくお願いします

謎の巡礼者:
謎の巡礼者でした。自分主催自主企画の講評を終えてすぐの評議員だったのですが、スタートが遅れて地獄を見た次第。
それでも100を悠に超えるたくさんの力作、良作、名作を読めて一参加者として最高に楽しみました。そんなこんなで最後の結果発表もよろしくお願いします。

謎の有袋類
 こむら川大賞でも、本物川小説大賞と同じくそれぞれ独自に講評をつけた三人の評議員の合議で大賞を決定し、その過程もすべて公開します。
 
 以下から、エントリー作品への講評です。

1:にんにくを食べた彼氏が死んだ/こむらさき

謎の有袋類:
 一番槍は僕だ!!!!!!不遇少女のエモい話を書こうとしたんです

謎の概念:
 一行目から死体を転がす勢いはいいです。
 そこからシリアスにならずに全編コメディ調で整えられているのはコントロールが利いているんだと思いますが、読後感が「小品だったな」って印象になってしまうので、ちょっとコントロールが利きすぎというか、抑えすぎかも。
 お題の「逆境」感も薄いですね。あまり物語をコントロール下に置こうとし過ぎずに、もっと「筆が走っちゃう」状態で書いていってもいいと思います。
 死んだ→やっぱ生きてた、の間にあまり展開がなく一直線なので、ここにもっとドタバタを挟みこんでいいでしょう。キャラクターも主人公と彼氏だけではさすがに少ないので、もうひとりくらい足して。
 飽くまで案ですが、たとえば彼氏の親族(兄弟など)が訪ねてくる、というのはどうでしょう? なにかをやらかして、それを誤魔化そうと必死にあの手この手を尽くすというのはコメディの定番シチェーションです。主人公と一緒になって「なんとか誤魔化さなきゃ! どうする!?」とパニック状態で筆を走らせてみると、思いもしなかったアイデアが、頭からじゃなく手のほうから出てくるかもしれません。

謎の巡礼者:
 一番槍は主催者こむらさきさん。
 第一声「死んだ!」から始まるので最初何事かと思ったら、タイトル通りのことが起こっていました。莉史は吸血鬼で──って二行目から話が早いのが最高ですね。スタートダッシュが早いと短編、すぐに話に集中できるので。莉史くん、軽薄で自分が口にするものに自分を死なすものが入っていることをしっかり確認しない迂闊っぷりだけど、彼を好きになる人から見れば、それも彼の人間的(吸血鬼的)魅力なんでしょうな。
 彼氏の莉史も迂闊だけど、その恋人の「私」はこれ……なんでしょうね?
 今回のデータである逆境って、理不尽なものに限らず不運な境遇のこと全般を指すみたいなんですよ。最初は本作における逆境は「にんにくを食べて彼氏が死んだ」この状況そのものを指すのかと思ったんですけど、この状況を生み出しちゃった「私」のバカで可愛い在り方自体が逆境を生み出している元凶なんだな、と思いながら読んだりして。
 ──でも本当か?
 一見、「私」もまたうっかりと彼氏を死なせてしまったように見えるんですが「他の毒」とか「次はAmazonで純銀製の杭でも買っておこう」とか、ちょいちょい引っかかるワードが……。にんにくで死なす気はなかったのは確かみたいだからうっかりなのは間違いないのか?
 彼氏を死なせてしまったこの逆境は果たして何が引き起こしたものなのか……。はっきり「そう」と断定できなくて、そこが後を引きましたね。い、一発目からなんてものを。
 彼氏の死への関与が全うっかりであろうと半うっかり(?)であろうと、莉史が吸血鬼で「私」が人狼であるというだけじゃなく、結果的にお似合いのカップル。また何かでうっかり死ぬかもしれないですが、莉史くんまずは浮気をやめようね!
 可愛い迂闊ップルを堪能させてもらいました。

2:夏が来る夏に終わる/草森ゆき

謎の有袋類:
 二番槍の草森ゆきさん!不能共も絶賛発売中!参加ありがとうございます!
 草さんの女性の一人称小説、珍しいなーって読んでいたのですが、どことなく淡泊なとりとめもない少女のちょっとした冒険からの爆発するような暴力! いえす! 殴打は最高!
 僕は草さんの描く暴力が好きなのでにっこりでした。
 オチでどうしようもない逆境に立たされた雲母……ここからどうなったのか、すごく気になる最後でした。
 お母さんの日記、すごく好きです。実はお母さんは娘と会いたかったんだよーでも取り返しのつかない若さ故の暴力で、それはどうしようもなくなってしまいました。お母さんも雲母ちゃんにストーカーじみたことをしていたのが親子感があって好きです。
 これは一番槍レースをする上でこのサイズにまとめたんだとわかるのですが、お母さんがミチおばちゃんにどうして会いに来るなと言われていたのか、どっちに原因があるのかがわかりやすいと、最後のオチが更に強まるかもしれないなと思いました。
 草さんは逆贔屓組なので、そんなことを言いましたが! スタートして一時間ちょっとでこの作品を仕上げてくるのが本当に恐怖!
 めちゃくちゃに最高な暴力をありがとうございます! 出会い頭の暴力、僕大好き。

謎の概念:
 今回のお題は「逆境」ですが、逆境から始まるか、逆境で終わるかで言えば、逆境で終わるほうがエンタメとしては難しいでしょう。バッドエンドで読者に「いい読書体験だった」と思わせるのは、シンプルに、より困難だからです。より困難なルートを選んでもちゃんと面白いので、そこはさすがの腕前ですね。
 お話の筋はわりとありきたりなのですが、文体があるので、文体のちからだけで読ませますし、読み終わってみれば「面白かったな」という印象にはなります。文体というのは洋服の着こなしのようなもので、身に着けるのはなかなか難しい。奇抜なことをしなくても、さらっと上手に着こなせているとかっこいいですね。文体があるというのは、それだけで強い。
 でもやっぱお話の筋がわりとありきたりで、まだまだ容易に想像可能な枠組みに収まっているので、もうちょっとフックがほしいです。
 娘には会わないのに猫はかわいがるんだな~! と激昂することはあるかもしれませんが、なにも植木鉢で殴るほどじゃないだろってなりますし、ドン詰まりエンドに持っていくなら、もっと読者が主人公の行動に「そりゃしょうがないよな」と共感できるくらい不幸エピソードを盛ってよかったかもしれません。
 これくらいがリアルかな? みたいな加減はいらないので、全力で盛りましょう。

謎の巡礼者:
 しっとりとした文章だなあ、と読んでいたところにガツンと出てくる暴力!
 草さんと言えば暴力ということを一瞬忘れていたぜ。いや、別に毎回必ずそうというわけじゃないですけど笑
 自分を捨てた母親に会いにいく女性の一人称小説。母親を顔を見て植木鉢による出会い頭の暴力を振るい殺してしまうが、殺してしまった後に読んだ母の日記で自分が取り返しのつかないことをしたと知る。ナイス逆境。これは本当にどうしようもない。衝動で暴力なんて振るうもんじゃないです。
 降りかかる逆境に主人公が気づくのが本作のオチですが、だとするなら最初しっとりと進む黒猫とのやり取りなどはもう少し印象的であってほしかったかも。良くも悪くも植木鉢のインパクトが強くて、それまでの流れが頭から飛んじゃうんですよね。この流れがあるからこそのインパクトでもあるのですが、どちらの良さももう少し活かされた形のものを読みたかった! というわがままです。草森さんの文章は読みやすさがよく考えられていて、どんな構成であってもスラスラと読めちゃうのは良さでもあり、このくらいの長さの掌編だと物足りないところもあり、といった塩梅を感じました。
 凶行が済んでからも変わらぬ黒猫かわいい。猫ってそういうとこある。それがまた、主人公の立たされた、巻き戻したくとも巻き戻せない現況を際立たせていました。好き。
 本当、やっちまった時ってなんでこうなっちゃったんだろう、元にはもどせないのか、って焦燥感の中で思いますけど、そういう彼女の心情が言葉にされているわけじゃないのに、自分と同じ名前の黒猫を抱き上げるところで切ないほどに感じられました。
 この後の彼女にはせめて何とか逆境の全てに流されないでいてほしい。そう願います。

3:DEATH POOP/狂フラフープ

謎の有袋類:
 前回は地の底の鏡面で初参加だった狂フラフープさんです。参加ありがとうございます。
 こむら川小説大賞うんこ枠では一番乗り!
 僕は偶然ながらチョコアイスを食べながらこれを読んでいます。
 黒い靄に取り憑かれると大便を漏らす導入すごくよかったです。うんこに慣れている僕はがはは! と笑ったのですが、他の評議員はどうかな? うんこはおもしろいけどタイミングを選ぶ諸刃の剣。
 めちゃくちゃにいいアイディアだと思ったのですが、トイレに辿り着けない仕組みや、糞神をまきちらす方法、多人数にまき散らせるという部分がかなり豪快な勢いでなんとかしちゃえ! という感じなので、そこのロジックをもっと詰めればさらにおもしろい迷惑な糞神を描けるのではないでしょうか!
 冒頭はホラーでも通用すると思うので、糞ではないバージョンをホラーとして描いてもいいのかもしれません。 
 豪快な糞神小説で勢いのある部分がめちゃくちゃ好きな小説でした!
 前回はAIとの共作だったとのことですが、今回はどうなのでしょうか。そこも気になるのでどこかで話してくれると読みに行くかも。
 今後も色々なチャレンジをしてくれることを楽しみにしています!

謎の概念:
 うんこを漏らしそうになるいうシチェーションは、まあ間違いなく逆境やね。人間誰しも生きていれば、漏らしはしないまでも、スレスレの状況くらいは覚えがあるもんやし、共感は得やすいんちゃうやろか。
 せやから、最初に思いついたアイデアじたいはたぶんは悪くないんやけど、話としては最初の老人がうんこを漏らすところがクライマックスになってもうてんねん。作者てきにも書いてて面白かったんはこのへんがピークやったんちゃうかな。そういう雰囲気めっちゃあるわ。
 その先は露骨に集中力が切れて、惰性で書き上げたような印象やね。設定の開示の仕方とかオチのつけかたに雑さが出てもうてるわ。
 せっかくやから最後まで集中力を保って、最後の一行までちゃんと面白く仕上げるぞ! ちゅう意気込みで書くようにしたらええんとちゃうかな。知らんけど。

謎の巡礼者:
 愛ってすごいなあ、の話。
 少女にしか見えない黒い靄。あやかし的な、オカルト物の導入に唾を飲みましたが、この怪異の能力が明かされると唖然とする。
 それはトイレ以外でとんでもねえ大便をさせてしまう能力である。
 くだらねえ! ……と簡単に一蹴することができない。冷静に考えると、なんちゅうヤベェ能力だ。文字通りのクソ能力だけど、実際問題かなり恐ろしい。呪い殺すでもなく同じ怪異にしてしまうでもない怪異ではなく、引き起こされる事象が脱糞というインパクトのあるものにしたのは凄い。糞神ってネーミングも絶妙に怖くもあるし間抜けでもある。もうちょっとなんかあったろ!
 ところで、狂フラフープさんの作品というと自分の中ではAIとの共同執筆が印象的な創作者でもあるのですが、今回のこの脱糞アイディアが人工知能発信なのかどうかが気になってしまった……。
 そして物語後半、遂にはデート中の主人公がこの能力の犠牲になるが、彼女だけが知る(糞神が見えるのは彼女だけなので当然なのだが)糞神は別の誰かに擦り付けることができる、という解決策をもって、糞神を他人に擦りつけるが、デート中の相手にも糞神の魔の手が降りかかる──。
 だが、お相手は愛ゆえに無事であった。……え、なんで?笑 なんでオムツしてるの?笑
 この辺りの流れが割と雑。糞神を他人に擦り付けられることに主人公が気づいたエピソードもできれば欲しかったな。後、主人公はお相手には糞神のことを話していないはずなのにオムツを履いて難を逃れたの、普段からオムツ履いてる奴なのか主人公をストーキングかなんかして彼女の何かを見えることを知っていたのか? 悪い想像をしてしまったのですが、これが作者の意図したことなのかどうなのかわかりかねる
 ただ、あまりプロットが理路整然とし過ぎると、本作のシュールな味が損なわれるかもしれない。
 その辺りの細部を突き詰めることはできたかもしれないですが、勢いは充分なので読んでいる間は、シリアスな笑いを満足に堪能いたしました。
 愛の力だもんね!!
 愛ってすごいなあ。

4:未来、いつかあるかも知れない日常/JN-ORB

謎の有袋類:
 前回は壮大な匂い立つような戦場のオーケストラという作品を描いてくれたぬっちくん!
 えー! めっちゃいいー!
 一作目と二作目は身近な話題だったのですが、今回はSFというかフルダイブMMOを題材としたお話で、最終的にはファンタジーの世界で生きることを選ぶというお話なのですが、もうこういうの描いてくれるの本当にうれしい!
 好きなものを詰め込みつつ、タバコの似合う疲れた社会人の描写という過去に描いた作品での良さも持ってきているのすごくうれしいです!
 水槽脳の部分は個人的なアレコレでニヤリとなりつつ、サイバーパンクみのある近未来的な描写から王道のファンタジー描写で終わるのはすごく綺麗な校正だなと思いました。
 あえて何か言うとすれば、お題の逆境部分をもっと露骨に目立たせてもいいかも?
 ですが、そういう細かいことは置いておいて、僕にとってはぬっちくんの成長と一歩踏み出した感があるめちゃくちゃに嬉しい作品でした!
 ほぼ初日に出せたのもすごい!これからも気が向いたら小説を書いて欲しいです。

謎の概念:
 まず最後まで読んでもどのへんが逆境なのかな? という感じで、あまり「逆境」感がありません。ここが逆境ポイントですよ! と、馬鹿にも伝わるくらい意識して描いたほうがいいでしょう。
 またテーマに関して、各キャラクターがそれをどう考え、どう受け止めているのか、決断しているのかがぼんわりしている印象です。
 良いのか、悪いのか。哀れなのか、むしろ羨ましいくらいなのか。いつかこんなことになったとして……と、自分でもグッと踏み込んで考えてみたほうがいいでしょう。作者の考えがぼわっとしてると、そのまま作品もぼわっとします。どう描くにせよ「自分はこう思う」というのを事前にしっかり固めておくと、作品の輪郭がシャープになります。

謎の巡礼者:
 めちゃくちゃ好き。
 見知らぬ天井で起きたと思った語り部の視点から始まる物語。そして彼が起きたのは一年ぶりで、それまで彼は自ら志願して抽選に当選したフルダイブ型仮想現実の被験者であることを告げられて、段々と現実のことを思い出す。その人生は決して順風満帆とは言えないもので、逆境に塗れたものだった、ということを。
 仮想現実から起きた彼目線ではあるけれど、彼がもう一つの現実でどんな風に一年を生きたのかは読者にはわからない。だから、その部分では主人公と読者の目線はズレていて、それがお話を飽きさせない工夫にもなっていました。
 強いて言えば、一年ぶりの煙草ってちゃんと吸えるのかな、ということが気になりました。こまかッ。煙草がシケってないかというのもそうだけど、仮想現実に一年潜った後だと身体的にもキツそう。咽せたりしそうで。そんなことはないのかな?
 一年の被験を終え、再就職か研究所への協力か、それともこのまま仮想現実へのダイブを続けるかを問われる。彼はほぼ迷うことなくダイブの継続を選びますが、その心の流れが下手に説明することなく、選択に悩む他の被験者との会話で表されるのも良かった。
 逆境から解放され、これから先、彼に待つのは果たしてどんな現実か。もしかしたら新たな逆境が未来の彼には待つかもしれない。けれど、ひとまずは新たな人生の始まりを寿ぐとしましょう。

5:白狼/帆多 丁

謎の有袋類:
 前回はめちゃくちゃにアツい金玉小説ノーボール・オン・ブルームを書いてくれた帆多丁さんです!参加ありがとうございます!
 今回のお話はファンタジー! 白い人狼と蛇尾獅子の絆の物語……。
 魔王が敗れ、勇者も死に、言葉を徐々に忘れていく二人。最終的に再会を果たし、お互い別々の道へ行くのがめっちゃよかったです。
 最後の蛇は、なにかを白狼に話していたのかな、前みたいに……でも通じないのがすっっっっっっごく好きでした。
 人間の表記が「ヒト」と「猿」があり、意図して使い分けていることは伝わっていたのですが、後半、魔法使いにやられて混乱してからは「猿」表記に統一するか「鎧を着た猿」とあるようにそれで統一した方がわかりやすかったかも? と思いました。
 でもこういう細かいことは本当に少しだけ気になったくらいでめちゃくちゃエモい結末や、モンストロの当て字、あっけない王の死と、王を討ち取った者の死からの別離、世代を超えた再開という流れがギュッと詰まっていてすっごく素敵なお話でした。
 ツンデレの蛇尾獅子……好き。蛇の性格も良いし、白狼もかわいいね。
 3000字とは思えないほど満足感の高い作品でした!ありがとうございました。

謎の概念:
 寂寥感エンドですね! ナイス寂寥感!! 寂寥感だいすきです。
 寂寥感を演出するにはある程度の分量が必要になってくるものですが、これは言葉を失いつつある魔物たちという設定で、そのへんを言語化不可能な領域として「書かずに描く」ことをしているので、少ない文字数でも雄大な時間の流れが表現できています。
 文体もあってスルスル読めるので、読み終わったあとで、これがたったの3000文字か……となります。
 逆境も逆境なので、お題もしっかりこなせてますね。
 欲を言えば、白狼と蛇尾獅子の関係性に厚みがあるほど、世代を超え言葉を失くし獣になり果てても、ついに再会を果たしたという感動が生まれると思うので、まだ言葉がつかえる前半のうちにもうすこしエピソードがあってもよかったかも。でも現状も「一見そっけない」みたいな、獣らしい距離感での親しさが表現できていて、それもそれでまたいいと思いますし、悩ましいですね。

謎の巡礼者:
 人間と魔物の戦争を、魔物の一体である白狼の目線から語るファンタジー作品。
 自らの言語を語る人間と魔物の王に言葉を与えられた魔物(モンストロ)との戦い、という重厚な設定で厳かに進む様は圧巻です。
 確かな文章力に裏打ちされた粛々と進む作品の雰囲気が本当に心地良い。
 ただ、引き締まった文字数で語られる物語としては壮大過ぎて、ある程度文章が設定に振り回されているな、という部分を感じてしまいました。人間とモンストロの違いも戦の顛末が語られるのみなのが、お話として実感しづらかったです。
 でもやっぱり雰囲気カッケェな……。好き。
 短編を読んだ時に思う「壮大過ぎる」って感想は「もっと読みたい」という愚痴でもあるので。
 そもそも違う体系で言葉を持つ人間と魔物の戦いを、魔物側のほんの一体から描くというシナリオにグッと来る。
 悲哀に満ちた白狼の最期の描き方も素晴らしい。
 最後には与えられた言葉をどんどん失っていった白狼だけれど、言葉が失われ魔物が滅んでも、確かにそこに残り継がれていく物を感じる心打たれる物語を、楽しく読ませていただきました。

6:Bad Body Buddy/狐

謎の有袋類:
 狐さんのサイバーパンクもの!めちゃくちゃによかったーーー!
 あえて勝利の瞬間を書かないのも僕はめちゃくちゃに好みです。これは勝ちですわ。僕は信じてる。夢が叶う一瞬を……。
 タイトルもめちゃくちゃに好き。BBB。全盛期は離れたロートルな主人公がプログラムを「女」に例えているのもめちゃくちゃに好きですし、自我がはちゃめちゃにあるだろ! ってS.I.S.T.E.Rのキャラ付けもすごく好きです。
 せっかくなのでもっと欲張って色々盛ってもいいかも?
 読み切り短編! という感じで、ここから更に色々付け加えて連載や長編にチューニングできそうなので土台に使う時はもっと色々盛っちゃってスタートするのが良さそう。
 一作目は良くも悪くもいつもの狐さんが元気よく書いた作品という印象なので、二作目はきっとチャレンジをした作品になってくれることでしょう!
 得意なジャンルの作品だけでは無く、最近色々なジャンルにチャレンジしている狐さんが更に色々な武器を身に付けてどんどん強くなるのを待っています!!!

謎の概念:
 厨二病がペガサス昇天MIX盛り! って感じでいいですね! もっと盛れるのでもっと盛りましょう! こんなものかな? みたいな加減や照れは不要です。自分の出せる全力で盛りにいってください。
 自分なりの文体を獲得しようとがんばっている感じがしますが、まだしっかり馴染んでないですね。ちゃんと着こなせてなくて、なんか肩肘張ってる印象。これはもうナチュラルに繰り出せるようになるまで文字数を重ねるしかないので、馴染むまで書きまくってください。
 お話の運びは上手なのですが、お上手すぎて小さくまとまっています。
 最後の戦い! 負ければスポンサー契約も打ち切りだ! 逆境! は分かるのですが、素直にがんばって勝ちましただけだと、ちょっと物足りない。そこで止まらず、俺とお前でこの腐った世界をぜんぶ丸ごと転覆させてやろうぜ! くらいの気概がほしいです。

謎の巡礼者:
 狐さんのサイバーパンクだ、ヤッター!
 改造義体ファイターとそれを支える旧型AIのバディ物。良いですね。
 かつては優れたファイターだったけれど、今では試合での敗北にも慣れて疲れ果てたロートルである主人公は夢を諦めつつある。そして突きつけられる契約終了のお知らせ。
 そこに彼の相棒である旧型AIがある種バカな提案を持ちかける流れが王道でとても良い。
 プログラムの筈なのに人間味溢れるAIとファイターらしい無骨さのある主人公ラルク・ジェノサイドエース・マッドキラーとの会話が滅茶苦茶に楽しくいつまでも見ていたい。
 個人的には逆境というテーマを聞いた時に初めに頭に浮かんだのは、もう負けを覚悟する試合から奮起する物語だったので、それに合致する作品を読めたのも嬉しかったです。
 冒頭で「夢を見るのは自由だ、と誰かが言った。」というセリフを路地裏の鼻抜けたジジイから聞いたと思い返しているラルクが、逆境に抗い奮起して「そんな歯の浮くような台詞は俺の口から出たのかもしれない」と締めるラストが最高。
 狐さんも楽しく書いたのであろうということを感じ、こちらにもその楽しさの伝わる最高にパンクな作品でした。

7:メッセージ/るつぺる

謎の有袋類:
 前回は一夏という夏の思い出を噛みしめられるような素敵な小説でした。参加ありがとうございます!
 その前は心霊探偵者、そしてその前は春ピュアという胸キュンで少し不思議な作品を書いてくれていたのですが、今回はとうとううんこ! こむら川といえばうんこですからね。うんこデビューおめでとうございます!
 トイレでうんこをしたけど、トイレットペーパーの残りが百十四ミリ。意外といけそうじゃない? と思って読み進めていると酔っていることが提示されてお酒をよく飲む人は足りないと気が付く仕組みがうまかったです。多分飲まない人もその後の生牡蠣にあたったということでダメだと思える親切設計。
 トイレットペーパーを持ってきてくれと店の人に言えば良いじゃん! と思わせない思考の混乱っぷりが本当にめちゃくちゃ好きです。酔っているから仕方ない。
 扉を殴るおじさん、最終的に来る警察、邪教に落ちる主人公、そして柴犬のベンへの懺悔。
 少し感動しそうになったところで「顔についちゃってるよひでぇなコリャ」で台無しなのが本当にめちゃくちゃ大好きです。ベン……じゃあないんだよ。
 個人的な好みなのですが、トイレットペーパーが実はトイレの上の棚にあったよみたいな酔っていて気が付かなくて更にダメだったよみたいな部分があると更にいいのかなと思いました。店員がトイレットペーパーを持ってこない理由付けにもなりそう?
 でもこれは必死に捻り出したいちゃもんみたいなもので、マジでこの勢いの小説はめちゃくちゃに好きなのでこのままで最高! 
 毎回作風が違っているので、作品の幅が広くてすごいなと思っています。
 参加ありがとうございました!

謎の概念:
 またうんこやね。君ら「逆境」って言われると、とりあえずうんこ漏らしそうとか、うんこをしたけどトイレットペーパーがないとか、そういうシチェーションを想像してまうんやね。中年男性(断定)にとって「うんこを漏らさない」というのが自尊心の最後の砦なんやね。
 で、中年男性にはうんこを漏らすことや、うんこを拭く紙がないシチェーションを極度に恐れるという生態があることは分かったんやけど、これはなんていうのかな、リアリティラインの設定がちょっとふわっとしてる印象を受けるんやね。
 つまりやね、リアルなあるある話としてこの「うんこをしたはいいが紙がない」という状況に共感してほしいのか、それとも過剰なギャグ漫画時空として、ありえないようなシチェーションを楽しんでほしいのか、どっちに振るかを決めきらないまま書き続けちゃったような印象を受けるんやね。
 前者でいくなら、飽くまで最後まで筆致はもうちょっと抑えたほうがよかったやろうし、後者でいくなら、もっともっとはっちゃけてもよかったかもしらんね。
 でもKUSO小説を、ちゃんとこのKUSO小説大賞に放り込んできたのは偉いで。うんちをちゃんとトイレでできるっていうんは大事なことなんや。

謎の巡礼者:
 真のKUSO小説。
 めちゃくちゃ笑った。これはもうダメだ。ベン、お前だったのか、
 良いから店員さんに紙もらえよ! と笑いながらツッコむんだけど、飲み会終わってからこの逆境に至るまでの流れを一文で捲し立てる様子とかエロイムエッサイムとか、ベン……ベン……してるくらいには酔ってテンパってるのでむべなるかな、といったところですかね。
 うおー、紙がないーでずっと通しているけれど、回想部分でも現在でも何かしらのもう一波乱あっても良かったかもです。トイレ待ちの客が会社の上司だったとか。
 あまりに汚く過ぎて絵にするのは無理だけど、コント的に終わったので最後まで爆笑。
 愛されたいんだーーーッ! って、うるさいよ酔っ払い!
 最近のトイレ、外で急に催して紙がない! になってもウォシュレットで何とかなることもあるのが助かりますが、たとえこのトイレがウォシュレット完備だとしても、そんなことも考える余地はきっと、なかったろうなあ。
 身近な逆境でとても良きでした。

8:グレートオールドトミコ☆オカルティックチェンジ!/尾八原ジュージ

謎の有袋類:
 カクヨムコンホラー部門で『みんなこわい話が大すき』が大賞を取ったジュージさん!参加ありがとうございます!
 うんこがくるのか? と警戒していましたがジュージさんが得意なホラーでの参加!ありがとうございます!
 霊媒師のお婆ちゃんが、セーラー服で出てきて、イリュージョンのように色々な癖のある人を自分に降ろしていく……というお話なのですが、逆境ではじまり、逆境で終わる構成の綺麗な作品でした。
 塩のお陰で家の中には入ってこないけど、どう見ても大丈夫ではないラストを主人公は乗り越えられるのか!
 トミコさんの趣味、慌てる人を見るのが楽しみだったりしない? と思ったので本当に性的な行為が好きなのか、どんな目的で霊媒師をしながらそういうお仕事をしてるのかもう一歩踏み込むとトミコさんのキャラクターが更に深まるかもしれないなと思いました。
 講評なのであえて言った部分なので、あえて不思議で読めない少し不気味な老婆として運用するのも正解の一つだと思います!
 最初にふふっと笑えつつも、最後はしっかりと怖くて嫌なホラーでした!
 書籍化作業がんばってください!!!

謎の概念:
 飄々としたライトな文体でさらさら読めちゃうので、かなり書き慣れている感じです。文体があります。
 これは逆境で始まり逆境で終わる珍しいタイプでしたね。文体があるので読めちゃうんですけど、読めちゃうな~っていう感じで、これはたぶん文体の力なんですよね。物語としては、ちょっとお話の焦点みたいなのがぼやけてるかも。
 語り部とトミコと、どっちが主人公というか、話の焦点なのかが曖昧です。トミコが主人公にしてはスッとフェードアウトしていってしまうし、語り部は主人公とするには自発的な行動が「風俗にいった」だけで、あまり主人公らしくない。ただの無色の視点に近い。
 主人公というのはやっぱり状況に直面するだけじゃなくて、その状況に対して主体的にアクションを起こして、なんらかの変化を起こすものだと思うので。たとえばですけど彼に「実の妹でも殺してからトミコに降ろしてもらえば近親相姦にならないからセーフだよね」とか言い出すくらいのクレイジーさがあったら、主人公を張れる風格も出たのではないでしょうか。

謎の巡礼者:
 グレートオールドトミコ、パねぇ。
 短編をたくさん読んでいるとつくづく感じますが、冒頭は大事ですよね。その点、本作はもうしっかりオチてますもん。望んでもいねえのに後期高齢者の風俗嬢が来ちゃったの掴みはバッチリ、それ故に続くお話にも全力で楽しめました。
 デモンストレーションの降霊が黒人ラッパーなのズルいでしょ。これ、他の客にもやる時他にどんな霊を降ろしてるんだろう。ラッパーは先月死んだ霊って言ってたから、この婆さん、さては結構その時のノリでイタコしてますね?
 ところでおトミさん、主人公に「どうして風俗で働いてるんですか」と聞かれて「趣味☆」って答えますが、主人公がお店を後にする時に安いプレイ料金の話をしてたのが少し混乱しました。おトミさんが経営してる店だったんですね。働いている、っていうから主人公のやり取りの時点では嬢のひとりなのかと思っていたので。その辺り、主人公の会話のところでもう少し、おトミ婆さんの掘り下げを会話一文だけでもいいのでしてくれていたら親切だったように思います。
 そんなこんなの笑える一幕──からのしっかりとホラーオチですよ。メンヘラのレイナちゃんの霊が降りてきちゃったたところまで笑わせただけに温度差のエグさがすごかったです。イタコBBAの風俗嬢ってだけで、ただでさえインパクトあるのにそれをこえて更にインパクトを放って来ました。
 おトミさん、これ責任とってくださいよ。
 笑えて冷える、真夏に相応しい作品でした。

9:俺と彼女と彼らの逆境/惟風

謎の有袋類:
 前回はぐるんと様相がいっぺんするかんぱーいを投稿してくれた惟風さんです!参加ありがとうございます!
 ばーーっと一気にしゃべる危うい感じの青年と宇宙人の出会い。ところどころ挟まれる他の人の影響もふふってなってすごく好きでした。
 ツチノコに執着している人……ツチノコの秘密は聞けたのかな。
 惟風さんの作品は、ほのぼのから殺伐ホラーまで幅広いので、毎回ドキドキしながら読むのですが、今回はいつもと違ったパターンでおもしろかったです。
 突然来る意外なラスト! ではなく、丁寧に布石を置いて納得感がありつつも意外なオチを持ってくるの僕はすごく好きです。
 信頼ならない語り手による最悪なラストとタイトル回収がすごく綺麗だなと思いました。
 せっかくタイトルが「俺と彼女と彼らの逆境」とあるので彼女以外の逆境をもう少し強くしてもよかったかも?
 短編としてのキレの良さや布石や伏線の回収方法、構成など本当にかなりの完成度だと思うので、ゆっくりと長めの作品に取り組んでみてもいいのかもしれません!
 スターシステムというか、惟風さんは作品と作品の繋がりを意識していると思うので、過去に描いた短編で共通の世界にいる登場人物を合わせて物語を再構築するのもいいんじゃないかなと思います。
 これからも無理せず楽しく創作を続けてくれるとうれしいです!

謎の概念:
 いきなり立て板に水のようにダーッと喋ってきますが、無理なくスルスル読めちゃうのでかなり書き慣れている印象を受けます。文体がある。
 宇宙人がリアルタイムに言語を学習し、どんどん流暢になっていくところが上手に表現できていてよかったと思います。ツイッターに放たれたAIくんが一瞬で汚染されてヘイトスピーチマシーンになっちゃったやつを思い出しました。変な誤学習をしないといいですね。
 タイトルてきには早急に移住先を探さないといけない宇宙人の逆境と、俺に狙われている彼女の逆境みたいな感じでトリプルミーニングを狙ったっぽいんですが、肝心の俺にあまり逆境感がないですね。
 掌編のサイズ感で収まりはいいのですが、宇宙人やら「なんでもひとつ」ってワイルドカードまで導入しておいてのオチにしては、ちょっと小ぶりすぎる気もします。こんなもんかな? みたいな加減はいらないので、いけるだけ過激にいきましょう。

謎の巡礼者:
 人の話を聞かない、自分の話ばかりをする主人公と未知との出会いを描く作品。
 主人公がペラペラと捲し立てる作風が、読者にまさかの真実を与える構成と見事にマッチしていました。
 最初そもそも誰と会話してるかはわからなくて、幽霊にでも話しかけられたか? と思っていたらまさかの宇宙人ですもの。これでまずは一転。
 そこから主人公と宇宙人のコントじみた面白い会話が進み、この宇宙人は友好のために地球に来て、同時多発的に多くの地球人と交流していること、地球の調査に協力してくれる見返りに、そして会話をしている主人公の知りたい情報を何でも一つ教えてくれるという。
 そこで主人公の知りたい情報というのが肝が冷えるもの。なるほど。話を聞かない、自己中なキャラ付けも伏線であったと納得です。強いて言うなら、そうした丁寧な仕込みのお陰でまさかのオチ、といった構成なのに対して、なるほどそういうこと、という納得の面の方が大きかったので、主人公と宇宙人とのやり取りの中でもう一捻りほしいなあ、という贅沢な感想を持ちました。
 とは言え、話の運び方も丁寧ですし、主人公のベシャリも物語の進行上目が滑る、それでも話は理解できる、くらいの情報量がちょうど良かったです。
 これ、この後逆境に立たされるのは「彼女」なわけですが……。何とかこの男の魔の手から逃れることを祈ります。

10:約束の地まで/黒石廉

謎の有袋類:
 はじめましての方です!参加ありがとうございます。
 なんらかの講師をしている人物と、約束の地を目指す兵士達の二つの視点で物語が進んでいきます。
 講師の人物は便秘気味な上に、トイレの近くにいると何故か便意が引っ込んでしまうことに悩んでおり、兵士達はその場に囚われ、滅びていくことを憂う対比構造がおもしろいなと思いました。
 これは僕の好みの問題も大きいのですが、一行目で主人公の職業がわかると親切かなと思います。じわじわと登場人物像が浮き彫りになる方が好きという方もいるので、そういう人もいるのか程度に受け取っていただけるとうれしいです。
 約束の地を目指すべく奮起した兵士達のアツいシーンと、社会的な死を迎えた主人公だけどどことなく爽やかな結末が独特な読み心地で楽しく読めました。
 他の作品を見てみたのですが、民俗学に関することがお好きなようで、それはこの作品にも活かされていると思いました。
 これからも好きな要素や好きなことを活かしつつ、楽しく創作をして頂けたら良いなと思います。

謎の概念:
 うんこやね。またうんこ漏らしたんやね。やはり中年男性(断定)にとっては逆境といえば「うんこ漏れそう」が一番やし「うんこを漏らさない」っていうのが中年男性に残された自尊心の最後の砦なんやね(二回目)
 ほんでな、別視点の叙述がうんこ視点のものやというのは、もう最初の「今こそ!」のところですでにだいたい目算がついてんねん。せやから実はうんこの話やったんやよっていう意外性は、正直あんまないんや。それをオチに持ってこられても、そんなんでオチるかいってなってまうわな。
 なんで、もういっそ「別視点がうんこ」っていうんを隠そうとするんはスッパリ諦めて、絶対に肛門を突破したいうんこと、絶対に突破されるわけにはいかん中年男性、その一進一退の攻防をつぶさに描く! みたいな方向性でいったほうが、ハラハラドキドキのエンターテイメント作品になったかもわからんな。
 いけたかな? ダメか! つぎはどうする? これでどうや? やっぱアカンか! この繰り返しがサスペンスの基本なんや。まあ最終的にうんこは漏らすんやけど。漏らすまで、希望を与えては奪い、与えては奪う。そういうことやな。知らんけど。

謎の巡礼者:
 これまた良きKUSO小説。
 二つの視点から描かれ、最後には融和する構成で描かれる作品。
 約束の地に向かわんとする何者かのやり取りが面白いですが、便秘の男の描写からその何者かの描写が一体何を表しているのかはすぐわかってしまうので、伏せる必要はなかったんじゃないかというのが正直な感想です。
 約束の地を目指す彼らの迫真の描写は芯に迫っていて良かったので、あえてこうして視点を二つに分けるのであれば、そうするだけの面白さが欲しかったですね。発想自体は楽しいし読んでいても笑えるので、文章を使っての効果的な演出を望むところです。今後も黒石さんがたくさん書いてたくさん楽しんで、表現したいことをドンピシャで叩き出せる演出力が培われると嬉しい!
 ただ、最後二つの視点と文章が混ざり合い「ああ、彼らは約束の地へ到達したんだ」としみじみしながら笑えるところは間違いなくこの作品の良さです。
 最後の「支えきれなくなったものがプライドとともにぼとりと落ちた。」の一文も、無情さを感じて噴きました。南無。

11:無明/犀川 よう

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 心臓かなにかに持病を持っている男性が二度死に、目を覚ました時に修羅場が起こるというお話でした。
 僕は純文学方面には本当に知見がないので的外れなことを言っていたらすみません。
 目を覚ましたら元カノが何故か我が物顔でいて、今カノが帰って欲しそうにしているという状況の描写や主人公のつっこみが冴えていてテンポ良い作品でした。
 読者と作者にはどうしても情報量の差が生まれてしまうので、作者の方が親切すぎるかな? と思うくらいヒントや仄めかしをするとちょうどいいのかなと思うので個人的には、今カノがそういう裏工作をしていたということに対してのヒントがもう少しあると親切かなと思いました。
 死という、取り扱うと重くなりがちなテーマですが、主人公のやけに冷静な突っ込みや、女性たちの剥き出しの嫉妬心が絡み合って複雑ながらも読み口の重すぎない作品に仕上がっていたと思います。
 最後の一言をただ見送るしか出来ない主人公が、次に目を覚ますときどうなっているのか楽しみです。
 カクヨムにある作品は少ないのですが、文章はかなりこなれていると思うのでどこかで元々小説などを書いていた方なのでしょうか?
 これからも作品をどんどん書いて欲しいなと思います。

謎の概念:
 文章じたいは書き慣れてる感じで読みやすいのですが、なんかちょっと時制がへんな感じがしますね。
 たぶん「死にかけて意識を取り戻したら現彼女と元彼女が修羅場っていた」というまさにその場からスタートしてるんだと思うのですが、冒頭に厚めのモノローグが入るせいで、序盤はなんだかすべてが終わったあとの時点から回想して叙述してるような雰囲気になってしまってます。それが途中からスッといつの間にか現在時制になっている。今この場で起こっていることをリアルタイムで叙述してる雰囲気になっちゃってる。
 英語ですと小説は基本ぜんぶ過去形で書いちゃうのであまり時制を気にしなくていいのですが、日本語はわりとファジーな言語なので、このへんのニュアンスでわりとしっくりこなさを感じてしまったりします。
 回想として書くなら「現実の主人公は実際の出来事よりもちょっとあとの時制にいて、その時点から過去を回想している」という意識をもって書いていったほうがいいし、リアルタイム叙述として書くのであれば、冒頭のモノローグはぜんぶカットして、主人公が目覚めたその時点から始めるのでもいいと思います。
「お前たちが書く死は、本物なのか?」も、自己言及になってしまっていますし、自己言及ギャグとしてわざと引っ掛かりを作ってるのかと思ったら、とくに回収されることもなくわりと宙ぶらりんのままだったので、もやっとしてしまうだけの効果しかない気がします。

謎の巡礼者:
 死んだことがあると語る男の、恋愛修羅場を描く短編。
 ICUで二度目の死から息を吹き返した男の目の前に映ったのは、元カノと今カノが顔を合わせている場面、というのっけから胃の痛くなる展開ですが、緊急事態にも関わらずに好き勝手に思い思いコントじみたやり取りをする三人に笑いを誘われました。
 主人公は息を吹き返したばかりなので当然場面は動かないんですが、主人公目線の細かな情景描写でコミカルに進む文章が魅力的で、どうしても込み上げてくる笑いを堪えながら読みました。
 作品冒頭の主人公の語りでは、二度の死から生還した過去のことを思い返すように語っていますが、実際に作品内で主に描かれるのはまさに二度目の生き返りの時の様子だったのでそこに少し齟齬を感じます。この辺り、一度死んだことがあるが、まさか二度目があるとは、くらいの語りから入ると違和感が少なくなったように思います。
 コミカルなやり取りをしているようにも見えたけれど、元カノの洋子との二人きりの会話で、急にミステリーじみてくるところで、真相はわからないままにお話は閉幕。眠る主人公の耳に届く、最後の誰のものともわからない言葉を見てみても、洋子が嘘をついている可能性もありますが、いやーな後味を残す幕締めはだいぶ好きな味です。
 果たしてこの眠りから覚めた主人公の前に次に広がるのかいかなる情景か。色々と想像してしまう作品構成を楽しませてもらいました

12:セイレーンのお弁当/野村ロマネス子

謎の有袋類:
 二度目の参加!ありがとうございます!前回は、流れ星を置き去りにしてという高校生の先生への恋を描いてくれたロマネス子さんです。
 今作も初恋やアオハル! 的な瑞々しい恋心を描いた作品だと思いました。
 喫茶マーメイドのセイレーン……セイレーンも人魚も歌声で人を惑わせる繋がりですごく素敵なタイトルだなと思いました。
 ちょっとしたきっかけと飢えから、喫茶店のお弁当を知り、そして恋に落ちて相手と徐々に仲良くなっていく描写がすごく好きでした。
 個人的には、最初に広瀬くんと出会った時の「店員さんらしき人が店先を掃き掃除している昔ながらの薬局」で、多分柚実さんの目は広瀬くんに注目しても不自然ではなさそうなので読者に「ここに特別な相手がいますよ」というアピールも兼ねて広瀬君の外見描写や、何故か目にとまった(姿勢が良いとか仕草が綺麗だったなど)という理由を書くと柚実ちゃんの恋心に更なる説得力が生まれるかもしれないなと思いました。
 作品全体を通して、初恋は叶わないものという甘酸っぱい感情や、セイレーンの名にふさわしい魅力的な歌声と見た目を持つ美青年がとても魅力的に描かれている作品でした。
 そして、お弁当の描写もすごくよかったです。メンチカツ、中身がギュッと入ってるとうれしいですよね。
 今後も色々なチャレンジをしたり、素敵な作品を増やしていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 いいですね! 主人公の語り口にめちゃくちゃ愛嬌があります。最初の「お母さん、早く帰ってきて!」のところで「かわいいやっちゃな」と早々に主人公に愛着がもてます。
 基本的に世界を見る目がちょっと雑めな主人公が、広瀬くんのこととお弁当のことを叙述しているときだけは妙に解像度が上がるのも食い意地がはっていてかわいらしいです。
 そんな感じで、全編ほのぼのとほくほくした気持ちで見られるのですが、ほのぼのと見守れちゃうせいで、お題の「逆境」感はあまりないですね。
 恋した相手がめちゃくちゃモテるっていうのが逆境なのかもしれないですけど、最後はスッと広瀬くんがいなくなっちゃうエンドなので、主人公がとくになにもチャレンジしてないんですよ。やっぱ逆境は挑んでナンボですから、もっと主人公を積極的にガンガン動かしてもよかったかも。
 一度しかない青春、もたもたしてないで悔いが残らないよう全力で駆け抜けろ!

謎の巡礼者:
 思春期の恋のお話。可愛い。
 喫茶店で出会った同じ学校の子との初々しい心の恋のお話が展開されていって、終始ニマニマ。
 主人公の柚実が結構独特の世界観をもった女の子なので彼女の心のうちを描く地の文を読むだけで楽しい。今まで同じ学校の子であると認識していなかった広瀬くんのことを恋をして、実は割りかし有名人なことがわかるところとか、恋をしてのちょっとした世界の広がりを感じられていいですね。猪突猛進っぽいところあるけどそれも味。
 広瀬くんと仲良くなって青春の中でちょっとした日々を共に過ごし幸せだった柚実だけど、それも広瀬くんがアメリカに留学したことで終わりを迎える。しかもそのことを直接は伝えられてはいなくて、予感はしていたかもしれないけど唐突な別れだったのも切ない。
 とても良い恋物語だったけど、読み終わった後に逆境どこだ? と、ふと。でも読み返してみたら、そういや最初に母親が祖母の看病でいなくなってお昼のお弁当がなくなっちゃった物語のスタートが逆境でした。後は叶わない淡い初恋というのもそれはそれで逆境ですね。
 ちょっとしたことから始まり終わる、初恋物語を堪能させていただきました。ごちそうさまでした。

13:この黒い海の底で/和菓子辞典

謎の有袋類:
 前回は近未来的な舞台でのクソデカ感情を描いてくれた和菓子さん! 参加ありがとうございます。
 今作は、世界が少しずつ追い込まれていくSFでした。
 立ち籠める暗雲、場当たり的な対応で追い詰められていく人類、外来侵略生物、そして宇宙規模の長い食物連鎖という壮大な物語がとても面白かったです。
 僕が最初にジャンルを見ないで読むということと、ファンタジー脳なこともあるのですが、帝国、謎の黒い風などを見て最初に中世から近世的な世界なのかなと想像してしまったので、ジャンルの分類に頼り過ぎずに、この世界がどんな背景なのかや、リョドがどんな立場の人物なのかという描写があるともっと作品内で描かれている世界の解像度や説得力が高くなると思います。
 読者と作者では持っている情報量が違うので、親切すぎるくらいに書いてみるというのを意識するといいかもしれません。
 前半の死風に覆われた暗い世界から、黄金の麦畑の景色に切り替わるシーンはすごく綺麗で印象的だと思いました。
 あれだけ猛威を奮っていた死風を作りだしていた原因を「おまえたちも……こんなに弱々しいのになぁ」と言う老爺も印象的で素敵な作品でした。
 これからもたくさん作品を書いていって欲しいなと思います!

謎の概念:
 えっと、すごく独特な文体をお持ちで、文体があるのは非常に良いことだと思うのですが、わたしはちょっと相性が悪いのか、文章から実際になにが起こっているのかとか、どういう状況なのかというのを把握するのがなかなか難しくて、物語に入り込むという感じの読書体験にはなりませんでした。がんばって「こういうことかな……?」と、推測しながら読むような感じ。
 ビーカーとシンクの喩えでもよく分からなくて、主人公がどういう状況でどこに落ちたのか、いまも分かってません。わたしの理解力の問題かも。
 お題の「逆境」については、いちばん逆境っぽいシチェーションだったのが死風が吹き込んできてどうにか逃れようと椅子から机に乗り移ったところだったんですが、ここからわりとスッとネタばらしに入っちゃってるので、もうちょっと「さあここからどうする!?」と引っ張ってやるとサスペンスが演出できたかなぁと思います。
 さあどうする? なんとかしのいだ! さあ次はどうする!? というギリギリの選択の連続で読者の興味を牽引していけるとエンタメ度合いが高まるでしょう。

謎の巡礼者:
 死風と呼ばれる現象に苛まれる帝国と、死風を研究するリョドという人物のお話。
 重々しい語り口で進む物語には独特の雰囲気があって良い。ただ、いかんせん開示される情報が少なく、この小説が果たして何を描いている話であるのか、ほとんど史料研究的な読み解きを必要とするのが難ありの作品と見ました。
 もしかしたらそれを狙って書いているのかもしれませんが、だとするとあまり好奇心を湧きたてられなかったです。
 死風という現象とその正体を巡るお話とだけするのであれば、舞台設定がどこかわからない帝国である必要はなかったと思いますし、逆にこの帝国である必要があるならば、この世界の詳細をもう少し知りたいというのが正直なところ。
 説明的な文章は読者を離れさせることも少なくないけれど、それがあるからこそ作品世界がより輝く場合があって、この作品はその手のものだと見ました。読み解きに必要な情報があるのであれば提示してほしいし、そうあった方が楽しそう。
 たとえば冒頭からして「遠見」というのが何を指しているのか今のままだとわからないので読む手を阻害してしまいますし、世界を死風が満たしその死風が壁の中に流れ込んでくるかもしれないというビーカーのたとえ話もわかりやすくするためのたとえ話なのにそれもよくわからないしでミスマッチ。
 ただ、この独特な世界観と語り口調には目を見張るものがあるのは確かですし、世界観を知るためのものや、この物語のキーマンでもあるリョドと老爺の人となりだとか、そういった装飾をつけることで爆発的に面白くなる可能性を秘めていると感じました。
 後は単純に私の好みとして、宇宙から来る現象が地上の人々にはそうとは知れない、というのも好き。できることならこのお話をもっと楽しみたい、そう思える作品でした。

14:八月の虚空/有澤いつき

謎の有袋類:
 初参加の方です。参加ありがとうございます。
 ブラック企業に勤めていたけれど、心が壊れる前に辞め、転職活動に励んでいるけれどどんどん心がささくれ立っていく主人公のお話でした。
 お恥ずかしいことなのですが、僕は就活というものをやらずに済んでいるのですが、それでも主人公の心の摩耗や、慰めや励ましに対して嫌な態度を取ってしまうと言う描写の丁寧さがすごくグッと来ました。
 このまま大変なことになってしまうのかなと思ったのですが、カウンセリングを勧められ、カウンセラーさんに救われて前を向けるという結末が爽やかですごく好きです。
 派手なことが起こるわけではないのですが、こういう日常と地続きのもので、読んだ後に元気をもらえる作品っていいなと改めて思いました。
 文章も非常に読みやすくて、どんな世界で誰がどんな状態なのかということが過不足なく描かれているということの心地よさを改めて実感しました。
 すらすらと読めるので最後まで一気に読んでしまうのですが、最後辺りに思いっきりタイトル回収をすると作品の印象が更にグッと強くなるかもしれません。
 しっかりとした地力の高さの上に積み上げられた構成や読みやすさといった魅力や、爽やかな読後感を損なうほどではないので気にしなくても大丈夫です。
 主人公の前向きな結論が、自分の気持ちまで引っ張って持ち上げてくれるようなとても面白い作品でした。

謎の概念:
 いい話ですね。行き詰ったとき、ひとりで考え続けても悪いループに入ってしまいがちですから、公的サービスに自分からアクセスするのは大事です。もっとひどくなると、そもそも公的サービスに自分からアクセスする体力すらなくなっちゃいますからね。
 で、いい話なんですけど「いい話だなぁ」で終わってしまうので、読み終わっちゃうとわりと印象が薄い感じです。読者はわりと薄情なので「よかったね」で消費しちゃって、すぐ忘れてしまいます。
 とくに特別ではない物語を、とくに特別ではない言葉で、ということに価値がある物語ではあるんですけれど、どこか一カ所「ここの一文だけは読者の心に刻んでやろう」という意気込みで研ぎ澄ませられると、作品の価値がドンとあがると思います。

謎の巡礼者:
 ブラック企業を退職し、転職に行き詰ってメンタルの疲弊している「私」がキャリアカウンセリングに出会ってちょっとだけ前を向けるようになる話。
 転職エージェントとのやり取りで、どんどん選考に落ちて行ってしまうから最初の条件から考え直すことになってしまって本末転倒、の流れとかリアル。私も自分が転職したときのことを思い出して「うっ」となりました。
 重ね重ね、良いですね。とても好き。物語として何か大きな変化があるわけではないけれど、ちょっとした出会いやちょっとした出来事との遭遇が、少しだけ現実の見方を変える、という話が私はすごい好きです。この作品もそういうお話で、主人公が転職の逆境に鬱屈としていたところに何か大きな突破口があるわけじゃないけど、カウンセラーの日高さんに出会って新たな視点をもらえるところで、希望が見えるところでお話が終わる。良い。
 ただ、あえていうならそれだけの話でしかなく、小説というより誰かの体験談を聞いているような気持ちにもなりました。実際、こういう体験談はありふれていると思うんですよね。現実にありふれているものをあえて小説・物語という形に落とし込むのであれば「私」特有の体験があった方が良いです。これは別に何か特別なことを演出しろ、というわけではなく「このお話は現実にもある、特別ではないが大切なお話だ」と感じられるフックを何かしら用意したい、という話。
 文章も柔らかで読みやすく、好きなお話でしたので、他の物語に埋もれないもうワンポイントが何かほしいです! 
 読む側も日々の鬱屈から解き放ってくれる力を秘めた、良い作品でした。

15:眠れる山の戦神/白里りこ

謎の有袋類:
 前回は戦時中の異国で婚姻関係になる朝ドラっぽさのある素敵な話を書いてくれた白里りこさんです。参加ありがとうございます。
 今作は、アジアっぽい大陸を舞台にした異世界ファンタジーでした。
 視点の一人である健忠の最初と最後のギャップや、巨大な戦女神がすごくかっこよくて可愛くて魅力的な作品でした。
 最初は信じていなかった伝統が、本当に尾鰭などついてなく実在の戦女神だったし、直接的に戦ってくれるのがすごく気持ちの良い作品でした。
 これは僕の好みなのですが、一万字の中で頻繁に視点が切り替わると物語への没頭感が失われるような気がして少しだけ惜しいなと思います。健忠だけの視点にカメラを固定する縛りプレイをすると、得体の知れない侵略者たちが来るハラハラ感や、健忠から見てどれだけ伝統がばからしいことに見えるのかという部分に字数を割ける気がします。
 白里りこさんは物語を読者に伝えることがバッチリ出来る作者さんだと思います。なので、ステップアップをして読者の感情をより大きく動かすような物語に取り組んでみて欲しいなと思いました。
 健忠の頭は良いけれど好きな人に執着すると周りが見えなくなるというギャップや、戦女神の弘姐山様のみんなにあがめ奉られているけれど、陽気で気さくな様子と敵への容赦なさというギャップの演出は本当に読んでいてすごく面白かったです。
 自分の里を守る為に、大陸全体を混乱させることになったという結末も個人的にはめちゃくちゃツボでした。
 お題を貰って作品を書く試みも好きなのでこれからも、楽しんで作品を書いて欲しいなと思います。

謎の概念:
 書き慣れてる感じがしますね。けっこう重厚な文体でくるので身構えて読んでいたのですが、わははと笑って終わりって感じのライトな読後感で、よかったです。
 一点気になったのは、銃という概念もなく「謎の絡繰」と表現する部族相手にいきなり機関銃が出てくるところ。いくら各文明には進化の度合に差があるとはいえ、ちょっと一足飛び過ぎる気がしないでもないです。前装式の火縄銃の発明から後装式になり初期の機関砲が発明されるまででもざっと500年くらいはかかっているので、歩兵が持ち運べる軽機関銃が登場する水準であれば、よほどの後進国でも銃の概念くらいはありそうな気がします。キャプションから、どうやら機関銃はお題として使わなければならないっぽいので、そういうことなら時代設定じたいをもうちょっと先、近代くらいまで進めてしまったほうが馴染んだかもしれません。時代設定を進めることで辻褄が合わなくなる部分というのも、そんなになさそうな気がします。 

謎の巡礼者:
 伝統的な山への信仰を続ける壮弘族と、強い技術力で大陸を統一せんとする豪雷族の戦争のお話。なのですが、なかなかブっ飛んだ御伽話が展開されて素晴らしい。技術革新にしても、重機関銃っていきなり発展し過ぎるにも程があるだろうが良いとはなるんですが、敵方がこのぐらいトンデモない方が後の展開が映えるというもの。
 強いて言うならば、冒頭の重厚な舞台設定の語り口とそこから展開されていくブッ飛んだ内容にギャップがあって温度差にクラクラするところがあるので、もう少し砕けた形にするか、いっそのこともっとギャップをつけて起こってることはトンデモないんだけど、語り口はずっと歴史物のそれ、みたいなバランスでも良かったかもしれません。
 伝統と技術の対立の話ではあれど、弘姐山が最高なだけのお話なのも良い。いや──伝統は大事って話ではありますね。
 結果的に大陸統一しようとした豪雷族が滅んだせいで戦国時代突入しているのも歴史の無常さを感じて楽しい部分。壮弘族としては弘姐山がいれば今後も安泰ですから知ったこっちゃないですね。わはは。
 崇高な理念と共に征服を進めていたんであろうに、トンデモねえ伏兵の為に夢破れる冒緋、可哀想。
 そして繰り返しになりますが、弘姐山さま、良いですね。健忠くん、良い趣味していると思います。健忠の恋の健闘を陰ながら応援します! 頑張れ!

16:煙に巻かれて/只野夢窮

謎の有袋類:
 前回はBLにチャレンジしてくれたり、病院で彷徨うホラーを書いてくれた只野夢窮さんです。参加ありがとうございます。
 今回は里帰りした主人公が怖い目に遭うお話なのですが、話の本筋ではないけど「ピース缶って何?」って調べたら厳ついのが出てきた! とビックリしました。ドンキとかに売ってるんでしょうか?
 お話としては夜、丑三つ時に外に出掛けて怪異に飲み込まれる話なのですが、助けに来てくれた死んだはずの妹がめちゃくちゃによかったですね。六歳児にしては知恵がありすぎない? に対する解答が後半にあったのがすごくよかったです。
 捨てられた神様や色々なものが混ざって、兄への復讐をした妹……ごめんなさいがあれば許したのに……という落とし所もすごく好きです。
 個人的には、他にも犠牲者がいて前半に仄めかしがある的な、悪いことが起こるかもしれない……という布石を置いてくれると怪談としての怖がる準備的なものが出来て怖いかも? と思いました。
 ここら辺はいきなり怖い目に合うのが好きなのか、じわじわ怖いのが迫ってきて一気に落ちるのが好きなのかにもよるので、こういう好みの人もいるんだな程度に聞いてくださると幸いです。
 妹ちゃんが魔性っぽいあやかしになったのがめちゃくちゃにグッと来てしまい、僕は最後妹ちゃんを応援してました! 神様と合体した幼児の理不尽さとちょっとした慈悲に似たものもすごく好きです。
 この時期に読みたくなる良いホラーでした! 心当たりがあるときはすぐに謝るのが大切……!

謎の概念:
 100点です。余計な修辞のすくないシンプルな叙述ですが、過不足ないソリッドな文体で、読みやすくクールです。物語の運び方もうまく、ほぼケチのつけどころがありません。正直、一般の文芸誌に載っていてもいいレベルだと思います。わたしの中では頭ふたつみっつ抜けた高評価。
 基本は主人公が田舎で怪異に遭遇するだけの怪談なのですが、振り向いて見てはいけない正体不明の怪異、死んだはずの妹、お香の見立てなど、定番ながらもきちんと作り込まれた要素がしっかり雰囲気を盛り上げれてますし、主人公の年齢、よもつへぐい、そして彼の根本的な自己中心的で他責的な傾向など、読者が微妙にひっかかりを覚えた部分を最後に妹がズバズバと指摘していくところは、ミステリ小説の探偵が犯人を追い詰めていくようなカタルシスがありました。ここまで丁寧に話を運ばれると、主人公の破滅エンドもいっそ清々しくあります。
 強いて言うなら、最後の一文だけ「彼」という叙述になっていて視点が変わっているのはちょっともったいないので、最後まで主人公の主観視点で終わってもよかったかなと思います。

謎の巡礼者:
 黄泉の世界に迷い込んでしまうホラー。怖い話、というよりも身につまされる話。
 タバコを吸おうと深夜に外に出て、この世ならざる世界に迷い込む、そこだけ見るとよく見る話なのですが、異世界に迷い込み、その対策を教えられ、最後に全てがひっくり返されるというこの構成がとても良いです。
 黄泉の世界に迷い込み、そこで幼い頃に死んだ筈の妹に再開し、その妹から元の世界への帰り方を教わる、というこの流れ。最初は「なんかインディーズのホラーゲームのチュートリアルみたいだな」なんてことを思い、そのまま終わるのかと油断していましたが、やられました。まさかのそれ自体が罠でした。作品内でロジックを積み重ねて最後には真相が明らかになる。物語自体はよくあるモノに見えるのだけれど、良いワンポイントのスパイスが効いた作品。
 これはちょっとしたことなのですが、最後それまで一人称で進んでいた文章の視点が切り替わるところが少し気になったため、何かしらの区切りがあった方が引っ掛かりなく読み終えたと思います。
 夏の始まりに、背中の冷える素晴らしいホラー作品をどうもありがとうございました。

17:【猫耳爆乳美少女全裸待機中】/こくまろ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます!
 古の香りが漂うインターネット文学……。顔文字やアスキーアートを使ったWEB小説ならではという味わいの作品でした。
 一人称俺の粗暴猫耳爆乳美少女はとても良いものだと思います!!!!
 全裸のおっさんが顔文字とずっと話し続ける二人称視点の作品で五千字弱続ける胆力がまずすごい。
 一点だけ「イラスト媒体じゃなくてテキスト媒体でしか認識できていなかったということか」の部分が唐突だった気がするので、ここがどのような時空でどういう方法で顔文字くんを呼ぶに至ったのかなどを序盤で説明してしまうと、違和感が少なくテキスト媒体の顔文字くんからのアスキーアートという流れに持って行けたように思えます。
 発想と、ワンアイディアで物語を書ききる胆力、そしてツボを抑えたキャラクター設定がとても優れていると思いました。
 まだカクヨムには4作品しかない作者さんなのですが、これからも作品をどんどん書いて欲しいと思います。

謎の概念:
 んあーっ! さっき100点出したばっかだけどコレも100点! 100点です! こっちは絶対に一般の文芸誌には載らないタイプの100点満点のKUSO小説。コレだよコレ。こういう出会いこそがKUSO小説大賞の醍醐味ですよ。
 古き良きバーボンハウスを彷彿とさせる開幕出オチ。あいまあいまにアイキャッチてきに挟まってくるAA。それも上手につかって、基本的におっさんがひとりで喋り続けているだけの作品をおっさんがひとりで喋り続けるだけでもたせてしまう肺活量。360度どこから見てもまごうことなきKUSO小説であるにも関わらず、基本的な体幹の筋力が超つよいです。積み上げてきた功夫がちがう。
 そして拍子抜けの全裸AAからの、大賞を受賞することにより副賞のイラストで真の猫耳爆乳全裸美少女が顕現するという、こむら川小説大賞でなければ成立しないメタてきな仕掛け! こういう笑っちゃうほど突き抜けたバカバカしさは大好きです。大賞を受賞させてあげたくなるじゃないか!!

謎の巡礼者:
 いきなり読者に語りかけてくるスタイル。
 猫耳爆乳美少女(見た目はおっさん)が喋り続ける小説。……小説?笑 全力でインターネットをしていました。
 いや、猫耳爆乳美少女だとか見た目はおっさんだとか言われても、これが漫画とかアドベンチャーゲームならまだしも文字だけだし、と思っていたら、おっさんに相対する主人公(俺)はずっとテキストしか認識してなかったことが指摘されるくだりで爆笑しました。それはズルいだろ。5億点。
 最初から最後まで古き良き? インターネットのノリでバカらしいんですが、こういう作品が許されるのもインターネット文学の良さです。いや、ここはインターネット文学大賞の公募ではありませんが。
 ただ、文章としては5,000字とまあまあの長さなので、これがテキスト媒体だから主人公もテキスト媒体としてしか猫耳爆乳美少女を認識していないぜ☆(大爆笑)のくだりまでに、何かしらのフックが欲しいな、とは思います。勢いの暴力だけで成り立っているので。いや、勢いだけでこれが成り立っていること自体が充分すごいのですが!
 笑わせてもらいました。嫌いじゃないぜ。

18:感情のないお前たちに、わたしの最高にエモい一撃をくらわせてあげるわ/大澤めぐみ

謎の有袋類:
 Kindleで胎列霊算庫15兆年譚 -Blood-Wheel ENGINE-が発売中!大澤めぐみさんの参加です!ありがとうございます!
 めっちゃよかったーーーーーーー!うわーーー!!!!
 序盤の舞台説明&日常→トラブル→逆境からのめちゃくちゃに気持ちよいアクションシーン→タイトル回収の流れがめちゃくちゃにエモい!
 ちょっとした描写とかで夕花の名希沙への感情が伝わってくる部分、そして序盤に名前が出ていた天外くんが後半で存在感を出すところ、パグーの設定と疑似人格!
 一万字の短編、逆境というお題の活かし方、構成のエンタメ力と布石の置き方からの気持ちが良い「あー! そういう回収」という心地よさ!
 すごくよかったです。最初、夕花がジェットブレードが得意という情報提示の仕方とか、パグーがパートナーボットだという設定で口が悪いという設定と天外の疑似人格だったということが明かされるまでの展開、そして最後の「感情のないお前たちに、わたしの最高にエモい一撃をくらわせてあげるわ」がめちゃくちゃによかった。
 感情フルスロットル! 後先は考えない! それが人間だ! ナウシカのラストを思わせる最後もめちゃくちゃによかったです。
 めっちゃよかったーーーーー!
 講評、なにか一つ更に良くなることを言おうと思ったのですが、天外くんは眼鏡を掛けていて黒髪で華奢なちょっと塩顔のイケメンだといいなということくらいです。
 うわーーーーよかったーーーー!
 タイトル回収でドカン! ってやるのは僕も身に付けたいのでお手本にしようと思いました。めちゃくちゃよかったです。

謎の概念:
 まず主人公の村を焼くと、とにかく物語が動き始めます。アイデアが浮かばないよ~っていうときは、ためしに村を焼いてみよう!

謎の巡礼者:
 気象局という言葉や、地球ではこういう赤い光を夕日と呼んだなどの文章で、冒頭からこのお話が宇宙SFだと即座にわかり、物語に一気に入り込む土台を作っているところから、流石と感心しました。
 そしてそこから展開する主人公の住むコロニーを襲う悲劇と、友人の死とその友人のパートナーボットの豹変、そのパートナーボットの口から語られる世界設定(主人公にとっては知っている情報のおさらいだけれど、ここで読者にもこの主人公の住むコロニーがどういう場所なのかが端的にわかる作り)と息をつく暇のないテンポの良い話がどんどん進む。短編のシナリオ展開とはかくあるべし、といったところですね。
 人間の感情は感染症の一種だから根絶しようとしてコロニーを破壊した“地球”への復讐を決めるところからのタイトル回収。めっちゃアガる。エモい。
 全体としてはこれから始まる壮大なスペースオペラの第一幕、といった風の作品。一つ一つの要素で最高潮にアガったところで終わるのも長編連載の第1話っぽさがありました。
 逆境というテーマから最初に想像するのは、やはりその逆境にどんなことがあろうが立ち向かう様子だと思うのですが、本作はまさに「その瞬間」を描いた作品でした。
 ここから始まるであろう感情のない地球人との戦いの歴史が次々に頭に浮かんでくる……。好き。

19:九死に一生を得続ける男/サトウ・レン

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 九死に一生を得続ける男の自称親友の独白で、九死に一生を得続ける男の半生が語られていきます。
 オチは九死に一生を得続ける男が何者かに殺されていて、語り部である主人公は警察に取り調べを受けているところだった……というお話でした。
 こいつが犯人でしょーと思わせておいて、最後は「あ! 本当にやってないのかもな」と思わせる結末が好きでした。
 感情的になりやすい性格だと自供しているのも「やりそう」と思わせる説得力があって、犯人でしょポイントが高まるのですごくよかったです。
 文字数の関係上難しいとは思うのですが独白形式の作品、どうしてもモノローグになりがちでハラハラ感は薄れる傾向があるので「へぇ、怖いんだ?」辺りからリアルタイムで九死に一生を得る男のそばにいる男の一人称視点で書いて、最後に警察で取り調べを受けている描写を出して「だったら刑事さん、持ってきてくださいよ。あいつの死体を」というオチだと、より威力が高まる作品になるのかもしれません。
 淡々とした作品として描写したい場合は、今のままの独白形式が正解で、今のままでも驚きと意外性はあったので、狙ってこの読み口にした場合は僕のアドバイスは無視して大丈夫です。
 語り部のやけに親しげで明らかに胡散臭い男の人物設計や、九死に一生を得続ける男というアイディア、九死に一生を得続ける上にモテるという嫉妬を抱くには十分な説得力、作中の布石の置き方が素敵な作品でした。
 意外性のあるオチ! も自分の予想を気持ちよく裏切られて読後感がすごくよかったです。
 これで本当に語り部が殺しに成功していた場合はしっかりと読み切れなくて本当にすみません。
 楽しく作品を読めました! この物語の真相など講評がでた後にどこかでこっそり書いてくれると僕がうれしいです……。

謎の概念:
 これはどうなんでしょうね? どういうオチだったのか、わたしはちょっと釈然としませんでした。死体が見つかってないってことで、現在、その友達は行方不明ということでしょうか? たぶん、この本文からでは「語り部は本当になにも知らない」のか、それとも「語り部がついに死体も残らない方法で彼を殺した」のか、確定しないですよね。わたしが読みこめてないだけでしょうか? 
 死体が見つかっていないのであれば、現在は殺人事件ではなく行方不明事件として捜査中ということで、語り部はなんかいきなり喋り過ぎな気もしますね。刑事さんもシンプルに彼について話を聞こうと思ったらめっちゃ喋りはじめたんで、会話中に「こいつがやったんじゃね?」と疑いはじめたところで、まだなにか裏付けがあるわけじゃないのかな?
 なんにせよ、語り部は九死に一生を得続けている主体ではありませんから、その点ではあまり逆境という感じではないですし、刑事に疑われている現状もどれくらいの温度感なのかがいまいち不明なので、やはり逆境って感じでもない。
 語り部が一方的に喋るだけでなく、刑事のほうからも状況証拠の提示などがあって、語り部の誤魔化しかたがだんだん苦しくなっていったりすると、もうちょっと逆境って感じが出たかもだし、限りなく黒いのに追い詰めきれないという意味で、語り部もまた「九死に一生を得続ける男」なのだ! というダブルミーニングが成立したかも。

謎の巡礼者:
 幼馴染に嫉妬してあわよくば死なないかなと思っている語り部と、その幼馴染である九死に一生を得続ける男の話。
 いわゆる信頼できない語り部による作品なので、この語り部の話すことがどこを信用してよくてどこを疑えば良いのか全くわからないというのが本作の味。
 作者のサトウ・レンさんはTwitterで140字小説を書いている方なのですが、そのショートショート的な面白さが本作にも反映されています。
 ただ「意味がわかると怖い話」じみた話はショートショートの瞬発力があるからこそ映えるのであって、この長さの短編で「幼馴染をいつも殺そうとしていたかもしれない男が本当に殺したかもしれない話」をやるには内容がクド過ぎるように思います。結局真相は全て闇の中なのも、短い作品ならちょっとした引っ掛かりは寧ろ長所なのですが、今回の場合は嫌なモヤモヤが残る読後感に繋がっていてあまり良い演出だったとは言えないかも。
 この長さであれば、本作のように完全に解釈が分かれるお話ではなくて、誰が読んでも語り部が幼馴染を殺したのは明らかなのだけれど、実はそうじゃないかもしれない、くらいのバランスの方が良かったですね。解釈の余地の良いバランスは作品によって異なるので難しいところですが、本作の場合はもうちょっと解釈を固定化できるようにしていた方が全体の面白さにつながったでしょう。
 刑事さんには煙にまこうとしてるんだかなんだかわからない語り部にもっと突っ込んでもっと頑張ってもらって真相解明に近づいていただきたいところ!

20:契約/佳原雪

謎の有袋類:
 雪様! お噂はかねがね! 初参加ありがとうございます!
 魔法使いとなにかの契約のお話。
 何かの目的にために洞窟へ入り、仲間と逸れ、そしておそらく長い間洞窟をさまよっていたせいか、対話している相手の影響で直近の記憶を一時的に失った魔法使いは、愛する夫からの形見を守る為に「その指輪を寄越した男と同じだけの数、指輪を送る」という契約を結び、元の世界へ帰るというようなお話でした。
 ちがっていたら申し訳ないのですが、元となるお話があり、それの番外編のようなお話なのだと思います。
 細かい部分でわからないことは多いのですが、話の根幹である魔法使いは道理を外れた不死のような存在であることや、指輪は魔法使いであるために必要なものらしいこと、指輪を奪われれば魔法使いではなくなるという根幹の部分はしっかりと説明されているので何が起こっているのかや、大変な契約をしてしまったことは伝わってきました。
>その指輪を寄越した男と同じだけの数
 というものが、マギーだけだとしたら一人なので一つだけでいいのかなとも思ったのですが「その先に行われる大規模な闘争を」と書いてあるので少し混乱がありました。物語の根幹に近い部分なので、少し野暮ったくても数が想像しやすい補足を入れると、この作品で雪様の物語に初めて触れる人にも親切なのかなと思います。
 読者と作者には情報量の差が思っている以上にあるので、読者に教えたい部分に関しては説明しすぎになるかも?というくらい説明してもいいかもしれません。
 暗い道をずっと歩く表現、契約を交わす相手の得体の知れない不気味さ、魔法使いというものや、主人公がマギーを愛していたという感情の描写、魅力的な世界観など筆力が非情に高い作者さんだと思います。
 不死、魔法、契約、理不尽でよくわからない上位存在的なものなどすごく好きなので楽しく読むことが出来ました。また自主企画に参加してくれたらうれしいです!

謎の概念:
 キャッチコピーにあるとおり、基本は行って戻って、ただそれだけのお話です。オルフェウスの冥府下りみたいなエピソードですね。
 文章じたいは端正で雰囲気もあり、とてもいいのですが、なにしろ「誰が」「どこで」「なにを目的に」「なにをしてるのか」みたいな主要な情報が一向に提示されないまま仔細な情報を流しこまれるので、これは雰囲気づくりのただのフレーバーテキストなの? それとも重要な要素なの? という困惑が先だってしまい、あまり頭に入ってきません。目が滑っちゃう。
 で、目を滑らせながら最後まで読んでみると、ほんと行って戻って、ただそれだけで、なんかぜんぶがフレーバーテキストで構成されてたなぁという印象でした。作品の独自な雰囲気やムードを作るというのはとても難しく、それじたいは高等スキルなのですが、この作品は雰囲気とムードだけでできちゃっている感じ。もうちょっとお話と展開がほしいですね。
 雰囲気とムードを作るのに比べればストーリーをつけるのなんか簡単なので、一回「まあちょいと子供だましのベタベタな物語でも書いてあげようか」くらいのつもりでベタベタのエンタメ小説を書いてみるといいんじゃないでしょうか。既に個性がしっかりしているので、どうせユニークになります。

謎の巡礼者:
 行って戻って、ただそれだけの話。
 雰囲気作りを終始している作品で、正直こういう文章を編む方の小説は嫌いじゃありません。
 洞窟で仲間と逸れた。語り部は魔法使いである。ということまでは分かっていますが、それ以上の情報は本作にはなく、それが読み進めるのを阻害しているので、形だけでもどういう仲間で、どういう目的と手順でこの洞窟を訪れたのかや、語り部の人となりが少しでもわかる作品単体としての面白さが増すように思います。今のままで全然、文章もよく書けていて、独特の雰囲気も堪能はできるのですが、いかんせんRPGの途中で拾えるテキストアイテムだけを読んでいるような気持ちになってしまう。面白いテキストなのかもしれないけど、俺この物語の本編の設定あんまよく知らねえから何言ってんのかわからんないんだ、みたいな。グレンタウンのポケモン屋敷にある日記とかキングダムハーツのアンセムレポートを本編プレイしてないのに読んでる、みたいなそういう感じです。
 文章力は確かですし、垣間見える設定も面白そうなので、このテキストをより堪能するための世界観やキャラクターの設定をもう少し感じたかったです!

21:地獄の沙汰もキャパ次第/惣菜コーナー

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 タイトルの語感がめちゃくちゃに良い!
 昔話的な語り口調で話される人間の滅亡と復活の物語です。人間全体にとっては絶滅からの復活という逆境を見事に乗り越えた形ですが、地獄側にとっては黒歴史になってしまったというポップなノリもすごく好きです。
 仏教や転生の概念がある宗教のみなさんは救われたと思うのですが、転生の概念がないみなさんたちはどうなったのかとても気になります……というところまで含めてとてもおもしろいお話でした。
 3000字台でまとまっていてとてもコンパクトでいて、読んで「わはは」となれるすごく素敵な作品です。一点だけ何か欲しいなと個人的に思うのは、それこそ転生の概念がない系の地獄からも問い合わせが来ていたりすると世界観に広がりが生まれたり、あの地獄はどうなったのかなという結末のその先を想像する余地も生まれるのかなと思いました。
 威厳のある閻魔様が時々口調を崩したり、最後の話タイトル回収のセリフをいう締めもすごく好きです。
 カクヨムには似作品しかないのですが、文章がとても読みやすかったのが印象的でした。どこかで作品を書いていたりしたのでしょうか?
 魅力的なキャラクターを描けることや、テンポの良く面白い話を書けるのはとても強い武器だと思うので、これからも得意分野を活かしたり、チャレンジをしたりしてたくさんカクヨムにも作品を増やして欲しいなと思います。

謎の概念:
 人間が死に続けたら、そのうち地獄が溢れかえっちゃうんじゃない? みたいなことは誰でも一回くらい考えたことがあるものです。キリスト教世界だと敷地面積のことなんか一切気にせず神の王国にて全員復活する! ことになっているので楽なものですが、輪廻転生でやりくりしている閻魔様は大変ですね。
 ほぼ閻魔様の執務室だけで済みますし『笑の大学』みたいなワンシチェーションコメディで成立しそうですね。舞台劇っぽさがあります。現状ではまだざっくりとしてますが、洗練させればもっとよくできるでしょう。まだ手をかける価値はあると思うので、もっと楽しく! を意識してリライトしてみてもいいと思います。
 大変です!→いいこと思いついた!→ひと安心→大変です! の繰り返しになっていて、読んでいて意外な展開はあまりなく、安心感があります。こういう楽しませかたはぜんぜんあるので(こち亀とかね)決して悪いことではないんですが、まあ逆境っていう雰囲気は薄れちゃったかもしれません。
 最後は空になった人間道を地獄の出張所として使っちゃおうっていうアイデアなんですが、ここは六道輪廻の知識が前提としてないと、ちょっと「うん?」ってなっちゃうかもしれないポイントなので、その点はどこかで説明を入れておいてあげたほうが親切だったかもしれません。

謎の巡礼者:
 人類が滅亡した後の地獄のわちゃわちゃを描くコメディ。
 タイトルのキャッチーさがまず良いですね。思わず読んでみたくなる強めのタイトル。
 それで気になった読者を引き込んで、人類滅亡してあの世に死者が押し寄せてきたら大変だ! という大変にわかりやすい舞台設定が展開。そこから拡がっていくお話なので基本的には誰でも取っ付きやすい、というのも強い。
 せっかくポップでキャッチーなタイトルだとしても、ここでちょっとでも取っ付きにくいと読む側としては大きく減点してしまうポイントだと思うので、そんなことなくページを開いたその瞬間には「人間が戦争で滅亡したときの話」と傍点つきで文字が目に飛び込んでくるのは本当に親切。
 地獄の閻魔大王のもとに獄卒から問題が転がり込んできて、それに頭を抱えながらホットラインで梵天様とも話して、また問題が転がり込んできて、とワンシチュエーションコメディとしてかなり秀逸なので、読んでいて小気味良い。観客の笑い声が聞こえてくるかのよう。
 問題が起こり、それに対しての解決を考え、それに対して穴があってまた解決考えちゃいけなくて――からの、ことの顛末が綺麗に描けているので、後もう1回くらい獄卒からの問題が転がり込んできた方が全体のバランスが取れていたように思います。
 サブタイトルの回収もお見事。そっか、何かと思ったら人類滅亡で困った閻魔様の台詞だったんだ。
 前述の通り、ワンシチュエーションコメディとして完成度が高いのでト書きにして演劇脚本とかにもできそうです。楽しいお話でした。

22:おうと君とめまい君/志々見 九愛(ここあ)

謎の有袋類:
 未だに僕の心を掴んで離さないスワイパー・セヴンの作者、しじみさんの参加です!参加ありがとうございます。
 え? 本当にスワイパー・セヴンの人? 前回のヘッドホン・スパイラルも難しい作品だったのですが、マジでキャッチコピーに偽りなし! 吸血鬼だいたい全部盛り!
 途中のラテン語ずるくない? めちゃくちゃによかったーーーーー!
 あと絶対わるいやつじゃーーーんって思ってたおうとくんが、そういうさー! めまいくんを吸血鬼にして救った本人で、今も孤児達を守ってるのはよくないじゃーーーん!(好きという意味です)
 構成も最初のめまいくんを助けたときの逆の構図で終わるのが最高。
 吸血鬼系でも珍しいというか、僕はあまり見なかったのですが、動物の血を飲むと体に影響があるみたいなのめちゃくちゃによかったです。狸の血で軽くチルになってるおうとくん、いいね。
 好みドンズバ100点すぎて冷静な判断が出来ないのですが、メラニン排泄剤あたりの下りだけ少しわかりにくかったので補足があると更に親切かもしれないなと思いました。
 ここはあまり話しちゃうのも野暮だとは思うのですが!
 多分、メラニンや動物の血でごまかしてるけど人間の血を故意に飲んでないのでおうとくんも弱ってるということですよね?
 細かい部分はそのくらいなのですが、それは些末なこと!
 めちゃくちゃによかったーーーーー! 吸血鬼! しかも吸血鬼にされた側とした側! 血のパウチ! 隠しているけど死にたがりの同族とそれを止める同族!
 好きがてんこ盛り! またこういうのを書いてくれるとうれしいです!

謎の概念:
 昇天ペガサスMIX盛り! 厨二病! ゴージャスな修辞がいいですね! このままフルスロットルで駆け抜け続けましょう!
 ほんで「ちゅ、ちぱぁっ♡」とちゃうねん。ここだけいきなりネチっこいな。めちゃくちゃ笑ってしまった。
 ツンデレとツンデレがツンツンデレデレしてるのは非常にいいのでいいぞもっとやれなんですが、そもそもなんでめまい君がおうと君の元を去ったのか、いまは若干反目してるのか、みたいなところがとくに描かれてなかったですね。めまい君は望んで吸血鬼になったっぽいし、それだとおうと君と別れる理由がそもそもなくないですか? みたいなのはある。
 過去になんらかの出来事があり決別したが、しかしそれは誤解であった、みたいなエピソードがあるともっと自然に関係性が収まったかな? と思います。

謎の巡礼者:
 吸血鬼BL(ブロマンス)。荒廃した新宿とそこで生きる二人の吸血鬼の話。設定の勝利。これだけで楽しい。
 マイム卿(おうと君)のおしゃべりクソ野郎感とめまい君の悪態つきだが義理人情に厚そうな言動。
 この二人の関係性と現在のやり取りだけで完成している作品なので、舞台設定も特殊だけれど、それよりも二人の馴れ初めやこれまで歩んできた道程が気になるようにできている。つまりはキャラとして魅力的な二人のお話がしっかり展開しているということで、良いですね。
 途中の「ちゅ、ちぱぁっ♡」とラテン語はなんやねん、びっくりした。そういう遊び心も作品の雰囲気を損なわない程度にちりばめられて……ちりばめられて? ここだけ色々濃度が高い気がする――けどそれはそれ。
 前述の通り、おうと君のクソおしゃべりとめまい君の悪態が楽しいお話ではありますが、二人の背景などは語られるけれど、この二人を軸にして何か新しい物語が語られるわけではない。なので、正直自分は二人のやり取りを最初から最後までずっと楽しめたとは言い難く、途中から飽きてしまった節がありました。
 現状を紹介して、現状のまま最高で最低な付き合いをしている二人、といった感じではあるので、何か一つで良いから展開する物語を読みたかったです。
 しかしおうと君、良いなあ。ずっと見てたい。

23:大谷翔平にポケモンカードで負けたら自殺するしかない/ライオンマスク

謎の有袋類:
 多分、こむら川でははじめましてですね!ライオンマスクさん参加ありがとうございます!
 大谷翔平が地元のカードショップにいる! という状況に直面し、主人公が半生を振り返りながら、決心をして席に着くまでの話です。
 大谷翔平さんが地元のカードショップにいるという自体だけで3000字を走り抜けた胆力と文章力がすごいです。
 ポケモンカードにも野球にも詳しくなくても、作品を読むことに支障はなく、とにかくあまりうまくパッとしなかった半生を振り返り、母のちょっとした一言が心に刺さり続けていたという表現や、日常の中に大谷翔平さんという野球をわからなくても名前を知っているすごい人を放り込むことによって一気に非日常感を出す構成がすごく好きです。
 物語の規模としては助走をして終わったという印象が大きいように思います。
 文字数の余裕もあるので、実際に勝負をするというか物語の中で主人公を行動させて何かを終わらせると、納得感というか満足感が大きくなるのかなと思います。 
 大谷翔平という大きな異物感はあるのですが、この作品の魅力は主人公の感情の機微だったり、周りの友人達のライフステージが変わっていく中で取り残されたような焦燥感、それでも好きなものを好きでいたい気持ち、カードを落としてしまったときの走馬灯に似たようなカードへの思い入れといった丁寧な内面の描写にあると思います。
 飛び道具に頼らなくても、魅力的で繊細なお話を書ける作者さんだと思うので、そちらの方面でがっつり作品を書いてみて欲しい気がします。
 トンチキ方面もしっとりシリアスだったり繊細な方面もどっちも書ける最強の小説マンを目指して頑張って欲しいです!

謎の概念:
 100点満点のKUSO小説です。すき。こういうのが出てくるから川小説はやめられない。
 一行目から大谷翔平が出てきますが、最初から最後まで「ただそこにいる」だけで、登場人物というよりは舞台装置ですね。「ただそこにいる」だけでこの存在感ですから、やはり大谷翔平はすごいです。小説に大谷翔平を出すのなんか本当に簡単で、ただ「大谷翔平がいる」と書くだけでいいのに。これはすごいことですよ。
 大谷翔平はいるものの、本当に「ただそこにいる」だけなので、登場人物は事実上主人公ひとりだけです。この主人公ひとりのモノローグだけで、逆境に直面し、逡巡し、一度は心が挫けかけ、しかし誇りを取り戻し、敬意をもって決死の覚悟で戦いに挑む。ここまでの感情の動きを見事に描き切っているのですから、すばらしい。まごうことなきKUSO小説なのですが、ハリウッド映画ばりの見事な感情曲線を描いています。出来事ではなく感情の動きこそがドラマなのだということが逆説的に実感できますね。
 ただまあ大谷翔平は暗黒剣なので、代償に向こう数年ほど「大谷翔平ポケカの人」と認識されてしまうなどの弊害が出てくるかもしれません。わたしも近年の代表作は「Lemon」です。わりとあとでじわじわ効いてきます。

謎の巡礼者:
 タイトルが強いタイプ。Web小説の悪いところが出てるぜ。これぞKUSO。
 褒めてます。
 ポケモンカードの大会に行ったら大谷翔平がいて、しかも参加者は自分と大谷翔平の二人だけ。だからここで闘わなくてはいけない……。舞台装置としての大谷翔平の使い方が秀逸すぎますねこれは。
 人生のほとんどをポケモンカードにかけてきた主人公に、ここでもし大谷翔平にポケモンカードで負けてしまったら? という疑念が沸き起こる。カードに全てをささげてきた人生。なのに負けてしまえば、あまり価値を感じていない自分の人生がいよいよ価値がないことになってしまう。なるほど、真理である(なお、マジレスするならいったん落ち着け、と言いたい)。
 俺達の闘いはこれからだ! とばかりに大谷翔平にポケモンカードを挑むところで作品が急にパタリと終わるのも、今回の場合悪い方に傾いている、というばかりではないように思えるからすごい。本当か?
 カード大会に大谷翔平がいた、というその一瞬だけで切り抜けた小説というだけで面白いのですが、読んだ後に大谷翔平+αのフックがあるといいですね。今のままだとマジで大谷翔平しか頭に残らないので。それでいいっちゃいい作品ではありますが。
 さてさて、彼は大谷翔平にちゃんと勝って、自分の人生にもちょっとは意味があったんだと思えるでしょうか。健闘を祈ります。

24:小夜啼の塔/月音

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 歪な愛の関係! 対照的な見た目の二人! 背中の翼!
 めちゃくちゃに好きなお話でした。
 綺麗な世界の歪んだ愛情……。二話目で少女の内面が明かされるのがすごく好きです。
 閉じられた世界で、この二人はこれからどうなるのか……ずっとこの関係性を長く続けていくのか気になります。
 物語のプロローグにもなりそうな内容で、美しく繊細な世界観と、お互いのすれ違いが描かれていて楽しく読めました。
 これは僕がもっとこの二人の物語を読みたいという欲望からでた要望に近い話なのですが、ここから更に話を発展させて一騒動起こしても面白い作品になりそうなので、この設定を元に一万字くらいの物語に膨らませてこの二人の関係性の変化も見たかったなと思います。
 閉じ込められている女性の方が逆境に置かれていると思いがちなのですが、愛している存在をいつか壊してしまいそうな自分という男性の方も逆境であるという構成が好きです。
 ファンタジー系のお話を多く描いているようなので、これからも長所を活かして好きなものをたくさん書いて行って欲しいなと思います。

謎の概念:
 パッと簡潔に言いきってしまうところと、修辞を凝らして文章を華やがせるところの緩急がうまいです。絹糸に星のかがやきを織り込んだような~とかを一生やっているとだんだん文章がくどくなってしまうものですが、すごくさらっとしていて読みやすく、無理がありません。きれいなドレスを上手に着こなせている感じ。
 前半と後半で視点が入れ替わるとともに、ふたりの関係性も転倒するのがいいですね。わずか3000文字程度の掌編ですが、足りないということはなく余計なものがないという印象で、完成度が高いです。
 これはこれで完成されていてケチのつけどころはないのですが、やはり小品ではあるので、次はもうすこし規模の大きな物語も読んでみたいです。
 作品としては一つの完成形なので、全く別の視点から見る別の短編などがあってこの作品が短編集のうちの一遍だったりするとまた読み味が変わってきそうですが、一品としての強さは若干弱めでした。
 少女を無垢なままにしたくて閉じ込める男と閉じ込められる少女の歪な関係を描くお話。さらっと普通に想像する人間同士ではなく、背中に翼を持つ者同士のお話であることが文章で語られるなど、読ませる力が強かったです。
 前半は歪んだ愛で無垢な少女を閉じ込めたい男の側、後半はその男の愛を受け決して無垢なままというわけでもない少女側で展開される構成がすごく好みでした。

謎の巡礼者:
 少女を無垢なままにしたくて閉じ込める男と閉じ込められる少女の歪な関係を描くお話。さらっと普通に想像する人間同士ではなく、背中に翼を持つ者同士のお話であることが文章で語られるなど、読ませる力があり、上手い。
 前半は歪んだ愛で無垢な少女を閉じ込めたい男の側、後半はその男の愛を受け決して無垢なままというわけでもない少女側で展開される構成がすごく好みです。
 全体としてのインパクトには弱いのが難点かもしれません。作品としては一つの完成形なので、全く別の視点から見る別の短編などがあってこの作品が短編集のうちの一遍だったりするとまた読み味が変わってきそうです。
 語るべきことをしっかりと語り、魅せるべき関係性をしっかりと魅せているのでこれ以上足すところも引くところもなさそうです。本当に言うことがない。

25:どんなに暗くても、/サトウ・レン

謎の有袋類:
 九死に一生を得続ける男を書いてくれたサトウ・レンさんの二作目です。
 一作目とは雰囲気というか湿度ががらりと変わった作品でした。
 どんなに暗くても、明けない夜はないという言葉が作中で繰り返し使われるのが印象的です。
 会社に行きたくない理由、夜が明けてしまったことを惜しむ理由が明かされないまま、車の前にへたりこんでいた悩みを抱える少女に出会い、海へと近場への逃避行を行う主人公。
 少女のなかなか重い悩みである母を殺したという話を聞いても、絶対に通報をしないと言い切る主人公を「義理堅い」と思ったのですが、その他にも理由がありそれが自分も殺人をしていたからだった……という真相の明かし方がすごく気持ちよかったです。事前に「過去形」と言ってたし、言葉の定義にかなりこまかい彼女とのことだったので言い争いになり、殺してしまったのだろうな……と経緯を想像するヒントを置いてくれているのもすごく親切だなと思いました。
 一点だけあるなら、最後に降ってる雨を止ませて晴れ間を見せると「明けない夜はない」に説得力があるか、暗雲がずっと広がってるという描写などを入れるとタイトルや繰り返されている言葉が更に際立つかも? と思いました。
 お話の構成や、親戚な布石の置き方も丁寧ですし、全体的に重いはずなのですがそれを感じさせないどこかカラッとした描写が読後感を良くしている素敵な作品でした。

謎の概念:
 わけありの男とゆきずりの女がふたりで海までドライブ。定番のシチェーションですね。現状だと出来事のアウトラインをザッと素描している感じでちょっと描写がそっけないので、もうすこし書き込んでもいいかもしれません。
 いわゆるロードムービーてきなシチェーションですから、流れる景色やカーステから流れる音楽などに登場人物の語られない心象などを暗喩させたりできるとテクニカルです。車内には悲愴な音楽が流れているんでしょうか? それとも呑気でバカっぽいJ-POP? あるいはラジオでニュースキャスターがどこかのアパートの一室で誰かの遺体が発見された事件を伝えたりしてるでしょうか? ディティールを詰めてイメージしてみましょう。
 小雨が降っていて、たぶん夜が明けたといってもそんなに明るくはないんでしょうね。気だるくダウナーな雰囲気でまとめられてていい感じなのですが、ときおり雲間から光の筋が射したりしていませんか? 敢えて風景描写を美しくすることで、その美しい世界から自分はもう疎外されてしまったのだ、みたいな寄る辺ない心理を強調したりもできます。
 最後のオチに持っていくために、冒頭あたりに二周目であれば意味が分かるていどの引っ掛かりを作っておけると、さらに納得感が増すと思います。

謎の巡礼者:
 サトウ・レンさん2作目。
 会社に行くのが億劫な会社員とどこか遠くへ逃げたい少女の逃避行。定番の始まりで良いですね。旅は距離の問題じゃなくて心の問題ってのは地味に名言だと思う。
 主人公の性格のせいではあると思うのですが、少し文章がクドく感じました。
 文章に作品としてはあまり必要でない修飾を施すのであれば、主人公の人となりがわかる設定やエピソードを加える方がスマートに思います。
 せっかくのドライブシチュエーションなので、窓から見える情景を描くシーンなどを増やすのも一手かもしれません。
 最後に主人公と少女がなぜ逃避行をお互いを何も知らない二人でしたくなるほどに心が疲弊していたのかのタネ明かしパートが入ります。
 こういう構成、サトウ・レンさんっぽいですよね。これは何度体験しても良いものです。細かいところですが、少女のきょう一番の饒舌な独白がセリフではなくて地の文として書かれているのも好きポイントです。
「どんなに暗くても、明けない夜はない」の一文から始まって、その言葉について二人で話すところで終わるのが綺麗。
 倫理的な状況におかれていない二人が倫理的な言葉にブラ下がっているような終わり方が好みでした。

26:だから僕は先輩と、この喫茶店を繰り返す/ラーさん

謎の有袋類:
 第四回こむら川小説大賞を赤眼のセンリ 零を携えて覇者になったラーさんの作品です。参加ありがとうございます。
 前回は夢の曖昧でサイケデリックな様相を描いた夢限軌道限界進撃と、WEB小説という仕組みをうまく利用した片想い部長の恋愛相談を受ける僕の片想いで参加してくれました。
 今回はループもの! 最初は浮気かー? と思っていたのですが、全然違った。ごめんね後輩君。
 読んでいる内に先輩のことを後輩くんがどんなに好きなのか、先輩がどういう人だったのかということがわかると共に、どんな理由で閉じ込められているのかが解き明かされていくという内容でした。
 最後まで僕は「先輩……実は病院で目を覚ましてくれ!」と思いながら読んでいました。
 後輩君……悲しいね。
 後輩くんはある意味逆境を乗り越えられなかったのですが、先輩としては自分自身の仄暗い欲望に勝ち、自分自身の理想の姿で後輩君を助けられたのである意味逆境を克服しているんですよね。
 すごく良い作品でした。めちゃくちゃに良い作品だったので「えーんハピエンが見たかったーーー」という僕の欲望五億%のなにかしかなかったです。
 後輩くんがどんどん折れていく様子や、真相がわかった後の先輩がすごく好きでした。
 終わらない夏……終わっちゃった……。
 後輩君がせめてこれを乗り越えて幸せになってくれることを祈っています!

謎の概念:
 エモい!(鳴き声) エモですね! いいですよ! エモはどんだけ盛っても盛り過ぎということはないのでじゃんじゃん盛ってください。
 後輩くんも先輩さんも、どっちも理知的なキャラでいいですね。あまり感情的ではなく、冷静で客観的なタイプで好感が持てます。わりと感情を抑えがちなんだな、というのが分かるからこそ、終盤のなりふり構わないエモが映えるというものです。
 お話としてはわりとシンプルで、いちおう1どんでんするのですが、まあ後輩くんと先輩さんのふたりしか登場人物がいないわけですから、物語上の概念てき犯人は二者択一です。そっちに振ってからの~こう、ですよね~という感じで、オチじたいに意外性があるわけではありません。
 しかしそのシンプルな枠組みに乗せれるだけ乗せたエモ! お話なんかエモを盛るための器みたいなもん(暴論)ですから、これでいいと思います。
 強いて言うと、ラストの一文がわりと直接的なので、もっと最高にかっこいい研ぎ澄まされたエモい一文だったら最高です。

謎の巡礼者:
 ああ、良いですね。とても良い。
 先輩であり恋人でもある彼女と同じ日を繰り返している主人公が、ループしていることを決して悟らせまい、と奮闘するお話。
 初手から先輩が賢くて自分達がループしていることに気づき、後輩くんは逆境にさらされます。
 それでも何とかして隠し通そうとする後輩が健気。何故彼はこんなにもループの事実を隠そうとするのか、その事実にも彼女は気づいてしまうまでの流れが実に読ませること読ませること。
 後輩が語り部ではあるけれど、何故ループの事実を隠しているのかは先輩が気付くまでは読者にもわからないので、その真相が気になり先へ先へ面白く読んでいくと特大のエモをぶつけられる作り。こんなん泣きますよ。
 構成もそうですが、先輩と後輩がどちらも好感を持ちやすいキャラクターであることも、この作品のリーダビリティに寄与しています。
 こんなにも魅力的で賢い二人の行く末に好意を持ち、二人の様子を見ていたくなる。それは物語を読み進める上で最上級の動機です。
 先輩は後輩をループに閉じ込めるくらいに、後輩はそれを承知で一万回もループ繰り返しているくらいにお互いに狂おしいほどに愛していることが、台詞や説明ではなく、後輩くんが先輩にループの真相を語る時の動揺した台詞や先輩がループから抜け出そうとする時の決心の様子で静かに示された後の、ループから抜け出した後輩の慟哭は胸に沁みます。
 これから先に進むことも困難で逆境の日々でしょうが、願わくば後輩くんが先輩の引いてくれた手に導かれ、明日へと迎わんことを。

27:きみの忠実なる逆境/海道ひより

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます!
 才能と努力と呪いのお話!
 サンゴちゃんがすごく可愛くて強くて、徐々に心を開いていく鼓くんがすごくよかったです。
 なんでそんな急に刺しちゃったの? ということへの解答編も最後にキチンとあって親切な設計だなと思いました。
 個人的には一万字の短編なので「死ぬって、どんな感じなんだろう」から物語をスタートさせてしまい、サンゴちゃんに前半書いていたことを鼓くんが吐露する形になると物語全体のテンポがあがって最初からグッと読む人を引き込みやすくなるのかなと思いました。
 物語を書く上で大切な魅力的なキャラクターを書く力は高いですし、登場人物の内心の描写や、景色の描写がとても綺麗で印象的でした。
 ひよりさんの長所をたくさん伸ばして、試行錯誤を重ねて更に強くなりましょう!

謎の概念:
 オタクに優しいギャル概念だ。サンゴちゃんはなんぼなんでも盛りすぎ都合よすぎのオタクに優しすぎるギャルやろ~って感じですが、わりと素直に好感が持てたし、これくらいのほうがリアルかな? と日和るくらいならフルスロットルで盛れるだけ盛ったほうがいいので大丈夫です。
 絶望して死のうとしたオタクがオタクに優しいギャルと出会って立ち直っていく話かと思いきや急転直下、なんかいきなりキレて刺すし大丈夫か? ほんで刺されてるほうのお前も余裕やな大丈夫か? で、急に超常バトル世界にシフトします。
 ここの振り幅は、ひょっとしたら敢えてやっているのかもしれませんが、普通に唐突すぎて戸惑うので、もうちょっと丁寧に段階的に出していけたほうがよかったのかなと思います。
 その後に答え合わせパートがあるのですが、ここもちょっと分かんなくて、城ヶ崎の家で飼われている犬が犬神で、それが人のかたちになったのが天乃で、天乃は超絶うまい絵を描いて鼓の道を阻むんだけど、それは鼓が望んだこと? とか、うん? なんぼなんでも迂遠すぎじゃね? と、わたしの理解力の問題かもしれませんが、ちょっと筋が通ってない気がしますし、で結局じゃあサンゴちゃんは最初から鼓に犬神が憑いてるのを知ってて阻止しようとしたってことで、鼓のファンだとかなんとかはただの方便だったのかな? とか、こう、気になるところの答え合わせがされないまま終わっちゃった感じがします。
 魅力的なキャラは書けているので、あとは情報の出していきかたに工夫が必要かも。

謎の巡礼者:
 及ぶことのない「天才」に追いつけず、一番になれずに絶望する話。多くの人は天才を賞賛し自分の作品には見向きもしないが、マスに刺さった作品ではなくて、己の作品に魅せられる人が現れて──という流れではあるのですが、最後には妖が関与する伝奇モノとしての側面がポップアップしてくるのが少々唐突。
 とは言え、入りはかなり良いと思うんですよね。マスに刺さる作品つっても、なんぼなんでも美術館を訪れる全ての客の目を釘付けにする芸術作品なんて、普通に考えれば異常であり、そこには超常の入り込む余地がある。ただ、それは作品のリアリティラインによっても変わる部分。現実ではあり得ないことを描くことができるのがフィクションで、だからこそ妖という非現実的な存在をそこにいるように物語ることもできる。だからこそ、この「大賞」は本作にとってのリアリティラインのどこに位置するのか、それがわかるような部分があったりすると、途中からの妖伝奇モノへのシフトもより自然に感じられるでしょう。主人公も精神が不健康なのでそうした不自然さに気付くのは難しいというのもわかりますが、その辺りのリアリティラインがはっきりしないのにジャンルを移動するのはあまり読者に優しくない。途中、主人公の家系も結構な名家であることが仄めかされたり、意味深な「大賞」作者との邂逅があったりと、要所要所の演出には光るモノが確実にあるので、それが活きる文章構成をより考えてほしいところでした。
 一方、主人公の心情描写とかはだいぶ好きです。挫折感を覚えて死を決意し、そこから救われるけど救われたことに逆ギレしてしまう精神の不健康さが自然に描かれているし、そういう一歩踏み外した人間の心情を、そうでない人にも味わわせることができるのも小説という媒体の良いところだと思うので。
 色々と惜しい作品でしたが、キャラクターも魅力的で磨けば光るところもいっぱいある、今後の活躍が期待される作品でした。
 サンゴちゃんの活躍をもっと読みたいぞ!

28:貴方と〇〇と僕の物語/弓引奏汰

謎の有袋類:
 Vtuberをしている弓引奏汰さんの初めての小説! わーい!
 最初の小説、僕も八割ノンフィクションを書いたので、やはり慣れていない時に小説は半私小説のようなものが書きやすいですよね。僕も似たような感じのスタートだったのでと勝手に親近感を覚えて読んだのですが……! うわー! めちゃくちゃに素敵な内容でした。
 共依存と絶望、別れ、恐怖、そして再開……。初めての小説で、思い入れもある内容をコンパクトにまとめきれたのはとてもすごいと思います。
 小説の良いところは、心情をめちゃくちゃに書き込めるところだと僕は思っているのですが、そういうメリットを最大限に活かした作品で、似たようなことを体験した人にはとても刺さる内容になっていると思います。
 これは、僕はどうしても弓引奏汰さんという存在を知っているので、○○という存在からVtuberの弓引奏汰という存在になったことの比喩なんだろうなとわかるのですが、分からない人もいるので、そこをもう少し具体的にVtuberとか配信者とか他の世界に転生した的な言い方をすると伝わりやすいかもしれないなと思いました。
 でも、本当になにより素晴らしくて嬉しいのは、よくわからない小説を描ききってくれたことです! 本当にうれしいーー!
 何か気持ちの整理につかうでもいいですし、好きなジャンルの短編を書いてもいいのでこれからもこういう企画の時などに小説やまとまった文章を書いて欲しいなとおもいました。
 作文の作法とか、構成のうまさなんて後から付いてくるものなので……!
 奏汰さんの内側にある鮮烈な感情や、それを丁寧に描写できる筆力の高さや、体験したことを昇華する能力、更にこうして知らないジャンルに一歩踏み出してみた勇気をこれからも発揮していってほしいと思います。
 Vtuberの方の活動も応援しています! 参加本当にありがとうございました!

謎の概念:
 キャプションに「これが小説なのかも知りません」とあるんですが、現状だとうん、ちょっとまだ小説じゃないかなって感じです。
 さっき「お話なんかエモを盛るための器みたいなもん(暴論)」と言ったのですが、そうは言ってもやっぱり盛るための器はいるんですよね。生のエモだけでは小説は成立しない。
 で、お話とはなにかというと「誰が」「誰と」「なにをして」「どうなって」「こうなった」みたいな具体的なエピソードの積み重ねですね。面白いとか面白くないとかはおいといて、まずは「誰が」「なにをして」「どうなった」が伝わらないことにはどうにもならない。読者はあなたではないので、情報は本当の本当にイチのところから説明しないと伝わりません。
 なので、言葉に嘘を混ぜるのはぜんぜんオッケーなんですけど、ぼやっとさせちゃうのは良くないです。エピソードは具体的に書きましょう。嘘の話を書いててもちゃんとエモは乗ってくるので意外と大丈夫ですよ。
 まずはまとまった文字数を書き上げたということが大事なので、次は嘘の話を具体的に書いてみましょう。

謎の巡礼者:
 世界がモノクロに見えるほどに心を病みながら「貴方」との共依存を続けてた「◯◯」が、現状から抜け出し、新たな世界に足を踏み入れて今の「僕」になる話、でしょうか。
 文章に「嘘のような本当の話」とありますが、実際に私小説的な意味合いを込めている作品なのでしょう。故に以下、本作を読んでの私なりの返歌のような講評となることをご了承ください。
 私の持論ですが、私小説でもノンフィクションでも、己の人生を切り取る行為そのものが「嘘」、「フィクション」を孕むものです。
 であれば、それを物語や小説として描こうとする時は自分の心の動きだとか感じたこと、伝えたいことでも何でも良い、これだけは嘘をつかないでおこう、と何か一つを決めたなら「物語」という舵を思い切りとって、自分のためだけではない、「どこかの誰か」つまり「貴方」に届く創作をもっと自由にしてみても良い。
 本作の場合ならば、主人公がモノクロの世界を生きるその時々に感じた種々の感情の動き、そこから脱して色のある世界へと進んだ時の安堵や苦労、節々に描かれている心の動きに、抽象的ではなく、何か具体的なエピソードを貼り付けてエモで殴りつけましょう。そうして描いた作品は面白さに関係なく、作者にとっても大きな財産になる、と私はそう信じています。
 どこかはにかみながらも、剥き出しの感情を文章で描こうとしている本作に敬意を表します。

29:桃夭/悠井すみれ

謎の有袋類:
 狼将軍の生贄の花嫁のコミカライズ完結! すみれさんの作品です。参加ありがとうございます。
 中華後宮もの! で良いのでしょうか? ここら辺は詳しくないので的外れなことをいっていたらすみません。
 権力から遠い位置にいる主人公の女性と、皇帝に寵愛されている少年の出会い、そして陰謀による死を経て、知らない野蛮とされる一族の地へ嫁として送り込まれる主人公……逆境で最後を迎えたかと思いきや、少し未来は明るいかもしれないというスタートでした。
 中華もの、大体男の髪の毛が長いので僕はとても好きです。最後に主人公を迎え入れてくれた男性……気になる!
 おそらく、長編の番外編的なものだと思うのですが「オレたちの冒険はここからだ!」エンドになってしまったのが個人的には寂しかったです。
 すみれさんは逆贔屓組ですし、めちゃくちゃに面白い作品なのですが、わがままを言うと番外編だとしても何かを乗り越えてほしいし、主人公にそれなりに大きな変化をして欲しい! と思いました。
 ですが、中華系が普段読まない人にどう見えるのかという目的はチラ見していたので実験場として使ってくれてありがとうございます!とも思います。
 どこかに絵として相関図や解説を載せる的な腕力のある解決法があるととっつきやすいのかなと思いました。でもこむら川のレギュレーションだと難しいですよね。
 漢詩の部分は、翻訳的なものが漢字のあとにあってわかりやすかったです。
 人気だけれど、ジャンル外の人はちょっと踏み込みにくい中華後宮ものという魔境を勝ち上がってほしいなと思います。
 話の最後に出てきた長髪イケメンがとても気になるので、本編の方を読もうと思いました!

謎の概念:
 中華風異世界ものですが、世界観にしっかりとした質感と奥行がちゃんとあって、足腰がしっかりしています。ディティールに強度がある。こういう良さは資料集めとかお勉強とか設定作りをちゃんとしてないと出てこないものなので、ちゃんとしてるなぁと感心します。そして、なによりいちいち華やかなのがいいですね。文章に色がついているみたい。
 桂霄は自分で自分を「地味で目立たない女」だと思っている節がありますが、まがりなりにも皇帝直系の孫娘ですから教養もありますし、比べる対象がハイスペ過ぎるだけで、実は華やかで魅力的な子なんじゃないでしょうか。
 陽春の死体が見つからないのは絶対に伏線だと思って期待してたんですけど、そんなことはなかったですね。あれだけ文字数を割いてスッとフェードアウトしてしまったのは肩すかしでしたが、そのへんは本編のほうに関連するエピソードだったのかな。
 それでどうオチをつけるのかな? と思っていたら、こっちでそう落としてきたか~。そういえばタイトルが桃夭でした。宜其家人。
 中華風の辺境の蛮族ってことは、中央アジアっぽい乙嫁語りな雰囲気ですかね? むしろここからが完璧に悠井さんの得意なやつじゃないですか。続きを書いてください。

謎の巡礼者:
 丁寧な筆致と荘厳な設定による確かな現実味で描かれた中華風ファンタジーでした。
 漢詩風の詩や絶対的な皇帝を中心とした宮中の物語が、煌びやかな文章と共に紡がれていくのが本当に綺麗で、また本作の主人公である桂霄が読者の共感を誘う良いキャラなので、少し難しい中華風ファンタジーの世界観を共に歩むフックになっていました。主人公のキャラが立っていて、それが物語を読むための動機になれているのってすごい理想的なエンタメ小説の在り方ですよね。
 本作では陽春のお話と、彼がいなくなってからの皇帝の気紛れによる桂霄の嫁入りまでのお話でできていますが、各エピソードがそれぞれ独立したものに見えてしまっているのが気になりました。本作の終わり、まさにここから桂霄の嫁入り後のエピソードが展開されていく、長編のプロローグのような読み味だったので、それを踏まえたエピソード立てだったのかもしれませんが、短編一作として読んだ時、これで終わるんだ、と若干の肩透かしを食らった感覚があり、物足りなさを感じたのが難点でした。
 これはつまり続きが読みたくなったという意味でもあるので必ずしも欠点というわけではないですが、お話としての印象が薄れてしまっているのも確かかなあ、と。
 何はともあれ、皇帝陛下の気紛れでどこともしれぬ部族に嫁入りになった桂霄だけれど、その未来も決して暗いものではなさそうで、希望の感じられる結末にほっこりしました。

30:明日はドラゴンとなり、ところによりにわかあめが降るでしょう/秋乃晃

謎の有袋類:
 前回は自作長編の番外編であるトキシックレコードと、長髪イケメンラブコメの先祖の祟りで死ぬまでロン毛「かみきりたい」で参加してくれた秋乃晃さんです。参加ありがとうございます。
 動画配信者としての視点と、おそらくドラゴンになってしまった側の視点を描いてくれた作品でした。
 異世界と実際に行き来できるようになった世界で、会社をやめて祖父のために祖父の発明を活かして危険を冒す一話目の主人公、そして恐らく一話で主人公が見たドラゴンが、ドラゴンになる前のお話とユニークな構成でした。
 一話の最後に降った雨は、恐らくドラゴンの涙的なもので、死んでいる女性はキサキさんなのかな? と思いました。
 一話の主人公の祖父と、ドラゴンの逆境、おもしろかったです。
 二話に切り替わるときに一人称はオレと変わっていたのですが、それでも状況がなかなか飲み込めなかった部分と、物語としては「オレたちの冒険はここからだ」という終わり方なので、一万字というボリューム感で「何を明確に書きたいのか」を絞って描くべきところと削るところを意識すると更におもしろい作品になると思いました。
 ですが、連載の一話、二話目としては掴みも強いし、どうなっていくんだろうという興味を引く内容なのでこのまま講評が公開されたあとに中編・長編として連載するのもいいと思います。
 進捗力と、魅力的なキャラクターや関係性を描くことに晃さんは秀でていると思うので、自分の長所をどんどん伸ばしつつ、更に強い作者さんになってほしいなと思います!

謎の概念:
 うーんと、これは1話と2話は繋がってるんでしょうか? じいちゃんが時空転移装置を発明して、実験は失敗して、おばあちゃんが行方不明。で、この時制では異世界やドラゴンの存在は信じられていないっぽい。ところが2話では明日にドラゴンの血が混じっていることが検査でわかっていたということだから、ドラゴンの実在はもう前提で、その研究がすすめられているっぽい。1話のちょっと未来の話が2話、という構成でしょうか? このへん、普通に提示されている情報が少ないので、いろいろな解釈が成立してしまって一意に定まらないように思います。
 最初に世界観をちゃんとセットアップしてしまったほうが、あとの話が取り回しやすくなります。わたしたちが暮らすこの現実と同じではない特殊な世界を舞台としているのなら、まずはそこがどういう世界なのか、というところから開示していくのが基本的には手堅いです。ただ説明くさくなると、それはそれでよくなくて。
 具体例を出すと……手前味噌になるんですけど、今回のわたしの作品ですと一行目は「気象局発表の予定よりも十五分遅れて雨が止んだ」ではじまりますが、この文だけで「天気を予報するのではなく予定する世界である」ということが分かり、ちょっと未来のSFであることがセットアップされます。そこから「地球では~」の部分で舞台が地球外であることが分かり、序盤のうちに宇宙に浮かぶコロニーを舞台にした作品なんだなと分かる。情報が足されるたびに、だんだん可能性が狭まってきて、世界観が固まります。「わたし湶夕花! 地球近傍に浮かぶ宇宙コロニーで暮らす女子高生!」って説明で始まるんじゃなくて、話を進めながらも自然に設定を小出しにしていくわけです。
 短編では無駄な文字数を重ねている余裕はないので、なるべく一文に様々な役割を持たせる必要があります。この一文で、この物語に必要などんな情報を読者に開示するのか? 書き出し部分はとくにこれを意識してください。

謎の巡礼者:
 発明家の祖父を持つ主人公が洞窟でドラゴンを見つける前編と、そのドラゴンの来歴が語られる後編で出来ている小説。
 前編と後編のつながりを理解する為に必要なガジェットが、前編の時空転移装置(仮)だけで少々わかりづらい、というか今のままでは色々な解釈が可能になってしまっていて、お話としては締まりが悪いように思います。色々な解釈の余地をあえて可能にする、という創作論もありですが、おそらく本作に関しては作者が把握している情報と読者側の知る情報に差が結構あって、物語が飲み込みづらい。
 時空転移装置(仮)の発明は一年前と言っているから、素直に読み取れば明日がこの世界に来たのは一年前、のように読み取る読者が多いのではないかと思いますが、時空転移装置(仮)ですから、起動時と明日の時空移転の因果関係が逆転することはSFガジェットとしてはあり得る話。ただ、その辺りが何もわからないのでモヤモヤしてしまいました。
 文章は読みやすく、スラスラと読み進められてしまうからこそ、複雑なガジェットを物語に利用したのであればその解説になるパートをどこかで入れると、読みやすい上に関心できる、最強の小説になり得るな! と思います。
 明日がドラゴンへと変容してしまう過程はとても楽しく読みました。人間の形だったものがそうでないものへと変わってしまう描写は素晴らしい。
 個人的にはめちゃくちゃ大好きなので、それを秋乃さんの読みやすい文体で読めたのはありがたき幸せ。
 この後、ドラゴンや動画配信者の彼はどうなっていくのか、この先の展開も気になります。

31:釜ヶ崎・2098/@maplin

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 痰と意思疎通が出来る老人が、釜ヶ崎複合体という不思議空間に囚われている最中に特殊な性的嗜好の持ち主と意思疎通をするというお話でした。
 情報量が……情報量が多い……。
 設定の一つ一つはすごくおもしろかったですし、僕はミステリーをほぼ読まないのですが、痰の思い違いで視点が違っていたという回収がおもしろかったです。
 トンカツとパフェと刺身が同じお皿にてんこ盛りになってる! と言う感じの内容だったので、どこに着目して読めば良いのか少し難しかったです。
 それぞれはめちゃくちゃに良い要素なので、それぞれの要素を活かしつつ、要素同士の視点誘導というか「ここを見てくださいね」という部分を目立たせると、おもしろいカオスな作品が更におもしろくてカオスだけど内容はわかる! という感じのお話になると思います。
 釜ヶ崎複合体の設定や、語り部である老人が車椅子になった経緯がすごく好きでした。サイバーパンクやSF的な発想と痰と意思疎通を出来る能力という発想の合体や痰たちが寿命が短く、性格は本体に似るけれど記憶はないことが多いなどのアイディアは本当にめちゃくちゃにおもしろいので、今後も発想力を武器にたくさん作品を書いていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 痰と意思疎通できる痰偵という言葉遊びがバカバカしくていいですね。こういうしょーもない着想から話をまるまる一本書き上げてしまうには、わりと根本的な腕力と基礎体力が求められます。フィジカルがある。
 内容は宣言通り力業のバカミスなんですが、トリックを成立させるために不可欠な釜ヶ崎複合体の設定がわりと複雑かつ知能指数高めで、その勘所というか、特殊性、トリックを成立させている要件がわりとさらっと流されてしまっているので、しっかり読まないとそもそもなにがバカなのかもよく分からないみたいなミスマッチが生じているように思います。
 あまり読者の知性を信じずに、重要な部分は知能指数ゼロのアホに説明するつもりで丁寧に書いたほうがいいかもしれません。
 昭和サイバーパンクな釜ヶ崎複合体というアイデア、ビジュアル感は良く、もっとバカな物理トリックもいろいろできそうで、使い捨てにするにはもったいないので、同じ舞台でもうちょっと腰を据えてプロットを練ってみてもいいのではないでしょうか。

謎の巡礼者:
 痰と話をして事件を解決に導く痰偵!
 すごーい、バカだー。好き。
 そのアイディアだけに飽き足らず、何かどうや、SFらしい世界観が展開されていく。じょ、情報量が多い……ッ! ただ、この情報の洪水の中で本作の世界、〈釜ヶ崎複合体コンプレックス〉ならではの事件が展開・紹介される物語もだいぶ好きです。
 痰をひき殺すって何ですか。好き。
 これだけ情報が盛り盛りだと、大抵は「もっと文章削りましょう」という感想になりがちなんですが、本作に限って言えば「もっと盛りましょう!」が正しい気がします。
 まずは冒頭、〈釜ヶ崎複合体コンプレックス〉という言葉が出てくるだけだとジャンルがまだわかりません。この世界観の一端がもうちょっとわかる形で設定を盛り込み、痰と意識を通じ合せるのとは関係なく、SF世界であることがわかる動きを痰偵にさせてみるなどするといいと思います。
 またこれは私の好みですが、痰偵というアイディアと〈釜ヶ崎複合体コンプレックス〉という世界観がそれぞれ独立したもので、それ自体面白いのですが、その二つの設定を何らかの形で結びつけられていると読み味が安定して良いです。熱帯化した日本では能力者は割と当然に存在していてこの痰偵もそのうちの一つに過ぎないとか、はたまた痰に魂のようなものが宿るのは〈釜ヶ崎複合体コンプレックス〉という場の力である! とか。割となんぼでもこじつけられます。
 事件の概要も独特でバカで良いですね。こういう突き抜け方は本当に最高なので、どうせバカやるならとことんバカを! を期待します。
 面白かったー。

32:『次の球種は?』/吹井賢(ふくいけん)

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。ソダさん方面から来て下さった商業作家の方! 椥辻霖雨の憂鬱重版おめでとうございます。
 少年野球! 因縁がある二人の対決という夏に相応しいアツい展開の作品でした。
 野球、ほとんどわからないのですが、それでもタイトルにもある球種については作品内で説明されているので知識が無くても読みやすかったです。
 めちゃくちゃにすごいなと思ったのは「ここが逆境ですよ」とすごく親切に笠松十四郎くんが氷室君に比べて才能に恵まれないことを示していた点です。し、親切……!
 これは単純に僕が気になるというかここも読みたかったなーと言う部分なのですが、氷室くんが笠松十四郎くんは突発性難聴だと知ったのが多分試合後っぽいなと思うので、誰かから聞いたのか、それとも本人が伝えたのか気になりました。その場面も見たかった……。
 グローブで口元を隠す、ボールが飛んできて「危ない」という声に気が付かない、次に来る球種が分かれば、ヒットを打てる可能性は飛躍的に向上するという部分に打たれた傍点と真相の開示前にヒントを散りばめてある部分の親切さも気持ちよく「意外性のあるオチ」を開示するお手本のような作品でした。
 蓬莱くんと氷室君のコンビもよかった……。参加ありがとうございました!

謎の概念:
 二周目読むと最初から「聴こえてない」の伏線が張られてましたね。伏線を撒き、回収するという手際がきっちりしています。
 非常によくまとまっていて上手なのですが、物語は基本的に時系列通りに進んでいくのに、ところどころカットインで試合後の叙述が挟まるところの処理がちょっと粗いかなと感じました。空行ひとつ、一行のエクスキューズだけで、試合後の視点に行ったり、また試合中の時制に戻ってきたりと往復が忙しく、流れが寸断されてしまっている感じがします。
 また、新聞部の長谷はどちらかといえばインタビューする立場であるのに「長谷マキは、試合をこう振り返る」と書かれると、その長谷にインタビューしているこの人はいったい誰なんだろう? 長谷は誰に向かって喋ってるんだろう? と、ちょっと不思議な感覚を抱きます。
 ここはたぶんドキュメンタリー番組なんかでよくある「関係者の証言」のパートなんですね。画面に長谷だけが写っていて、質問は字幕だけで示される。インタビュアーは透明な存在として隠されていて、長谷はカメラに向かってひとりで喋っている。
 飽くまで一案ですが、このカットイン手法を使うのであれば、いっそ全編をドキュメンタリー調で整えたほうが流れはよかったかもしれません。現状だと長谷の存在がちょっと浮いているので、むしろ彼女を語り部にして、試合後の視点から彼女が「あの試合で感じた違和感の正体はなんだったのか」を追いかけるドキュメンタリーという体で枠をつけると、情報の出していきかたもスムーズになるかも。

謎の巡礼者:
 スポーツ逆境モノ。正直、逆境をテーマにした創作と聞いた時に最初に頭に浮かんだのがこのジャンルだったので、待ってましたといったところです。ここまでなかったのが意外だ。
 二つの高校野球部の対決。それも両チームの中心人物は同中学校出身同士。舞台は上々。熱いシナリオです。
 二中高の氷室は決して不調というわけではないのに、相手校にヒットを連発される逆境に陥っていた、という出だし。
 良い出だしですが、それが氷室にとっては本当に不思議なことであり、あり得ないことである、というのをもう少し強調していた方が、その謎の正体を読者にも共有させて追いかけさせると、作品を読み進めるフックとなると思います。今のままでは最悪、読む側としては「そういうこともあるんじゃない?」「勘違いじゃない?」と思ってしまう余地があります。野球のルールや実力の違いなんて全然知らない読者にも、これは異常事態だ、と感じさせる演出があってもよかったかもしれません。
 試合展開が終わり、氷室たち二中高の置かれていた逆境は、対戦相手である仰木高の笠松の逆境に由来することが明かされる。対戦する両者ともが逆境に置かれている構成は良かったです。
 熱い高校野球の雰囲気と逆境スポーツ物を楽しませてもらいました。

33:文学はおっぱいに勝てるのか〜あるいは、おっぱいから学ぶ文学理論/あきかん

謎の有袋類:
 前回はポーカーのお話とBL的な?作品を描いてくれたあきかんさんの作品です。
 おっぱいはすべてのものに勝る至高の存在だと思っているので、勝てる云々の話はよくわからなかったのですが、おっぱいについて深く考えるのはとても良いことです。
 おちんちん おちんちんちん おちんちん が有りならば、やはりここは「おっぱいぱい おっぱいいっぱい おっぱいぱい」あたりがでてきた方が良いかもしれません。しかし、そこもおっぱいに対する思い入れが浅い先生が出せなかった一撃なのでしょう!
 下ネタを真面目に考えるぞ! というコンセプトはとても好きです。
 おっぱいという文字があると僕はそれだけでうれしいので楽しく読みました。
 お題の逆境というところの回収がわからなかったので、ここがお代回収ポイントですよ! とわかりやすく目立たせるといいかもしれません。
 でもこれは僕が「おっぱい」という単語に目を奪われていて逆境ポイントを見逃しているだけかもしれない。
 Dカップだってなんだって見せてくれて触らせてくれるおっぱいは画面越しの爆乳よりも尊いものですからね。主人公に幸あれ。

謎の概念:
 基本的に会話とモノローグだけで構成されていて、地の文みたいなものがないので、会話の中に埋め込まれた情報から周辺の情報や人物同士の関係性を探っていくしかないのですが、一話めの先輩と翔子の部分はここを上手にクリアしていて、自然と二者の関係性が見えてきます。
 ところが二話にいくと、とくになんのエクスキューズもなく対話の相手が変わっているので、ここがちょっと難しい。叙述の主体が変わっている可能性もありますから、先生と呼んでいるこの主体は誰なのか、誰にとっての先生なのか、みたいな混乱が軽くあります。
 そして全体のバランスでみると、この二話が明らかにちょっと力が抜けちゃっているというか、集中力が保てておらず、やや投げやりな印象を受けるので、それならいっそ必要なかったのではないか? とも思います。先生が出てきた役割って「おっぱいを文学する」を置くことだけで、それ以外の部分ではダダ滑っているだけなので。引き続きの翔子との会話でも代用可能だったのではないでしょうか。
 全編にわたって先輩と翔子のふたりの会話だけで最後までもっていったほうが、かえってシンプルでまとまり感が出たかもしれません。

謎の巡礼者:
 おっぱい文学論。どれだけ高尚な文学もおっぱいには勝てないですからね、仕方ないね。
 後輩の翔子におっぱいは文学になるか、または勝てるのかをひたすらに語る先輩の話。本当にひたすら語り、考える話なので難しいこともなく、気軽に読める印象でした。
 先生とのやり取りをする中で「おっぱい」という言葉には何も勝てないことを熱弁する先輩は面白いのですが、先生のキャラ性があまりに透明過ぎるのでこのパートは別に先輩の自問自答とかでも良かったのではないか、という気がします。または先生にもおっぱいをまろび出させちゃえばよかったんじゃないですかね。
 結局のところ、本作は先輩とその後輩、翔子ちゃんの関係性の話であり、おっぱいを語る先輩の眼が本当に「おっぱい」に向いているのか怪しい気がします。その辺りを「おっぱいが尊い」ことを語るならば先生のおっぱいにも手を合わせても良いし、何かが違うと翔子ちゃんのおっぱいだけに顔を埋めても良い。いかんせん今のままでは登場人物のキャラが透明過ぎるので、おっぱい狂人さんにはおっぱいに耽溺する何かしらの個性がほしいですね。おっぱい。
 そういや完全に忘れていましたが、逆境部分は「おっぱいには勝てない」という本作のテーマそのものでしょうか。
 個人的な感想を言うならば、それはもう勝てないですね。おっぱい。

34:ム〜ンダストちるどれん/モリアミ

謎の有袋類:
 第五回こむら川ではウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイトで金賞を受賞したモリアミさんの作品です。
 これは、もしかしてある意味続編なのでは? とワクワクしながら読みました。
 一話一話がテンポ良く進んでいく、日常もの的な雰囲気の月が落下した後の世界のお話です。
 作った人間のヘキが滲み出ている自律自動機械オートマタたちのコミカルだけれども、全てが終わった後は廃棄される運命にありそうなバランスがとてもよかったです。
 僕はNieR:Automataも好きなので「本当は人間滅んでない?」などと思いながら読み進めていました。
 日常ものっぽい雰囲気なので、オチも少し悲壮感のある未来を予知させておいて、メイドネタを入れていくというのも正解の一つだとは思うのですが、これでおしまい!感のあるオチだと更にうれしいかなと思いました。
 そして「MDC……ムーンダストチルドレンのこと、意味なんて特にありませんよ?」が拾えなくて残念……本当に意味がないのか、なんらかの意味があったのかどこかでこっそり描いてくれると僕がうれしいです。
 読み終わってみて概要欄を読んでみると「四コマ」形式とあったので納得感が強かったです。
 エナちゃんの銀髪ポニテスラッとロリ巨乳系後輩オートマタでオタクという属性てんこ盛りが本当に欲張りセット!という感じでめちゃくちゃに好みです。誰かファンアートを描いてくれないかな……。
 小説で四コマチャレンジをこういった複数人から講評をもらえる場所でするというのは本当に良い試みだと思うのでどんどんやってください!

謎の概念:
 果たしてこれは小説なのか? というと、まあ小説ではなかろうとわたしも思います。絵のない四コマ漫画というか、四コマ漫画を描くためのプロットみたいなものですね。
 月が落ちた後の世界といことで、人類にとって逆境の時代ってことかもしれませんが、自律自動機械たちは楽しそうにやっているので、逆境感はないです。
 お話としても日常系に終始しているので、単純な「この話を読んでよかったなぁ」というホクホク感があまりありません。小説は自由だと信じているので形式じたいは否定しませんが、やっぱりなんらかの読み物である以上は、書くうえで読者に「この話を読んでよかったなぁ」と思わせてやろう! という意気込みが必要でしょう。
 世界観や設定を開示するだけではなく、なんらかのお話がほしいです。

謎の巡礼者:
 月が崩壊して環境がぐっちゃんぐっちゃんになった地球を探索する自律自動機械オートマタ達がわちゃわちゃする中でそんな世界を紹介する作品。逆境要素は序盤で回収、つまり人類にとって地球がぐっちゃんぐっちゃんになってしまったこと自体が逆境環境であるということですね、なるほど。
 ──と思っていたら、キャプションに「目指せ、なんとなくアポカリプス系4コマ」とありましたね。なるほど。4コマを再現したト書き風だったわけですね。
 試み自体は楽しく、一つ一つの「4コマ小説」もよく書けているので面白いです。各話最後のQ&Aもユーモアが効いています。四巻だけないのあるある。
 ただ、そんな崩壊した世界での日常を描くだけの話だけで終わってしまい、少しもったいない。
 せっかく読みやすく面白い世界観だし、まだまだ文字数上限にも余裕があるので、しばしば実際の4コマ漫画作品集がそうであるように、ある程度のストーリーを展開しても良かったのではないでしょうか。もちろんこれは好き嫌いありますし「4コマでストーリーを展開するのは邪道だから本作でもそれはやらない」という思想があるのであれば別ですが。
 魅力的な世界観とキャラクターが構成できているのでもっとこの世界に浸っていたかったです!

35:親の背/魚崎 依知子

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 最後のオチがめちゃくちゃに好みでした! 大好きなホラーの展開で「うわー」ってすごく嫌な気持ち(褒め言葉)になれて、タイトルを見返してすごくよかったなと改めて思いました。
 親の信仰に巻き込まれた主人公と、似た境遇を持つユミ……対照的ですごくよかったです。
 前半の得体の知れないものが部屋の前にやってくる描写や、胡散臭い上司など演出や脇役たちも魅力的で楽しく怖がりながら読ませていただきました。
 字数的には厳しかったんだろうなとは思うのですが、ユミに会うまでの経緯で何故折辺さんの名前を出せば大丈夫だったのかもう少し補足があると新設だったかもしれません。
 ですが、本当にホラーの魅力でもあるオチの付け方がめちゃくちゃに好みだったことと、タイトル回収が本当によかったので、僕のアドバイスは個人の好みの違いだなーくらいにスルーしても大丈夫です。
 夏の深夜に読むのにぴったりのとてもおもしろいホラーでした。

謎の概念:
 文章が端正でとても読みやすく、上手にまとまっています。ぎりぎりまでハッピーエンド感を出しておいてからの、湿度の高いニチャッとした厭なオチがリアルなラインでいいですね。
 所長の「悪魔祓いとかしてくれたらもっとありがたい」というのが、園譜が悪魔祓いの家系である伏線とかだと思ってたんですけど、とくにそういうわけじゃないんですね。普通に、父親が牧師さんなのを知っている、程度の意味だったのかな。
 園譜に悪魔祓いの経験があるわけではなく、本当にただ父親が牧師なだけの不動産屋で一般人だとすると、ユミを巻き込む理由が素人である園譜の「解決には多分、娘の力が必要だ」という勘だけになってしまいますので、ここはちょっと動機付けが弱いなぁと感じました。
「悪霊を放置すると今後も死人が増える」というのと、それを防ぐために「悪霊の元となった人物に実際に殺されかけた、しかもまだ未成年の娘を巻き込む」というのを天秤にかけて、娘を巻き込むことを選ぶ園譜に、わりと「大人としてどうなの」と思ってしまいます。物語をこうしたいという作者の都合でキャラクターが動かされている感が否めない。「大丈夫だ、絶対守る」も空虚に響きます。確証があるわけでもないんだし、そんなこと言うなら最初から巻き込まないほうがいいでしょう。
 ラノベくさくなっちゃうのが嫌だったのかもしれませんが、いっそのこと園譜の父親を悪魔祓いのプロ、エクソシストという設定にして、園譜に悪魔払いの知識がある、という風にしてしまうと、園譜の「解決には娘の力が必要だ」が「多分」ではなく「絶対」である裏付けができ、話の運びが楽になるとは思います。

謎の巡礼者:
 事故物件に現れる幽霊を巡るオカルトホラー。
 全体的にすごい面白かったです。不動産で事故物件ロンダリングを任された主人公がその物件に現れる幽霊とその遺族と関わり、霊障を解決する、というシンプルな筋書きが読みやすくミステリー的に先が気になる文章で書かれていてとても良い。
 確かな物語の面白さと比べ、むしろ物語が面白いからこそ細かいところが気になるといったところがあります。たとえば主人公の園譜のオカルトに対するスタンスがあまり安定していない部分です。オカルトも信じていない、心霊現象にも遭遇していない割りには、事故物件で一ヶ月ももたなかった同業者がいるという事実だけで、霊の可能性を真面目に考えたり、いざ霊障にあってユミに解決策を提示するところなど、彼の性格と言ってしまえばそれまでなのですが、ストーリーの都合に合わせてオカルトに対するスタンスを変えているように思いました。この辺り、父が牧師であることを園譜は気に入っていないけれどもその生育環境の影響で霊的なものに対するスタンスが一般的なものとは違うなどの理由づけも可能なので、そういうアレコレが物語中に説明されると更に良かったかもしれません。
 物語の終わりもただ解決しただけではなく、イヤ〜な読後感を残しているのもホラー作品としての面白さを底上げしていています。
 タイトル通りの結末とも言えますが……園譜さんには頑張ってほしいですね。

36:私と友人で、なんか非日常で戦ってる少女の話をする/まらはる

謎の有袋類:
 はじめましての方が続きますね!参加ありがとうございます。めちゃくちゃにうれしい!
 最初は変身ものの作品語りかな? と思っていたら、友人が自主制作をした映像だという話になり、単なる自主制作ではなく、実際に怪物にもなるし、変身する少女は事情を知らないということが徐々に露わになっていくという展開でした。
 こういう世界の話ね! と飲み込みやすい構成と、友人がぬるっと理解不能の相手になるという描写がすごくよかったです。
 作品全体がとてもおもしろかっただけに最後の部分が思い切ってカットされていたので「よ、読みたかった」と思いました。
 字数的にも演出的にもここをサクッと飛ばすのは正解だとも思うのですが……個人的には読みたかったな……。これは本当に好みのお話なのとなくても十分かっこいいのでこういう感想もあるんだなくらいに思ってもらえるとうれしいです。
>「じゃあ、教えろよ。最後にさ」
>「教えるよ。最後に」

 からの
>最後には約束を守って、私が変身した姿の名前を伝えたことくらいだ。
 がめちゃくちゃにかっこよかったです。
 そして僕は個人的に友人の性格がめちゃくちゃに刺さりました。いいよね基本的には善良なんだけど好きなことになるとちょっとサイコ味が出る人!
 カクヨムにはまだ一作しかないのですが、文章がめちゃくちゃに慣れている人のそれなので他で創作をしているのでしょうか?
 これからも色々な作品を書いて欲しいなと思います。

謎の概念:
 そこから始まってそういう風にそっちのほうに行くか~~と、意外性があって楽しく読めました。ダラダラとした日常系のムードから「え? そゆこと?」と、一瞬でラスボス戦に以降する落差が「逆境!」って感じでいいですね。友人が急に豹変したわけではなくノリはずっとそのままで、ただ関係性だけがクルンと不可逆に変化してしまったのが良かったです。なんかありますよね、一瞬で無理になる瞬間って。
 全体にまとまり感がよく非常に上手なのですが、現状だと鎧さんの話が出てくるタイミングが後付けっぽく見えるので、鎧さんの存在をもうちょっと序盤の、ふたりともただの視聴者なポジションから映像を見ている段階で「俺こいつ嫌いなんだよね?」「そうか? かっこいいじゃん」みたいな感じでさらっと出しておいたほうが、あとで伏線回収! って感じになって、さらにまとまり感が出ると思います。

謎の巡礼者:
 主人公を助けるサブキャラとラスボスの邂逅を描く作品だ! そして実はその二人が元より友人だったという。激アツ。
 友人は自らの娯楽のために魔法少女を選び戦わせていて、それに悪びれもしないというなかなかに良いキャラした男ですが、このキャラクターもめちゃくちゃ好きなタイプの造形ですね。面白い設定の魔法少女モノの更に面白いトロの部分だけを食べさせてもらえる作品というわけです。ありがてぇ。
 実際にこれが長尺の作品だったとしても面白そうな設定ですが、短編小説として潔く、視点を魔法少女のお助けキャラの中の人ということにして、それでまとまった作品にしたのは英断だったと思います。好き。
 ただ、その設定の明かされ方が少々不親切な節があった気はします。まずは主人公に友人が「魔法少女と怪物」を自主制作していると明かされて、それに主人公が激昂しますが、その時点ではこの主人公がどの立場からモノを言っているのかわからない為、その激昂に戸惑いました。もちろん、知らないが街のために戦う少女が利用されているだけなことを知って怒ることのできる無辜の市民や正義感のある主人公、という路線でも良いと思いますが、その場合はまた別の描き方になるのでは。
 読み進めていくと、主人公は魔法少女に選ばれた女の子を彼女を助ける鎧さんとして知っていること、また素面でも知り合いであることが明かされるわけですが、全てを隠して提示する驚きにするのではなく、このどちらかは序盤の方で仄めかすか読者にはわかる形にしていた方がスマートなように思います。
 作品全体の感想としてはめちゃくちゃ良かったです。終わり方も格好良くて好み。これからもこうした自主企画に参加して、参加者にトロのところを食べさせてほしいですね!

37:弩・フュメ/蒼天 隼輝

謎の有袋類:
 前回は虫の怪談、人虫境界曼荼羅を描いてくれた蒼天さんです。参加ありがとうございます。
 今回は何かのゲームにダイブしている話かな? と思って読んでいたら実は周りからの受動喫煙を比喩していたというお話でした。
 二話目を読んでから一話を見ると、なるほど! と合点がいく点が多くておもしろい構成だなと思います。
 一話目は、多分ミスリードを誘うようにわかりにくく描いているとは思うのですが「これだとタバコのことってわかっちゃうかな?」くらいの描き方をしてもいいかもしれないと思いました。
 読者と作者では作者の方が圧倒的に情報面では優位だと思うのと、種明かしの時の気持ちよさを優先するなら「あー! そういうことか」と読者が思った方がいい気がするので、作者的にはこれだとわかりすぎかな? くらいのバランスだとちょうどよくなると思います。
 開幕から逆境とわかりやすい部分と、本当にタバコの煙がしんどいんだなという部分、お酒には詳しくなくてもバーの雰囲気が味わえる素敵な作品でした。
 バーテンダーさんの裏切り、本当にびっくりしたんだろうな……。
 毎回違うテイストの作品を描いてくれる蒼天さん! 色々なチャレンジをこれからもしていってくれるとうれしいです。

謎の概念:
 なんの話をされているのか分からないままズドドドッ! と一方的に話をされるのはわりと普通にストレスなので、現状の一話まるまる引っ張ってからの二話でネタバラシという流れは、いくらなんでも引っ張り過ぎかも。
 なんの話かな? → 副流煙でした! は、それ単独ではさすがに3000字を引っ張れるネタではないので、そこを話のオチにするんじゃなくて、そこをスタートにして、もうひとつなにか別の話が必要になるかなと思います。ギュッと圧縮して序盤の1エピソードくらいの扱いなら使えるでしょう。
 タバコの副流煙が苦手だ! は「話のオチ」じゃなくて「話の種」なので、そこで終わるんじゃなくて、そこからスタートして、もっとギュ~ッと「タバコの副流煙被害」について、もう一段階ふか~く考えてみてください。あんなエピソードやこんなエピソードが、なんかいろいろと思い浮かぶはずです。思い出しムカつきで、ムカムカすることもあるでしょう。怨念は人間にとって最高のエンジンなので、アイデア出しではそれくらいの状態を作ったほうが、たぶんいいです。
 そこから、あ、ひょっとしてアレとコレがこうなってガッチャンコして、あ、なんかお話になるんじゃね? みたいな感じでいくとストーリーを発想しやすいかも。

謎の巡礼者:
 ゲームのデバッガーか何かをしているのかと思いきや、副流煙に苛まれる様をゲームっぽく喩えていたんだということが後半でわかるお話。
 とは言え流石に前半の描写が長過ぎたように思います。
 一体何が起こっているんだろう? という疑問を覚えた頃にタネあかしをするくらいがちょうど良いと思います。ショートショートとしても千文字くらいが好み。
 実際の前半の描写のうち、シュボッはタバコの擬音なのはわかるので、そういう「タバコのことを書いている」ことがもう少しわかりやすい文章が多いともう少しだけ読み進めやすい、この文章が何を書いているのか気になる作品になったように思います。何にもわからないことをわからないままに読み進めるだけだとストレスが溜まってしまうのは確かなので。
 その後、残りの文字数はタネ明かし後の語り部の副流煙への憎悪を垂れ流すなり、前半の描写になるほどなー、と納得した上で今度はタバコの描写だとわかる形で改めて語り部の心のうちを描くなどはどうでしょう。
 前半で読んでいるだけではわけのわからないことが展開されて、後半で実はそれはこういうことだったんですよ、と明かされる構成自体は、文字媒体の小説だからこそできる手法でなかなか面白い作品でした。

38:空へ指を/依純糖度

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 幽霊になってしまった少年と少女のお話でした。
 めちゃくちゃによかった……。
 時間の感覚が曖昧になり、いつのまにか任意の速度で体感時間を変えられるようになっていく表現もおもしろかったです。
 一つだけ気になったのは、語り部の青年が百年同じ場所にいたことです。
 青年が死んだ時期が現代で、少女が死んだ時期が近未来なのか、青年が死んだ時期は大正なのかわからないのですが、時間の経過の説得力を持たせるために道行く人の服装や持ち物などの描写を変えてみるとグッと世界の解像度があがると思います。
 物語の構成や、アイディア、タイトルにもある「空へ指を」向けるという印象的な行動が活かされていて、作品自体はとても読みやすく、面白いものでした。
 同じ場所に留まり続けていた語り部である青年の「なんにもない」が満たされ
て、人差し指を空へ向けたという描写で終わるのもすごくかっこよかったです。
 カクヨムにはまだ一作しかない作者さんなのですが、これを期にカクヨムでも作品を増やしてくれたらうれしいなと思います。

謎の概念:
 ところどころ、まだ小説を書き慣れていないようなぎこちなさは見受けられますね。文章の推敲は必要でしょう。おすすめは音読です。書き終えたら一度寝かせてから、音読しつつ推敲すると文章のリズム感がぐっとよくなりますよ。
 ちゃんと面白かったので、他人が読んで「面白かったな」と感じられる話が書ける、というラインは十分にクリアしています。ここから先は書けば書いただけ上手になるので、たくさん書きましょう。
 語り部はいわゆる地縛霊で、場所に縛られている存在なのでどうやっても自分から主体的に問題に取り組む、みたいな動きにはなりませんね。わたしの短絡的な定義では、主人公というのは「主体的に動き、問題を解決する者」なんですが、彼はただ見ているだけです。
 でもその「ただ見ているだけ」というのも百年以上となればなかなかの偉業ですから、主人公が本当に長い長い時間を「ただ見ているだけ」に費やしたんだ。そして、ついに「トウコの物語を見届ける」のをやり遂げたのだ、という雰囲気をしっかり盛り上げられると、より良い読後感になったでしょう。
 作中では百年くらいの時間経過があるはずなのですが、あまり時代の変遷を感じさせるような叙述がなく、時間の経過がのっぺりとしているので、時代を感じさせるような描写がもっとしっかりあると、さらによかったかもしれません。

謎の巡礼者:
 良い。良いですよ、これは。
 幽霊になった男と少女の交流のお話。幽霊になってしまうことで時間の感覚が生者と違うという話やそれを描写する様子や、男が死を目撃した後に男と同じように幽霊となった少女とは声が伝わらないので指文字でやり取りする様子など、幽霊に対するルール付けがしっかりと物語を牽引するものになっていて素晴らしいと思いました。
 今のままでもまるでお伽話のような雰囲気で良いのですが、橋のまわりがどうなっているかや、百年が経ってそれがどう変わっていくのかのディテールを細やかに描くと、この物語の質感がより強いものとなっていくと思います。
 設定の細やかさと物語の完成度が高いので、そうした情景描写を詰めていくことで、更に面白い作品になっていく筈ですので、挑戦してみるといかがでしょうか。
 男がほとんど事故から幽霊になり、長い間橋に留まっていたけれど、その存在意義を少女の「死」を見届けることだったんだと納得して昇天する結末も、依純糖度さんの描きたいテーマが見えるようで感心しました。
 二人は幽霊の優しい物語をありがとうございました。

39:偶像/大塚

謎の有袋類:
 前回は夜の向こう側と迷えど地獄で参加してくれた大塚さん!参加ありがとうございます。
 大塚さんは黒髪長髪や治安の悪い男達を描くのがとても上手な作者さんだと思っているのですが、今作は女性アイドルと助監督を中心としたお話でした。
>週末金曜日19時半に初日を迎える舞台の主演が飛んだ
 ここでヒュッとなりました。ドタキャンと音信不通は本当に大変……。
 やたら語り部に当りの強いワガママアイドルなのですが、実はSNSで良くない噂が流れていて、その噂の真相を知るというか、良くない噂の元であるアイドルにいじめられて自殺をした霊が語り部に取り憑いているという話の構造が面白かったです。
 ずっと漂っていたのではなく、急に生まれたというあけすけな幽霊、好き。
 助監督に脚光が当たることなく、アイドルも結局引退はしないのですが、それでもお話にオチがつくというか納得感のある終わりに出来るというのは作者である大塚さんの地力が高いからかなと思います。
 そもそもの大塚さんの作品のレベルが高いので、ちょっとワガママを言ってしまうのですが、どうしても語り部が落ち着いている性格なので淡々と物語が進んでいくのですが、ガッと幽霊が憑依したシーンあたりで「ここが爆発するところで大盛りあがるの場所ですよ」と目立たせることで読者の感情を動かすように意識すると、作品としてのメリハリが効いて温度差で読者の内心を揺さぶれるかもしれません。
 作品全体を通して誰がどういうことをしてどんな状況なのかということや、演劇に詳しくなくても専門用語にはさりげないフォローがあってとても読みやすかったです。
 これからもどんどん好きなものを描いたり、色々なチャレンジをしていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 台詞も全部入ってるし~のところで「ああ、そういう方向性?」と期待が高まったのですが、そういう方向性には行きませんでしたね。そうそうそんなうまい話はないっていうのがリアリティなんでしょうか。そっちに行くお膳立てはバッチリ整っていたので残念です。
 で、どうするのかと思ったら特にどうにもならず、そこから2話、3話と、なんかシュルシュルと尻すぼみに終わってしまった印象でちょっと釈然としませんでした。
 語り部はわりとクールなそっけない印象で詳細なパーソナリティもあまり明かされませんし、幽霊さんのことも見えているだけで、ふたりの間にそこまでエピソードの積み重ねがあるわけでもありませんから、最後に「また出ておいで」と言えてしまうのが、たんに彼女が極度のお人好しなのか、アイドルにムカついてたのか、幽霊さんに共感してたのか、どういう感情なのかよく分からなくて、あまりストンと腑に落ちる感じではありません。
 人の口を勝手につかって言いたいこと言ってスッキリしていなくなって、そのかわりに自分が殴られるんだから、普通に考えて、めちゃくちゃ迷惑ですよね。
 でもまあ、ありますよね。ストンと腑に落ちるわけでもない妙な感情みたいなの。諦念に近いのかな。こういうのがリアリティってこともあるかもしれませんね。

謎の巡礼者:
 舞台主演のアイドル俳優が初日公演を間近に控えている中失踪した……。いきなりリアルに想像できる逆境で面白い。混乱の中、主演の行方を探していると、幽霊の少女のセリフがポンと入り、話の方向性がカチリと固まる。この流れ、めちゃくちゃ良くて感心しました。そして幽霊の口から出てくる出てくる主演の悪口。
 中学の頃、彼女にイジメられた末に死んだ子の幽霊だというけれど、別にずっと取り憑いているというわけではなく、舞台稽古が始まった頃に急に生まれたとか言い出すのも好き。幽霊には生者側の道理など知ったこっちゃないですからね。
 そういうこともあるのだろうか。そういうこともあろう。
 後々、この舞台の原案になった戯曲に因縁があってあまりにも言いたいことがあり過ぎて、一度成仏したのに戻ってきたことが幽霊の口、というか助演さんの口を借りて叫んだ幽霊の言葉からわかるのですが。
 主演が戻ってきて幽霊の逆鱗触れて流れで助演さん取り憑かれて幽霊の怒涛の叫びからの殴りのテンポ感が最高ですね。現場での勢いと緊張感がそのまま伝わってくるかのよう。
 助演さんはこんなことがあっても「言い足りなければまた出ておいで」と言うあたりお人好しというか、本当に偶然波長があったんでしょうね。
 幽霊に対し、助演の過去があまり触れられないのが少し物足りなさを感じるところもあるかな? とも思うのですが、そういう「たまたま幽霊の波長があってたまたまちょっと一騒動があった」本作の場合はこれで良いのかもしれません。
 文章も読みやすく、面白かったです。助演さんの不憫さ、応援したい。

40:逆境は人を○○○○○/@ kuroisakuya

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 生まれてから逆境に居続けた主人公が全てから解放されるお話でした。
 親のせいで苦しくなる生活、先生と親の不倫、そして最後の元凶の癖に善人ぶった先生と最悪のオンパレードで楽しく読むことが出来ました。
 物語のテーマや、ずっと不安や不満と希死念慮に苛まれていた主人公が最後に解放される瞬間のカタルシスはとても爽快でした。
 短編だとロケットスタートの方がテンポが良くなるので、会社を自己都合で退職になるところから始めてもいいかもしれないです。
 それか、お母さんをいきなり刺し殺すところからスタートすると、インパクトの強い作品になると思います。
 こういった暗い系というか、死や希死念慮が渦巻いた作品は書く側としては人気のジャンルなので、人気ジャンルから頭一つ抜けるためにこれからも色々な工夫をしていって欲しいなと思います。
 お母さんの自己中っぷり、主人公の救いの手を取れないし、助けてくれと言えない追い詰められた描写、生活に追われているので福祉などの存在にも気付けないリアリティなど細かいディティールが凝っている面白い作品でした。
 主人公が先生を道連れにしてキチンと死ねていたら最高のハッピーエンドなのですが、事故としか描かれていないのでもしかしたら自分だけ死に損なっているかもしれないという嫌な可能性がある部分まで含めて良い作品だと思います。
 長編作品のキャラデザとイラスト担当をしているとのことですが、これを期に文章の方も色々チャレンジして欲しいなと思います。

謎の概念:
 気持ちいいくらいにひたすら転げ落ちるだけのお話で清々しかったです。ここまでくると、ちょっといい人風の雰囲気を出してくる先生も雑音じみてくるので、彼も自己中で最悪なやつにして、登場人物全員もれなくゴミカスくらいにチューニングしてもよかったかもしれません。
 読んでて一番キリキリしたのは仕事を辞めて一か月~からの短文の連射のところで、正常な思考能力じたいがどんどん奪われてジリジリ追い詰められていく感じがリアルでよかったです。
 そこから爆発して母親殺してからの展開は「お、お前あんだけ無気力やったのにめちゃくちゃ元気やんけ! 行動力あるな! 人間なんでもやればできる!」みたいな感じになっちゃって、一気にリアリティラインが下がり、ほほえましく読めてしまいました。
 まあでも、こっち系のバッドエンドな作品ってアマチュアのフィールドでは絶対数が非常に多くて、ちょっとやそっとのバッドエンドではもう他との差別化ができないので、不幸パートも逆襲パートも、想像力の限界を超えるつもりでもっと盛っていいと思います。これくらいがリアルかな? みたいな手加減は無用です。

謎の巡礼者:
 主人公が仕事をクビになり、そこから元より人生逆境だらけだったというのに更にどんどん転がり落ちていく話。
 仕事をやめてから母親を殺すまでの半年間、一カ月ごとの様子を語る中身のない日記みたいな文章が、本人には何の瑕疵もないのに主人公の気持ちがどんどん落ち込み、正常な思考能力ではなくなっていく様子を淡々と、そしてリアルに描いています。
 そんな主人公ですが、母親を殺してからの元気さがマックス。溜め込まれていたものが一気に出て解放されていったのでしょう。この辺りのハッチャケ具合もかなり良くてご機嫌。
 前半の鬱屈パートと後半のハッチャケパートの間に、何か繋ぎのエピソードなどがあった方が読む方としても主人公の気持ちについていきやすくて楽しかったかな、と思います。今のままの、急にガツンと殴られるような構成も嫌いではないですけどね。
 母親を殺して不倫相手に喰わせるよりもっと最悪であっても良かった。この辺りの最悪レースはホラーだと苛烈だったりするので母親を殺して喰わせるくらいだとインパクトが弱い──正気で言うと何言ってるんでしょうね──ので、+αの何かが欲しいところです。
 リアルなところと人間の最悪さとの描写と主人公のハッチャケてから後でメリハリのついた大変良い小説でした。
 主人公、死ねたのかな……。

41:【悲報】うっかり人を〇してみたwww.mp4/技分工藤

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 黒髪長髪イケメンイケボ配信者がうっかり人を殺して埋めるお話でした。
 めちゃくちゃクズなのに、人を殺して泣いてしまうところ、警察に声を掛けられてとっさにそれっぽい嘘を吐いてその場を乗り切るところ、承認欲求のためにためらっていた人を殺してみた動画を投稿してしまったところなど主人公の魅力が満載でとてもおもしろく読むことが出来ました。
 顔が良く、声も良いのに性格と女癖は悪くて、でも人を殺したら泣いてしまうナイーヴさ……めちゃくちゃによかったです。
 殺したと思ったけど生きていたっぽいのですが、動画のためにもう一度キチンとキルを取ってる様子をコミカルに描いているのも個人的に好きでした。
 読んでいてとても面白かったのですが、ところどろこで引っかかりがある文章があったので投稿後でもいいので、一度読み直してみると作品の完成度が更に高まるかもしれません。
 不倫の下りなども、多分女性側が既婚者だと思うのですがそこを一文でも良いので補足してあげると読む側に優しい作品になると思います。(どちらも既婚者で花井場合、不倫や不貞ではなく浮気と言う方がわかりやすいかも?)
 伸びしろはまだまだある作者さんだと思うのですが、とにかく主人公の見た目や声をめちゃくちゃに魅力的に描きたい! という熱意に溢れていることはとても伝わってきました。
 魅力的なキャラクターを生み出せることはとても強い武器だと思います。これからも好きなことや好きなものをこうかくぞ! という熱意でたくさん作品を生み出して欲しいなと思います。

謎の概念:
 文章に、まだあまり書き慣れてなさそうな固さが見受けられます。いっぱい書けばそのぶん上達するので、いっぱい書きましょう。
 これたぶんお話としては「動画配信者がうっかり人を殺してしまって隠蔽しようとしているうちに死体遺棄実況をするというアイデアに憑りつかれてしまって、実は相手が死んでなかったからよかったんだけど、もうそっちの頭になっちゃってるから死体がありませんじゃ話にならないし、改めて殺しなおして配信している」みたいなやつで、こう書くとわりと面白げなストーリーラインなんですけど、そこのところをわりとスルッと軽く流しちゃったせいでポテンシャルを十分に発揮できていない感じがしますね。
 お話の焦点を「生きてた! でもやっぱり死んで!」のところに合わせて、そこを一番盛り上げるつもりで書いていったほうが、走り出したら止まれない承認欲求モンスターの業の深さを表現できてよかったかも。
 配信本編はほんと下らなくて面白くなさそうで、そこもまた業が深いですね。

謎の巡礼者:
 動画配信者がうっかり人を殺してしまったお話。タイトルに偽りなし。なのですが、それにも作品として意味のある、ちょっとしたスパイスが効いていたのが面白かったです。
 顔の良い動画配信者のガザギナが女性との喧嘩の中で「動画をつまらないと言われた」ことに思わずキレてしまったのが殺しの動機、というのもどうしようもなくて良い。
 動機から、配信者生命が絶たれることを恐れて死体遺棄へ、しかしその作業の中で「これを動画にしたらどうなるだろう」と逆らえない承認欲求に従い、動画撮影へ、までが流れるように進む。百点。
 途中、配信者仲間に死体遺棄を協力できないか電話しようとするところで、◯◯や××と名前を伏せる描写がありましたが、ここは別に伏せなくてもガザギナと同じ、架空の配信者の名前で良かったと思います。ガザギナの顔の良さが天元突破しているのもそうですが、ストーリーの良さに比べて、それを彩る文章演出が後一歩あれば、というノビシロがところどころに見えます。
 最後、承認欲求に負けて一度動画にすることを決めてしまってはもうおしまい。人殺しちゃったヤバい! から、そっちの頭になっちゃうのが、予約投稿した動画の評価がきて、人殺して混乱してる頭のところに承認欲求の気持ちよさを思い出したから、ってのも想像が容易で大変に良い。
 そして本当は死んでなかったのに、企画倒れになることの方を恐れてトドメを刺す。ホントにどうしようもない。これまた百点。
 クズな主人公を丁寧に、そして面白く書けていて最高でした。

42:金星で硫酸が降る夜/衣純糖度

謎の有袋類:
 空へ指をの作者さんの二作目です。
 死別! 生前に送られた短歌を、死後、送ってくれた人を想いながら返歌するのめちゃくちゃにロマンがありますね。好きです。
 恋人だった渉の死を受け入れられず、魂だけの渉に会おうと自殺を試みる主人公ですが、金星を見かけて我に返るというシチュエーションがすごくよかったです。
 渉からの「ちゃんと生きて」で終わりでもいいかなと思ったのですが、恋人から送られた言葉を辛いときの支えにしてずっと生きていく主人公という失ったものを持ち続けながらも前向きに生きていくという姿が本当にめちゃくちゃ好きです。
 硫酸が降る夜という言葉を見た時の直感とはかなり違うロマンティックな描写もすごく良く、物語を読み終わった後にタイトルへ戻って余韻に浸れる構成がとても良いと思いました。
 一作目の「空へ指を」もそうなのですが、衣純糖度さんの物語の締めとタイトルを結び付ける構成や、発想はとても強い武器だと思うので、これからも武器の鋭さを磨き続けて創作を続けて欲しいナと思いました。

謎の概念:
 金星では硫酸の雨が降る、というイメージというかモチーフをまず提示して、それをしつこくリフレインする手法はいいです。音楽のサビみたいなもので、こういうのは何度きても嬉しい。
 非常に腕力があって、腕力があるんだけど、こう、なまじ腕力があるから腕力に頼っちゃうみたいなところがあるというか、う~ん、小説というのはやはり心技体の三位一体ではじめて完成するものなんですね(ガンギマリ目でろくろを回す)。
 根本的にすごい上手な作者さんで読ませることができるんですが、まだ腕力に頼っている感があるんですよ。腕力にばかり頼っているとそれはそれでよくないです。抽象的にしか表現できないんですが、点で攻めるんじゃなく、線で、面で攻めてきてほしい。
 たぶんもう書けば書けちゃうみたいな実力は十分に持っているので、書いた! 書けちゃう! じゃなくて、じっくり腰を据えてプロットを練って、しっかりと展開と伏線と伏線回収のある物語をやるタイミングなんだと思います。長編にチャレンジしましょう。

謎の巡礼者:
 金星で硫酸の雨に唄えば。
 死んでしまった大切な人の死を受け入れられなかった主人公が、その人からもらった言葉とその人の生きていた時のやり取りに救われて、前を向いていく話。めちゃくちゃ良い話ですね。五千字に満たない短い物語なのに満足感がすごい。
 主人公が選んだ現実と向き合う方法が、その人から聞いた、金星で硫酸が降る夜を心に描くことであるのも良い。
 金星は地球の双子星と言われて数々のフィクションが描かれた惑星でもありますが、天文学の進歩によって、地表が熱すぎてとても住めた惑星であることがわかってきた星です。だけど、それがわかったことで金星を舞台にした作品の価値がなくなったかというと、そんなことはない。かつて人々が金星に夢見た光景には意味があるし、夢があるし、浪漫がある。
 因みに最後の一文、彼の好きだったあの映画のように、というのがフィクションを胸に抱き生きていくことを端的に表していて素敵なのですが、作中主人公と恋人が映画について話をしている描写が特になく、映画に言及しない方が綺麗に落ちた気がします。せっかく短歌というモチーフが使われているのでそっちを使う方がよさそう。
 この辺り、物語をガッと書いた力強さを感じる部分でもあるので読者に提示されていることと作品として必要な設定とを合わせる推敲があるともっと良い読後感を演出できそうです。
 金星で硫酸が降る夜、と聞いた時に主人公が想像した綺麗な光景も実際には存在しない。けれど、そんなフィクションを心に描くことで救われるものが確かにある。とても好きですね。

43:ファミレスで忍者殺す/梅緒連寸

謎の有袋類:
 前回は、謎の多い凄腕の霊能力者の成り立ちのお話である『まだ眠る蛇』と、追い詰められた兵士のお話である『兵たちの午後』を書いてくれた梅緒連寸さんです。参加ありがとうございます。
 某忍者と極道の絵柄がイメージに合う現代忍者もの!
 女子高生の日常からあっというまに起こる血生臭い展開が印象的でした。
 勢いのあるアクションと展開がとてもおもしろかったです。
 強敵達を倒し、自害までする主人公でしたが、それは目の前にいる忍びの幻覚で、最後に圧倒的な逆境の状態で終わるというラストでした。
 個人的な好みの話なのですが、これが連載の一話目だったら特に気にならないのですが完結をする短編小説として考えると、何故目の前にいる親友が自爆をして主人公に何かを託したのかがもう少し語られているとすっきりして気持ちがいいラストなのかなと思います。
 魅力的なキャラクターたちや、忍者の設定など短編で終わってしまうのはとても勿体ないと思うので、中編や長編にするとめちゃくちゃにおもしろいと思います。 
 タイトルがあってからのラストの「ファミレスで忍者を殺した」がすごくよかったです。
 やはりタイトル回収やタイトルを活かした短編は読み終わると気持ちが良いしテンションがあがりますよね。
 どういうものが書きたいのかというのが明確になり、破壊力が増した作品で再び自主企画に参加してくれてとてもうれしいです。
 これからもどんどん作品を書いていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 サプライズニンジャ理論! いきなりニンジャが出てきて登場人物を皆殺しにしたほうが面白いなら、そのシーンは書かないほうがいい、みたいなやつですけど、そんなもん、どのタイミングでもいきなりニンジャが出てきて登場人物全員を皆殺しにしたら面白いに決まってますよね。ニンジャはどこからでも出していい。
 後半でいちおう事態の真相みたいなのは語られるんですが、それでアレがこうなってこうだったのね! と納得できる感じの緻密なプロットではなく、基本てきにはどんどん話の風呂敷を広げていっての最終的には爆発オチという作りになっちゃってるので、ぜんぶ勢いでいっちゃうんじゃなくて、必要なところではもうちょっと腰を据えてしっかりとそれぞれの要素を組みあげられると、さらに良でしょう。フォーカスすべきはみぽちとゆぁたむの関係性とお互いへの感情なので、そこの処理は最後まで丁寧にやったほうがいいです。

謎の巡礼者:
 急な「忍務」で笑っちゃった。ガチのサプライズ忍者じゃん。
 目の前にいる親友が偽物だと判断する根拠もストロングスタイルで素晴らしい。物語が動き出す時のインパクトが強いと、それまでの日常的な描写がしっかりタメとしての威力を持ち、物語発動のインパクトによって一気に面白さを底上げしますからね。実際、めっちゃ楽しい作品でした。
 勢いで物語をまわし、勢いで物語を終わらせているわけですが、ずっと勢い一辺倒だと流石に胃もたれするので、親友から主人公への気持ちだとか、そういうウェットなところにも手を入れることができればよかったかなー、と。
 スワン様も上司も親友のゆぁたむもみんな同一人物だった! の真相開示自体はそれこそ忍者を題材にしたゲームシナリオにありそうなストロングスタイルで面白いので、そこに至るまでの繊細さを、勢いと同じくらいの比重で持っていたいところ。これが長編プロットだと多分だいぶ気にならない展開なので。
 みぽちとゆぁたむのやり取りもだいぶ楽しいですしね。最初の仮面被った時の会話があって、お互いの素性が知れてる仲での似たようなテンションでの会話には限りないエモさが隠れ住んでいますから。
 いやー、楽しかった。戦え、みぽち! 明日の自分と忍者の未来を守るために!

44:古城に響く悲鳴/アイアンたらばがに

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 古城に住むモンスター達の平穏を脅かすめちゃくちゃに強い人間が来襲したお話でした。
 ガーゴイルくんの主観で描かれる人間からしたら「おのれ」となるモンスター達の日常や頼れる仲間たちが無慈悲にちぎっては投げされていくコミカルさと恐怖をバランス良く描いている作品。
 解体屋くんや殺人鬼くん、一見人間のように思える系の見た目だけどモンスターたちと仲良くしているのが好きでした。
 読み落としていたら申し訳ないのですが、古城に乗り込んできた人間がなんで強いのかの説明があったらすっきりするかなと思いました。
 恐らく、村焼きをされてその復讐で古城まで辿り着いたのだと思いますが、モンスターの群をちぎっては投げ出来るほどの力を得るのに何か犠牲を払ったとかすごい努力をしたなどの付属情報があると、良いキャラクターをしている人間が更に魅力的になるかもしれません。
 来襲した人間さん、特に世界を救うとかではなく、ガーゴイルの体を使って村のみんなの墓を作ってやる! という本当に怒ってるんだろうな感が伝わってきてよかったです。
 頭を残して水桶にするところで本来のガーゴイルの使い方になっているのもすごく好きです。
 戦闘描写や、ガーゴイルくんのちょっと人間とずれた主観の描き方などすごく魅力的な作品だと思います。
 これからも好きをたくさん詰め込んだ作品を書いていって欲しいなと思いました。

謎の概念:
 攻守が逆転しているだけで、基本的な構造はスラッシャー映画ですね。13日の金曜日みたいなやつ。
 現状だとさすがに流れが単調なので、もうちょっと波を作ってハラハラ感を演出できたほうがいいと思います。出てくる人が負け確みたいなキャラばっかりなので、もうちょっと理屈とか作戦もつけて「これで勝つる!」「やっぱダメだ!」の繰り返しで引っ張っていくのが常道ですかね。
 最後、どうやら相手の男は他の化物たちには目もくれずに最初からガーゴイルだけを狙っていたらしいということが明かされるのですが、ここの理由は明確に示されていませんね。村の皆の墓を作ってやると言っているので、たぶんガーゴイルが滅ぼした村の生き残りとか、そういうことなんでしょうけど。ここのところはちゃんと序盤に伏線をしいておいて「アレのせいで今ガーゴイルはこんなひどい目に遭ってるのか」と納得できるようなつくりにしておいたほうが、ストンときたと思います。

謎の巡礼者:
 古城に集ったモンスター達が、おそらくは復讐の為に来たのであろう人間に襲われる話。
 普段は人間を襲うモンスターが人間に襲われる様子をモンスター目線で描くことで読書にも恐怖を与える手法がとても良いです。
>「お、おかしいだろ、石像が動いちゃ……だめじゃないか……」
>「そうだな、俺も同じ意見だ」

 ここのやり取りめっちゃ好き。そうだぞ、ちゃんと石らしく墓石にでもなろうな。
 ガーゴイル的には誰とも知らない人間が仲間たちを屠っていって、しまいには自分もやられてしまうことが恐怖なわけですが、この人間の口からでも人間目線のエピローグを設けるでも何でも良いので、人間側のバックボーンがある程度わかった方が私は好みです。
 怪異は背景がわかった上でどうしようもない方が面白いですからね。怪異じゃなくて人間ですが。
 人間をゴミクズみたいに扱うこのモンスター達、どう転んでも人間にとって悪なのでやられる様子を見ても基本的には心が痛まないし、だというのに物語はモンスターのガーゴイル目線で描くから、それを襲う人間の恐怖も同時に描けているの、かなり汎用性のある発明な気がします。良いプロットです。
 多重的なジャンルの面白さが重なった、面白い作品でした。

45:竜語りのサーガ/宮塚恵一

謎の有袋類:
 前回は尸愛/支配という歪な関係性の作品と、児童書を思わせる夢の中の話を描いたタヌキの青い玉で参加してくれた宮塚さんです! 参加ありがとうございます。
 思い入れのある人間の一族の末えいに追い込まれている場面からスタートする「サーガ」のタイトルの通り壮大なお話でした。
 どうしても過去を思い出しているという構成なので、物語の動きが少なく、さらっと事件が語られるので、短編小説というよりも長編用のプロットというイメージがあります。
 一万字上限の短編にするなら描かれているエピソードのどれかをリアルタイムで書いた方が規模感的にはいい感じな気がします。
 個人的にはめちゃ好きポイントなのですが、自称する種族名と他称される種族名があるのは好きです。短編だとわかりにくくなるので難しいのですが、オレはこれを書きたいんだ! が伝わってきたので筆力や構成やルビを巧みに使ってわからせていきましょう!!!
 物語が好きな異世界転生してきたドラゴンの悲しい最期を描いた作品、骨子としては強いのでいつか連載でがっつり書いて欲しいなと思いました。

謎の概念:
 なにしろ何世代にもわたる物語なので、一万字でやるにはちょっとプロットが溢れてしまっていて、そのぶん後半がずいぶんと駆け足になってしまっている印象ですね。わりと素直に最初から時系列順に話が進行していきますが、物語の規模感を維持したまま一万字で収めるには、えいやっ! とエピソードをコンパクトにまとめるためのなんらかのアイデアが必要かと思います。
 テーマ性も、ちょっとフォーカスが拡がっちゃってる感じなので、この話を通じて一番伝えたいというか、まあそこまで大仰じゃなくても、一番目立たせたいポイント、ここが最高だから見てくれ! というポイントを絞ったほうがいいでしょう。
 表現したいのは、歴史の無常感でしょうか。個人の無力感でしょうか。それとも、そう悪い人生でもなかったという満足感でしょうか。このへんは重層的なものなのでいろいろあったほうが表現に厚みが出るわけですが、一万字の短編規模なら、ひとつにギュッと絞ったほうが威力が出ます。

謎の巡礼者:
 自作です。
久しぶりに短編執筆したら一万字のスケール感を掴み損ねた感。ヤママの話とかプロットでは存在していないところなんだよね。でも書きたかったからー!
 みんなも書きたいことと削った方が締まるとこの吟味はし過ぎる程にしましょう。私も精進します。

46:きたぞ、われらの睡眠時間絶対削るウーマン/アーキテクト

謎の有袋類:
 マーダーミステリー 『アストリアの表徴』の外伝小説『推理しない三流探偵アルフィー、ヴィクトリア朝時代を闊歩する』の作者さんが二度目の参加! ありがとうございます。
 前回は天狗のお話で殴り込んでくれたアーキテクトさんですが、今回は夢のお話での参加です。
 睡眠中に遊べる没入型ゲームが流行っている世界で、過度に眠る人々を救うために政治家になり、大切な相手を起こすために変身して怪獣となった相手と戦う! しかし、実際は主人公は主治医であり、これも治療の一環だったというお話の軸が何回も回転する内容です。
 発想はとてもおもしろく、このテンションで一万字近く描くという胆力はすごい。
 夢なので荒唐無稽でも、多少整合性がなくてもいいよねというか、故意にそういうぐちゃぐちゃを描こうとしていると思います。
 変身するところなどは、アーキテクトさんの筆も乗っているようなので楽しく書いているのだなーと思いました。
 特撮が好きな人だと盛り上がるのだと思うのですが、僕はちょっとそこらへんに疎いのでスンッとなってしまったのですが、楽しそうに書いてるところだけ伝わってきたので、伝えたい人や同好の士に狙いを定めると思って書いているのならこのまま突き進んでもいいと思います。
 夢を題材にした過去作では、夢ゾンビ牧場糸の震えの二作は夢の混沌さや荒唐無稽さのバランスが良いと個人的には思っているので読んでみると面白いかもしれません。
 今ホットな話題を題材にして勢いのある作品を書くのはナイストライ!
 間口を広くしたいのか、狭いけれど深く刺したいのかコントロール出来るようになると更に強くなれるのではないでしょうか?
 今後もどんどん作品を書いていって欲しいです。

謎の概念:
 滑っているようで滑っていない、いや滑ってはいるんだけどスピードがあるからギリギリのところでバランスがとれて転倒せずにそのまま加速する。そんなスピードスケートみたいなスリリングな叙述でしたね。
 しかも、このノリと文体じたいが大いなるミスリードで、勢いだけのバカ小説という装いが既にどんでん返しのための伏線になっています。勢いに紛れ込ませて巧妙に伏線が張られているので、最後のネタばらしパートで「あ、意外とちゃんと考えて書かれてたんだな」と、びっくりしました。わたしはちゃんとストンと納得できたので、試みは成功していると思います。
 この筋でいくならボケとギャグはもう品質よりも弾数なので「ぼっけもんスリープ」とか「ヨシミ天堂」などのスレスレのギャグを、もっと密度高く詰め込めたらさらに良かったかも。いや、良くはないか。良くはないな。まあ正気になったら負けです。駆け抜けましょう。
 でゅわっ!

謎の巡礼者:
 没入型睡眠ゲームの流行により、世界中の人々が過睡眠に陥った社会! そんな社会を具現化したかのような夢怪獣ネムー! 皆の睡眠時間を削るため、朝野メザメは巨大ヒーロー、睡眠時間絶対削るウーマンとして戦うのだ!
 やったぜ怪獣だ。最高。特大のカオスをぶち込まれて私はとても満足です。巨女は良いぞ。
 良いですね。没入型睡眠ゲーム『ぼっけもんスリープ』の時点で「時事ネタだ!」とクスリと笑え、そこから加速度的にめちゃくちゃな展開となっていく。ただ、それは全てが夢の世界、というどんでん返し。二重三重に面白さ、笑いどころを用意しながらも、そのカオスが単なる悪ふざけで終わるわけでなく、きちんと作品として収束させているところがめちゃくちゃに好みです。
 夢の世界のカオスを小説で表現することにも成功していると思いますし、個人的にはそれならばと、もっと突っ走って、これは確実におかしいだろ! と言えるくらいのスケール感まで持っていけるとなお良かったかな、と。いえ、夢怪獣ネムーの時点でだいぶ荒唐無稽といえばそうなんですけども、一応は作品の中心が睡眠時間絶対削るウーマンと夢怪獣ネムーの戦いになっていて、そこまでの展開はお膳立てになっているので、最後の大オチの前に何かもっとデカいカオスがあっても良いと思います。ネムーを倒したと思ったら今度は全てを眠らせる夢星人ユメールが現れるとかそういう(迫真)。
 ゲラゲラ笑って、とっても楽しませていただきました。また同じようなの書いてほしいです。読みに行きます。 

47:夏のマジック/@styuina

謎の有袋類:
 前回は本を読む話と彼女と話すの二作で参加してくれた@styuinaさんの参加です。ありがとうございます。
 今作は少しホラーチックなお話でした。
 大切な彼女との出会い、そして不治の病だと知らされ、彼女がなくなってしまったけれど彼女の声が聞こえたり、顔が見えるという状態になり、最終的にお墓を抱きしめに行くのですが……お墓を抱きしめた先に、彼女との再会があったのでしょうか? 
 しっとりとしたホラーと恋愛の組み合わせなのですが、ところどころで「誰がなにをしているのか」がわからなくなる部分があります。
 作者の頭の中にある物事は、実は文章だけで伝えるのは難しいので少しくどくなってもいいので「誰が」や「どういう状態のものが」と書いてみると親切になるのかもしれません。
 絵本や児童書のような優しく不思議なお話を投稿してきてくれた@styuinaさんですが、今作では少しホラーチックなお話で新たなチャレンジをしてくれたように思います。
 書きたいものをかいていると思うのですが、もう一歩「この文章はどう伝わるのか」を意識すると一気に強くなる作者さんだと思うので、これからもがんばっていってほしいです。

謎の概念:
 冒頭の「いつ頃だったか? たしか」という叙述は、出来事が終わった時制から過去を振り返る形式になっていますので、この時点でオレが回想するカノジョは死んでいるはずです。でも「それ以来、カノジョとは友達付き合いをしている」と、現在時制で語っているので、うん? と、ちょっと引っかかりがある。「周囲にはどう思われていたかわからないけど」というのは、幽霊になったカノジョとの友達付き合いが今も続いているという意味でしょうか? だとしたら、提示のしかたがちょっとさり気なさ過ぎますね。もうちょっとしっかり伏線回収しましたよ! と、アピールしたほうがいいでしょう。キャッチコピーの意味もよく分からなかったので、親切すぎるかな? っていうくらいにちゃんと伝わるように書いたほうがいいです。
 小説を書くときはだいたい誰でもまず、ふんわりと「こういう話を書きたいな~」から始まるんですけれども、なんかその「こういう話を書きたいな~」というくらいのふわっとした状態でそのまま書き始めちゃってる感じがします。
 カノジョが倒れた。どういう状況で、どんな風に倒れたんでしょうか?
 掛かりつけだという診療所にいくと。待って、高校生の友達同士ってお医者さんの説明とか聞ける関係性だっけ? と、ディティールの曖昧さが端々で気になります。
 文字数にもぜんぜん余裕がありますので、全体に、もっと詳細に書きこんだほうがいいでしょう。

謎の巡礼者:
 好きだった女の子が死んでしまったけれど、彼女を覚えている限りいつでもそばにいる、という話。
 恋と呼べるかもわからないくらいの淡い青春を、綺麗なタッチで描いていました。
 ベタな話ではありますが、ベタだからこその良さというのは多分にありますし、本作の後日談でマンガのおまけコマみたいな雰囲気で、実は友人は見える人だからそれ込みで心配してたんだよ、というのがサラッと語られるのも優しくてグッドです。
 お話の大まかな流れはよく書けているので、ディテールをもっと詰めていけると良いと思います。
 好きになった彼女が不治の病で、主人公に「忘れないで」と言い遺し、腕の中で死んでいく。美しいですが、さすがに創作みが強い。リアリティは決して「現実に起こりそうなことを書く」ためにあるのではなく、創作に描かれたことを読者がリアルに感じる為の演出のために必要です。筋はこのまま、どうしたらこの流れを読書がリアルに感じられるのか、表現方法を吟味して、エモさを読書にブチまける気持ちで行くといいかもしれません。
 読後感も爽やかな優しいお話をありがとうございました。

48:勇者の従者/ももも

謎の有袋類:
 前回はクラゲとなった黒髪長髪の兄と弟のお話を書いてくれたもももさんです。参加ありがとうございます。
 今回は主従! くそでか感情がある男とめんどくせー男の関係性がおいしく頂ける作品でした。
 顔がきれいでなんでもできる人の心がわからない勇者と、取り柄がないと思い込んでるけどなんだかんだ実はうまくやれている男の話。
 今の世間では怒られがちな、いやよいやよもスキのうち的なサムシングでいいのでしょうか? 
 ネガティブで自己肯定感の低い語り部、結構ヘイトコントロールが難しいと思っています。
 ここら辺の感情の補足というか、そこらへんを「説明しすぎかな?」くらい書くと、そういう機微に疎い生物でもどういう意図なのか掴みやすいと思います。
 ですが、恋愛ではないクソデカ感情的なことが好きな人にはこれくらいがいいのかもしれない……。
 主従好きな方やブロマンスが好きな人には刺さるお話だと思います。
 勇者か従者、どっちかが黒髪長髪だといいな……。
 人外原色図鑑で長編も完結させたもももさん、更なるつよつよ小説を生み出すためにもこれからも楽しく好きなものを書いて欲しいと思います!!!! 

謎の概念:
 時間の流れがすごく一定で速いというか、カメラ遠めの位置から四倍速でざっと大筋が語られる感じで終始進行するので、あいだあいだにちょっと時間の流れを止めて詳細にシーンを描くところもあったほうがいいと思います。
 基本的に俺と勇者のふたりしか登場人物がおらず、終盤までにこのふたりの関係性をどこまで積み上げられるかにかかってくるわけですが、現状はほぼぜんぶ俺のモノローグで進行するので、俺のことはなんとなく分かっても勇者のことはあんまり見えてきません。モノローグではなく、ふたりのダイアログで進行していくようにしたほうが、もっといいでしょう。
 三日三晩続く戦いでは、きっとお互いに熱い台詞や、ちょっと認識がズレた会話などが交わされたはずなので、ここを全部カットするのはさすがにもったいないです。もっと具体的にイメージして、お互いの感情をしっかり書き込みましょう。ここが切なければ切ないほど、ご都合主義なエピローグでしっかり「よかったね」ってなれます。

謎の巡礼者:
 勇者の従者を続けていた男から勇者に向けた激重感情を描く作品。めっちゃ良いじゃないですか。勇者側からの矢印もだいぶ湿度ありますな、これは。
 何でも人並み以上に出来てしまうタイプの正に勇者の造形と、そんな勇者の一番近くにいながら──近くにいるからこそ──卑屈で何者かになりたいと願い、本当は勇者とある意味で並び立つことを望んでいたのだろう男の対比はそれだけで美味しい。
 勇者の従者なめんな! と魔王にまでなっつましまう彼ですが、憧れるものが遠過ぎたせいで自分の力に気づいていない奴ですよねこれ。または気づいていたとしても認められない。好き。好みの分かれる関係性だとは思いますが、私は今のままの彼らが好きです。
 かように用意された関係性は最高of最高なので、後はその関係性の良さをより感じられるブーストが欲しいところ。勇者と従者のキャラクターを、より立体的に感じられると良いな、と思いました。特に勇者のキャラ性が今のままだとフワッとしてるので、何か一個引っかかりの残る特徴があると嬉しいです。何でも出来てしまう勇者と何者かになりたい従者、良いのですが、割と現代的なテーマですし、サブクエだとかの言葉も世界観の練り足りなさを感じる為、そこも詰められたらもっと良いかも。
 きっとこの関係性をこれからも長く続けていくのだろう、という二人の距離感が最高でした。

49:ベビードール/芥子菜ジパ子

謎の有袋類:
 はじめましての方です。
 普段は詩や短歌を書いていたり、声劇に携わっている方みたいですね。少し違うジャンルからこうして参加していただけるのはすごくうれしいです。参加ありがとうございます。
 こちらは豚と自分で自分を比喩する系の風俗嬢のお話。
 独白のような形から入って行くのはなんとなく劇とか映像作品のナレーションっぽくて好きだなと思いました。
 物語の中で、客の男の「ホストとかに貢いだ?」という問い掛けや「これは、ほんの気持ちだから」といって金を握らせたけど禁止されている本番行為に及ぶ的な嫌な部分のディティールがすごくよかったです。
 恵まれているわけではない境遇の主人公ですが、それを憐れむ客に対して「憐れだと決めつけるな」という部分を作者の方は特に書きたかったのかと思います。
 現実だったら悲惨な話なのですが、物語の世界だとどうしても「逆境」感は足りないので、客の男のリアクションなどを書き込んで「可哀想なんですよ」と強調することで「決めつけるな」という内心の啖呵が格好良く決まりやすくなるかもしれません。
 主人公の細やかな憧れが思ったとおりではなかったけれど、それでも自分なりのプライドがあるという部分や、それでも生活していくというある種の覚悟の決まり方がすごくいいなと思いました。
 普段は台本なども手がけているようなのですが、またこうして小説も気が向いたら書いて欲しいなと思います。

謎の概念:
 文章が非常に端正で、とても書き慣れている印象です。基本的にはもう言うことないので、これからも面白い物語をたくさん書いてください。以降は無理矢理ひねり出した難癖のようなものなので、流し読みで結構です。
 最初から最後までひっかかりなくスルスルと読めたのですが、読めちゃったなという感じで、なんでしょう? ちょっとモチーフに対して文章が綺麗にまとまり過ぎているかもしれません。
 最悪さとか小汚さの中にある一握の綺麗さとか孤高さ、みたいなところを描きたいのかなぁと思うので、あまりにも綺麗に描き過ぎちゃうと効果が薄いかなぁ、みたいな感覚もあります。ドブの中の輝きを表現するには、ドブのほうはしっかりドブでなければいけません。ちょっと語り部が上品すぎるかも。頭を悪くしちゃうと読みにくくなるので、もっと語彙が低俗で下品でもいいかな。下品な語彙をつかって端正な文章を書いてみるとか。
 全編ほぼ彼女のモノローグで進行しますので、決して頭は悪くないんだけど、根底の部分は下品で下劣で、でも孤高みたいな複雑なパーソナリティをしっかり描いていけると、さらに表現に厚みが出るかも。

謎の巡礼者:
 決して人気ではない、自分でもまあまあ安めと自虐する風俗嬢のお話。
 かなり好きなテイストの作品でした。
 何を理由にしているわけでもなく、強いて言うならこれしかないから風俗を、男から求められる多少の自己肯定感と換えながら続ける様が文学的に描かれていて、全体的にレベルの高い今回の参加者の中でもかなり「筆力」の高い作品という印象でした。
 逆境とはつまり不運な境遇。生きているだけで逆境だと感じることは少なくない人にとって日常ですし、本作の語り部もまたそういうタイプの人間です。しかし誰かから見てそれが不幸に見えたのだとして、それを手前勝手に逆境なんて言うんじゃねえよ、というマインドで生活をする彼女の様子には読んでいて共感を誘われました。この辺り、かなり刺さる人も多いんじゃないでしょうか。
 顔もよくない、知性もないと自分を評する語り部ですが、こうした人物の心情を描くことができるのが小説という媒体の良さですね。
 しかし、そう思うのと同時に、一人称小説ではあまりに「一定以上の知性のある」人物しか描写し得ない、という問題点があるように思います。本作の語り部は実際に社会に対してどうしようもない不適合を感じている人間だと思うのですが、それが小説で文章になると「単なる卑下」にしか見えないところが出てきてしまう。そうなると勿体ないので、本作には一人称はそぐわない気がしました。あくまで一人称にするのであれば、彼女の使う語彙の選定をもっと詰めることはできたかな、と。
 今のままで短編としての完成度の高い文学作品だも思いますし、上記の自分の提案はほぼほぼイチャモンめいていて恐縮なのですが、今後の参考に少しでもなれば幸いです。
 本当に良かったです。逆境というテーマにもバッチリ嵌った、素晴らしい作品でした。

50:ランドルト通り三番街星屑群・在スケールマニア/ドレナリン

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 多分何かを比喩しているのだと思いますが、すみません。読み取れませんでした。
 羊のような見た目のもふもふした生き物の子供の視点で暮らすファンタジー風の世界に異邦人が紛れ込み、機械が村を襲うまでは読み取れたのですが、そこから先はちょっと難しすぎてよくわかりませんでした。
 逆境度は多分めちゃくちゃに高そうということは伝わりました。
 意図して視点を入れ替えていたり、混沌とした様子を描いているのだということは伝わってきたのですが……。理解力がなくてごめんなさい!
 プログラミング的な描写で、世界をリセットしてもう一度出会いをやり直して終わりのラストなのですが、読み取れたことが少なかったのでちょっとよくわからないまま終わった印象です。
 頭の思い描いている世界を文章にして書くことは十分に出来ているので、読んだ人にどの情報を手渡すのかという取捨選択を意識すると小説としてのわかりやすさがあがっていくかもしれません。

謎の概念:
 いろんな部分が抽象的に描かれているせいで、たぶんメインテーマであろう、ふわふわもこもこをふわふわもこもこにプログラムすることの倫理みたいなところまで頭が追い付けません。その手前の段階で「どゆこと?」という疑問に思考リソースの大部分が奪われるからです。
 読者の頭は思ってる以上にふわふわのもこもこで、お話を読みながら考えたくないものなので、考えるのは筆者が代わりにやってあげる必要があります。演繹すれば一意に定まる情報も、演繹の過程も示さなければ読者に提示されていないのと同じです。読者に「あること」「あるひとつのテーマ」を考えることを促したいのなら、その一点以外については考える必要がないくらいに丁寧に書いてあげなければいけません。疲れちゃうので。
 自発的に考える能力のないふわふわもこもこの口に、それ自体で成立する「完成した問い」をざらざらと流しこんで「はい、それではこの問いについて考えてみましょう」と促し、答えさせる。読者に考えさせるというのは基本的に、それくらい人の自発的な思考能力を信頼しない行為です。その行為の倫理的是非はさておき、そういうものです。読者が自力で問いそのものを立てることができるとか思ってはいけません。
 おそらく人間の自我とか自発的思考能力みたいなものに、まだ過度の幻想を抱いているのだと思います。子供向けの絵本を書いてあげるくらいのところまで意識のレベルを下げてから丁寧に書くと良いと思います。

謎の巡礼者:
 ふわふわともこもこがたくさん存在する草原の世界。そこは本当はプログラムの世界、人工知能が人間の娯楽のために作った世界で?
 ……といくつかの情報の断片から世界観を拾い上げることはできるのですが、正直、物語の大筋が分かりづらく、読み取りにくかったです。
 主人公たちがある種のプログラムされた世界を神話的に描くSF。自分の話になって恐縮ですが、私自身も書いたことがあります。それもあまり物語の全容が見えないように抽象的な、予言書めいた物語として描いたので、やりたいことは何となくわかる気はします。
 文章一つ一つはうまく言葉を選んで編んでいる様子が見えて好印象ですが、それがまとまった物語になっているかというと微妙なので、話の始まりと転換点、オチくらいはわかるように作ると、伝えたいであろうことが伝わりやすくなると思います。作られた世界が上位の存在の都合によるものであることへの怒りでも、仲間のふわふわもこもこ達が消えていく恐怖でも何でも良いです。
 さようなら、産廃! とか、妙に耳に残る台詞回しなど、光る部分も要所要所に見受けられるので、物語によってその武器を実存のモノとして顕現しましょう。
 最後、世界がリセット(乃至再構成)する様をプログラム言語によって表現しているディテール自体はすごい好きです。私も前述の自作で似たようなことしました。
 読者に伝わる伝わらないは置いといて、書きたいことを連ねるストロングスタイルで一万字書き切ってしまうのは凄いことなので、後はその凄さをもっとしっかりアピールしてくれると嬉しいです!

51:流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った/ハーマン・スミス

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 妻の生首が送られてきて、その復讐をするという男の話。
 逆境としては満点の状況で、更に次々と刺客と出会い、戦っていくのですが、その中で徐々に「これは我々が知っている日本や人間の規格ではないな?」とわかっていく構成でした。
 作中のバトルシーンなど、ハーマン・スミスさんが楽しく書いているんだろうなと言うのは伝わってきてよかったです。
 せっかく「流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った」というタイトルなので「流れよわが涙よ」とドラゴンスケイルが作中のどこかで言っていたら更にかっこよかったかもしれないです。
 まだまだ文章面ではのびしろもあると思うのですが、それは書いているうちにきっとどんどん強くなる部分なので、どんどん作品を書いて強くなって欲しいなと思います。

謎の概念:
 タイトルはディックのオマージュですね。多重世界ものかと警戒しながら読んでいましたが、とくにそういうわけでもないようです。
 突然の事態に慟哭するでもなく淡々と対処していく主人公の語り口が淡白ですね。即復讐に飛び出していく主人公の元に次々とトンチキな刺客が現れる! というテンポ感ある展開は忍殺てきなので、もうちょっと叙述に盛り上がりがあってもよかったかもしれません。彼の性格的に、一人称視点で書くとどうやっても盛り上がらなさそうなので、いっそ三人称視点で書いたほうがよかったかも。トンチキに行くなら全力でトンチキにしたほうがいいです。こんなものかな? みたいな手加減は不要です。
 最後は「誉の真の仇は別にいるので光の復讐はまだ終わってない(続く!)」ということなのかもしれませんが、ちょっと情報の提示していきかたがうまくないですね。終わった! っというスッキリ感がない。続きを予感させる終わりかたにするにしても、一旦この話はここで終わり! というスッキリ感をちゃんと用意すべきだと思います。
 柊が簡単に死に過ぎなので、ちゃんと彼をぶち殺すところに盛り上がりのピークを持っていったほうがよかったですね。

謎の巡礼者:
 殺された妻の復讐の為、次々現れ立ち塞がる刺客と戦うお話。
 出てくる刺客がそれぞれ印象的で、それを撃破していくというシンプルなお話で、展開される世界観も現代ではないカオスな日本であるところなど、面白みを散りばめた作品になっていて、作者の好きな要素が多分に入っているのだろうことが伺えて良いです。
 作品としての外連味は充分であり、ぶっ飛んだトンチキな刺客の造形にもエンタメを感じますが、文章がやや淡々とし過ぎており、せっかくの魅力あるキャラクターや世界観の魅力が伝わりにくいのが少々難点でした。
 刺客の登場シーンのそれぞれに、歌舞伎の見得のような、マンガの大ゴマのような「今ここが見どころですよ!」を端的に示す一文を毎回挟むようにしてみるといいかもしれません。
 それで言うとプロローグ0.1の日本初の女子高生総理大臣の登場シーンは極めて良かったです。
 現代日本ではあり得ない現役女子高生総理大臣という彼女の異質さを紹介しながら、彼女自身がこれ以上にない外道の挙動をしてキャラクターの魅力を高めています。良い。これはかなり良かったです。
 作者自身はどういう何となく世界観がわかった状態で執筆をするわけですが、作中世界にどんな印象を抱くかは、作者が読者に与える情報提示の順番で百八十度変わり得るところなので、そうしたところに気を配ってみてください!

52:イマジナリー猫が死にました。/ロッキン神経痛

※ロッキンさんから「以前の下書きから書き起こしたつもりだったけど、過去に別の企画に出してしまっていたのでレギュレーション違反でした」という申告と謝罪があったのでこちらに記載しておきます。
大幅改稿してあるので別物だと判断して講評を書いてしまったので講評を載せます。みんなも事故に気をつけよう!

謎の有袋類:
 ロッキンさんの参加だーー!うおー!ありがとうございます!
 逆境! という生育環境の子供がイマジナリー猫を産みだして共に生きるお話でした。
 ヤッホーおじさんと出会ってから保護されるまでの怒濤の流れが唐突に起きたことっぽくてめちゃくちゃによかったです。
 ある種の信頼出来ない語り手なので、チャムがしてくれたことと言っているのは他人から見たら主人公が自分でやっていることだと思うのですが、他人からどう見えているのか野暮だったとしても少しだけリアクションが見たかったかも? でも、チャムがやってくれていると主人公は認識しているのでそういう疑問の声はなかったことになっているのかなとも思うので難しい……。
 イマジナリー猫が死に、リアル猫が訪れ、うんこの匂いを嗅いで生を感じるラストはめちゃくちゃに好きです。
 まだ心の傷は癒えて無さそうな主人公が、自立して前向きに生きていけるような最後がよかったです。
 ロッキンさんの色々な話が読みたいので、またお時間があるときに色々書いて欲しいです!

謎の概念:
 純文学というか、一般文芸系の作品。こっち系でもいけるじゃん! という手ごたえはありますが、これで戦える水準まで高まっているかというと、あともう一歩といったところ。基本、こっち系のあまり劇的でない作品は描写の解像度が命です。
 イマジナリー猫のチャムが主人公格のはずなのですが、全体のバランスで見るとチャムの描写は淡白でステロタイプの域を出ていません。なんかいいヤツで、なんかいい感じだったんだな、くらいのことしか分からない。僕とチャムの心の交流の描写に厚みが出るほど、最後の「生まれて初めて猫のウンチの臭いを嗅いだ」のところで寂寥感が出てくると思います。
 わざわざウンチの臭いで落としてくるのは「生きてる猫ってのは臭いんだな」「やっぱチャムはイマジナリーだったんだな」みたいな感情を強調したいのかなと思うので、それならチャムとのエピソードにイマジナリーだからウンチとかしてない、みたいなのがさり気なく埋め込まれててもよかったかな。
 序盤のわりとどうでもいいエピソードに出てくるヤッホーおじさんの解像度に比べると、チャムの描写はありきたりというか、力が抜けちゃってます。チャムよりもヤッホーおじさんのほうが好きっぽい。ヤッホーおじさんの描写に注いだのと同じくらいの情熱をチャムにも注いでください。

謎の巡礼者:
 虐待環境の、どうしようもない逆境に置かれていた子どもだった主人公が、ひょんなことからそこを抜け出して、自ら創り出したイマジナリー猫と奮闘する人生を駆け抜けるように描いた作品。
 世界と乖離した主人公の描写やイマジナリー猫のチャムを信じて現実を生き抜く様子など、主人公の目線を丁寧に描きつつも、これは彼の認識した現実に過ぎないこと、またチャムが消えたのが母の死をトリガーとし、最後には妻が本物の猫をもらってきて本物の猫のうんちの匂いで、改めて現実を認識する。隙のないプロットでした。
 本作の起点であるヤッホーおじさんの話はあくまで起点に過ぎないので、特に後の話とのつながりとかなくていいと言えばそうなのですが、ヤッホーおじさんのパートが結構鮮明に描かれていたのが面白かったので、役割を終えたらそれっきり、というのが少し残念な気持ち。主人公が現実とイマジナリーの狭間にある時に、ちょっと顔を出してくれていても良かったかも。
 全体的にとても満足度の高い作品。今回、他の参加者の作品の講評で「作者と読者とで共有する情報は違うのだから丁寧過ぎるほど丁寧に情報は提示した方が良い」みたいなことをたくさん書いたのですが、本作に関しては読者に提示する情報は充分で、むしろもうちょっと読者を信じて曖昧情報にしても良かったんじゃないか? とも思う。そのくらいには親切設計でしたね。ありがたい。
 魅力あふれる、好みの作品でした。

53:ツンデレ幼馴染は「勝ち確」なんかじゃないっ!/只野夢窮

謎の有袋類:
 煙に巻かれてを書いてくれた只野さんの二作目です。
 幼馴染みの男が知らない女とキスをしているところから始まる三角関係の物語です。
 今は懐かしいと話題のツンデレヒロインと、地味だけど健気な彼女のヒロインレース! ヒロインレースというよりは、負けヒロインが完敗するまでのお話という雰囲気。
 最後が力男のインタビュー形式なのに成美(鳴海?)の一人称で始まって途中でいきなり切り替わるのは違和感がある気がします。
 多分逆境要素が「好きだったし彼氏だと思っていた相手のキスシーン」だったのだと思いますが、成美が試合に来て動揺している力男の心情を見る限り内心動揺していてもおかしくないのかな? と思うので、ここはがんばって力男だけの視点で書いた方がよかったかも。
 ラブコメにチャレンジ! という意欲的な作品で、慣れてないながらもラブコメとは……と頑張って書いていることが伝わってきました。
 女性陣の可愛さを描くと言うよりは、力男のがんばりや熱意が前面に押し出されているので、青春野球ものを読んでいる感じが強かったです。
 毎回、自分の書かないものにチャレンジしてみるのはすごく良いことだと思うので今後もガンガンチャレンジをしてください!

謎の概念:
 読み終わってみると、わりと素直にツンデレ幼馴染 VS NOT幼馴染のヒロインレースだったので、最後に取ってつけたように力男のインタビューが入るよりは、ここスタートで力男の叙述で回想に入ったほうがシンプルだったかなと思います。
 はい、こっちがまずツンデレ幼馴染で、こっちがNOT幼馴染です。最終的に力男はこのどちらかと結婚します。さてどちらでしょうか? というセットアップを済ませてしまってから話が始まったほうが、読者の興味を牽引し、ハラハラ感が出たかもしれません。
 現状だとさすがにワンサイドゲームすぎて成美がかわいそうなので、もうちょっとシーソーゲームを演出できるようなエピソードがあるとよかったかもしれませんね。花子の見所があまり提示されないまま成美自身の慢心で負けてるので、あまりすっきりしませんし。花子パートもあって、彼女のパーソナリティもそれなりに提示されていると納得感が高まったかも。
 ただ一万字ていどの短編で視点が三人も切り替わるのは基本的にはあまり良い手ではないので、最初から三人称叙述のほうがいいかもしれません。

謎の巡礼者:
 絵に描いたようなツンデレヒロイン成美が、幼馴染の力男が野球部のマネージャー花子とキスをしているところを目撃する、から始まるラブコメ小説。
 力男の二人のヒロインの間で揺れ動く心情や成美の幼馴染ゆえの慢心、もう一人のヒロインである地味目な花子といったキャラクターを、これまた王道に描きながら、成美の親が怒って押しかけてくる困った展開まで豊かに描いていています。親が勝手に子どもの関係を固定してしまうの、だいぶ迷惑なことではあるけれど仕方ないことではある。
 これで花子に実はとんでもない裏があったりしたらどうしよう、などといらん心配をしていたのですが、そんなことはなく普通にちゃんと力男のことが大好きな良い子でした。良かった。ラブコメジャンルでこういう期待の裏切らなさは安心できますね。
 成美と力男、それぞれの目線での文章が展開されるのは良いのですが、成美視点のシーンが少ないので、であれば初めから三人称での文章にしてしまうか、ハッキリと章立てで読みやすくすると、なお良かったかなと。三角関係のうち、地味目な花子がなんぼなんでも地味なので、今の構成のままならば花子目線のシーンもあると良かったと思います。
 これぞ青春、を気を衒わずブツけてくれて楽しい作品でした。

54:わたしとかえるとカニと/押田桧凪

謎の有袋類:
 前回はケンタウロスになって目覚めた人を描いた人外考察と田中がどんどん増えていくテセウスの田中を書いてくれた押田桧凪さんです。参加ありがとうございます。
 いきなりお母さんがカニになるロケットスタートではじまり、あっと言う間に友達もかえるになってしまうとんでもない世界だということがわかっていきます。
 そういうものなんだな……と思わせる豪腕な物語の進め方がすごくよかったです。
 お母さんのカニ……出しに使われていたけど、にかちゃんと同じことになっているのか? などと邪推が出来るのもおもしろかったです。
 お父さん、甲殻類アレルギーなのに大丈夫なのかな……。
 短編ですと、お母さんのカニエピソードと、百合要素の好きな子がかえるになっちゃったエピソードがどっちも強すぎて話全体の印象がちらかっているのでどちらかに集中出来た方が話全体のまとまり自体はいいのかなと思いました。
 こういうカオスが書きたいんだよ! という場合は目論見は成功なのでそのまま突き進んでください!
 普通のかえるにすげ替えてキスをするシチュエーションや、自分以外はにかちゃんの正体に気が付いていないこと、カニになったお母さんももしかしたら、すげ替えられて気が付いていないかもしれない要素など面白かったです。
 嘉手さん……いい人だといいな……。
 得意なことや好きなことをこれからもどんどん書いてのびのびやっていきましょう!

謎の概念:
 カニの話からはじまるのでカニお母さんの話かと思ったら、最終的には逆境に咲く百合の話だったので、カニお母さんの話がなんか浮いてしまっている気がします。お母さんがカニになったエピソードと、にかちゃんがかえるになったエピソードが、並列しているだけでより合わさっていない感じ。
 最終的にはカニお母さんはわりとほったらかしで、にかちゃんの話で〆るので、冒頭もにかちゃんがかえるになった話のほうから始まると、かえるがメインでカニがサブというエピソードの比重が分かりやすくなると思います。そもそも、カニはカニ、かえるはかえるでやったほうが話がシンプルなのはそう。同時にやるならやるで、なにか意味性と必然性を与えてほしいです。
 カニお母さんがニラを切るところや、煮られて出汁にされちゃってるところはコミカルな印象なんですが、主人公の語りが常に切実でヒリヒリしているので、なんか笑ったら「なに笑ってんだ~っ!!」と怒られてしまいそうで、絶対に笑ってはいけない24時みたいな神妙な読書体験になってしまいます。
 青春の「本人にとっては切実だけど傍から見ると完全にギャグ」な感じを狙っているなら、試みは成功していると言えますが、基本はギャグならギャグで、ギャグですよ~という世界観をセットアップしてもらったほうが親切は親切。

謎の巡礼者:
 母親がカニになっちゃった、から始まって、友達はカエルになってしまう。けれどそれ自体はよくあることのようで、とりあえずは普通に受け入れられる。かくも不思議な世界観を描いてくれた作品。
 カニのお母さんが出汁とられちゃうとか、主人公のかえるとのキスとか、絵的に面白いシーンが結構あり、ともすれば淡々と進まざるを得なさそうな設定でも、インパクトを与えて読ませる工夫がされているものと読みました。
 お話全体の軸としては、かえるになってしまったにかちゃんへの好意と、その好意を友情や絆としか取ってくれないみんなに対する主人公の鬱屈した気持ちが主題となっていて、その主題自体も面白いです。
 気になった点として、お話としての一本筋を通すのであれば、物語のスタートもにかちゃんがかえるになったところからで、かにになったお母さんのエピソードは後出しで添える方が綺麗な構成になるかと。読者にとっては普通ではない、カオスに見えてこの作品なりのロジックが一応は用意されている本作において、かにお母さんのエピソードを削る必要はないと思うので、より印象に残すために提示エピソードの順番を弄ることは試してみても良いと思います。
 雰囲気としては森見登美彦系列の味を感じなくもないと思うので、そういうのが好きな人に是非是非勧めたくなった小説でした。
 語尾がかにになっちゃってる嘉手さん好き。

55:裏庭のロンド/@Pz5

謎の有袋類:
 いつも難しい! となりながら読むことになっていたのですが今回はPzさんの作品だけど読みやすい!!! となりました。
 でも黒髪長髪イケメンが最初に死んでしまった……ううう……。
 なんだか魔法っぽい剣に取り憑かれて暗殺を家業としている主人公が幸せにいきてくれよと自分の願いを託した先生を裏切り続ける悲しいお話でした。
 勝手にご飯を食べに来るアンジェラが癒し要素で好き。
 連載の一話目としてなら掴みはバッチリ! なのですが、短編だと少し物足りないかも?
 字数にまだ余裕もないので、謎が一つ解明されたり、主人公がピンチになってそれを乗り越えるなどすると盛り上がると思います。
 先生は眼鏡の黒髪長髪優男の殺し屋っぽいけど、主人公は髭の黒髪とのことなのでマッスルな感じなのかな……。先生から教わった料理っぽい部分が好きでした。
 設定が凝っている感じなので、ここで終わらせるのはもったいない! 連載しましょう!
 今回は、僕にも比較的わかりやすいお話を書いてくれてありがとうPzさん!
 面白く読めました!

謎の概念:
 世界観を盛り上げる独特なスタイルがあり、文章力もあります。単純に作品が短いです。書き足しましょう。
 主人公の置かれた状況、人物像、世界観などが提示され、さてここから物語を始めますよ、というところで話が終わってしまいます。短編とはいえ、ひとつのお話として成立させなければなりませんから、ここではまだ終われません。
 主人公は先生の望み通り、稼業から足を洗い表通りの人生を歩みたいのでしょうか? それとも、在りし日の先生の影を追い続け裏稼業を極め、先生と一体化することが望みでしょうか?
 主人公の望みがあり、それを阻害するトラブルがあり、主人公は障害を取り除くために主体的に行動し、成功、あるいは失敗があって、その過程で冒頭とは心理的にどこか変化します。先生の影を追うことをやめ、自分の人生を生き始めるのかもしれませんし、ついに先生の高みにまで上り詰めるのかもしれません。
 ようやく舞台のセットアップが終わったところなので、話はまだ3割といったところ。ここから物語を通じて主人公を変化させていきましょう。

謎の巡礼者:
 死んでしまった「先生」を心に抱きながら、裏稼業を続ける主人公のお話。
 ──なのですが、設定提示部分だけで終わった感じがあり「勿体無いー!」と思ってしまった。
 聞こえてくる声と言い、きっとこのままお話が進んでいけば一癖も二癖もありそうなアンジェラと言い、先生の手紙とそれを読む主人公の心情から垣間見える二人の関係性と言い、与えられた世界観は充分。
 魅力的な設定を短編スケールにストンと落とし込む為の物語が不在で、企画途中段階のプロットといった風でしたので、その雰囲気自体を売りにするにしても、主人公と先生の関係性を売りにするにしてももうちょっとボリュームが欲しいです。
 勝手にご飯食べに来るアンジェラと主人公のやり取りの雰囲気とかめちゃくちゃ良いですもんね。こうやってただ会話しているだけで魅力的な描写があるということは、めちゃくちゃに大きな武器です。好き。
 シリアスながらも独特の空気を醸し出す彼らをもっと見ていたくなる作品でした。

56:GO!GO!じゃんけんNIGHTフィーバー!/クロワッサン食べ実

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 事故を起こしそうになっていた義父と車を交換することから始まる怪異のお話でした。
少し強引に愛車を交換させられるという逆境と、何かに取り憑かれているという逆境の二点盛り!
 じわじわと取り憑かれておかしくなっていく主人公とその旦那さんなのですが、時々は平静に戻るのが異常事態を際立たせていて良い描写だと思いました。
 最後のオチ部分や、「そのときはいる時だったので」の部分など、読んでいてわからない部分がありました。
 作者にとってはわかりきったことでも、読む側は情報が足りないことがあるので、少し親切すぎるかな? くらいに情報を提示すると丁度良い感じになったりします。
 せっかく考えたオチが伝わらないよりは、バレバレでも「そうなったかー」と納得した方が感想も出やすいと思うので、全部ネタバレさせちゃうぞ! という意気込みで書いてしまってもいいかもしれません。
 ゆうちゃんという謎の存在、最後に主人公が唐突に人を巻き込もうという思考になった部分、深夜の不気味な店の様子など怖いものを描写したい気持ちと、場の雰囲気を伝える力は高いと思います。
 このままたくさん小説を書いていけば書いた分だけ強くなれると思うので、楽しく好きなものを書いていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 話の大筋としては定番ではありますが、ホラー短編として完成度が高く、面白かったです。リングみたいな増える系、拡散していく系ですね。
 序盤に引っ掛かりを覚える、義実家の人たちのやや強引な厚かましさも怪異の影響だったりするんでしょうか? ここからもう、ホラーらしいねちっとした厭~なムードが出ていていいです。
 客観的におかしいことは自覚しているんだけど、そうなっているときには自分ではどうしようもない、みたいな描写も、わたしはリアリティが感じられてよかったと思います。
 メダルが見つかってからの、じゃんけん勝負に行くところはちょっと唐突なので、序盤からじゃんけんゲームのモチーフを登場させておくなど、伏線をはっておいたほうが納得感が高まるかもしれません。
 単純な誤字でひっかかってしまうところがけっこうあったので、推敲はもう一度したほうがいいです。

謎の巡礼者:
 義父がもう歳なのか、何度か事故を起こしそうになったということで自動ブレーキ付きの語り部の車と交換したことをきっかけにして、幽霊のゆうちゃんとの交流が始まる話。交流といってもこちら、ガチホラー。
 幽霊に取り憑かれて、教科書通りの憔悴した様子になっていく様や、幽霊にゆうちゃんと名前をつけておかしなことは分かりつつもゆうちゃんをそこにいるものとして扱ってしまう、しまいにはいないことにパニックになるくらいになってしまう、じわじわと正気と日常から乖離していっている様子が、普通の話でもしてるかのように語られるのが逆に怖く、面白い。
 作中情報が足りていないせいで、タイトルにもしている本作の肝であるだらう、じゃんけんマシンのところのオチがわかりづらかったです。せっかくのオチなので、意味がわかると怖い話を狙っているのでなければ、ストレートに何が起こっていたのかがわかる一文が何かほしいですね。
 ゆうちゃんの為に絵本やおもちゃを買ってあげるくだりが好き。明らかに倒錯しているし、本人もヤベェとは思っていながらもゆうちゃんとの交流を続けてしまう。実際、幽霊への認識でこうやって日常がバグることはあることだと思うので、幽霊がいるいないに関わらずお祓いみたいな区切りって意味あるんですよね、という所感。ゆうちゃんにはあんまり意味なさそうだけど。
 友達がいっぱいいれば寂しくない。──これを読んだ私の車にもゆうちゃんがいないことを祈ります。

57:警告:このWebページの登場人物にはあなたを不快にさせる要素が含まれている可能性があります。/カム菜

謎の有袋類:
 前回は見事なダブル・ミーニングのホラー小説「地元の神ってるパイセン」を書いてくれたカム菜さんです。参加ありがとうございます。
 意欲的な発想の作品なのですが、やりたいことと表現が少し噛み合ってない印象を受けました。
 利他的行動を嫌う人は多いので、カクヨムを活かして☆と♡をおねだりするよりは、素直にこのWebページ上に閉じ込められている設定にした方がすんなり「閉じ込められている男」という表現を受け入れられて後半に辿り着けるのかなと思いました。
 第四の壁を越えるという難しい挑戦をしたのはめちゃくちゃにすごいことですし、電脳終身刑という発想もすごくいいなと思いました。
【猫耳爆乳美少女全裸待機中】 という作品が今回エントリーしているのですが、こちらの描写は多分カム菜さんのやりたいことに近いと思うので、もし未読でしたら読んでみると参考になるかもしれません。
 やりたいことや表現したいこと自体は伝わってきたので、コンスタントに作品を書いたり読んだりしてカラテを積み重ねていきましょう!
 カム菜さんの発想やアイディアはすごく良いので、あとはひたすら研磨を重ねていくだけでどんどん強くなると思います!
 前半のページ内の男が焦る様子もどことなく憐れで可愛かったですし、後半の皮肉屋な男の性格なども魅力的でした。
 これからも創作を楽しんで続けてくれるとうれしいです。

謎の概念:
 うーん、メタ要素はべつに嫌いじゃないし、こういうのもあってこそのKUSO小説企画だとは思うのですが、ネタとしてはちょっと手垢がつきすぎかな。これだけで「やられた~」ってなってくれるほど、読者は素直じゃないです。もうちょっとギミックに複雑性を持たせるか、単純に物語としての魅力を高めるか、なんらかの工夫は必要でしょう。
 最初の発想、着想、アイデアの種みたいなのはこれくらいからスタートしてもぜんぜんいいのですが、もっと詰めて考える、深く考えるというのが重要です。
 種明かしパートも、ただ種明かしするだけではフーンってなってしまいます。種明かしがされることで「ああ、あそこのアレはそういうことだったのね」みたいに合点がいく、腑に落ちる、みたいなのがあると納得度が高まるので、前半の囚人パートに伏線をうめて、後半で回収、みたいな要素があると良いと思います。

謎の巡礼者:
 メタを擦るぜ、なKUSO小説。
 Web小説やるなら一度はやっておきたいやつですね(偏見)。実際、今回のこむら川でも似たような作品ありました。
 本作は読者が読んでいる時だけ観測されて自由を得られる男から読者に語り掛けられる作品。
 メタ作品は好きですが、ハートや星をくれ! のくだりはちょっとクドいかもしれません。最終的はネタバラシはSF設定から来るものですが、その部分はメタじゃないのは、ツメが甘いように思います。やるならトコトンやりましょう。
 メタはそもそも最初から好き嫌いが分かれるジャンルです。私は好き。嫌いそうな人のことはあんまり考えずにやり過ぎなくらいKUSOを煮詰めてくれると嬉しいですね。話数を変えて、AIにも「これは電脳終身刑者の檻です」と読者に語りかけてもらうとか。
 メタや第四の壁の存在する作品の良さは物語に読者を否応なく巻き込むことにあります。そこのところを詰めていきましょう。
 発想や設定は良いですし、語りかけてくる囚人の言葉もしっかりと読ませるだけの緊迫感を演出できていてグッドでした。

58:(ピンポン)ダッシュ千本ノック/折り鶴

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 タイトルの通り、ピンポンダッシュを千件するお話。
 家庭環境がよろしくない主人公が、それを脱するためにピンポンダッシュを千件で三百万を払うという仕事をするお話でした。
 ピンポンダッシュをする条件がおもしろかったです。
 親友である環が最後に駆けつけてくれて助かる展開もよかったです。
 黒幕の相手が金は渡すし、羽振りもいいのですが「ささやかで、それでいてとびきり不愉快な、反撃をしてやりたいんだ」で未成年を実行犯にして危険に晒す大人なので、よく考えなくてもヤバい人なのですが何故か主人公は日比谷に好感を持ちます。
 穂波ちゃんが家庭環境も良くなく、そういうご家庭育ちの人は危うい大人というか変な人を好きになって振り回されたりしがちなので、そういう面でのリアリティはずば抜けているなと個人的には思います。お金を奪ったり罵倒してくる実親よりもイリーガルなことを頼んでくる悪い大人の方が優しかったりしますからね……。
 個人的な好みなのですが、ピンポンダッシュをする理由はピンポンダッシュをした後で開示だとハラハラ感というか、掴み的に強くなるのかも? と思いました。
 何件かしてから環ちゃんに御守を貰うみたいな感じだと「ダメなのはわかってるけどもうバイトを開始して金も貰ってるので断れない」みたいな馬鹿げたバイトを辞めない理由の補強にもなるかもしれないです。
 穂波ちゃんが最後はキチンと報酬を貰って不確かな未来には代わりはないけれど、前を向くというエンディングでよかったです。
 環ちゃんという親友がいれば、また何かあったときに大きな間違いではない方向に引き戻してくれるという安心感がある……。
 カクヨムにはまだ作品が少ない作者さんなのですが、これからもどんどん創作を続けて欲しいです!

謎の概念:
 いやいや絶対なんか裏があるやろこんな闇バイトって思いながら読んでたんですが、とくになにもなかったですね。本当にただささやかな嫌がらせがしたかっただけなんでしょうか? なんの裏もなくシンプルにピンポンダッシュ千件で三百万なら、リスクを考慮しても普通においしいバイトなので、わたしもやりたいです。
 ピンポンダッシュはただの陽動で、実は日比谷には真の目的があった、とかのほうが納得感は高まるし、危険なシーンもさらに危険にできてスリリングな展開にしやすい気がします。ちょっとくらいプロットが破綻しても別にいいので、スケールの大きな陰謀にしちゃってもいいんじゃないでしょうか。穂波にはチャリンコとピンポンダッシュの才能だけでヤベェ巨悪と戦ってほしいです。
 環が駆けつけるところは爆アゲポイントなので、すこしくらい辻褄の合わないところがあっても勢いが出ればぜんぜん問題はないのですが、環は最初から最後までずっといいやつで味方なので、途中で裏バイトの是非をめぐって一度対立し、決別してからの、それでもやっぱりピンチには駆けつけてくれる! みたいな展開にしたほうが、振り幅が出てさらに爆アゲかもしれませんね。

謎の巡礼者:
 タイトルの通り、ピンポンダッシュを千件やる小説。これめっちゃくちゃ好きです。
 稼いだ金は親に使われてなくなる限界環境で生きてきた主人公の穂波が、ピンポンダッシュを千件する代わりに三百万をくれるというわけのわからないバイトを頼まれて、持ち前の性格で引き受けてやり遂げちゃう。バイト持ちかけた日比谷のお兄さんもクレイジーだけど、間違いなく穂波もクレイジー。というか、多分何らかの目的がある日比谷より、何だかんだでこのバイトをやり遂げちゃっている主人公が一番クレイジーですね。クレイジーな主人公がクレイジーな出来事に巻き込まれる、最高のパルプ小説でした。
 依頼をこなしていくにあたって生き生きとしてくる穂波の心情描写が秀逸で、一万字というスケールに落とし込むに当たって、穂波以外のキャラクターの描写がオミットされるのはこの際仕方のないことなのですが、正直かなり面白かったです。
 ということで以下、本作が穂波サイドにフォーカスした短編であることを踏まえた上で気になったことですが、穂波がピンポンダッシュのターゲットは皆、何か後ろめたいものがある人々であることを確信しているのが、ピンポンダッシュをしていく中で感じたことなのか、それとも日比谷に依頼を終えた時にちょいちょい聞いていることなのかがもう少しはっきりしていると良いと思います。前者なら昔の担任の家を襲撃する時、後者なら最後のターゲットを襲撃する時に日比谷に彼らの所業を聞いた時の話を膨らませるので、どっちかを削っていた方がより穂波の気持ちにフォーカスがあったかも。
 今回は短編でしたが、叶うことならば日比谷サイド・環サイドのお話も見たい。何なら、ピンポンダッシュをされる側の視点なども混ぜると、それこそ伊坂幸太郎みたいな群像劇パルプ小説になるプロットを持った作品で、正直「ピンポンダッシュ1000件やる」というワンアイディアでこれだけお話の広がりが感じられるのは凄いし、これを書けるのが羨ましい。いいなー、俺もこういうの書きたいー。

59:私を一番見てる人/ナモナシのナナシ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 百合! 百合の間に挟まった男が頭をかち割られるお話しでした。
 女性らしさの権化のような主人公の親友エミが、主人公のナオに実は片思いをしていて、それを誤魔化すように次々と碌でもない彼氏を作っていたけれど、今回の彼はエミのことが大好きで、エミのことをしっかりと見ていたのでエミの気持ちに気付いてしまい、問い掛けたら頭を殴られて昏倒したか死んでいるという状態。
 そんなエミの彼氏であるマァくんはそのままにして、ナオはエミを落ち着かせるために飲み物を入れ、そして話し合い、最終的にエミがベランダの柵を乗り越えて、ナオもそれを追いかけて全身打ち身になる最後でした。
 コーヒーを切らさず置いておくところや、化粧を常にしていること、マァくんとエミは白ワインが好きなのに用意されていたのは赤ワインという細かなエミのナオへ対する好意の描き方が好きです。
 二人の関係性はおもしろいなとも思うのですが、マァくんがひたすら不憫ですごい。
 エミに救急車を呼ぶことを拒否されたからとはいえ、死体かもしれない男を放置してゆっくりと話している二人なのですが、僕は「生きてるのかな……大丈夫かな」とついマァくんを心配してしまったので、マァくんにもう少し触れるか、いっそのことトドメを刺すかした方が読む側にとって気が散らないかもしれないです。
 途中で名前がカタカナ表記から漢字表記になったことに何か多分意味があるのだと思いますが、そこは読み取れませんでした。すみません。
 男っぽくい趣味と女らしくなれないというコンプレックスを抱えている異性愛者のナオと、女性らしさの塊のようなエミという正反対の組み合わせと、エミのナオへの好意の描き方がすごくよかったです。
 カクヨムには一作だけの作者さんなのですが、文章は書き慣れている感じなので何か創作をしている方なのかな? と思ったら二次創作出身の方なんですね。
 一次創作なども今後楽しんでたくさん書いてくれるといいなと思います。

謎の概念:
 初めて書いた一次創作小説ということですが、文章からは書き慣れている印象を受けますね。二次創作はたくさん書いていた、ということでしょうか。
 書きたい部分、書きたい感情がちゃんと自分の中で定まっていて、そこにグッとフォーカスできているのでブレがなく良いと思うのですが、それ以外の周辺処理が雑になってしまっている気もしますね。
 エミの屈折は見えるんだけど、ナオはヤバい状況に直面してもずっとダウナーでクールで、どの温度感でそのクールさなのか見えてこなくてそわそわします。普通にもうちょっと慌てたりしないんでしょうか。マァくんが死んでても別にいいやっていう投げやりさなのか、慌てると状況をより悪くするのを知っているから傍からはのんびりしているように見えても彼女なりにこれがベストなのか、なんなんでしょう?
 マァくんが過去の男と同様にカスだったらまだよかったんですが、わりといい人っぽいので、できれば生きててほしいですね。気になっちゃって、あまりエミとナオの感情とか関係性に集中できませんでした。エモは読者をグッと引き込んで共感させてなんぼなので、気が散る雑音は少ないほうがいいでしょう。
 まずは自分が一番描きたい部分、一番大事なエモに焦点を合わせてグッと集中するのが大事なんですが、最終的には周辺もおろそかにせずに、それなりには書き込んだほうがいいです。

謎の巡礼者:
 男の頭をカチ割っちゃった親友を慰める小説。カチ割ったのは、その親友は主人公のことを本当は友達として以外の意味でも好きなのを、男が訝しんで嫉妬したことが原因で、作中で親友の気持ちがワッと溢れれ出ていくのですが、彼女たちの感情を直接言葉で伝えるというよりも、エミはナオしか飲まないコーヒーを切らしたことがないとか、だからナオはエミを捨て置けない、などの細やかなところで表現しているのがとても素敵です。
 二人の関係性を丁寧に描いている短編で、物語として特に突っ込むようなところもほぼないのですが、主人公のナオが終始落ち着いていたのが少しだけ気になりました。止められてもせめて救急車は呼ぼう? ナオの性格と言ってしまえばそれまでなのですが、だとすればその性格が読者に伝わるようにした方が良い。主人公の感情をあまり揺さぶらない、割とやりがちなんですよね。だから「感情が欠落しているのだ」みたいな臭いかもしれない独白を挟むのもありです。
 ナオの心情の凪やエミの彼氏の生死不明など、気になるところはオミットしていきましょう。
 エミの彼氏が倒れているところから始まり、エミとナオの二人の関係性を掘り下げて、最後にはキスをする。お互いの立ち位置も気持ちをお互いに知らせる転機にはなったけど、それが大きく変わるわけじゃない。この構成がとっても好きな短編作品でした。

60:ムカデワサワサ儀軌の業/くろかわ

謎の有袋類:
 前回は「消失、」で銀賞を取ったくろかわさんです。参加ありがとうございます。
 黒髪長髪イケオジだ!!!
 いつ虫が出てくるのかなと思っていたら、まさかの指から二メートルの百足が……。ひぇ……。
 腹の中に虫がいる云々で先生が食い破られるのか、中身が虫になっていたのかぞわぞわしながら読んでいたのですが、そうじゃなくてよかった……。
 少年と先生の不思議な関わりと、憎めない百足の三人のやりとりが微笑ましかったです。
 そういう物語なので切られなければいけないという理由はあったのですが、百足さんがいい人(虫?)っぽい上に気分か病かわからないので、切られて先生が念仏を唱えて終わりな部分でもう少しだけ理屈の付け足しがあると満足感が更に増したかな? と思います。
 各章というか章タイトルの付け方が好きでした。
 こういう構成の作品は縦読みで紙の本で読みたい……。
 魅力的なキャラクター作りと、物語を書く力は非情に高いと思っているので、このまま好きなものを好きなように書いていって欲しいです!

謎の概念:
 簡潔に短文を重ねる感じのソリッドな文体が板についていて、書き慣れている印象を受けます。にょろんと出てきたムカデも飄々としたキャラでいいですね。ここは敢えてなのかしれませんが、異様なことが起こっているシーンも淡々とした文体で通常進行するので、あまり驚きません。指先からムカデが出ても、あ、そんなものなのね? くらいの感じで呑みこめちゃう。あまり逆境感はないかもしれません。
 基本は三人称視点での叙述なのに、陰のところでとくになんのエクスキューズもなく唐突に少年の視点になるので、ここはちょっと引っかかりがあります。男、少年、ムカデと、登場人物が全員クールで飄々としていて、あまり喋り方に差異がないのでなおさらです。全編、三人称視点で統一してもよかったのではないでしょうか。キャラクターの個性が薄いので、誰の台詞なのか混乱するようなところもところどころあります。台詞が連続するところでは地の文で補足するか、台詞だけでも誰の発言か分かるくらいにカリカチャライズしちゃうか、工夫が必要かと思います。
 最後は、怪異は怪異なんだから斬らにゃいかんでしょ、ということかもしれませんが、ムカデがわりといいやつだったので、別に頭カチ割ることもないんじゃないの? となり、スッキリとした読後感ではなかったです。

謎の巡礼者:
 指から出てきたムカデを退治する話。
 章立ての仕方とか、それごとに視点を変えて先生と少年、ムカデの心内を描写していく様に手慣れた感じを受けます。実際、スラスラと読めてしまう文体で、読んでいてもストレスを全く感じないのが良かったです。
 剣術道場という今どき古風な場所に古風な大ムカデの妖怪が現れるのもお話としてマッチしていて、古い存在である筈のムカデと今を生きる先生とで、どこか通じ合っている部分があるのも好きでした。ムカデは先生がうんだ存在みたいなもんだから、それも当たり前っちゃ当たり前かもですが。
 先生から妖怪がうまれたのだから先生がそれを退治する。これはそういう物語である。という大筋は良いのですが、ムカデが結局どういう存在なのかもわからず、少年の問題も先生の問題も提示されるだけ提示されて「結局このお話は何だったの?」と残るものを感じにくいのが、これだけ上手に文章を描けているだけに、勿体無いなあ、と感じました。
 問題なんてそうそう解決しないし、それっぽいものに対処するのも大体は惰性だよ、みたいな話として面白く読めるところもあるので、その辺りのテーマ性を掘ってみるのも良いのかもしれません。
 ほぼ鉄棒みたいな刀剣でムカデをかっ切る先生のシーンがだいぶ格好良かったので、〆るところは〆てはいたと思います。
 面白いヤツでしたね、ムカデ。

61:パラレルワールドパラドクス/雨坂のいづ

謎の有袋類:
 大人のイラスト部繋がりで来てくれた雨坂のいづさんです。参加ありがとうございます。
 好きな子が自殺してしまったことを悔いていたら過去に戻っていた主人公は、今度こそ好きな子が死なないように頑張ろうとしますが、周りのみんなもどうやら過去に戻っていた! という内容です。
 好きな子の自殺という逆境からのスタートがテンポ良くてとても良いですね。
 その後もテンポ良く物事が起こるのですが、テンポ良く人がどんどん死に、最終的に好きだった子は自分と血の繋がらない兄が好きだったことが判明します。
 最初に自殺した理由はなんだったのか謎は残りつつも、主人公が再びピンチに陥って物語は幕を閉じます。
 物語の構成やアイディアはとても良いのですが、主人公が人を殺めたり、周りの男性陣が全員好意を向ける本作のヒロインである心ちゃんの魅力が余り描かれていない気がするので、主人公がひたすらヤバいやつという印象が強かったです。
 物語の中心にいるのは恐らく心ちゃんですし、文字数に余裕もあるので「心ちゃんはこんなに可愛くてみんなを虜にするんだ! 読者! 心ちゃんを好きになれ!」的な気合いで心桜ちゃんの魅力をモリモリ書くと作品全体の説得力が上がると思います。
 文章も読みやすいですし、お話の構成自体も良いと思うので、あとは自分の頭の中にいる登場人物たちの魅力を読んでいる人に伝えるためにはどうすればいいのか考えるだけ!
 書けば書くほど伸びると思うので、これからも小説をたくさん書いて欲しいなと思います。 

謎の概念:
 最終的にはあいつもこいつもみんなタイムスリップをしているタイムスリップの大盤振る舞いでしたね。
 誰がどの時点からタイムスリップしてきていて、どういう歴史認識でどういうモチベーションで行動しているのか、というのがあまり上手に提示できていない気がします。タイムスリップものはとにかくプロットがぐちゃぐちゃとスパゲティー化しやすいので、あまり緻密にやろうとし過ぎてもうまくいかないのですが、そうはいっても、ちょっと雑かも。
 後から後から五月雨式に新しい設定が出てくる流れになっていて、これだと納得感が薄いです。ひとまず物語はもう書き上がっているので、これを叩き台に一度全体を俯瞰して、逆打ちでプロットを切り直して、序盤から適切に情報を提示していけるといいでしょう。読者に違和感を覚えさせておいて、それを最後に短い種明かしで解消するわけです。
 オチのところで「いやお前もかよ!」じゃなくて「ああ、あの違和感の正体はそういうことだったのか!」という風になるのが理想です。

謎の巡礼者:
 自殺してしまった好きな女の子のために、何故か過去に戻っていた主人公が奮闘する話。奮闘の仕方が応援したくなるようなそれではなく、それは悪手だろうと思われる手でにっちもさっちも行かなくなる、しかも過去に戻ってたのは自分だけじゃなくて、あいつもそうだしあの子もそうだし……と最悪に最悪を重ねる読み味が楽しい作品です。
 テンポよく主人公が人殺していくので結局それが悪い方に向かうの、そりゃそうなんだけど心ちゃん大好きの気持ちで突っ走っていくからそこまで嫌な気にはならないくらいのバランス。
 ジェットコースターみたいに最悪を転がり落ちていくのはそれだけで楽しいのですが、だとするなら最初の上がり調子のところはもう少し丁寧な方が面白いかな、と思います。具体的には過去に戻ってしまった時にそれを一度混乱しつつも飲み込む、みたいなくだりがもうちょっと欲しい。一気に降ったり乱高下したりするジェットコースターも、最初のコースが雑だとただただ不快感が募るだけに成りかねないので。
 話を進めるにつれまつタイムトリップのバーゲンセールで混沌が深まっていくプロットはかなり好きです。このまま色々とカオスな物語を書いていってほしいと思います。

62:ユーフォリア・ドリーム・シンドローム/有智子

謎の有袋類:
 長髪イケメンが好き仲間である有智子さんの参加です!ありがとうございます!
 前回は花藍の王国の番外編で顔に傷のあることを気にしている男と、慣習などに囚われない強い女のお話を書いてくれたのですが、今回はSF! でも長髪イケメンは出ている(長髪という時点で僕の中ではイケメン属性が付与されます)
 異星人がきて世界が大きく変わってしまったお話で、新型コロナウイルスが実際に世界をうおーと変えていったあとなので、温度感というか納得感が高まる感じがあって好きです。
 ユーフォリア・ドリーム・シンドロームというタイトルの回収も好きです。
 僕は夢の中にいたい派だな……と思いました。
 夢の中にいても通信できる世界があり、夢の世界が平和で多福感に満ちているという状況でも尚人間の世界で義体化をしたりして生きている人間の強さがおもしろいなと思いました。
 夢の世界に行ったときのデメリットがもう少しあると、義体化を選んだりして、今現実を生きている人たちに対しての説得力があがったのかもしれません。
 これは僕が「夢でもみんなといられて、現実ともそれなりに意思疎通が出来るなら寝てた方がアドじゃない?」と思う怠惰すぎる生き物だからというのもあるのですが……。
 本体はこちらに置いて意識を飛ばして出張先にある義体に意識を移す技術など、夢の解析が進む過程で芽生えた技術なんだろうなと想像出来たのもよかったです。NieR:Automataにも似たようなシステムがあるので「アレね!」と僕にはめちゃくちゃ想像しやすかったのもある……。
 エイリアンの本当の目的はどうあれ、お酒やふれあいを求めながら、甘い夢への誘惑をはね除けて過酷な現実を生きる人間たちの営み、おもしろかったです。
 こうして時々短編が読めるのはとてもうれしいので、また時間のあるときに小説を書いてくれるとうれしいです!

謎の概念:
 普段の有智子ちゃんの作風を知っているので、今回はちょっと意外でした。異星人とのファーストコンタクトを果たした近未来SF。
 お話の始めかた、展開させていきかたに無理がなく、非常に慣れた手つきです。情報の提示のしていきかたが自然で、けっこう世界設定に関する説明が続くわりに、そこまで説明くささを感じません。壮大なバックグラウンド設定の説明に終始せず、卑近な個人の感情や感想も並列的に語られているせいかもしれません。
 全体に、技量や功夫を感じさせるいぶし銀な上手さなのですが、終わってみると登場人物ふたりが居酒屋で飲んで喋っているだけなので、動きが少なく、華がないですね。「現実を直視することのできる人」の諦念みたいなのも、もちろんテーマの中核を担えるものだと思うのですが、見せ方がさらっとしています。
 読んでよかったなっていう感覚はあるんですけど、ちょっとこじんまりとしていて、大賞に推せる感じではない。せっかくここまで壮大な世界設定を用意したんですから、一旦リアリティを脇に置いてでもでっかく展開してほしいです。

謎の巡礼者:
 地球外生命体が地球に降り立ち、その日を境にして地球が変わっていくお話。
 面白かったです。エイリアンがもってきてしまったウイルスや夢解析など、使われているガジェットがそれぞれしっかり物語の全体像を掴むためのものになっていて、SF短編への慣れた感覚を受けました。
 異星人が発端となった作品世界の広がりはあるけれど、本作はあくまでその世界に生きる市井の人々の一人の視点であるのも良い。壮大な世界観を感じつつ、そこに存在する人々の心情をその世界観だからこその描写をしつつ、この世界にいる我々にも身近に感じられる、コロナ禍と地続きの社会であることもリアリティバランスが良い。
 基本的に文句のつけどころがないのですが、慣れた手付きゆえにインパクトに残る部分が少なかった、というところはあったかも。
 これは何か大きな事件を起こしてほしい、という意味ではなく、異星人からもたらされたウイルス禍という部分が面白いからこそ、その部分の印象を強める何かがあると良かったな、と。何かと言われても困ると思いますが、全体的にしっとりとしているので。
 キャラクターの印象が弱い部分もあると思いますが、その分世界観の説明に尺を割いているのでそれ自体は短所ではないかもしれませんが、わかりやすいキャラのたった登場人物が一人いると良かったかも。その辺は異星人さんに担ってもらえるところですかね。
 ただ、やっぱり上記のこれはいちゃもんみたいなもので、闇の評議員としての立場を抜きにすると非常に楽しませてもらいました。またこうしたSF短編を見せてほしいです。

63:to the END/秋乃晃

謎の有袋類:
 明日はドラゴンとなり、ところによりにわかあめが降るでしょうを書いてくれた秋乃晃さんの二作目です。
 ブラコンの主人公が兄の連れてきた婚約者に迷惑をする話!
 主人公が兄貴のことをどれだけ好きなのか語られていきます。
 お話としては主人公が過去を思い出しながら兄貴のことを話すだけなので、キャラクター紹介部分だけで終わったという印象でした。
 冒頭から主人公をグイグイ行動させて、何か事件を起こして一段落するまで書いた方が短編小説としての体裁は整うのかなと思います。
 魅力的な登場人物や、物語同士の複雑な関わり方が秋乃さんの創作の魅力なのですが、一つの短編小説として作品内で全てがわかる状態の作品の方がおそらく初めて秋乃さんの作品に触れる人には優しいかも?
 秋乃さんの他作品を知らない人たちにも「うちの子たちの物語を濃縮還元で全てお届けするぞ!」くらいの気概で全部説明をするくらいがちょうどいいのかもしれません。
 風車家にやってきた小さな台風が今後どうなるのか楽しみな作品でもありました。
 作品の作り方が独特というか、スターシステム的でおもしろいので、出張読み切り短編的な試みは今後も頑張って欲しいです。

謎の概念:
 冒頭の「ドラム式洗濯機の中でウサギのぬいぐるみが踊っている」は、なにかのメタファーだったのでしょうか? とても映像的で印象的なシーンで、始まりかたとして良かったのですが、作中でとくになんの役目も果たしておらず、ただ無意味に冒頭に置かれたかっちょいい映像になってしまっています。
 なすすべもなく大きな力に揉まれている、みたいな状況の暗喩なのであれば、それはそれとして重要なところでリフレインさせるなどして、しっかり意味を印象づけたほうがよかったでしょう。暗喩もさり気なさすぎるとよくありません。
 短編小説はカードバトルなので、無駄なクリーチャーを適当に置いているマナの余裕はありません。効率的なデッキを構築し、必要な土地を置き、最速で盤面を展開してコンボを成立させ強力な一撃で速攻でゲームを決めましょう。
 イメージを文章で具現化することはできているので、単体のカードパワーに頼るのではなく、コンボデッキで戦ってください。
 文章を置いたら、この文章は作中で読者にどのような情報を提示する役割を果たしているのか? というのを詰めて考えましょう。

謎の巡礼者:
 ブラコン弟を描く作品。
 容姿端麗の弟に対して、兄は平凡な顔つき。だけど弟は兄を称賛してほしい、という心持ち、業が深くて良い。
 そんな弟くんなので、兄に婚約者ができてしまっては気が気ではない。けれど兄貴ぃは絶対なので仲良くしなくてはならない。ブラコンとしての造形が完璧で、キャラ小説としてかなりの出来です。婚約者のキャラも主人公のブラコンの強さを読者に与える上で邪魔し過ぎないキャラ立ちで丁度良いです。兄貴ぃの描写はほぼないけれど、きっとお似合いではあるんだろうなあ、と思える塩梅が素敵。実際、兄貴ぃの描写を抑えたのは正解だと思います。寧ろそれで弟くん以外にとっては(弟への愛情はクソ強だとしても)平々凡々の兄なのである、ということが伝わってくる。
 とは言え本作は短編小説ですので、他の作品との繋がりがあったのだとしても、短編単体としての強さにはもっと気を配るべきでしょう。秋乃さんの自主企画参加作品は何作か拝見していますが、この辺りの「単体としての面白さを見せる」部分は段々と上達していて、後は作品として物語をぶん回してほしいと思います。他作への導線だとしても、弟が婚約者をブッ殺すとこまでとか、気持ちが空回るまでは欲しいです。
 今作においては主人公のキャラ立ちが満点なので、今後のプラスαを期待します!

64:シャークヘッド社員の有給休暇/鳳 繰納(おおとり くろな)

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 朝起きたら頭がサメになっていた! というお話。
 前半の普通のやりとりや、ちょっと運転に苦労するみたいな部分はふふっとなりました。
 味覚はそのままの部分とか、店長との会話のやりとりもすごく好きです。
 オチに弱さというか、唐突なオチ!!! という感じなので夢なら夢でもう少し荒唐無稽なことや「夢ですよー」という布石を置いておくのも良いのですが、このままサメで殺戮をしまくって全てを爆破して終わりでもすっきりはしそうだなと思いました。
 せっかくのおもしろい発想なのでおもいっきり突き抜けてしまいましょう!
 個人的には、サメっぽい顔をした主人公だったというオチも好きなので、夢オチのために布石を置くか、サメジェノサイドターンで思いっきり振り切るか好きな方を選んで最強のサメ小説を目指しましょう!
 僕は鳳さんの長編であるかみよもを読んでいるのでギャップでおもしろかったです。
 これからも好きを極めてどんどん強い作品を生み出していってください。

謎の概念:
 主人公の名前が鮫島カフカで、これはカフカの『変身』のパロディーですよ~というエクスキューズを冒頭で入れているのに、主人公がある朝目覚めるとサメになっていたということ以外はとくに本家の『変身』と対置するような要素もありませんし、カフカ要素がおざなりな印象を受けます。パロディならパロディでちゃんとパロディをするべきで、なんかいきなり変身するしカフカやろ、程度のスタンスでカフカを引き合いに出されると、けっこう引っかかります。
 お話としては主人公が自分の頬で大根をおろすところがトップスピードで、ここは面白かったんですが、とはいえ面白さのピークを張るにはエピソードが小粒です。小粒なクスクス笑いで引っ張るのであれば、この水準のエピソードをもっと立て続けに連射できたほうがいいでしょう。盛るか、数で勝負するか、もうちょっとなにか必要だと思います。
 リアリティ高めの描写で引っ張ってきて、結局のところ夢オチというのもズッコケ要素です。
 百年以上も前に書かれた本家のカフカの『変身』のほうがよっぽどブチキレてるので、今の状態だとパロディしたうえで新しい要素をなにも提示できてない、ヴィレッジヴァンガードで売っているJ-POPヒットのおざなりなボサノヴァ・カヴァーみたいな状態になってしまいます。やるからには、本家にはない、なにか新たな価値を提示しようという気概が必要でしょう。
 書けるちからのある方だと思うので、上手にまとめようなんていう小賢しい考えは捨てて、一度でたらめをやってみたほうがいいと思います。

謎の巡礼者:
 頭が鮫のシャークヘッド人間になっちゃったお話。
 頭鮫人間になったことを会社に伝えて本気で受け取ってもらえず「いつも通りに来て」と言われて律儀にマジで出社する、社畜極まれりな冒頭の件で大笑いしたので、出オチ選手権としてもう最高の勝利。これだけで満足度が高い。
 店長との間の抜けたやり取りや、こんな頭になっても案外買い物はできてしまうなどの、地味に現実味あふれる描写も良い。自分の鮫肌で大根おろしとかのシーンも良いですね。絵になる。鮫になってやりたかったことが全部をぶっ壊したいなのも良い。それでムカつく奴らを軒並みバクバクとしてしまう。良い。スタートとしては全てが良かったです。
 ただ、結局のところは夢オチなのは肩透かし。夢オチで現実に前を向いていこう、というのは別段悪い終わり方ではないのですが、こちとら破壊衝動に突き動かされて全てを壊す鮫島を応援したい脳みそになっているので、なんでそこで正気に戻るんだよ、ちょっとシュンとした気分になりました。ただ、その辺の雑感も含めて昭和の怪奇特撮っぽさがあると言われたら否定のしようがないです。狙ってやってるならとてもすごいことなのですが、そうでないならもう少し、作品全体を読んだ後に残る読者目線の感覚に対して敏感に構成をしてくれると嬉しいです。
 たとえ夢オチだとしても、マジでどうしようもないくらいになってしまってからの方が良いです。この際倫理観は邪魔だ! 突き抜けるだけ突き抜けろ!!

65:エブリナイト・ノッキングハンマー/柏望

謎の有袋類:
 性癖小説方面からの方かな? 参加ありがとうございます。
 恩知らずなメンヘラのお話というか、中途半端に人に関わると不幸な目に遭うという理不尽さが襲ってくるお話でした。
 行動の極端な主人公がたまに垣間見せる善の価値観がいい感じに怖くてよかったです。
 一瞬ラブコメ方面に行くのかな? と期待をさせてからの突然の殺意、僕はめちゃくちゃに好きなのですが、どこかに「極端な思考をしている」とかそういう気質があると主人公が指摘されている部分があると「そういうことね!」と納得感を持たせつつ、意外性のあるラスト! に出来るので親切すぎるかな? くらいに布石をおいてもいいかもしれません。
 両親には恵まれないけれど、迅くんがひたすら良い人なのもよかったです。主人公との対比構造が好きです。
 魅力的で一癖ある登場人物を書くのが得意だと思うので、これからも長所を活かして創作を続けてくれるとうれしいです。

謎の概念:
 呪殺するより殴ったほうが簡単で確実じゃん! という気付きを得てしまった話なんですが、呪殺はこんなに大変! という部分をもっと積み上げておいたほうがいいと思います。現状だと「呪殺するより殴ったほうが簡単!」は、読後にあまり印象を残しません。
 ところどころ、単純に「てにをは」レベルの日本語が微妙で、意味が拾いづらいところがあります。たとえば「たった一回殴っただけで、迅くんは死んでしまったのだ。お父さんも、ここまでやって死なないわけがない。」という部分。ここは心晴のイメトレなんですが、実際に実行しているみたいな叙述になっています。仮定の話をしているのだから「そこまでやれば死なないわけがない」などのほうがいいでしょう。一行で人を殺すくらいの唐突な展開が多いので、このレベルの違和感でも強めに引っかかります。
 語り部の思考に落ち着きがないので叙述に落ち着きがないのも意図的なものかもしれませんが、可読性が犠牲になるとデメリットが大きいので、バランスをもっと慎重にとる必要があります。浮足立った落ち着きのない叙述なのに読みやすい、という文章は実現可能です。

謎の巡礼者:
 丑の刻参りで父親を呪殺せんとしていた主人公が、男の子を木槌で殴り殺して「殴った方が早いじゃん!」になる話。そうね、それは私も全面的に賛成です。
 物語の進み方にソツがなく、バランスの取れた作劇で良いですが、その分ちょこちょこ文体の読みづらさや作品内のリアリティが気になってくる作品でした。こればっかりは書いていくうちに上達する部分だと思うので、作品を書き終えたらまずは音読をしてみて意味が通らないところや、一息に読みづらいところなどがないか、推敲する癖をつけると良いかもしれません。テスト解き終わって安心しないで見直しはしましょう、のアレ。
 父親を殺そうとするけど迅くんに止められたのと、父親にも新しい家族がいるのとで二重に殺意を止められるくだりとか、丁寧に描いている部分もあるので、物語に説得力を付与する力自体はある作者だと思います。レッツ推敲。
 自分を助けてくれた男の子を一瞬好きになっちゃうけど、その男の子が自分に好意を持っているわけじゃなかったことにある種の恥ずかしさを感じて殺意に転じちゃう、というオチも好き。
 これからも主人公には軽いノリでバンバン木槌で呪っ殺〜してほしい。だいぶヤバめのシリアルキラー爆誕ですね。そのくらいまでのぶっ飛び具合を期待します。

66:三船槙一43歳/フカ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 語り部がロフトで生涯を振り返っている様子からスタートするお話。最後の言葉で「はむ太、イマジナリーハムスターなのか?」とも思ったのですが、どうなのでしょうか……。
 主人公はメンタルを少々病んでいて、30代半ばの頃に自殺未遂をしていたり、色々と難があって生きづらいとも言えそうな人生なのだなと思いました。
 話の構成も地の文章でも時系列が入り乱れていて、混乱するので読んでいる人を混乱させる目的ではないのなら、どこかの年齢のところをリアルタイム描写して、最終話で時間を飛ばして現在の様子を書くとかだとすっきりするかも?
 最後のハムスターの会話がなんでもない日常という感じでよかったです。
 これからも好きなことをたくさん書いてどんどん強くなりましょう!!!

謎の概念:
 ヒリヒリとした切実感のある叙述はいいです。読者の胃を痛くすることはできています。文章力に問題はなく、書きたいことを表現する地力はすでにある方だと思います。
 でもじゃあ、読者の胃を痛くしてどうしたいんだ? といった作品の設計、構造、テーマ性などの部分が、あまり明白ではないように思います。ありのままのリアルを描いて解釈は読者に委ねたい、みたいなことかもしれませんが、そういうのは基本的に短編小説とは相性が悪いです。短編小説はエッジが命なので、読後に読者に残したいメッセージ性みたいなのをギュッと一点に絞ったほうがいいです。
 時制があちこちに不規則に飛ぶのも短編小説とは相性が悪いです。人生のあちこちに視点がフラッシュバックするのだとしても、最低限、まず最初に43歳時点のこの場所から人生を振り返っていますという、足場となる舞台をしっかりセットアップしたほうがいいです。セットアップが整わないままあちこちに視点を飛ばされるので、寄る辺がなくグラグラしてしまいます。43歳の三船慎一の時制を枠物語として、その下に過去の人生のエピソードを収納するような構造にしたほうがいいでしょう。
 総じて、長編小説のメソッドで短編小説を書いてしまったというミスマッチ感を覚えます。このままのやり方でもひたすら書き連ねていけば長編小説が仕上がるでしょう。短編にはまた別のアプローチが必要かと思います。

謎の巡礼者:
 三船慎一なる人物の四十余年の人生を断片的に追体験する作品。
 時系列を飛ばし飛ばしで描写し、読み進めさせるだけの筆力があり、最終的にこの作品で描かれた三船慎一の過去を追体験する過程は心理的な治療の一環である、と読めるようになっています。
 時系列をシャッフルして、三船慎一の順風満帆とは決して言えない人生が最後の結末に向かっていく展開は綺麗です。
 ただ、綺麗なのですがそれだけの話でもあります。いきなり縁もゆかりもないおっさんの人生を追体験させられたところで面白みと言える部分は正直少ないです。
 手法自体が悪いわけではないんですよね。繰り返しますが、読ませるだけの文章にはなっているので、三船慎一に興味を持たせるだけのキャラクター性を持たせるか、または彼の人生の中に興味を引くような劇的なものを持たせると読む方としては嬉しいです。
 特筆すべきこともない、比較的平凡な男のリアルな人生を描くことに意味がないわけではないので、その部分をテーマにするには今以上に文章自体の面白さがあると良いかもです。
 ところどころに出てくる、はむ太が可愛いのは本作の一つのフックになっていました。はむ太、可愛い。こういうのが折り重なっていくと、作品としての面白さが倍々になっていくと思いますので、更に意識して入れていってほしいです。

67:ひとでなし/魚崎 依知子

謎の有袋類:
 親の背を書いてくれた魚崎さんの二作目です。
 タイトルを見ていたので「一度引き受けていたけどダメでしたパターンだろうな」と思っていたのですが、最後の結末で「おおー」となりました。
 ひとでなしというほどではないというか妹としては妥当な反応だと思うので、タイトル回収として気持ちよさを取るならもっと勢い良く倫理観を捨ててしまっても大丈夫かもしれないので、思い切って倫理観や道徳心をぶん投げていきましょう!
 最初はうまくいっているような親子描写も実際はこうでした! と膜をベロベロと剥がしていく様子が心地よくて面白かったです。
 ずっと我慢をしていた妹の選んだ「姉の命を使った嫌がらせを無駄にしてやろう」という復讐方法がよかったです。ドナーみつかってほしい!
 親の背でもそうなのですが、最後でぐるん! 的な納得感を持たせつつ、意外性のあるラストや嫌なラストを作るのがとても上手なことはすごい長所だと思うのでこれからもたくさん得意を活かしていって欲しいです。

謎の概念:
 またぞわっとする厭な話でしたね。確固とした描きたいテーマがあり、表現したいことをしっかりと表現する地力がすでにあるので、自分が面白いと信じる話をどんどん書いていってください。書けば書くほど、さらに洗練されていくでしょう。
 実際、兄弟姉妹間で造血幹細胞移植をする際は、ドナーにもけっこうな負担があるにも関わらず家族の関心が移植を受ける側だけに集中し、提供する側が疎外感を覚えるケースが少なくないようで、現在はそのへんも含めて事前に説明がしっかりとなされているようです。
 ひとでなしというタイトルのダブルミーニング。どんでん返しに次ぐどんでん返しという構造は短編小説らしくエッジが効いていて非常にいいのですが、1どんでん目から2どんでん目までに間がけっこう空いてしまうので、インパクトが弱くなってしまっているようにも思います。
 3話目で語られる咲和子の過去のエピソードを手前に回し、咲和子が死んだ→お姉ちゃん死んだ意味なくなるね、と詰めてテンポよくいったほうが、さらにエッジが効いて良いかもしれません。 

謎の巡礼者:
 白血病の姉と、その姉のドナーとして移植をすることになった妹の話。なのですが、物語に幾重かの層を重ねて「ひとでなし」を見事に描いた作品でした。
 母親の一方からの視点で姉の白血病のドナーになりたくなくて妹が自殺する様が語られるけれど、その実、妹のパーソナリティに悩まされる家族のお話であったことが語られ、そこからまたゾワッとくる回転をする。凄い。
 一方からの視点はあくまで一方からの視点でしかないのだ、ということを家族の視点をグルグルと回転させて表現していて、それが気持ち悪くも読んでいて確かな満足感を抱かせてくれます。
 パーソナリティ障害の姉とそれに振り回されていた家族の実態、その環境下で描かれる家族ドラマと、短いながらに作者の描きたいのであろうことがギュッと詰まっていて短編作品としての完成度が高いと感じました。
 強いて言うなら、前半の母親の視点を読んだ時に、どこか引っ掛かる点がもう少しだけ用意されていても良かったかもしれません。前半の時点だと姉のパーソナリティがほぼ隠されているので、家族ではなくて友人関係だとかそういうところから攻めていくと「ん?」と思えるフックを作れるかも。
 一作目の『親の背』と合わせて、イヤーな気持ちになる良作を読ませていただきました。

68:接手/山本アヒコ

謎の有袋類:
 前回は締切り前に統一宇宙歴三〇五九年のこむら川で参加してくれたアヒコさんです! いつかやろうね評議員……! 今年も参加ありがとうございます。
 接手というタイトル、この作品だと「ものとものをつなぎ合わせたところ」の意味もありそうでめちゃくちゃによかったです。
 手に受け取ることという意味も様々な意味で含まれていそうなのがとても良い……。
 第二回こむら川の時の目が見えない人間の女性と人外の交流を描いた「やわらかい指」を思わせる話の構成で、とてもツボでした。
 今作は耳の聞こえない少女を語り部である主人公と老婆が暗殺の囮として育てろと言われたお話。
 少女の逆境を書いたのかなと思っていたのですが、暗殺組織を裏切った老人コンビが大暴れして、老人が腹にナイフを受けてすごく逆境に立たされ、最後に少女が迎えに来るというラストなのもよかったです。
 話としては老人が死ぬのが美しいと思うのですが、個人的には老人が生き残って欲しい。どっちに転んだんだろう……。個人的な好みなのですが、どっちだろう? という結末よりも、老人の生き死にを露骨に書いた方が読後感はスッキリするかもしれません。
 暗殺組織が一度で諦めるわけがないと思うのでこれからも刺客は来ると思うのですが、タルヤちゃんにはこれから幸せになって欲しい……。
 不遇少女が好きな僕にめちゃくちゃ刺さったお話でした。アヒコさんも中編や長編にチャレンジして欲しいです。いい感じの賞に応募して書籍化作家になりましょう。実力は十分なはず!

謎の概念:
 自分が暗殺者として育てた少女が、教えられた通りに実の祖父を殺そうとしている。万全を期して周囲には手練れの暗殺者が何人も潜んでいる。土壇場でやっぱりダメだ! となって大立ち回りになる。このクライマックスの映像感はすごくいいですね。凄腕の老人と老女が多数を相手に無双するシーンがかっこよくないわけありません。
 ただ、そのラストシーンに落とし込むための舞台設定に、わりと粗がある気がします。
 暗殺集団がそこまでのお膳立てを整えられるのであれば、わざわざ手間をかけてタルヤに暗殺術を仕込む必然性がないように思えます。そこまで迂遠な手段を講じるのには、なにかしら力づくでは難しい事情があったほうがいいでしょう。
 長らく暗殺者として生きてきたはずのヘストが土壇場で組織を裏切るのにも、もうちょっと納得感がほしいです。人を殺すことには抵抗がないが、肉親同士を殺し合わせることは許せない、といった彼なりの倫理観、倫理的線引きを示すエピソードが必要かもしれません。
 最初から最後まで組織のお膳立てで話が進むのも、ヘストに主体性が感じられず、主人公としての影を薄くしてしまっています。ミラーの登場まで組織の斡旋にしてしまうよりは、困り果てたヘストが旧知の仲間であるミラーを頼る、といった筋でもよかったかもしれません。
 描きたいラストシーンは固まっているようなので、そこから出発して「ここはなぜ?」「ここはどうして?」と、逆打ちで理由付けしていくと、より整うのではないでしょうか。

謎の巡礼者:
 暗殺者と預けられた少女のお話! しかもババア付き! やったぜ。テンションの上がるキャラ配置と、手に汗握る展開にハラハラさせられるお話でした。
 文字も自分の名前も知らない少女に暗殺術を教えることになった老いた暗殺者と、少女に手話を教える老婆の関係が疑似家族としてもよく描けていて、評議員としての立場抜きに、物語の始まりから終わりまでとても面白く読ませてもらいました。
 ヘスト、ミラー、タルヤという魅力的な登場人物が描けている反面、作中の時代設定や背景がぼんやりしていることがずっと気になってしまったところが残念です。
 タルヤという耳の聞こえない、文字も読めない少女を暗殺に使うことになった経緯だとか、タルヤの肉親である貴族の様子だとか、本作の場合、登場人物の背景設定が物語の展開に大きく関わってくる部分であり、そこを疎かにしてしまうことで削がれる面白さがあまりに大きいように思います。もちろん、本作の文体が児童文学めいた優しい語り口であることも加味すると、どこかの場所どこかの時代、という詳しくは特定されないようなものであったとしても良いのですが、それならばそれで世界観への納得感をもっと詰めていけると良いな、と。
 因みに私は三人の中だとミラーがお気に入りです。裏稼業にガッツリ関わっている癖にお人好しであることを隠せていない、というか隠そうともしていない老齢な婆様といった風情がずっと良い。ヘストとミラーの二人だけだと展開していかない物語を、彼女が牽引しているところが多分にあるように思えます。裏稼業の男とそこに預けられる少女という構図は映画『レオン』を始めとして鉄板ですが、そこにミラーという老婆が加わることで本作独特の読み味を醸し出していたように思います。
 とても楽しませてもらいました。三人の行方に幸あれ。

69:運動が得意か…勉強が得意か…/果燈風芽

謎の有袋類:
 前回は「ナルシストな鏡」で参加してくれた果燈さんです。参加ありがとうございます。
 今回は得意なことと苦手なことが逆の男女が入れ替わったところで終わりになるお話でした。
 毎回何か謎を仕掛けてくれているのですが、謎の添え物としてではなく「お話」のサブにギミックを仕込むということもしてみていいのかもしれません。
 今回、最後に【はしるのがはやいからたいいくはとくい】【あたまがすごくいいのでてすとにつよい】と書いてくれているのですが、どういうことなのか「折句」タグを見るまでわからなかったです。
 意外と作者の意図というのは伝わりにくいものなので「バレバレかな?」くらいにはっきり書かないとギミックがあるということすら気付かれないことがほとんどです。本文中に傍点を使うなどしてめちゃくちゃに目立つようにはっきり書いてしまいましょう!
 うまくいかない日々についての心情や、入れ替わりという王道のエピソードの選び方はとても好きなので、長所を活かして物語を書くことを楽しんでいってくれればいいなと思います。

謎の概念:
 入れ替わったら入れ替わったで結局「運動が苦手な女の子」と「勉強が苦手な男の子」が完成するだけで、とくに上手くはいかないのではないでしょうか? とりあえず直近の課題とリレーだけはこなせるからいいじゃないか、ということかもしれませんが、中身が入れ替わっちゃったことのほうが大事件で、それどころではないと思います。
 男の子のほうは二重括弧の文頭を繋げると「あたまがすごくいい」になりますけど、それ以外に「頭がすごくいい」を示す具体的なエピソードがないので、納得感が薄いです。
 一組の男女のボーイミーツガールなのですが、この子たちはずっと「女子生徒」「男子生徒」と記述されていて名前も出てきませんし、それどころか、中学生なのか高校生なのか、おおまかな年齢も分かりません。パーソナリティも「運動は得意だけど勉強は苦手で、ちょっとおっちょこちょいっぽい」「気が弱くて運動も苦手で、周囲にナメられているっぽい」ということが分かる程度で、ものすごくモブっぽいです。
 物語の中核を担う主人公ふたりですから、ちゃんと主人公らしく詳細に描いてあげたほうがいいでしょう。イースターエッグてきな要素は、まずそれじたいが小説としてしっかり成立していてこそです。 

謎の巡礼者:
 どこにでもいる男の子とどこにでもいる女の子の青春のお話。──だと途中までは思っていたのですが、最後の大オチが「入れ替わってるー!?」だったのでちょっとの間、目が点になりました。
 主人公は男の子と女の子の二人で、二人ともこれと言った特徴はなく、二人の男女の、どこでもあるお話として描かれているように思いました。
 こういう試み自体は良いので、どんどんチャレンジしてみてほしいところですが、実際のところ「なんでもない話」を面白く書くのは至難の業です。それこそ、物語関係なく文章だけで読ませるだけのスキルを要求されるので、難易度が高い。結局は二人の入れ替わりという非日常に繋げるのであれば、二人の入れ替わりは大オチではなく最初の方で提示してしまった方が、物語として締まったのではないかと。
 ──というのが本作を読んでの一連の感想なのですが、二人の台詞を使った言葉遊びのギミックを利用したお話になっているようですね。なるほど。

70:白夜に一番近い夜/南沼

謎の有袋類:
 前回は、バイカーたちのお話である「赤い砂の道を」で参加してくれた南沼さんです。参加ありがとうございます。
 今回はフィンランドを舞台としたお話でした。僕は地理にも世界史にも疎いので戦争があって故郷と家族を失った話としてだけ読んだのですが、最後の敵兵がめちゃくちゃ気まずくて大変だなと思いました。
 戦争系のお話は、史実との兼ね合いなどもあって書くのが大変そうなのですが、結構な確率で終戦の間近に主人公達が死ぬので、そういうところでむなしさや戦争の愚かしさ的なものを演出する効果的で王道の手法なのだと思います。
 文章も読みやすく、三人称視点で淡々と描かれているので、良くも悪くもすらすらと読めてしまうので、この作品を読んだ人が悲惨さや絶望を覚えさせたい場合は三人称視点よりも、主人公の主観の方が読んでいる人にそういう負の感情や焦りなどが伝わりやすいのかもしれないなと思います。
 海外を舞台としたお話で、独特な言い回しや異文化をしれるのも面白いので、これからも好きな作品をどんどん書いて欲しいです。

謎の概念:
 言うことありません。素晴らしい小説です。
 大仰な修辞のない平易で淡々した筆致ですが、端正で足腰がしっかりしており、重いテーマを書き上げるだけの文学的な体幹が仕上がっています。
 全体に淡白な筆致ながらも勘所をしっかりと押さえた描写で、しっかりとしたリアリティと質感、奥行きが感じられます。
 わたしは北欧の文化や冬戦争の背景などには詳しくありませんが、頭の中で非常に美しい、あるいは悲惨な光景が映像的にレンダリングされました。それらを隣り合わせに対置することで、美しさ、あるいは悲惨さをより際立たせる手腕も、さり気ないですが見事なものです。
 たったの一万字足らずでこれだけの読後感を残すというのは、文字数あたりの情報量が多いということで、一文一文が非常に洗練されています。なんでもないくしゃみひとつがヨルンに父親としての自覚を芽生えさせるシーンなど、わずか数十文字の一文に巨大な含みがあります。
「父親と主にまんじりともせず居間で過ごした」は「共に」の誤字でしょうか? 指摘する箇所はそこくらいです。
 ぜひ、これからもたくさんの素晴らしい小説を書き続けてください。

謎の巡礼者:
 フィンランド冬戦争を舞台とした、ひとりの兵士の視点で描く戦争小説。
 戦争という重々しいテーマを扱うにあたり、悲劇を悲劇として描くのはとても難しいことだと思っていますが、本作ではしっかりと一兵士にフォーカスを当て、まさに戦争に巻き込まれた男と家族の話を淡々と、かつ丁寧に描き上げていて、戦火に生きたひとりの人間を感じることができました。
 妻と息子との幸せな時が、息子のトニの「くちん」というくしゃみから始まって、作品の終わりでヨルンが思い出すのもそのくしゃみというのも涙を誘う構成。
 ヨルンたちが戦った戦争の背景を知るだけの最低限の文章もソツがなく、冬戦争の代名詞であるモシンナガンも印象に残る形で効果的に登場しており、本作から戦争を知ることのできる入り口としても申し分ありませんでした。
 僭越ながら先日私が主催しました、怪獣小説大賞参加作でもそうでしたが、南沼さんホントに戦争小説がうまい。好きなものを書いているんだというのがズンズル伝わってきます。
 一万字弱ガッツリ書き切っているのにその長さを感じさせない文章運びがされているのもそれだけで力強いものを感じました。
 最後、視点がソ連の狙撃兵のものに変わるところだけ一瞬混乱して読み直しましたが、これもヨルンの様子を効果的に描いている部分なのでどうしたら良いか難しいところですね。本作が元々、基本的には視点がヨルンのものだけなので、そうでないシーンを途中にいくつか挟むと唐突感が減ってくれるかもしれません。
 素晴らしい作品を読ませてもらいました。南沼さんが次はどんな舞台を見せてくれるか、今から楽しみです。

71:ディオルテンの奇跡と家族の宝/Enju

謎の有袋類:
 前回はかっこいい必殺技は最強!な円環を断ち切る剣で参加してくれたEnjuさんです。参加ありがとうございます。
 おじいちゃんの遺産である鉱山で、子供二人がおじいちゃんの遺言を守る為に働いて魔石を探すお話でした。
 最初デイオさんがめちゃくちゃ悪いやつだと思っていたけれどいいおじさんだった……ごめんねデイオさん。
 子供が最後、おじいちゃんの夢を叶えてハッピーになるのがめちゃくちゃによかったです。
 いなくなったお兄ちゃんを探すところや、寝ているお兄ちゃんを見つけて、心配になりながらもガスなどのチェックをするシーンなどの細かいところがすごく好きでした。
 まだまだ文字数の余裕はあるので、この世界でも魔術や魔法の立ち位置もあれば更に物語の世界が説得力を増し、さらに序盤にあった鉄は量産品という言葉にも納得感が出てくると思います。
 人間関係周りや、製鉄する際の混ざり物が実は元から探していたものだったという布石の置き方などすごくよかったので、更に世界の強度を増して更につよいファンタジー短編を作っていきましょう!
 Enjuさんの書く少しほっこりしたファンタジー世界が好きなので、本当の読めて良かったー!
 稼ぎはなんとかなりそうなので主人公達は学校にも通って盤石な鉱山運営をして欲しいなと思いました。

謎の概念:
 童話や児童文学を思わせるような、ちょっと温かみを感じさせる叙述で良さがあります。主要な登場人物も全員、地の文の雰囲気にマッチした良い人ばかりで安心感があり、読後もほっこりとした気持ちになれました。
 これはこういう意図、設計で書かれた物語だと思うので、ちゃんと意図した通りに文章が機能しているのですが、お題の「逆境」という雰囲気があるかというと、そうでもないですね。アノドはちょっと考えなしで軽率なやつなので、心を鬼にして、もうちょっときわどい目に遭わせてもよかったかもしれません。それでこそ妹のドロップキックも映えようというものです。
 一話の段階ではわりとリアリティレベル高めというか、魔法のマの字も出てこない世界観だったので、最後の「未知の魔法金属」という設定はちょっと唐突だったかもしれません。おそらくこの世界においても魔法はそこまで日常的なものではなく、我々にとっての、まだ一般には実用化されていない最先端科学のようなもの、ということだと思いますが、多少の匂わせくらいは序盤からしておいたほうが収まりは良いでしょう。

謎の巡礼者:
 祖父から受け継いだ鉱山を、祖父の遺言を胸に抱き続けて遂には新鉱石を見つける兄妹の話。
 可愛らしい二人の兄妹とデイオさんと、優しい雰囲気の文体で物語が進むので、途中兄のアノドのプチ暴走もありながらも、終始安心感のある作品でした。
 祖父の言うことを聞いていたら良いことがあった、という教訓物語めいたお話でそれはそれで良いのですが、ちょっとしたスパイス程度でも良いので、その遺言の信憑性が祖父の魔術によるものであるだとかの要素はあっても良かったかもしれません。
 ファンタジー世界だけれど、鉄鉱山を舞台としてリアリティの保たれたお話が展開されるのが本作の良さです。
 とは言え、幼い二人が仕事に従事できるのは祖父の魔術のおかげ、最後のめでたしめでたしも魔法絡み、と都合の良いところを魔法で埋めているようにも見え、もう少し要所要所に魔法の存在する世界であることを感じられると、より説得力のある作劇になったかもです。
 ほっこりとした絵本のようなファンタジー世界で可愛い兄妹が奮闘する、魅力溢るる作品で楽しみました。二人とも本当に可愛い。嫌味なくしっかり可愛い子供を描けているの、それだけで武器なので、今後も是非バンバン奮ってほしいです。

72:透き通る気持ち/姫路 りしゅう

謎の有袋類:
 200作全講評という荒行を乗り越えたりしゅうさん!参加ありがとうございます。
 前回はロマンあるれる異能の話であるノーモザイクノーライフと、おねショタ小説のおねえさんフォーエバーで参加してくれました!
 今作は逆境と言えばねとられ! ということで寝取られ小説です。
 いきなり寝取られビデオレターか? と思ったら、実は主人公が死んでいて霊体として彼女と新しい男の門出を祝っていたというお話でした。
 異能と思わせておいて……というのはすごく良いアイディアだと思うのですが、短編で視界が切り替わってからの視界を戻して種明かしだとテンポが落ちてしまう気がするので、3:Second scene -Side woman-もトモくん視点にした方がすっきりするし、テンポもよくなるかな? と思いました。
 個人的には、異能が溶けなくて慌てるなどのシチュエーションもあった方が種明かしの納得感が強くなるかも?
 作者と読者では情報量がそもそも違うので、真相を隠そうとすると作者が一方的に強いゲームになりがちです。
 圧倒的優位な立場を使って読者を騙してやるぞ! という気持ちではない限り、読んでいる人が「そういうことか」と納得する方が良い読書体験になると思うので、ヒントは「書きすぎかも」と思うくらいがちょうどいいかもしれません。
 読む人をどういう気持ちにしたいのかで情報量をコントロールしましょう!
 中澤さん、最初は「てめーーーー!」と思っていたのですが、いい人そうでよかったし、ユズちゃんも幸せになれそうでよかったなと思いました。
 トモくんも成仏出来てよかったね……。そしてタイトル回収も好き! 透き通ってるのは体だけじゃなかった……。
 小説を書く下地はばっちりなので、これからも短編だけでなく中編長編をどんどん作品を書いてデカい賞などを狙いにいきましょう!!!!

謎の概念:
 開幕NTRビデオレターからのラブコメかと思ったら異能バトルが始まったと思ったらそうでもなくて、いい感じの話で終わった、という感じで、ぐいぐい多段ツイストの入った複雑なプロットです。
 読者を揺さぶってやるぞ! という前のめりさが感じられて心意気は大変によろしいのですが、ちょっと空回りしている印象です。
 異能を手に入れた、と言っているのはトモくんだけで、トモくんの説明を聞いただけでも読者は「それ普通に死んでね? 幽霊になってね?」と気付きます。そして、最終話ではトモくんが自分で「ぼくは四年前、交通事故で死んだ」と言っているので、トモくんは自分が幽霊になってしまったことに気付いていないというわけでもない。ここ、単純にトモくんが読者に嘘を言ってるんですね。
 おまけに読者にもバレてるので「透明化スキルを手に入れたと言ったがアレは嘘で実は俺は幽霊だったんだ」と、トモくんがひとりで反復横跳びしているだけになっています。
 読者が勝手に「トモくんが透明化の異能を手に入れたんだな」と勘違いするならいいんですが、語り部が嘘をつくのはアンフェアです。飽くまで、ぎりぎりフェアな記述で嘘をつかずに読者に勘違いさせなければなりません。
 そしてなにより「私とトモくんは、お互いを楽しませようとしていた。恋人というのは、お互いに楽しませて、退屈させない努力をする関係性のことだと思っていたから」という文。ここは作中を通して一番切れ味のある、非常にハッとさせられる良い文章なのですが、ここでユズは「自分がトモくんとの付き合いに実は疲れていた」ということに気付いてしまいます。
 時間が過ぎたことで恋人の死を乗り越えられたのではなく、死んだ恋人がわりと疲れる人だったことに気付き、自然体でいられる新たな恋人と結ばれた、という結末になっているので、正しくNTRビデオレターなんですね。
 でもラストはそこを置き去りにしてなんかいい感じに話がまとまっているので「あそこのあの切れ味はいったいなんだったんだ」と、もったいない気分になってしまいました。

謎の巡礼者:
 寝取られ小説だよ、というあらすじで読んでいったら急に異能モノのジャンルが始まって、最終的には良い感じに終わったお話。
 普通にラブコメをやっていたら、急に透明化の異能に目覚めたとジャンルが変わって、その裏にももう一つ真相がある構造という発想はだいぶ好きです。
 語り部二人とも、読み終わってみると信頼できない語り部なのは好き嫌い分かれそうですね。私はそこはあまり引っかからずに読みましたが、話を百八十度ひっくり返すよりも、これ実は純粋な寝取られではないな? と思わせるフックがあった方が読者には親切かもしれません。
 透明化の異能に目覚めたのくだりで説明されている彼の特徴が完全に幽霊なので、透明化じゃなくてそのまま幽霊化でも良かったんじゃないかと思ったのですが、その辺り読者に与えられる情報とりしゅうさんが読者に与えたい読み味の擦り合わせがまだ必要かな、と。
 後、これは物語のオチが結局寝取られでない綺麗な話だったのはこの手の性癖に厳しい人にとってなかなり罪の重い表示法違反じゃない? ということを思ったのですがどうなんですかね。まあ広義には寝取られではあるんですが。識者の意見を聞きたいところです。
 全体としては物語としてのまとまりもよく、最後まで面白く読めました。寝取られと聞いたから色々と疑問が浮かんでしまったけど、それ抜きにしたらトモくんも成仏できて、ユズも前を向けて本当に良かった。

73:待つ痛み/クニシマ

謎の有袋類:
 前回は恐ろしき女たちと、有閑ムッシュと春の朝で参加してくれたクニシマさんです。
 今回はお笑い芸人の先輩後輩のお話でした。
 辻尾を贔屓にしている語り部は、辻尾が問題を起こしてからも彼を庇い続けるというお話のようなのですが……。
 最後の結末の意味するところが僕には少し難しくてわからなかったです。
 全作の恐ろしき女たちでもそういう傾向はあるのですが、書いている側は全ての情報が頭の中に入っているので、ついつい情報を少なくしがちなのですが、読んでいる側にとっては情報が足りないと言うことになりがちです。
 物語の根幹を成す大切なことはわかりやすすぎるくらい書いた方がオチなどが伝わりやすいかもしれません。
 前回の二作目である有閑ムッシュと春の朝は情報的にちょうど良かったと僕は思うので、そこらへんのバランスを目指してみると良いかもしれないです。
 文章は非常に読みやすいですし、キャラクターも魅力的なのでこれからもどんどん作品を書いて強くなりましょう! 

謎の概念:
 文章は整っていて読みやすいので、基本的な文章力はすでに十分です。でも短いですね。
 リアリティを感じさせる詳細な叙述で登場人物が配置され、さてここからどういう物語が展開されるのかと思ったところで話が終わってしまいました。
 自分で思っていたとおりの物語を、ちゃんと自分の思った通りに出力できているのであればいいのですが、読んだ感想としては、ディティールを書き込んでいく前に体力が尽きてしまったような印象です。
 タイトルが示す通り、自分にできることはほとんどなにもなく、ただ時間をかけて立ち直ってくるのを待っているしかない、というのがテーマなのだと思います。テーマがそうである以上は、主人公が主体的に行動することなく、ただ見ているだけの傍観者になってしまうのは必然です。
 なにか劇的な出来事が起こったり、主人公がアレコレと行動する動きのあるストーリーではないので、こういうのはディティール勝負になります。このテーマで読者になにか印象を残そうとするなら、さらに詰めて細やかなエピソードを書き込む必要があるでしょう。
 書く体力は書けば身に着きます。たくさん書いてください。

謎の巡礼者:
 タレント稼業をしている菱本と、喧嘩で逮捕された後輩の辻尾を中心とした芸人達の物語。
 語り部である菱本が後輩芸人に目をかけている心理描写や芸人の先輩後輩の人間関係が実際に存在するかのように描かれていて文章のうまさを感じます。良いですね。
 ただ、作品としては尻すぼみ。結局何の話だったのかわからないまま作品が終わってしまい、せっかくのリアリティある人間模様があまり生きていませんでした。タイトルから、この作品で伝えたかったことが見えてくるような気もするのですが、作中の描写は詳細な登場人物の紹介ではあるけれど、テーマが伝わってくるような構成とは読めませんでした。
 登場人物に集中してみると「他の誰も笑っていなかったとしても、おれはそんなときが一番楽しかった。」などの文が結構よくて、菱本の感情をこの短い中でもぎゅっと描いている作品です。
 逮捕されて謹慎中に意気消沈し、住所が一般の人にバレて半ばおかしくなりかけている辻尾の様子もかなり芯に迫った形で書いていて、人間をリアルに描く手管に関しては申し分のない筆力を持っておられると思います。
 せっかくこの短い中で生き生きとし出した登場人物たちですから、彼らが紡ぐ物語を読むことができれば、なお嬉しいですね。

74:太陽に消えた少女/1:11

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 両親のいない子供は村の掟によって殺されるという因習が残る村で起きた十年前の殺人事件を推理するのが中心のお話でした。
 恐らく「少女」と書いているのはミスリードを誘うためだと思うのですが、二人で仲良く食事をするような関係性の二人で、危険を冒してまで助けに行くような間柄で名前を呼ばないのは違和感が大きいので名前で呼ばせるか、語り部を相手を少女と呼んでも違和感を抱かないキャラクターにしてしまうといいと思います。
 因習や、ホテルのトリックや神隠しと、読む人を楽しませようとする努力をされているのだなと思います。
>私と青年の証言で“少女を太陽から消したんだ“。」
>夕日が差し込み、少女の顔を照らした。少女の表情は眩しくて見えなかった。

 この最後の行のための物語だなと思いましたし、タイトル回収もよかったです。
 文章自体にはまだまだたくさんののびしろがあると思うので、これからもたくさん文章を書いたり創作を頑張って欲しいと思います。

謎の概念:
 ミステリーとして成立しています。謎を設定し、それに一意に定まる解法を与えるのはそれだけでも難しいので、そこをクリアしているのは大したものです。
 ただ、長編小説のプロットを短編でやってしまっているので情報量が溢れかえってしまっています。このプロットでミステリー小説として成立させるには、単純にもっと文字数が必要でしょう。現状だと駆け足過ぎて、クイズに近くなってしまっています。
 世界観のセットアップが終わらないまま非現実的な陽当村の説明から始まるので、おそらく読者は最初、これが現代日本を舞台とした物語であるということすら把握できないでしょう。小説というのはなんでもありなので、現代日本の話かもしれませんし、過去や未来の話かもしれませんし、異世界を舞台としたファンタジーかもしれません。なにはなくとも、まずは舞台を設定しましょう。家を建てるには土台が必要です。
「俺はかつて名を馳せた推理小説家である」から始まる部分も、設定の説明に終始してしまっています。読者は説明ではなく物語を読みたいので、必要な設定は物語を展開しながら自然に開示されていかなくてはなりません。主人公の人となりや少女との関係性は、説明ではなく具体的なエピソードで示されるべきです。一万字では収まりませんね。
 真相を一意に定めるために謎解きパートまでに読者にどれだけの情報を開示する必要があるのか? という部分は把握できているので、長編として組み直したほうが良いと思います。

謎の巡礼者:
 謎解きに重きを置いたミステリー短編。
 知り合いの少女がとある事件に巻き込まれている可能性を考え、語り部が安楽椅子探偵をするお話なのですが、一つ一つの情報提示が丁寧で、本気でミステリーをやろうとしている作品なのだな、ということが伝わってきて良いです。
 ただその代償というか、本作のほぼ全てがミステリー作品のトリック部分のプロットだけ読まされるような話になっていて、正直この部分に面白みはないです。最初からパズルとして提示されているわけではなく、あくまで本作は小説/物語なので、そこの部分の面白さを煮詰めるには一万字では足りなかったのであろうことが、主人公と少女の関係をただ事務的に伝えるだけの序盤の文章から見えてしまいました。実際、本作は1:11さんが展開しているシリーズ物のほんの一編、という立ち位置みたいですね。納得。
 ミステリーを編むのが好きな創作者が本作でその一端を見せたかった、という様子は多分に見れましたし、実際よく書けているなあと凄く感心しました。
 次に短編小説に挑む際は、そのスケールにあった謎を用意して、探偵や犯人役の魅力的なドラマも絡めたものを書いてみてください。きっとそれをもう少し意識するだけで、多くの読者をあっと言わせる作品になります。

75:ハル20歳、初めての上京物語。/理央

謎の有袋類:
 かにさんだーーー!初参加ありがとうございます!
 初めての小説とのことなのですが、めちゃくちゃに読みやすかったです。
 初めての一人暮らしは色々失敗もあり、どきどきもあったり、資金も潤沢ではない中でいろいろと買うものを吟味をしている仲、友達がちょっとアレなセミナーに誘ってくるという悲しい出来事が……。
 そんな仲で隣に引っ越してきた大きなシロクマと知り合うというほっこりストーリーでした。
 僕はシロクマさんがめちゃくちゃに好きです。おじさんのシロクマ……デカい……。日常にこういう動物がにゅるって入って来る作品っていいよね。
 はじめての小説で場面転換、本当にどうするのがいいのかわからないと思うのですが、場所が大きく移動しないなら※で区切らないでいいかもしれないです。
 字数にもまだ余裕があるので普通に会話をさせて生返事をシロクマさんにさせてあげると、さらにシロクマさんの性格が掘り下げられると思います。
 桃華ちゃんが早めに目が醒めてくれてよかった……というのと、最後に悩んでいた脚立をポチるのがすごく好きな終わり方でした。
 これからも気が向いたら短い小説を書いてくれるとうれしいです!

謎の概念:
 なんでしょう? あまり書き慣れていない雰囲気の文で、決して上手いというわけではないんですが、チャーミングでほほえましく、読めちゃいます。
 こういう愛嬌みたいなのは訓練で身に着くものではありませんから、得難い長所です。書いていると文章はどんどん上手になっていってしまうんですが、この愛嬌は失わないように意識しててほしいですね。自覚的に繰り出せているなら大したものなのですが、ひょっとすると不慣れ故の絶妙なバランスかもしれず、その場合、上達すると失われちゃう可能性もあります。自覚できていれば、愛嬌を残しつつ小説ちからを底上げすることはできるはずです。
 カーテンが取り付けられない! という逆境も、チャーミングでほほえましくていいですね。お話の全体から呑気なムードが漂っているので、いきなりシロクマが出てきちゃうのも、まあそういうこともあるかな? くらいの感じで受け止めれてしまいます。中盤でいきなり出てくるよりは、シロクマが出るところからお話をはじめたほうが短編小説としてはエッジが利いたかもしれませんが、このへんのお話の取り回しかたの不慣れっぽさもチャーミングです。決してお話上手というわけじゃない子が、がんばってお話ししてくれてる感じでほほえましい。
 第四話冒頭「ハルとシロクマは、2人でコンビニに向かって歩いていた」のところは突如視点が変わってしまっているので、ここは修正したほうがいいでしょう。
 初めて書かれたお話ということですが、すでに他にはあまりない独特の強みをお持ちなので、この個性を保ちつつ、あるいはさらに伸ばしつつ、これからもいろいろなお話を書いていってほしいです。

謎の巡礼者:
 ハルという女の子の、微笑ましい上京物語。
 看板に偽りなしの作品で、時折笑い、楽しく読ませてもらいました。
 リアルな雰囲気からはじめて急にシロクマが出てくると普通びっくりするんですが、本作の主役であるハルの性格がわりかしのほほんとしているので「東京だし、そういうこともあるかあ」くらいに感じてしまう塩梅がなんだかおかしかったです。
 このシロクマの登場は、時系列を入れ替えてもいいから、作品の冒頭にあった方が面白いように思います。作品の雰囲気も掴みやすくなるし、今のままでも読みやすい文章がもう幾分かとっつきやすくなるかと。
 シロクマの高い背丈を見て思うことが「これならカーテンつけてもらえるかも」なのものんびりしていて良い。お話としても、上京した可愛らしいハルのある日の日常、といった風で実質何にもしてないのに妙な魅力がありました。ようは日常系コメディ漫画の読み味なんですね。それを小説として成立させている面白さ。
 いや、いいなハルちゃん。こうして、なんでもない日常をシロクマの水野さんや男運の悪い桃華と送る様子をまだまだ見ていたくなりました。
 とても心のほっこりする、優しい作品でした。

76:佐藤君は優しすぎるから/@ kajiwara

謎の有袋類:
 前回は桜色の盃という男同士のクソデカ感情を書いてくれたkajiwaraさんです。参加ありがとうございます。
 優しすぎる佐藤くんが幼馴染みにめちゃくちゃにダマされるお話でした。
 後から考えてみると同窓会で孤立していた山田の理由がわかる気がするのですが、この時からやらかしていたのでしょうか?
 学生時代のエピソードを少し削って、佐藤くんの優しすぎる一面を強調する描写や、山田が実はヤバいやつだとか山田のやらかしについて一言あると作品の登場人物の説得力や、結末への納得度が高まる気がします。
 尊厳を投げつけて助かる場面、好きなのですがお話や場面がそれなりにシリアスなのでノイズになってしまっている気がします。
 うんこを出す場面を目立たせたいのか、山田と佐藤の関係性を見せたいのか決めて標準を定めると作品がギュッと締まって見えると思います。
 佐藤をさらった赤と黒の二人組もサブキャラながら個性が光っていて好きでした。黒い人、苦労してるんだろうな……。
 銀河となった山田くん……最後は恐らく事故で亡くなったようなのですが、あっさりと死んだっぽいのがめちゃくちゃに好きです。
 佐藤くんの優しさ描写がもっと欲しいとは言いましたが、死にそうな目に遭わされたのに一発殴らせて欲しいで済ませるのはやっぱりめちゃくちゃに優しすぎるので良いタイトル回収でした。
 書く度にぐんぐん話の構成や情報の出し方がうまくなっているkajiwaraさんなので、これからもたくさん創作していって欲しいです。

謎の概念:
 うんこやね。ちょうど、そろそろまた誰かうんこ漏らす頃合いかなぁって思ってたところやったんや。やっぱり、うんこを漏らさないっていうのが中年男性(断定)に残された自尊心の最後の砦なんやね(n回目)
 ほんでお話のほうなんやけど、うんこ漏らしそうになってる現在と、そのちょっと前の山田に会ったとき(成人式の一年後)と、成人式のときに久しぶりに山田に再会したときと、中学のときの話とがあって、わりと時間軸があっちいったりこっちいったりするんやけど、ここの処理があんまりうまくいってない気がするんや。過去の話をしているはずやのに、唐突に現在形の叙述になったりするねんな。
 しっかりと回想シーンに入ってるんやったら現在形で叙述してもええんやけど、佐藤くんが今いる時間軸から過去を語っているところは過去形で統一したほうが文章の収まりがええんや。いま語り部はどの時間軸にいて、どの時点のことを記述しているのか、しっかり把握しながら書いたほうがええと思うわ。
 ほんで主人公の佐藤君なんやけど、巻き込まれただけであんまり主体的に行動してへんねんな。土壇場でうんこを投げつけたくらいで、それ以外は基本、ただ災難な目に遭っただけや。かわいそうやなぁとは思うけど、これやとあんまり物語の主人公っていう印象にはならへんねんな。
 なにかの困難に直面し、葛藤し、決断して、主体的に行動することによって問題を解決する。そういう人物のほうが主人公らしいし、読者も応援したくなるんとちゃうかな。知らんけど。

謎の巡礼者:
 優しすぎる佐藤君が友達に騙されて災難にあう話。本当に災難なだけで佐藤君、かわいそうですが、拷問してた連中のキャラが地味にたってるのと、こんなことがありましたな創作実話的な読み味がありました。
 本作の一番の見どころであり笑いどころである尊厳を投げつける場面、絶望的なシーンで映えるブラックな笑いを誘うのに成功していて良いです。でももうウンコって言っちゃって良いと思います。暴力と下ネタと笑いって近いところにあって、それを意識的にやるとやっぱり面白いですね。アウトレイジだ。
 作品構成としてはヤバい場面を最初に書いて、そこから過去に遡っているのですが、その遡った過去から更に成人式の回想を挟んでいたりするので、その辺りが少し読みづらかったですね。回想の中で回想みたいな複雑構成はそういうギャグか、元より入れ子構造を目指した作品でない限りはやらない方が吉です。やるとしても地の文だけで完結させるなどしてそれとわかる形になるようにしましょう。
 今のままでも面白かったのですが、大賞を狙いにいった時、もう少し主人公のキャラ性で物語が回すと良さそうです。現状だと主人公、所謂優しさと甘さの差がついていない奴で終わっているので。優しすぎる佐藤君の優しすぎる様を見せてほしいですね。
 とは言え最後、どうしようもなく巻き込まれただけの佐藤君の描写に合わせたかのように、山田もあっさり死んだのであろうことを見せるところなどはとても好みでした。

77:女神の山/鍋島小骨

謎の有袋類:
 魂のシスター、鍋島さんが異世界転生婚約破棄ざまあものを書いてくれた!やったーーー!
 僕もそういう系統のマンガをよく読んでいるので「あ! 良いテンプレスタート」となりました。ここから猟師となんだかんだ結ばれて平和に暮らしているときに落ちぶれかけの皇太子カップルが訪問してきて聖女がどうたら言いがかりをつけてきてあれこれあるのでしょう! その前に現世に戻ったのですが。
 女神達の世界システム好き。
 ところどころでわかりにくいところはあるのですが、世界観や仕組み的に字数が一万字では窮屈だからかなと思います。もう少しじっくり猟師ニキと主人公のやりとりとか見たかったな!(素直な欲望)
 猟師ニキ、短髪黒髪でフードなどを被っている体格が良い系のお兄さんなのでしょう!
 アンチパスバックエラーの伏線回収というか、そういうシステムを異世界転生ファンタジーに繋げたのはおもしろかったです。
 鍋島さんの書くよくあるテンプレ系のフォーマットを被った何かを読みたいので、時間があるときに書いてくれたら僕はとてもうれしいです。

謎の概念:
 情報量が……情報量がなんぼなんでも溢れてます。
 アンチパスバックエラーによる詰みという現実に起こり得る事態と異世界転生……というか、異世界衝突? をリンクさせるのはアイデアの種として良いと思うのですが、なにしろメカニズムがいろいろと複雑なので、その真相説明パートにかなり文字数がもっていかれているうえに、それだけ文字数を使っても、なんとなく雰囲気がつかめるくらいでよく分からず、ストンと納得とはなりません。
 そのうえインパクトのある出来事が立て続けに起こるので、理解が追い付かないまま次々と「どゆこと?」「どゆこと?」とあらたな疑問が増えていく一方です。
 また「数ヶ月の異世界暮らしですっかりトンチキや暴力とお馴染みになってしまった私」ということですが、異世界暮らしのトンチキと暴力の描写は薄く、ここは逆に具体的エピソードの書き込みが足りません。
 総じて、物語を成立させるのに必要な要素のすべてを最小限の記述でどうにかギュッと一万字に詰め込んだという印象で、読者を置き去りにしてぶっちぎりスピードランをしてしまっています。
 説明を省き、具体的なエピソードを語りながら自然に設定を開示していき、読者を置いてけぼりにせず、理解が追い付くスピードで並走する必要があるでしょう。
 一番単純な解決法は、文字数の上限を撤廃することです。
 一万字上限なら一万字規模に合った、シンプルでエッジの利いたプロットでいったほうがいいでしょう。

謎の巡礼者:
 ちょっと風変わりの異世界転生モノ。
 労働は悪!
 ある種の事故で転生キャラとして異世界に転がり込んでしまって、その機序が作品前半、自分の世界でアンチパスバックエラーによって会社に閉じ込められちゃった主人公を例に示されるのはとても好き。
 よく考えられている世界観です。顔生成バグってる猟師やクマの格好している女神さまなどインパクト抜群のシーンがちょいちょい挟まるのも良いです。通行人をケンタッキーの店員に錬成して肉焼かせる場面とかも映像として想像したらめちゃくちゃ面白いですもん。
 その反面、情報がごちゃついていて、読者に与える作品設定の情報の精査がもう少しできたように思います。
 玉突き事故的に異世界ファンタジーを経験している主人公と猟師の状況がカオスなので、ある程度のカオスは計算のうちなのだと思います。ただ、その中にも秩序だったものはある方がよく、たとえば主人公の認識と読者の認識は合わせるなど、読者が作品世界を楽しむ為の指針が何かしらあると読みやすいかと。
 異世界衝突のアイディアもそこから展開させるコメディも物凄く好きだったので、本作の面白さがより多くの人に届く形に錬成し直されたら良いな、と思います。

78:新人巡査とサメ女/木船田ヒロマル

謎の有袋類:
 俺たちの冒険はこれからだエンド! 俺たちの冒険はこれからだエンドじゃないか!
 前回はめちゃくちゃかっこいい玩具のロボットたちを描いた火花で参加してくれたヒロマルさんの参加です。ありがとうございます。
 それはそれとして、俺たちの冒険はこれからだエンドじゃないか!
 魅力的なキャラクター、複雑そうな過去、空を飛ぶ鮫、人と鮫を掛け合わせた存在! 絶体絶命のピンチ! 俺たちの冒険はこれからだ!
 めちゃくちゃに良いところなのに終わっているのはどうしたんですか!
 構成もキャラクターも魅力的なので、あとは字数に見合った規模のお話を書きましょう。
 日々の功夫は大切です。あと、個人的になのですが120cmの少女が美人だからと言ってどぎまぎする警察は若干マズいかなと思います。中身は昔から生きている鮫なので、ペドではないのですが、120cmの少女、小学一年生とかくらいですし、やはり警察官がどぎまぎしちゃうのはノイズになっちゃいそう。
 書き上げる力は十分だと思っているので、次回はカッチリとかっこよく着地をしてくれるといいなと思います。
 それか、結末まで書いちゃいましょう!七郎丸の活躍見たいです。

謎の概念:
 読後の感想が「空飛ぶサメを合理的に再現する仕掛けがあってそのトリックを僕らで解明する流れじゃないんですか⁉︎」に集約されてしまいます。自己言及的ですね。たぶん自分でもうっすら気づいちゃってるんでしょう。
 どんでん返しにもうれしいどんでん返しとうれしくないどんでん返しがあって、たとえば「汚いオッサンの一人称だと思っていたら実は美少女だった」なら汚かった脳内ビジュアルが一瞬でサッときれいなものに変換されて爽快アハ体験なんですが、その逆の場合は「ええ……」となってしまうだけなんですね。
 最初にリアリティライン高めの筆致で「空飛ぶサメ」という謎を提示しておいて、真相が「空飛ぶサメがいた!」であり、なおかつ変身サメ仮面も登場! という展開は、サッパリ冷やし中華を注文したら濃厚こってりつけ麺が出てきてしまったみたいなミスマッチで、あまりうれしくありません。バカ展開をするなら、とにかく明るい安村みたいに、最初から一見して「バカでーす!」って感じで舞台に出てきてくれたほうが親切です。
 読者を驚かせてやろう! と試行錯誤するのは大事ですが、なんでもいいから驚かせればいいというわけではないです。
 とはいえ、書く以上はなんか新奇なアイデアを捻り出すぞ! というスタンスは悪くないので、試行回数でヒットを狙っていきましょう。こういうのは打率ではなく打数です。

謎の巡礼者:
 サメだ! それも空飛ぶサメ!
 加えてサメを操る少女。しかもその正体はサメ女! ミステリな出だしと旧日本軍が生み出した概念生物兵器!
 良いですね、大盤振る舞い。最高です。設定資料集みたいなのがあれば読みたい。
 概念生物学と既存の生物学の関係性を渋沢博士が滔々と語るところ、良いですね。丁度良い。浪漫と不条理の丁度良いバランスを弾き出しています。
 一個一個の要素が特に渋滞することなく物語が進んでいる印象ですが、それ故に中途半端なところで物語が終わってしまっていることだけが残念です。
 どこか抜けているけど正義感はいっぱいの新人巡査に、その正体はサメ女の美少女博士と、キャラクターの魅力も充分なので、二人のバックボーンや世界観の提示など、もう少しディテールが詰められていると嬉しかっです。概念生物学の結晶、それが何故鮫をモチーフとしていたのかその秘密とか、知りたかったなあ……。
 しかし本作はギリギリ1万字で終わってしまっているので、本作の面白さを十二分に引き出すには、元々1万字スケールでは足りなかったということでしょう。
 正直、設定部分は不可分だと思うので、あえて削るのだとすれば、新人巡査による推理パートでしょうか。タイトルパッケージ的にトンチキ鮫が出てくることは分かっているので、いっそのこともうちょっと早い段階で空飛ぶ鮫にはご登場いただく形に構成を変えれば、次の展開にも繋げやすかったのではないかと。人間ドラマは良いから鮫を暴れているところを見せろ! というアレですね。そういう部分があってこそ怪奇的なアレの面白さである、というのは重々承知ですが。
 そんな感じでまだ読みたいと思うほどに、大変に楽しませてもらいました!

79:ナマクビ・ライカ・シューティンスター/帆多 丁

謎の有袋類:
 白狼を書いてくれた帆多さんの二作目です。一作目と変わってキャッチーな雰囲気。がんばえぷいきゅあー!
 生首で現れた少女が語り部の体を借りて怪獣と戦うという作品でした。
 バトルしている時に警察がめちゃくちゃにまともな対応をするので魔法少女の顔をした巨漢を取り押さえに来る!
 全部元に戻るといっても人を巻き込みたくないという感じのココロちゃんがかわいかったですね。
 これは本当に好みの問題なのですが、せっかくなんでもありの30分ヴァーリトゥード・ハフアンナワーなら、HUNTER×HUNTER的に全部言葉とルビ芸で統一してしまってもかっこいいかな? と思いました。
 3年経過してるけど、ココロちゃんのいる時間は30分だったあたりの説明とかも気にはなるのですが、エモいのでおっけーーーとなる演出。やっぱり仲間が駆けつけてくるのはとても良い!
 映画で仲間が駆けつけてきて、主人公が泣いてからの真相を明かすのめちゃくちゃに好きでした!
 めちゃくちゃに良いハッピーエンド!

謎の概念:
「ある日教室にテロリストが」のバリエーションですね。この手のバリエーションはバスキンロビンスの新フレーバーみたいなもので、ベースは似たような、でもちょっとだけ違うものが、いくらでもあっていい。面白かったです。
 平和な日常からの惨劇のエグさに容赦がなくて、落差を表現できていて良いです。
 生首だけの魔法少女に身体を貸すという珍奇な設定はあるものの、プロットじたいは変にひねったところがない王道の展開。ちょっとくらいご都合主義っぽくなっても、やっぱりハッピーエンドのほうが良いですよね。
 惜しいのは、敵キャラが「なんかヤベェ」だけで個性がぼんわりしているのと、倒しかたが単純に「がんばって倒す」になってしまっているところです。個性的な敵を、個性的な方法で倒せると、バトルにも小説てきな面白さを出せるでしょう。
 設定上、語り部は生首だけになってしまっているので、どうしても活躍の場が限られます。頭を使うしかありませんね。物理的に、ではなく。
 せっかく「首を交換したためお互いの記憶を参照できる」「ココロの世界と雄大の世界には差異がある」という設定があるので、雄大にとっては自明だけどココロにとっては盲点になってしまっている部分に雄大が気付くことで敵を倒せる、みたいなギミックがあると、首だけの雄大にも活躍の場があり主人公っぽさが出るかもしれません。
 小説は映画や漫画みたいに絵でバトルのかっこよさを表現できないので、勝ち負けに理屈があったほうが楽しいですね。

謎の巡礼者:
 最初からクライマックス! 生首になっている魔法少女に身体を貸して怪人と戦う話。
 さっきまで平和だった筈の日常に惨劇が訪れて、それをヒーローが救うという王道のお話のひとつを、生首魔法少女というインパクトと共に打ち出した作品でした。
 最後の生首魔法少女が集まる絵面、圧巻ですね。
 語り部のお兄さんはあくまで魔法少女身体を貸すことになってしまっただけの一般人けれども、身体を貸すことで記憶の共有もされているから詳細を説明できるというのは良い設定ですね。
 本作で描かれた戦いこそ、ココロにとっては最終決戦だと思うので、その緊迫感をもっと感じられても良かったかなあ、と。具体的には怪人のディテールがもう少し、記憶共有された語り部のお兄さんに語られる場面があってもよかったかな、と。今彼女が戦っている怪人が弱体化してなお手強い敵なのか、はたまた普通の怪人と比べてもそこまでの強さではないが孤立無援のココロにとっては厳しい相手なのか、敵の詳細がガチッと決まると、ココロを応援するこちらの気持ちにも身が入るというものです。
 生首魔法少女というインパクトと、戦いは終わっても彼女は元の世界に帰れない、というところから、きっかりとハッピーエンドに引っ張り上げている様も素晴らしいです。
 なんのかんのいって、やっぱりハッピーエンドは良いものですね。

80:それを何と呼ぼうか/アオイ・M・M

謎の有袋類:
 第四回の時に架空の犬で参加してくれたアオイさんです。
 参加ありがとうございます。
 おそらく悪魔と契約した男が、前半の語り部のスワンプマンを作って自分を好きになって貰おうと吊り橋効果を利用しようとして失敗したというお話でした。
 最初の吊り橋効果の話題と最後のまとめ方がすごくよかったです。
 これは、話の構成への指摘というわけではないのですが
 いきなり悪魔が出てきてスワンプマンを作っていましたーという結末は確かに驚きのラストですし、後輩が掘るのをやめようと促したことも後から思えば「そういうことか」とは思うのですが、もう少しヒントがあると納得感と満足感が増すので一度書いた後に「親切すぎるかな?」くらいに色々と後輩に怪しい言動をさせるといいのかもしれないな! と思いました。
 弟くん、気になる。これは何かの作品の続編で、弟が主役だったりするのかな? と思うのですが、どうなのでしょう……。
 使い捨てにするには惜しい魅力のある登場人物が多いので、連載などしてもいいのではないでしょうか!
 まだまだ伸びしろはたくさんあると思うので、たくさん作品を書いてどんどん強くなって欲しいなと思います。

謎の概念:
 ショベルだかシャベルだかの話がタイトルのミスリードになっているのがいいです。ラストでのタイトル回収が鮮やかですね。短編小説は一点でもエッジが鋭ければ評価できるところがあるので、ここは高評価です。
 山で死体を埋めるというのは定番の逆境シチェーションですが、質感高めの描写でリアリティがあります。文章力がありますね。とくにこだわりがないのであれば、行頭一字下げなどの小説てきなお作法は踏襲したほうがいいでしょう。
 死体を埋め終わり一服していたところで、地面の硬さに気付き、自分たちが掘っていた地面が柔らかかったことに違和感を覚える、というのが主要な謎で、真相への興味で読者を牽引していくわけですが、真相が明かされてからの種明かしパートがやや情報不足の感はあります。読後「なるほど! そうだったのか!!」と、すべてがきれいに解決してスッキリするわけではなく「つまり、こういうコト……?」と推測する必要があり、ちいかわみたいな顔になってしまいました。
 真相開示パートは真相開示パートなので、ヒントではなく解答をズバッと出したほうがスッキリする気はします。ただ「それ」について明確に説明してしまうとタイトル回収にならないのがまた難しいところですね。でも、後輩の事情やモチベーションについてはもうちょっと説明があってもよかったかもしれません。
 それはそうと、南京錠をふたつかけて鍵をひとつずつ持つようにした描写があるのに、その後すぐに主人公が南京錠を外してゲートを開けられたのはなんだったんでしょうか? ふたりが揃わないとゲートを開けられないように錠をふたつつけたのでは? ちょっと気になりました。

謎の巡礼者:
 死体を山に埋めに行く、という確かにこれは逆境だ、と思えるところから始まるお話。
 お話としてはそれだけの話ではありますが、その真相に二重にギミックを作っている意欲作でした。
 個人的には最後の流れが唐突な気がしましたね。タイトルにもなっているのだから、最後の大オチが一番やりたいことだとは思うのですが、後輩が自分が殺したわけでもないのに場所まで提供して死体を埋めに行ったのには裏があり、そこから更に裏を作っているのは少しくどい。構成としては最後の大オチに持っていくまでの伏線がもう少し丁寧に散りばめられていると嬉しいです。
 死体を埋める為に地面を掘るのは一苦労だ、と弟に聞いたことのある地獄の拷問を思い出した上で、地面が柔らかいのはおかしいとこれまた弟から聞いた豆知識で心理的な死角をついた(仮の)真相に辿り着くまでの流れはすごく綺麗で感心したところでした。だからこそ大オチが弱く感じられたというのもあります。
 しかし弟さん、気になるな……。本作においては日常の象徴に過ぎないのかもしれませんが、あまりに弟との会話を主人公が思い出して、しかもそれがどれも面白いので登場していないのに妙にキャラ立ちしていたのが、なんだか面白かったです。
 「それ」でうまく話をまわしていけば連作短編にもできそうな作品で、本作がそのうちの一編だったら上記のような感覚も多少軽くなっていたかもですね。

81:のけもの達の晩餐/月餠

謎の有袋類:
 前回はこむら川の副賞イラストを担当してくれて、コウくんも描いてくれたもちうささんです。今回も参加してくれてありがとうございます。
 かわいい狸と狐のお話! あとから読み返してみて人間に対する警戒心は高いのに罠に対しては無警戒な部分は変身出来て罠にかかっても逃げられるからかーとなったのがすごく楽しかったです。
 時代背景がコン吉くんの使う時間や長さの単位だと少し伝わりにくいので「家」を「藁葺き屋根」と書いてみたり、人間たちが洗濯板で洗濯をしているとか竃でお米を炊いているとか、馬や牛が畑仕事を手伝っているみたいな「現代と違いますよ」要素をそっと入れていくと更に雰囲気が出るのかもしれません。
 コン吉くんが野干や妖狐になった姿とか、ポン子ちゃんが人間に化ける姿も見たいな……。
 二人のやりとりや、コン吉がポン子ちゃんを大切に思っている様子、化けられるけれど実際に力は強くないというポン子チャンの力のバランスがすごくおもしろかったです。
 物語が書けないと言っていたもちうささんが色々な世界やお話を生み出してくれるのすごくうれしいです!
 これからもお時間があるときに色々なお話を聞かせてください!

謎の概念:
 ポン子のキャラが良くて、ほのぼののほほんとした日常の描写が続くなかで徐々に不穏さを盛り上げているので、一転ピンチに陥るところがスムーズですね。
 ああこれ、大変なことになっちゃうんじゃないかな? でもそうなってほしくないな。ポン子気をつけろよ! ああもう! やっぱそうなっちゃうか! と、ピンチがくるのは予想できてるんですけど、ソワソワしながら読みました。作者が想定したとおり読者の感情をコントロールできている感じで、お話の運びが上手です。
 一方でちょっと難もあって、コン吉が狐であるのが確定するのは一話の後半、ポン子を救出し終わって葡萄を食べにいく途中の「狐の俺より一回り小さいポン子は」というモノローグでなんですね。
 コン吉とポン子というテンプレな名前なのでだいたい察しはつくのですが、これだけテンプレな名前なのにコン吉が狐というのがなかなか確定情報として出てこないので、逆にテンプレネームをミスリードに使った叙述トリックかと疑いながら読んでいました。
 ポン子が狸なのも「狸のケツが生えていた」の時点では読者てきにはまだ確定してなくて、ポン子=狸のケツが確定するには、コン吉の「ポン子お前、何してんの…?」まで待たなければなりません。
 また、狐であるコン吉の一人称描写なので「アナグマの古巣」を「ポン子の家」と叙述するのは自然なのですが、読者はコン吉と情報を共有していませんから、この時点で読者が想定する「家」は、木の根に空いた穴っぽこじゃなくて、人間てきな意味での家、「建物」のイメージになってしまうと思います。ここも、お話の中で実際に起こっていることと、読者の頭に想起されるイメージのあいだに乖離があります。
 語り部は狐で、友達の狸を待っているところだよ、という舞台設定を早い段階で確定したほうが、よりスムーズだったでしょう。

謎の巡礼者:
 可愛らしい狐と狸のお話!
 まるで絵本のような世界観で、コン吉の視点で物語が紡がれるのが面白く、二匹の動作を細やかに追いかける描写の為、しっかりと情景も想像しながら読むことができます。
 ポン子がピンチに陥るところから、化け物登場、その化け物の正体がポン子だとわかるまでの盛り上がりも見事でした。
 絵本みたいとは言っても絵本ではないので、舞台設定と二人の容姿がわかる文章は冒頭の方であって良かったと思います。具体的にはポン子が穴にハマっている可愛らしいシーンが挟まるまでには、現代日本とは少し違う世界観であること、ポン子とコン吉が狸と狐であることの二つは分かっていた方が良いです。一度頭の中に思い描いている想像と文章とで違和感が出てくると、読み進めるのにエネルギーを要するので。
 一万字スケールの中で可愛い二匹の少し悲しいバックボーンが最低限読者にも伝わってくるバランスも良かったです。チラッと出てくるデカ犬のキャラ立ちも、こいつはこいつでご主人に忠実で悪いやつじゃないんだろうなあ、と思える塩梅なども、作品世界を丁寧に作り上げていったことが伺えて好印象でした。
 上記のような多少の引っかかりはありましたが、文章は書いていくうちに小慣れていくので大した問題ではないと思います。これからもどんどん書いてどんどん素敵な世界観を見せていきましょう!

82:屑石は金剛石を抱く/悠井すみれ

謎の有袋類:
 桃夭を書いてくれたすみれさんの二作目です!
 心臓を狙いに来られました。黒髪長髪色白イケメンと癖っ毛白金長髪褐色イケメン……どっちも好き。
 チャクルの名前もとても好きでですね、僕は不憫な名前を付けられた不遇な少女が大好きだからです。
 玉胎晶精の設定もめちゃくちゃに好きでした! 黒い金剛石を胸に抱くエルマシュくんとチャクルの二人の冒険も楽しみです。
 一万字の文字制限で設定周りが多分カツカツなんだろうなとは思ったのですが、とても好みなのでさいこーーーーで終わってしまった……よかったです。
 欲を言うなら、名付けが好きなのでチャクルに新しい胸の石に相応しい名付けがあるとうれしいかな? と思いました。
 でもこの後もう一騒動とかあってから名付けがあるのもいいですよね。連載的なことが今後あるのかな? と期待をしています。
 ちゃんとした講評はきっと他の二人がしてくれるはず。
 褐色の肌に明るい髪色の太陽みたいな口の悪い男は最高。ありがとうございました。

謎の概念:
 素晴らしいですね!
 独自の用語にカタカナのルビを振る、伝統あるカッチョイイ=ラノベ文体なんですが、ただカッチョイイだけじゃなくて一貫した筋というか軸が通っているので、世界観にソリッドな質感を与え奥行をもたせる効果を発揮していますし、こういうのはとかくクドくなりがちなのですが、バランス感覚が良く、最後まで優美さを保っていて非常にエレガントです。
 用語や設定にほんのりと性的な暗喩を含みますが、これも下品にならないラインをちゃんと見極められていてエレガント。玉胎晶精たちの、絶対者による支配や美しく死ぬことを肯定するややインモラルな価値観も、現実の少女性を反映していて無理がありません。ファンタジーではありますが、現実社会への批評性も纏えるポテンシャルがあります。
 なにより、最初から最後までとにかく華やかでゴージャス! 色、輝き、それと対置される闇など、視覚的な演出がきれいで、文章なのに目が楽しい。これは本当にすごいです。
 お話しとしては、被支配的な立場に甘んじ、そこに幸福さえ見出していた少女が、現実を直視し、覚悟を持ち、自らの人生を選び取るまでを描いた、典型的な少女の成長譚と捉えることもできるでしょう。テーマ性へのフォーカスもブレておらず、落とすべきところにしっかり落としにいけています。
 惜しむらくは文字数のみです。一万字の短編に投入するにはあまりにももったいない完成された設定と世界観。それに、ここで終わってしまうと金剛石と水晶の関係性も、被支配から別の被支配に移っただけとも言えるので、水晶がさらに成長し、自立した強い大人の女に変わっていくところも見てみたいです。
 これは是非とも長編に再構成すべきものだと思います。

謎の巡礼者:
 二人の旅路は、まだ始まったばかり! 私達の戦いはこれからだ!
 す、すごく良いところで終わってしまった……。盛り上がりが絶頂を迎えてすぐに物語が閉じたので、逆に印象を強めることには成功しているかも。連載に向けたプレ作品、といった趣きの作品だと思うので以下、それを踏まえての講評です。
 とにかく情景が華やか。宝石を模した玉胎晶精の煌びやかさ、美しさが文章によって存分に演出されていて、圧倒されます。信じていた存在が実は自分達を害するモノで、その支配から脱出するまでを描く、というプロットも王道で隙がなく、心躍らせながらお話を読み進めました。
 文章も極力チャクルの目線に合わせていて、カランクルに疑問を抱くのと、目の前にいる男の呼び名を災厄からエルマシュへと変えているところを重ねている部分などの細かい演出にも感心しっぱなしでした。
 冒頭から浴びせられるファンタジックな世界観も、最初から本作の雰囲気を読んでいて伝えてくるので、独創的で幻想的な本作の世界を想像するまでが容易にできる。ただ、結構重厚かつ濃密な設定を最初から浴びせられるので、この世界観にガッツリと合わないと少しだけ情報の洪水に溺れてしまう部分はあると思いました。どれも物語に必要なものではありますし、今回は短編だったのでこの密度だったのだと思いますが、長編として構成し直す場合、もう少しだけ情報を散らして、チャクルの物語に集中できるようだと個人的には読みやすいです。
 それにしても圧巻の世界観を描かれていて本当に面白かったです。
 本作の主役であるチャクルはまだあくまで自由を手にしたばかり、旅路と世界はまだまだ続いていきそう。これから世界を知って、チャクルには大きく成長していってほしいですね。

83:わたしとことりと歌と/押田桧凪

謎の有袋類:
 わたしとかえるとカニとを書いてくれた押田さんの二作目です。
 短歌を通じてSNSで繋がっていた人が、SNSのトラブルや名称変更と共にいなくなってしまうというタイムリーな話でした。
 短歌に明るくないので、ちゃんとわかったかどうかの自信はないのですが、相手の気持ちが文字からでもわかってしまう不思議な能力を持った青い鳥さんに、徐々に惹かれていき感情が重くなっていく主人公の様子は興味深く読むことが出来ました。
 押田さんが主人公と青い鳥さんをどのような関係性のつもりで書いているのかはわからないのですが「これはもうプロポーズでしかないだろう、とはやる気持ちを抑えながら」あたりでめちゃくちゃに怖いなと思いました。
 信用ならない語り手による熱烈な愛からTwitter終了にかこつけて逃げる青い鳥さんというように僕は受け止めたのですが、どうなのでしょうか……。
 多分短歌などで示されていると思うのですが、僕には読み取るだけの教養がなかったです。ごめんなさい。
 もし、青い鳥さんが語り部にプラスの感情を持っている場合は、短歌がわからない人にも伝わるようにもう少し青い鳥さんの気持ちをストレートに書いてみると間口が広がるかもしれません。
 タイムリーなお話を好きなものと関連付けて書く瞬発力は強い武器なので、いろいろな武器を駆使してこれからもガンガン作品を書いていきましょう!

謎の概念:
 ドブ川にどっぷりのカスツイッタラーなものですからツイッターに幻想を抱いていないので「ろくにフォロワーもいない短歌アカウントにちょっと褒めコメをつけたらガチ恋されて垢消しせざるを得なくなった」話に読めました。たぶん違うと思うんですが。
 う~ん、こう、純愛? てきなアレにするのであれば、それはそれでもうちょっと工夫が必要かと思います。語り部の一人称ですすむので客観性がなく、今のままだと、たかだかツイッターでちょっと交流があるだけのアカウントに語り部が全ベットで入れ込んでいく過程がめちゃくちゃ怖いです。
 青い鳥さんにはちょっと特殊な設定があるのですが、それを明かすところが「彼女には人の『念』のようなものを感じ取る力がある」と、語り部のモノローグで端的に説明されてしまうのも、ちょっと手抜きっぽい。ここのディティール、真偽の温度感などは重要ですから、この過程はちゃんとダイアログで示されたほうがいいでしょう。
 お話は基本的に語り部と青い鳥さんのふたりの関係だけで進んでいくのに、最後に宇露戦争やXやなんかの時事的な社会問題に膨らむのも、読後感がぼわっとなってしまい、あまりよくないです。あれもこれもと、連想するままに盛り込んでしまった印象。あまり欲張らず、青い鳥さんがいなくなったことに対する語り部の心情にギュッとフォーカスを絞ったほうがよかったでしょう。
 必要な部分は盛り、不必要な部分はバッサリと切って、鋭く仕上げたほうがいいです。

謎の巡礼者:
 今やXと名前の変わったTwitterに短歌を投稿していた「僕」の恋の物語。汚くないTwitter文学だ。時事ネタでもあるので、賞味期限はあまり長くなさそうなのも逆に良いですね。
 甘酸っぱい。甘酸っぱいですね。
 主人公と青い鳥というアカウントの、インターネット上の儚い恋を短歌を交えながら描いている作品です。「僕」が拙い恋心を、Twitterという場で抱く様子が丁寧に描かれていくわけですが、一度も会ったことのないネット上だけの相手に恋心を抱くという、現代には割とどこでも見る様子なので、共感する人も少なくないでしょう。私も、個人サイトを突然閉めてしまう宣言をしてきりいなくなった人や、掲示板がなくなると同時に連絡を取れなくなった人のことなどを思い出して懐かしい想いになりました。歳がバレる。
 ただネット上でのガチ恋は、場合によっては心理的な幼さを感じるところでもあるので、主人公の年齢設定はハッキリしていても良かったかも。これが中高生であると明言されていた方がいくらか気持ちも落ち着くので。また、青い鳥さんには不思議な力があることだとかのメルヘン要素もあるのですが、これが青い鳥さんがただ言っているだけのことなのか、それとも本当にそういう不可思議を描きたいのかが判然としないので、「僕」の青い鳥さんに対する認識も半信半疑くらいであった方が良かったかも。「僕」が他の人と違って実景を詠めない、というのも何かの伏線なのかと思いましたが読み取れませんでした。
 優しい筆致で少年じみた恋心をTwitterと短歌を題材にして描く、という作品の発想は正直新鮮でしたし、細かいところを詰めていくと作品としての範囲攻撃力をもっと強めていけるのではないかと。
 時事的なお話をこうやって気軽にお出しできるのもWeb小説の強みだと思うので、押田さんには今後ともタイムリーなネタに挑戦してほしいな、と思います。

84:Am I You?/姫路 りしゅう

謎の有袋類:
 透き通る気持ちを書いてくれたりしゅうさんの二作目です。
 コントのように軽快なやりとりが印象的な作品でした。
 恨まれるようなことをしていない! と豪語しつつ、色々やらかしている主人公。彼女を寝取った雄哉だけはもう仕方ないよ。刺しに来てもいいからがんばれ雄哉。
 天丼を繰り返してアキネーターしていくのはおもしろかったです。
 少しだけ引っかかるとしたら記憶が曖昧だったとはいえ「昨晩の記憶を振り返る。
 仕事終わりにコンビニで弁当を買い、家でだらだらと動画を見るいつもの夜。」と主人公は言っていた部分です。
 作品に於いて読者と作者では作者の方が情報面で圧倒的に有利です。語り部が出す情報で結末が少し仄めかされているくらいがちょうどいいかも? と個人的には思うので「コンビニで弁当を買ってからの記憶がない」くらいが誠実なのかな-? と思います。
 走馬燈で思い出すのが元カノの「私の二十代を返してよ」だと思うと、こう、重いものがのしかかってきますね。大好き。
 りしゅうさんの書くダメな男や、癖のある女、めちゃくちゃに好きなので恋愛とかにも挑戦してみるのはどうでしょう?
 最近、長編も書き上げていたことですし、これからも隙を見てたくさん創作してくれるとうれしいです!
 曲作りも頑張れ! 応援しています。

謎の概念:
 めちゃくちゃ笑ったのでわたしの負けです。
 目覚めたら手足を拘束され目隠しをされている! 背後からは謎の人物の高笑い! これからいったいなにがはじまるんだ!? という定番のソリッドシチェーションホラーな状況からアキネーターがはじまるとは思わないじゃんよ。
 正誤が明かされるまでクイズ番組のジングルみたいに高笑いをし続ける謎の人物。心当たりがないと言いつつ、掘り返せばいくらでも心当たりが出てくる語り部。繰り返される「違う」「違うのか~」と、基本構成はしつこい天丼なのですが、天丼しながら徐々に真相に迫っていくかたちになっているので、何度でも天丼していいし、何度やられても笑ってしまいます。
 最後に明かされる真相も「なるほど!」と、膝を打つほどではありませんが、筋は通っているので納得はできます。まあ、だとしてもなんでお前そんなキャラ立ってんだよ、という感じではありますが。この世界では、あらゆる人間が死ぬ前にこんな目に遭ってるんでしょうか? 嫌すぎる。
 ホラーシチェーションからはじまり、拍子抜けのコメディかと思わせて、最後はきっちりホラーなのもきれいな展開です。
 なんにせよ、めちゃくちゃ笑ったのでわたしの負けです。めちゃくちゃ笑いました。

謎の巡礼者:
「違う」「違うのか」の天丼、ずりーでしょ。こんなん絶対笑いますって。
 途中までひたすらにその天丼で笑かしてくるので面白いのですが、最後のオチだけあんまり腑に落ちなかったです。ちょっと捻りすぎですかね。
 拘束された主人公に対して高笑いだけする謎の存在が主人公のイエス/ノークエスチョンにだけは答えてアキネーターしていく、というくだりは最高に面白いし、リサイクルも聞くシチュエーションなので、オチ部分に至るまでの流れを推敲すると、もっとドッカンドッカン大爆笑が狙えるんやないかなあ、知らんけど。
 ホラーっぽい導入から始まってホラーっぽい終わり方した読み味自体もそれはそれで面白かったです。
 ──お話としてのシナリオとネタとしての面白さが事故起こしてると思いますね。
 ただ、正直これまでの参加作品の中で一番笑ったのでその部門では完全に勝ちです。面白かった。いやほんと、めちゃくちゃ笑いした。
 またいつか、更に強度を固めたりしゅうさんの尖った笑いを届けてもらえると嬉しいです。

85:もう一度君に会うために/執事

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ノンフィクションと銘打ったフィクションのミステリー小説……というよりも恋愛ものの側面が強い作品でした。
 儀式を試したら超理想の美人メドゥーサがいて、彼女と再び会うために「五人に儀式を伝えなければいけないが実行させてはいけない」というものでした。
 メタフィクションは難しいので、それに挑戦しようとするのはすごい。
 大切な勝利条件のところ、主人公の一セリフの中で一人称がブレたり、蘭子という人物がホノカと呼ばれているのが誤字なのかわからないなど幾つかのケアレスミスや説明不足すぎる部分があるので、作品を書いた後に各登場人物の一人称や、キメセリフ、物語の根幹となる条件の部分などを意識して見直すと作品の完成度もグッと上がると思います。
 全体を通して淡々と物事が進んでいくのですが、せっかくの一人称小説で、メドゥーサちゃんも読むという設定なので、ここは一目惚れをしたという説得力を活かすためにもメドゥーサちゃんの魅力を執拗に描いた方が執筆者(と銘打っている主人公)の行動の説得力になるかもしれません。
 メタフィクションに挑戦するぞという心意気と、ミステリーで謎を考えるぞという意気込みだけで既にすごいので、これからも創作を楽しんでくれたらいいなと思います。

謎の概念:
 メタネタですね。こむ川が「必ず三人が最初から最後まで読み通す」という企画であることを利用して、願いを叶えようとする話。
 誰も思いつかないというほど独創的なアイデアではありませんが、アイデアの種としては悪くはない水準です。ただ「なるほど!」と納得できるほど設定を詰められているかというとそうでもなくて、わりと細部が気になります。
 冒頭「性急にこれを誰かへ見せなければいけない理由があった、それも出来るだけ多くの人に」とあるのですが、ここは設定と矛盾しますよね? 香苗の目的は「真に受けられない程度に、ありのままの真実を、五人だけに話す」であり、ジャスト五人が難しいにしても、出来るだけ多くの人に読んでもらいたいわけではない。五人以上かつ、なるべく最小を狙っているはず。「別に地球とここの時間軸はリンクしていない」は、香苗にとっては後から分かったことなので、一話投稿時点の彼女の動機付けには影響せず、辻褄を合わせられていません。
 また、条件は「ここでの出来事と儀式の内容を五人以上に伝える事」であるはずなのに、ホノカ(ところで「噂を流したのは私の親友である蘭子」とあるのに、途中からホノカに名前が変わっていますね? 同一人物? 別人?)が流した噂には「それに連れ去られたら二度と帰ってこれない」などの「ここでの出来事」に反するものがあります。これでは香苗が儀式を実行しなくとも、最初からホノカは条件をクリアできていないことになります。
 ホノカ自身が話したことではなく、噂についた尾ひれということかもしれませんが、条件に「ここでの出来事を伝える」がある以上はホノカも事実を話したはずで「二度と帰ってこれない」とはならないのではないでしょうか。「ここでの出来事を伝える」という条件が、このストーリーと根本的に食い合わせが悪そうです。
 バルの見た目に関しての記述は香苗の主観的な「かわいい」しかないので「噂話には嘘はなく事実である」が確定していると「それはブツブツとした穴の集合体である」も事実ということになり「香苗が一目惚れした相手はブツブツとした穴の集合体の化け物」ということになって、一種の叙述トリックが成立するのですが、前提に偽の情報が紛れ込んでいるせいで、ここはどちらを狙ったのか分かりません。バルはかわいいんでしょうか? 穴の集合体なんでしょうか?
「小説としてこむ川に投稿してしまうのがベストな選択だった」に納得感が生まれなければメタネタとしての説得力が出ないので、ガチで「こむ川に投稿するのがベスト」になるように逆算して条件を設定できればよかったかもしれません。

謎の巡礼者:
 メタネタ。
 ノンフィクション風──というわけでもないですが、ノンフィクションという体で綴られている小説で、こむら川小説大賞に投稿することを見越したメタネタにしているのは割と好印象。アイディアも面白かったですね。
 主人公が恋したメデューサさん、多分見たらSAN値が削れるタイプの人外だと思うのですが、主人公主観の「一目惚れした」の事実があるのみで、容姿の情報がないのは意図的なのでしょうか。
 序盤で「脳みその茹った匿名掲示板のアホ共と彼女を合わせるわけにはいかない」とあって、某匿名掲示板のアホ共はあれで賢いぞ、と思ったのですが、読んでいくと納得。恋した相手の情報を匿名掲示板には流したくはないですね。
 作品としてのギミック自体は面白いのですが、肝心のメデューサに再会する為の条件が伝えられる場面に誤字があったり、友人の名前が途中から変わっていたり、全体として推敲不足の節が見受けられるので、そこはよく見直しましょう。ノンフィクション小説なので、急いで書いたせいで誤字脱字が多いという言い訳がたつところもありますが、流石にこれは意図的なものとは思えないので。私自身も身につまされることではありますが、細部が疎かになっていると、せっかくのわざを凝らした作品内容自体まともに受け取ってもらえなくなる可能性がありますからね。
 ──いや、それさえ見越して儀式を行わない為の仕込み? とか深読みのしようもあるなあ、などと感じましたが、これは私が変な深読みをする阿呆なせいなので、まずは作品をちゃんと受け取られる努力を!
 読者を楽しませてやるぞ、という気概は存分に伝わってきたので、誤字脱字に気をつけつつ、また色々とギミックを考えてくれると嬉しいです!

86:空の彼方で/鍵崎佐吉

謎の有袋類:
 前回はホワイトノイズで参加してくれた鍵崎さんです。参加ありがとうございます。
 今回は月で暮らす人々のお話でした。
 軍隊や殺戮兵器を使わずに比較的平和に生きている月と定期的に連絡を取っている地球という関係性がおもしろかったです。
 なぜ地球のいざこざなどに関わらないでいられるのかということや、月で生まれ育った人が比較的平和な気質なのかという部分、月に人類が住み始めて何年くらいなのかなど少しだけ背景が見えると更に世界に対しての説得力が生まれたのかなと思います。というか、僕がこういう設定面が好きなのですごく気になるというのが大きいのですが。
 それぞれの登場人物の名前が国際色豊かで、世代を重ねている内に同じ言葉で話すようになり色々な文化が混ざり合っているのかななどと想像の余地がある部分も好きです。
 地球に戻りたいと暴動を起こした人たち、平和を守りたい月の人たち、そして滅びた地球……。
 ゆっくりと破滅していくのか、それともここからなんとかなっていくのか。試行錯誤を重ねながらなんとかなって欲しいなと思える素敵なラストでした。

謎の概念:
 地球から月を攻撃するには最低でも地球脱出速度を超える必要はあるけれど、月から地球を攻撃するには適当に質量を投げ込むだけでいい、という部分は意外と盲点で「なるほど!」となりました。月は地球の衛星で、従属物、付属物のイメージがありますが、たしかにポテンシャルてきに優位な位置にありますね。そりゃ、山の上と山の下で大砲の打ち合いをするなら、上にいるほうがより有利です。月と地球が戦争すれば余裕で月が勝つ! というのはなんとなくの直感に反するので、そのように説得されると面白さがあります。
 でも改めて冷静に考えてみると、その環境が成立するのはわりに限定的な条件下であるようにも思えます。先ほどの例で言えば、山の上と山の下で大砲を打ち合えばそれは最初は山の上のほうが有利ですが、おそらく徐々に追い詰められていくでしょう。いわゆる籠城戦と同じ状況になるからです。地球と月では月のほうがリソースてきに不利なはずなので、まさに山の上の籠城戦を宇宙規模でやることになるでしょう。あまり現実的な提案ではないようにも思えてきます。
 このへんの疑問にちゃんと説得的な設定が用意できているかというと、ちょっと緩いですね。仔細に読んでいくといろいろ気になるところが出てきちゃう。でも、辻褄が合うように設定を詰めていくよりは、そんな細かい話が気にならなくなるくらいに物語のほうを派手にして目くらまししてしまったほうが、たぶんいいです。往年の名作SFも、わりと設定ガバガバなので。
 計画を知った主人公がまったく葛藤なく即断で情報をリークし、そのせいで暴動が起き、またわりと葛藤なく「仕方ないよね、人間だもの」みたいに落ち着いているのは、いくらなんでも図太すぎに感じました。住民の一割が地球人という人口構成で情報をリークしてどんな反応になるか、主人公がまったく考えなしっぽいので心情的に応援しづらいです。
 現状だとヒロインにもあまり物語上での役割がないので、主人公と彼女で「リークすべきだ」「そんなことをすればどうなるか」みたいなディスカッションをさせつつ情報を提示していけると良かったかも。
 人類の命運を左右するほどの大きな決断ですから、もっと主人公に葛藤させたり苦渋の決断をさせたほうが説得力が増します。

謎の巡礼者:
 地球の滅亡と、それを見下ろす月の人々の内戦のお話。面白い。良いですね。
 短編の中でもSFは仔細な設定を考えたとしても提示する機会がない為、発想勝負になってくると思っているのですが、本作はしっかりとシンプルかつ興味の引く設定だったと思います。
 逆に、月の詳細についてはもう少し伏せても良いのではないか、と。たとえば「月において地球の政治情勢などに興味を示す者はほとんどいなかった」とありますが、そうなるまでの月の歴史などが気になってくるとお話を追うノイズになってくるので「地球滅亡」「月は地球と連絡が取れない」「月にいる月生まれと地球生まれの衝突」に関係する以外の技術的な設定提示はいっそのことオミットしてしまった方が私は好みです。そうすることで本作で描き切れなかったであろう主人公の心情描写や、月と地球のドラマに文字数を割くこともできます。情報が足りなすぎて読み取れないのは問題ですが、設定を語らないことで読者の想像の余地を残すことも大事です。
 最後、地球からの通信で物語が閉じるのもすごい好きです。これから彼らがどんな道を辿るのか、これもまた想像の余地があり、読者にも自分だったらどうするか問題提示するような終わり方なので。
 これから問題だらけだし、月に残された人類ができることも限られて来るかもしれないけれど、彼らには地球から託された一握の希望を抱いて未来へと歩んでいってもらいたいですね。

87:悪魔と駆ける夜明け前/木古おうみ

謎の有袋類:
 領怪神犯2発売おめでとうございます! 前回はどことなく色気の漂う義兄のお話と、因習村のお話で参加してくれたおうみさんです。
 クズの方のケーンとバカの方のケーン、めちゃくちゃに良い組み合わせ……。
 最後の悪魔を出し抜くシーン、王道なのですがマジでめちゃくちゃにかっこいいですね。
 やはり自分が有利だと思っているやつがダマされてやられるというのはとても良いものです……。
 一話一話の引きもすごく良くて連載で追ってる人も一気読みした人も楽しめる構成なのがよかったです。
 一つだけ難癖のようなことを言うなら、シスターメリッサとの電話部分で一瞬だけセリフが誰のものかわからなくなったので、「何か隠していないでしょうね」「悪魔と関わる際の三箇条は覚えていますか」の間に地の文か何かを挟むとスッと入って来るのかなと思いました。
 本当に難癖のようなもので、全体を通してめちゃくちゃに面白い作品でした。バカの方のケーンも底抜けのお人好しで力もあるという魅力的なキャラクターなので連載などでも読みたいです。クズではない方のケーンがこうなった理由とかもあったりするのでしょうか? あってくれるとうれしい。
 僕は顔が良くて育ちと口の悪いクズ男が好きなのですが、その点でもめちゃくちゃに美味しかったです。
 参加ありがとうございました。 

謎の概念:
 読後から振り返ってみると、エリアスとテオのバディがいいですね。ただ、このお話では冒頭からテオが死んでいるので、バディのよさが出てくるのに後半のエリアスの回想まで待たなければなりません。序盤からふたりの「仲良くケンカ」が提示されていると、より感情移入できたかもしれません。
 とはいえ、テオはいきなり死んでるほうがロケットスタートではあります。なので子供のころのエピソードだけでなく、もうちょっと最近の、エクソシストのバディとしてのふたりの掛け合いが、序盤に回想で入っているとよかったかも。
 バディが死んでいるので、最初から最後までエリアスのひとり相撲で進行するのですが、彼がなかなかいいキャラをしているのでダレることなく最後まで読み進められます。チョイ出のメリッサも胡乱なキャラなので、ここまできたら悪魔ももうちょっと個性が尖っていてもよかったかも。
 悪魔と駆ける~というタイトルのとおり、事実上この話では悪魔がテオの代打を勤めているのですが、存在感が薄く、バディを張るには個性が弱めです。盛っていきましょう。エリアスひとりでお話を牽引できているのは大したものですが、基本はやはりモノローグよりダイアログのほうが楽しくしやすいです。
 最終的にはテオを生贄にしてテオを呼び戻すみたいな借金の踏み倒しみたいなことになっているのですが、この処理がどうして成立したのか、わたしはいまいちよく分かりませんでした。わたしの理解力の問題かもしれません。
 悪魔は厳格な存在っぽいので、たぶんなにかルールの穴てきなものを突いたということだと思うのですが、もっと丁寧に説明があったほうが分かりやすかったかなという気はします。

謎の巡礼者:
 先日、領界神犯の2巻目も書籍となった木古おうみさんの作品。本、書いました。報告。それはそれとして本作講評です。
 悪魔祓いをしている主人公の相棒が死んでいるところから始まるお話。主人公は当然相棒を助けようとするわけですが、こいつが悪態つきまくりで、一方の死んだ相棒はめちゃくちゃ聖人という凸凹コンビなのがわかってくる構成がとても良い。これは単純に自分のヘキですが、こういう作品内でとある登場人物の大事な人の情報がある程度伏せられていて、周りの人の証言からわかるような話もだいぶ好きなのです。
 ファミリーネームが同じだから電話で上司にシスターメリッサに「クズの方ですか、バカの方ですか」って聞かれ方すんの、めちゃくちゃ良いな。こういうちょっとしたやり取りで登場人物の関係性が垣間見えてくるのは楽しい。
 相棒の片割れは終始ほぼ死にっぱなしで、代わりに悪魔がずっと主人公の横にいるという状況なので、一風変わったバディ物といった趣きなのですが、であるならば悪魔にはもっと喧しく誘惑を囁いてもらうと嬉しかったかもです。現状だと必要最低限のことしか喋らない単なる舞台装置になってしまっている気がするので。
 悪魔の裏をついて悪魔に退場してもらい、相棒を取り戻すくだりもやっぱり格好いい。やはりエクソシストはこうでなくては。ただ、この辺りのギミックの説明が最後に解決編みたいな総括としてあると親切だったと思います。悪魔が時間軸関係なく願いを叶えられる奴なので、悪魔の取引の起点がそもそもどこにあるのかが判じにくく、せっかくの悪魔祓いのカタルシスが薄れてしまっていると感じました。なお、ギミック自体はめちゃくちゃ好きです。やっぱり超常存在には時空なんざ屁みたいに扱ってもらってなんぼ(諸説あり)。
 ちょっとダーティなエクソシスト作品としての魅力もこの作品特有のモノなので、そうした部分も存分に堪能させていただきました。最高のバディと最高の物語をありがとうございます!

88:やどかりの夢/灰崎千尋

謎の有袋類:
 前回はファンタジー世界を廻る物語、巡楽師ディンクルパロットの日誌を書いてくれた灰崎さんです。参加ありがとうございます。
 灰崎さんのしっとりとしたお話だ! こういう鬱エンド系にしっとりとした細やかな描写がつくと一気に艶めかしくなりますね。ヒモ適正が強く育ってしまった男の物語、とても良い。
 僕は技術論とかはわからないのですが「食べかけのカレーが、ごはんもルゥもカピカピに乾いていた。お前はテーブルに頬杖をついて、その皿に目を落としていた。」ここがめちゃくちゃに好きでした。
 エモ。細やかな感情の移り変わりなどがわからない僕なのですが、こういうことがあり冒頭に繋がるのかーとなんとなくわかるので良いなと思います。
 せっかくの「やどかりの夢」というめちゃくちゃに良いタイトルで、タイトル回収もうまいのでどこかに実物やどかりの話題を出すとタイトル回収力が更に強まるかもしれないと思いました。
 講評なのでそんなことを言ったのですが、僕はこの作品すごく好きなのであんまり気にしなくていいかもしれないです。
 温度感というか、湿度と色気のある文章を書けるのは、灰崎さんのめちゃくちゃに強い武器だと思っているので、これからも色々試しつつ強みを更に磨いていきましょう! 中編長編にもレッツチャレンジ!

謎の概念:
 エモですね! めちゃくちゃよかったです。
 語り部はあまり感情的なタイプではなく、最初から最後まで一貫して抑制的な筆致なのですが、それが余計にエモを盛り上げている感じです。たぶん安達くんが死んで悲しいとか辛いとかじゃなくて、安達くんが死んだことにここまで狼狽えている自分自身に自分で戸惑っているんですね、笹井くん。
 安直に恋愛感情にせず、宙ぶらりんに吊るしているのも良いバランス感覚です。
 古い価値観かもしれませんが、やはり男性は自身の感情について直接的にベラベラ喋るよりも、言外に匂わせているくらいのほうがかっこよく見えますよね。背中で語るてきなやつ。
 笹井くんが見る夢で始まるお話なのですが、タイトルは「やどかりの夢」で、この場合やどかりはヒモの安達くんを意味すると思うので、安達くんの夢についても語られているとタイトルのダブルミーニングが成立したかもしれません。たんに平穏にヒモ生活を続けていきたいのか、それともなにかしらの夢があるのか、そのへんの安達くんのスタンスもあまり見えてこなかったので。あるいは、笹井くんにもなにかしら、やどかりてきな属性をつけるか。
 過去エピとしてさらっと流されていますが、ヤングケアラーなどの社会問題とも接続可能で、批評性まで纏えるポテンシャルもあると思います。
 現状でも十分な完成度ですが、リライトで天下を取れるレベルまで高めることも可能な題材だと思います。

謎の巡礼者:
 しっとりとした灰崎さんの文体で描かれる元同級生のブロマンス!
 死んでしまった男に語りかける二人称の作品ですが、これが存分にエモを演出していて申し分のない作りでした。
 非常に良かったです。個人的に三浦しをんのまほろ駅前多田便利軒などが好きなのもあって、こういう「昔はそこまで密な仲じゃなかったが、ある日押しかけてきた元同級生とのブロマンス」みたいなのめちゃくちゃ好き。
 やっぱり灰崎さんの短編には唯一無二の良さがあるなと再確認したのですが、一応講評らしく引っかかったところをば。
 笹井にとって、安達とのお試しの一週間がとてつもなく心地が良かったというのが語られており、実際こうしてその短過ぎる期間一緒にいただけの男を忘れられなくなるくらいではあるのですが、その一週間が過ぎたことがさらりと語られるので、何か語り部にとって思い出に残るようなエピソードがもう一つくらいあった方が彼の語りにも確かな説得力がついたように思います。タイトルが『やどかりの夢』とこれまた素晴らしいネーミングなので、お姉さんたちの宿借を繰り返していた安達くんのことじゃなく、リアルやどかりを絡めたエピソードなんかがあっても良かったかも。あまり長くし過ぎても今の構成バランスが崩れる可能性もあるとは思うので、さりげなく。一週間って意外に長いので。
 また一つ好きな灰崎作品が増えてしまった……。嬉しい。
 これからも灰崎さんが素敵な物語をたくさん描いていくのを応援しています。

89:水面の君を、僕だけが知る。/芥子菜ジパ子

謎の有袋類:
 ベビードールを書いてくれた芥子菜ジパ子さんの二作目です。
 ベビードールでも筆致の強さを見せてくれたジパ子さんなのですが、三人称視点の作品もすごく素敵ですね。
 告白のシーンから始まり、伝奇のような話に繋がっていく部分や、主人公の秀実の恋心や多感な年頃故の心の揺れがすごくおもしろかったです。
 実在する人魚に話しかけるとどうなるのかもすごく気になりました。これは書いて欲しかったと言うよりも想像の余地があっておもしろいなという意味です。
 一つだけ何かを言うとしたら、序盤でマリさんが人に触るのを最近避けているか、触れようとしてそれを避ける的な人に触れると火傷をするのでそれを避けている描写を入れると、事実が判明したときに気持ちが良いかなと思いました。
 でも、これは本当に難癖みたいなものなので気にしなくてもいいかも。
 これから百年か二百年、ずっとマリさんは一人で川にいることになるのか、それともこれから先何かが起きるのか……。良い最後でした。
 初恋は実らないっていっても、こんな振られ方をしたらずっと引きずるじゃん……というのも含めてすごく好きです。

謎の概念:
 文章は非常にゴージャスで良いのですが、年端もいかない、しかもまだ自我が確立してなさそうなややぼんやりした雰囲気の少年が、校舎裏で同級生の少女に告白するシチェーションを描写するには、ちょっとゴージャスすぎて上滑りしている感じもします。
 作中で明示されていなかったと思うのですが、おそらく中学生ですよね。高校生にしてはちょっと幼い感じ。というかこの少年は、中学生にしてもちょっと子供じみた雰囲気です。中学一年生でしょうか。
 三人称視点ですし、地の文は地の文なので少年が喋っているわけではないのですが、いちおう視点は常に少年にあり、少年の立場から世界を描写しているので、地の文も彼の語彙を大きく逸脱してるようだとちょっと違和感を覚えます。ゴージャスな文体が扱えるのは武器ですが、モチーフによって微妙なさじ加減を変えていけるとさらに良いと思います。
 お話のほうは、水多さんがこの物語の設定を説明しただけで終わってしまっています。少年もゲロ吐いてはいそうですかと引き下がっているようでは、物語の主人公を張るには物分かりが良すぎでしょう。尻切れトンボで展開がありません。同じエンドに落とすにしても、もっと少年を無様に足掻かせましょう。
 少年の初恋ですから、相手が龍神だろうと世界だろうと、前前前世から君を探して全力で何光年でも駆け抜けろ!

謎の巡礼者:
 少年が恋した女の子に告白したら、その女の子が人魚で失恋した話。
 思春期の男の子が好きになった相手は、自分なんてどうしても手が届かないような世界の理に触れるような相手でした、というのはジュブナイルの定番ですね。本作も、そうした二人を人魚というモチーフを使って重厚な世界観を演出し、素敵な筆致で魅せてくれていました。
 ただ、物語としては動きがなさ過ぎる気がします。お話としては告白した相手にフラれた上に、なんか壮大な世界の話を聞かされるという物語なのですが、屋上だけで物語は完結しており、そのほんの瞬間の出来事が人生の中に針を落とす、というのも確かにエモではあるのですが、それにしては代替わりの人魚である彼女の事情が大きく、単に少年が告白をしてフラれた話とのミスマッチを起こしているように感じました。せっかくだから動かしましょう。悲恋は悲恋で良い。彼女が人魚になってしまうラストもそれで良い。でも、主人公の少年はもっともがけるはず! と思います。
 ところで人魚とは言うけれど、姿格好は普通の人間と同じである、というのは滅茶苦茶良いですね。見た目は同じなのに超常的で、はるかに手が届かない存在、とても良い。
 彼女が少年に告白されて嬉しかったから真実を明かしてくれたといっても、こんなんもう呪いみたいなもんですよ。いえ、確かに少なくない人にとって初恋の失恋は呪いみたいなものなので、本作はそれをファンタジックに十二分に描いてくれた作品とも言えますね。
 悲しく切ないお話でしたが、読んだこちら側にもどこかに何かを残してくる、そんな物語でした。

90:夏、便意、ギャル/楽々園ナタリー・ポートピア

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 タイトルからも分かるとおり、うんこの話でした。うんこをしたいのに教室から出られない! という逆境。やはり逆境と言えばうんこを思い浮かべる方が多いのでしょう。
 体の中にミニチュアの教室があり、それと今二人がいる教室は連動しているので横になったりすると教室が傾くという設定なのですが、「なるべく早く尻からひり出す為に俺も徐々に四つん這いの状態で這いつくばって前進する」と書いてあって教室は大丈夫なのか? とそわそわしました。ここの補足があると更にいいかも? と思うのですが、細かいことはまあどうでも良いです!
 他人のケツから出ているうんこ的なものを素手で掴むギャル、オタクに優しいギャルどころではない。女神ですよ。
 めでたく二人は付き合えて、本当に良かったです。このまま結婚して欲しい。
 主人公のアナルのダメージが心配ですが、このギャルならきっとケツに薬も塗ってくれることでしょう!

謎の概念:
 うんこやね。この企画もだいぶ後半戦やけど、相変わらずうんこ漏らすやつはおるんやね。やっぱり中年男性(断定)にとって「逆境」といえば、まず「うんこ漏れそうなシチェーション」やし、「うんこを漏らさない」というのが中年男性に残された自尊心の最後の砦なんやね(n回目)
 この企画でうんこ漏れそうな話はもうn個めなんやけど、タイトルの時点でうんこの話やって明示してくれてるんは親切でええと思うわ。読むほうも「またうんこの話なんやな」って覚悟きめて読めるからな。
 ほんでお話のほうなんやけど、学校でうんこしたらバカにされるんはたぶん小学校くらいまでやと思うねんな。高校生男子やと、逆に女に「どこいくねん?」って訊かれたら、堂々と「うんこや!」って答えるんが男らしいくらいの価値観にアップデートされとるんや。さすがに中高生にもなってウンコマンいじりはないんちゃう? 思春期の価値観の変遷はややこしいんやね。
 たぶん中年男性(断定)にとっては遠い過去の出来事すぎて、小学生から高校生までの思い出がぜんぶ混然一体となって「学園生活」っていうフォルダに入ってしまってるんやな。去年と一昨年の区別もあんまつかへんし、光陰矢の如しやね。
 おしりの穴から教室のミニチュアが出てくるところは、正直よく分からんかったわ。まあでも、おしりの穴から教室出した俺とも付き合ってくれる原口は、器がでっかいオタクに優しいギャルやね。たぶん、うんこ漏らしても受け入れてくれるんとちゃうかな。知らんけど。

謎の巡礼者:
 なんなんだよ!
 先に言っておきますね。なんなんだこの話!
 良い意味で言ってます。
 タイトルの通り、このお話はうんこです──やはり逆境とはうんこなのか?
 尻から出て来るモノを引っ張り出すギャルの図、意味わかんねえ。シュールだけど絵面を想像したくない。こういうのをポンと書けちゃうところ、小説の良さですよね。映像化だいぶムズいから……確実に年齢制限はつく。
 バカの脱出ゲームみたいなお話だったのですが、バカのギミックの説明は全くないのが潔いですね。下手に説明されても萎えますしね。
 そして気づきましたがKUSO小説としての成立がしっかりしているので逆に言うことがないですね。完璧でした。そしてうんこ部門の中でも最も不条理な話でしたね。
 そして本作の魅力はなによりギャルの原口さん。愉快で良い。どう考えても最初から主人公に惚れてるだろうこれは、みたいに思えるところをスルーする主人公の様子は鈍感系ラブコメ主人公のそれですが、だったらいっそのこととことん鈍感に見える描写がたくさんあっても楽しかったかも。いや、ただでさえバカギミックしてるのに余計に要素を増やしたらネタが渋滞するか……? 漏らしそうなことをカミングアウトした瞬間に「ウンコマンじゃん!」と爆笑する原口さん、バカ。あのシーンでお前らお似合いのバカだよ、と思いました。
 末長くお幸せに!

91:事の起こり/成れの果て/ナツメ

謎の有袋類:
 闇の評議員全員に何故か男女カップルだと思われていたイン・ジ・エンドと、ホラー×配信者の【生配信】夏だし怖い話するぞ〜!を書いてくれたナツメさんの参加です。参加ありがとうございます!
 今作は小タイトルの日付が鍵になっているお話でした。
 なんとなく語り口がちがうのでそうかなーと思っていたのですが、アキラさんのことを男性だと思っていたので「そういうことか!」となりました。
 おもしろい仕組みなのですが、アキラさんの性別を疑えそうなヒントがもう少しあると更に読み終わった後のすっきり感が強くなるかも? と思いました。
 一方的な思い込みによる同性のストーカー事件、じわじわとヤバくなるストーカーの人が、アキラさんに話しかけるコーヒーショップのバイトの男子にめちゃくちゃに嫉妬するシーンが個人的にはめちゃくちゃに好きです。
 またこうして作品を書いてくれて本当にうれしいです! これからも色々なことに挑戦するナツメさんのことを応援してます&次の作品も待っています。

謎の概念:
 叙述トリックですね。正直、予想の範囲内でおどろきませんでした。
 性別誤認は手垢がつきすぎているので、今さらそれ一本で物語のオチにできるものではありません。それ抜きでも成立するおかしみを提示したうえで、追加のおまけ要素くらいに考えておいたほうがいいでしょう。
 各章の末尾と冒頭がリンクするのですが、これは各章の語り部を同一人物と誤認させようとしたのでしょうか? でも誤認するともう話の筋が通りませんし、よく分かりません。ミスリードやレッドヘリングはしっかりと意図を持って、意図した通りに効果を発揮させないといけないので、ちょっと手つきが雑に見えます。
 勘違いストーカーに追いかけられるサイコサスペンスとしても、回想シーンを除けば実際に起こっている出来事は、主人公がトイレにこもる→扉をぶち破られる、だけなので、ちょっと動きが少ないですね。
 ピンチに陥る→なんとかしのぐ→ひと安心かと思いきや別の方向からくる、という風に、現在軸の物語にも動きをつけていったほうがより良いでしょう。
 書ける基礎体力、読ませる文章力はすでにあるので、曖昧にただ読者を驚かせよう小手先のギミックをいじくるのではなく、まず読後にどんな印象を残したいのかを固め、登場人物のどんな感情を描きたいのか、物語のテーマを定めてからのほうが、小説的体幹が引き締まると思います。

謎の巡礼者:
 二人の語り部の視点が交互に、時系列も入り乱れながら物語の全容がわかってくるスリラー小説。
 最初の時点では語り部が二人であることには到底気付けないけれど、読み進めるうちに違和感を覚え、最後には各話のサブタイになっている月が片方の視点は過去から未来、もう片方は未来から過去に続いていることがわかる、という仕組み。一種の叙述トリックですね。一度読んだだけでは全容が把握できない作りの為、読み直して気付きましたが、語り部の一人であるアキラさんが実は女である、というのも重なって、二重の叙述トリックになっているんですね。割と複雑な構成なのですが、あまり混乱することもなく読み進められたのは、ナツメさんの丁寧な筆致の為なので、この作品、純粋に文章が上手い。
 ただ、やはり叙述トリックを二重に仕込むというのはやり過ぎな気がするので、どちらかを削いでおいても良かったように思います。せめてアキラさんの「私、女なんですけど」という読者目線では衝撃のタネ明かしを演出している部分をさらりと流してしまうとか。男と見せかけて実は女だったのネタは確かに叙述トリックとしては鉄板ではありますが、鉄板ゆえに「だから何?」で終わってしまうところがあります。後は一人称を「私」と「わたし」で分けてみるとか。叙述に違和感を覚えるのが途中から、というのが作品としては不親切だし、特に面白みに繋がっているかというとそういうわけでもないと思うので、ここは違和感を抱くきっかけが分かりやすくても良かったと思います。
 被害者のアキラさんがストーカー刺される瞬間に幕を閉じる後味の悪い読後感は嫌いではなかったです。
 ストーカー側の自分勝手な思考のエミュも丁寧で好き。被害者側とストーカー側との語りの空気感が明らかに違うことが、本作に違和感を覚えるネタになっているの、それを演出できる文章力があってこそのものなのでポイントが高いです。
 短いながらに凝ったギミックを楽しませてもらいました。

92:坂道/垣内玲

謎の有袋類:
 第四回振りですね! 参加ありがとうございます!
 垣内玲さんのかなめ先生シリーズだ! 人生につかれている気味なかなめ先生が、主義主張の違う先生とちょっと悩みながらどうしようかなーと愚痴るお話。
 かなめ先生なりに寄り添いたいし、ためになることを残してあげたいと思いながらも生徒の負担を気に掛けたり、相手の先生の方針をわかりつつも譲れない部分があることに葛藤をしている様子がよかったです。
 小説なので、後半のかつての教え子との邂逅&会話でかなめ先生が何かを掴んで少し良い方向に行くと読後感的にもテンション的にもあがるのかな? と思いますが、少しだけの心の変化であとはまた連絡を取らなくなるだろうっていうドライな結末もなしではないので好みの問題かもしれない。
 落ち着いたり時間が出来たら先生シリーズを長編にまとめてもいいかもしれないなと思います。
 リハビリとのことなのですが、こうしてまた作品を書いてくれてうれしいです!

謎の概念:
 なんだかつらつらとしていて、ぼんわりとした読後感でしたね。とりあえず、お題である「逆境」な雰囲気はあまりなかったです。
 たぶん、あんまりオチとかも決めずにつらつら~と書き始めて、書いたら書けちゃったみたいな感じなんだと思うんですけど、それだとどうしてもぼんわりとした読後感にはなってしまいます。
 短編小説というのは……というか、一万字未満というのは括りとしては一般に掌編になるかと思うのですが、なんにせよ短ければ短いほど、エッジがするどいほうがいいです。
 ガッ! と踏み込んでザッ! と斬りつけるみたいな、辻斬りのスタイルですね。それで、最終的にはすべての要素が、洗面所の排水溝に流れていく水みたいに渦を巻いて一点にスルンと収束するのが理想です。
 つらつらとしたお話や、抽象的で重層的で複合的な厚みのあるお話などは、掌編規模ではやりにくいです。基本的には、厚みを出すには絶対的に文字数が必要なので。稀に掌編規模でつらつらとしたお話でも強烈な印象を残す人もいますが、そういうのはどちらかというとカテゴリーとしては小説より詩に近づく気がします。
 わりと実直な文体なので詩の技法の方向性を目指すのは違う気がしますから、お話のエッジをするどくしていくほうがいいでしょう。
 今回のお話にはいくつかのテーマが混在しているので……たとえば、教員や講師といった職業の待遇の不遇さや理不尽さですとか、発達障害持ちの子にたいする教育の難しさ、あるいは主人公の無自覚な偏屈さや傲慢さなど。このうち、描きたいものとしてプライオリティが高いものひとつに絞ってしまって、他のエピソードはいったん脇においたほうが、まとまり感がでると思います。
 現状だと、ああこういう話がこれからはじまるのね? と思ったら、それは途中でほっぽって別の話がはじまって、結局とくに回収されないみたいになってるので、一体なにを読まされたんだろう? となります。
 主人公がちょっと厭世的な雰囲気で、表層的な会話しかせず、ガチで人とコミュニケーションを取らないのもあまりよくはないですね。基本的には、語り部のモノローグでばっかり話が進むよりは、他人との関わり、ダイアログで進行していくほうが楽しい読み物になりやすいです。

謎の巡礼者:
 フリースクールに勤めるかなめ先生の、日々の苦悩を描いた作品。
 私も本業は教育業界の末端に座している一人なので、かなめ先生の葛藤や悩みのリアルさにうんうんと頷きながら読みました。
 学力社会が長かった日本において、令和の時代、子供たちが本当に学ぶべきこと、教育者が指導していくべきことはなんなのか、今はそれが問われている時代なのかもしれません。かつては(というか今も)「成績が上がらないのは講師の責任」として子供たちの学力を上げていくことを売りにしている塾なども少なくありませんでしたが、結局それも小手先のテクニックであったり、刻一刻と変わる社会情勢を鑑みた時、教育に正解などないのだということをつくづく感じさせせられます。かなめ先生はその中でも学力主義の方に偏っている先生で、発達障害の生徒が通うフリースクールだからこそ、その自身の考えが邪魔になり、結果うまく行かずに自虐的になっているというのもリアルでよく考えられた設定だと思いました。いるんだよな、こういう先生……気持ちはわかる。
 ただ、物語としては大きな動きはなく、ただただかなめ先生が苦悩しただけで終わっている印象でした。これがブログならうんうんと共感するだけで良いのですが、小説である以上、何らかの物語ないし語り部の心の動きが欲しい。教育に正解はありませんが、かなめ先生自身の教育論はあるはず。かつての教え子との再会で、それを取り戻して前に進んでいく、など目に見えて動く物語があると、リアルな教育者の苦悩と物語が呼応して、なお面白くなったのでは、と思います。
 かなめ先生がんばれ。まずは森村先生や他の先生と連携をとるところから始めてほしいですね。

93:逆境探偵 逆瀬川京介~最後の逆境~/海月 信天翁

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 逆境探偵の逆境は証拠品が見つからないことではなく、自分が犯人だったというオチでした!
 コミカルな話の流れで、天丼もおもしろかったです。
 物語の中は自由! 細かいことは気にするな! とも思うのですが、それはそれとして流石に事件があった屋敷の被害者がいた部屋の机の引き出しに無造作に入っている拳銃をたまたま見つけてしまうのは警察が無能すぎる! と驚いてしまう場面があったので最後のオチの部分で「警察と助手が自首を促すために仕込んでいた」などのフォローがあるとお話の中のリアリティラインが上がって、とんでもな状況に読んでいる側も納得しやすいかもしれません。
 突然銃が見つかることや、部屋が見つかって探偵が慌てるというシチュエーションはめちゃくちゃにおもしろいので、そういうコミカルな部分を残しつつ、辻褄合わせをしていくと作品の世界がグッと飲み込みやすくなると思います。
 あと、これはすごく些細なことなのですが、「」内での改行は地の文とまざってしまって読みにくいので、確固たる信念がない場合はお作法的にも「」中での改行は控えた方がいいかも?
 細かなことは置いておいて、とにかく作品を書いて完成させることや、コミカルな作品で笑い所がおもしろかったり、好きなことを書くのはめちゃくちゃにすごいことです。
 アイディアや話全体としてのまとまり、オチなどはよかったと思うので、このまま楽しく創作を続けてくれたらうれしいです。

謎の概念:
 ミステリーの皮を被ったワンシチュエーションコメディですね。
 名探偵が関係者を集めて、のところから始まるので余計な説明パートがギュッと圧縮されていて展開が早く、コメディとの相性がいい。異常に端的な状況説明も、助手の有能さを示すエピソードを兼ねているので無理がありません。
 主眼はコメディなので笑えればなんでもいいから、ミステリーてきな細かな辻褄とかは基本的にどうでもいいんですけど、キーとなる肝心の証拠が捏造の手記というのはさすがに雑すぎかもしれません。どうも警察が異様に無能な世界観というわけでもなく、科学捜査もちゃんと仕事しているようですしね。
 追い詰められた状況で、どうにか挽回しようと主人公がガチャガチャやればやるほど、かえってどんどん追い詰められていく、というのがこういう系の定番の運びなので、次々と出てきてしまう未知の証拠品が「今回の事件には関係ない!」ではなく、回り回ってだんだん主人公が追い込まれていく、みたいな作りになっていたほうが、まあ完成度は高いでしょう。
 最後の有能な助手による逆転劇も「最初からぜんぶ隠しカメラで撮影されていました」はいくらなんでもなので、ビシビシと証拠を突きつけられて苦しくなっていくほうが気持ちいい展開かもしれません。
 でもコメディなのでお話の完成度が必要かというとそんなことはないから、全力で笑いに注力したほうがいいかもですね。お話の基本構成は良いので、もっと笑いを盛れると最高でしょう。
 9割がたワハハで進行するのに最後だけ急に真顔になるので、後味スッキリとはなりませんでした。最後までワハハ進行でもよかったかもしれません。

謎の巡礼者:
 逆境探偵の悪戦苦闘を描くコメディ作品でした。
 事件の証拠品を紛失したまま推理の披露を始め、拳銃や隠し部屋など事件に関係のない衝撃的なものを見つけていってしまう、という天丼にはしっかり笑いました。面白い。
 最後には逆境探偵こそが真犯人であることが明かされる、信用できない語り部の話であったことがわかるところでお話が終わるのですが、これが全体の構成としてバランスを欠いていたかな、と思います。探偵が真犯人というオチに向かうのであればそれに向けて何らかの伏線があるか、または瞬間風速的な笑いを優先して探偵が真犯人だとわかるくだりにも笑いを混ぜるか、どちらかの構成にした方が読み味がクリアになったかと。因みに私は後者の方が好きです。よりコント感が出る。どちらが好きかは人によりますが、現状だと最後に冷や水を浴びせられる気分になっちゃうので……。
 被害者の知られざる人間関係が明かされ「何それ知らん」となる探偵のリアクションだとか、「やることが多い」のちょっとしたパロディだとか、飽きさせることなく笑いを届けるセンスは抜群のものでした。殺人事件を題材にしてるのに爽やかに笑えちゃう。これだけでだいぶすごいです。
 逆瀬川さんにはしっかり檻の中で罪を償ってもらうとしましょう。

94:歯車と蝿の虚実/朧(oboro)

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 イマジナリーギャルのリナちゃんが印象的なお話でした。イマジナリーギャル、平成ギャルという感じで良いですね。ルーズソックスはとてもいいもの。
 鬱病になり仕事を首になった主人公が、昔の会社の同期の家へ転がり込み、同期は死んでいたという内容でした。
 イマジナリーギャルと会話してる? と思ったら夏目もそういうことかー! という二段階イマジナリーフレンド。
 読み返してみると、確かにそういう仄めかしがあったのでおもしろかったです。
 家主が死んだということは家賃もおそらく払われないので、近いうちに主人公はなんらかの容疑で掴まるのかもしれないなと思いつつ、それならワンチャンあるのかなとも思いました。それより先に主人公が死ぬのかもしれませんが。
 死ネタ系はめちゃくちゃに人気ジャンルっぽいので、ここから更に物事を最悪な方向に転がしたりして突き抜けるか、イマジナリーギャルを暴れさせると死ネタ作品群の中で印象が更に強い作品になったかもしれません。
 全体的に文章が読みやすく、仄暗い雰囲気がありつつもイマジナリーギャルのリナちゃんで少しだけ空気感がライトになっているバランスもすごくよかったです。
 同僚に甘いスーツが似合う物腰柔らかな男(故人)とイマジナリー平成ギャルで送られる逆境小説、おもしろかったです。

謎の概念:
 こういう鬱系、死系はアマチュア創作ではめちゃくちゃ人気で書き手が飽和していて、なかなか差別化が難しいのですが、コレ系の中ではかなり仕上がりがいいです。ただ鬱々とした暗い話を読ませようというんじゃなくて、ちゃんと読者を楽しませようという意識を保てているのが良いと思います。
 鬱によってさまざまな軽い決断、日常生活の行動が億劫になり、じりじりと追い詰められていく描写にリアリティがあります。
 そうしたリアリティ高めの鬱描写に一服の清涼感をもたらすイマジナリーギャルのリナちゃんが、後に登場するイマジナリー夏目の伏線も兼ねているのが構成として効率よく、隙がありません。たぶんリナちゃんのワンクッションなしにイマジナリー夏目のどんでん返しがきても、さほど驚かなかったでしょう。
 夏目もそんな呑気なこと言ってないで、さっさと専門家なり役所の福祉課なりに取り次げよと読者がイライラしたあたりで種明かしがあるので、このタイミングも絶妙で納得感を高めています。そりゃ死んでちゃ具体的な行動はできませんね。さらっとリナちゃんと夏目が会話しちゃっているのも、違和感を覚えるものの流しちゃうくらいで、伏線として良い塩梅です。
 ちゃんと最後まで読めば完成度が高く非常におもしろいのですが、こっち系の作品はマジで書き手の数が多すぎて供給過多なので、多数の似たような雰囲気の作品の中で頭ひとつ抜けて読者に読んでもらうのが難しそうです。
 タイトル、キャプション、あらすじなどがそっけないので、読者を本文に誘導するための玄関まわりの整備に気を配ったほうがいいかもしれません。

謎の巡礼者:
 イマジナリーギャルと実在成人男性と暮らしていた男の話。
 急に実在成人男性の夏目が現れたところで、いつからいたんだ?と困惑しましたが、最後まで読んで納得。裏がある描写をこうやってさらっと、ちょっと違和感があるくらいで描写するのは上手いですね。誰が喋っているのか混乱したので、そこだけもう少し精査してみてもいいかも。いやでも、違和感を感じさせたまま読みやすくするの、難しいですね。これが漫画や映画など、絵が存在する媒体だと画面外から語り掛けてくる、ということができるし、実際そのイメージなのだとは思いますが、小説に絵は基本ないので、頭の中に浮かんだ映像をそのまま出力するのでなく、文章だからこその演出を気にしてみると読みやすくなります。
 イマジナリーギャルのリナちゃんが確実に、心に飼っておくと楽になるタイプのギャルじゃないのが良いですね。ギャルってそういうことじゃねえよって読んでいて即座に心の中で突っ込みました。
 本作での物語はどうしようもなく停滞しているのですが、その停滞は読者としては読み終わってみると絶対に長くは続かないことがわかっているシチュエーションであり、実質主人公ひとりだけであるお話を成立させていたのもすごいです。良いのですが、せっかくのイマジナリーなのでもっとハチャメチャをしてみても良かったかも。良い作品でしたし、今のままでも完成しているのですが、インパクトは弱いように思います。話の始まりとオチはそのままでも、そこに至るまでの流れでハチャメチャして印象を強めていくと更にいい感じになるかもしれません。
 文章を紡ぐ力、ストーリーテリング能力と申し分ないと思います。面白かったです。

95:Goodbye, This World/藍﨑藍

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 探偵と殺し屋のお話でした。
 多分意外性のあるラスト! に挑戦したのだと思います。ナイストライ!
 作者と読者には情報量に圧倒的な格差があります。本当に突然の意外性のあるラスト! をするよりは、結末に対して「ヒントをあげすぎかな?」と思うくらいのヒントを作品内に散りばめて「あの時の引っかかりはこれだったのか」と思わせた方が納得感と満足感の高い驚きになると思います。
 廣瀬と親友の関係性や、廣瀬の性格がとても魅力的でした。
 物語を書く力や、登場人物を魅力的に書くことは出来ているので、文章を読んだ人が何を思うのかまで考えてみると作品の魅力が更に増すと思います。
 これからも作品をたくさん書いてくれるとうれしいです。

謎の概念:
 誘拐する相手を間違えた、かと思いきや実は最初から狙いは廣瀬だったと、読者を揺さぶりながら興味を牽引していくのが上手で最後のほうまで楽しく読めたのですが、最後だけ、なにがどうなったのかよく分かりませんでした。
 廣瀬が身体をのけぞらせたときにフードの中に指輪を入れたんでしょうか? それがなにかの役割を果たした? 店主は廣瀬の仲間で、死んだ廣瀬の指輪を回収して「お前がやったことを知っているぞ」と、脅しをかけているんでしょうか? 妙に圧があるので、まったく無関係の第三者とも思えない。
 犯人は廣瀬の喉を掻き切っているので、ちゃんと死を確認してるっぽいですね。これは死んだだろう、じゃなくて、しっかり殺してるので、なんのギミックもなしに広瀬が生きてるエンドはちょっと考えづらい。
 わたしの理解力の問題かもしれませんが、思わせぶりな記述が多くて、どういう結末なのか一意に定まらない気がします。
 廣瀬は一命を賭して証拠を残し、仲間に解決を託したのか。それともどうにかして生き延びていて、いま犯人の目の前に立っているんでしょうか?
 ここはちゃんとコレがこうなってこうなったんだよと説明をして、ストンと落としたほうがよかったんじゃないでしょうか。

謎の巡礼者:
 名の知れた探偵と、それを殺すことを依頼された殺し屋の話。
 いいですね。探偵と殺し屋、それぞれの視点から語られるお話が、作品に厚みを与えています。
 令息の誘拐を企てておいて、実のところその警護依頼を受けるであろう探偵自体が本来のターゲットだった、というくだりはかなり関心しましたし、よく考えられている知能戦として楽しく読みました。
 不死身の男、廣瀬のキャラクター造形が結構好きなのですが、このキャラクターに乗っけたい要素が本作ではあまり機能していないのではないか? と思いました。端的に言うと、廣瀬探偵が活躍するラノベが本来は存在していて、この作品はお話として二次創作的であるように見えた、との印象。お人よしで仲間や身内を大事にする、逆境にも決して諦めることのない不屈のヒーローとしてのキャラクターなのであろうことが、彼の親友や彼を狙う殺し屋から見た廣瀬の描写からもうかがえるのですが、本作で描かれているのは殺し屋の仕掛けた誘拐事件だけのため、ここまで歩んできた彼のキャラクター性を読者は知りません。なので最後、殺し屋が感じた恐怖の先にあるものの正体がよくわからない。結末で示されたのは、実は死んでいなかった往生際の悪い廣瀬、死んでもただでは起きない廣瀬、そのどちらかだと思いますが、そうした予想は「こいつだったらそのくらいできるだろう」という読者と作品の共通認識がうまれてはじめて効果があるものなので。
 ただ、これは私がそういう読みをしてしまうほどに廣瀬というキャラクターに込めたいものが作品から読み取れたということでもあります。自分が描きたいキャラクターの魅力、こいつはここがすごいんだ! ということが伝わってくる描写と演出に気を付けてみてください!
 廣瀬、格好良かったです。

96:「何この髪の毛?浮気してる?」いや、それは幽霊の髪で……。/真狩海斗

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 幽霊が完全に蚊帳の外で、カップルが痴話喧嘩をしているお話からの、語り部がサイコ野郎でした! というオチでした。
 主人公の超淡々としている様子がすごく好きです。昨日実際にやった相手であり、よく殺しをしているのなら、そりゃあ怖くないですよね。
 オチは突然の意外性のあるラスト! だったのですが、出来るならもう少しだけ主人公がヤバい奴だよと言うヒントがあると読後感が気持ちよくなるのかなと思いました。
 作者と読者には情報量に圧倒的な格差があるので、ヒントを出しすぎかな? くらいに情報を書いてあげた方がちょうどいい場合もあります。
 ニュースや、他にやりたいこともあるも、確かにヒントなのですが、実際に殺して相手がよく幽霊になってくるタイプなら「心霊現象によく合う」だとか、これがはじめてなら「よくトラブルになるけど霊体験は初めて」くらいまで書いてしまっても案外一周目の読者は気が付かないことが多いと思います。
 彼女のブチ切れっぷりや、苦し紛れの言い訳などのやりとりは本当にすごくおもしろかったです。
 このまま舞台の台本になってもおもしろそうなコミカルでテンポの良いを書けるのはすごくうらやましいです。
 まだカクヨムには二作しかない作者さんなのですが、発想や話の構成が上手なので書けば書くほどうまくなるのではないでしょうか?
 たくさん作品を書いてどんどん強くなって欲しいなと思います。

謎の概念:
 これくらいの規模感でお話をチャンチャン♪ と落とすにはなにか工夫が必要なので、エッジのきいたどんでん返しを仕込もうという心意気は良いです。ちゃんと意外ではあったのですが、説得力や納得感があったかというと、ちょっと弱いですね。
 幽霊は主人公に殺された女性で、主人公に恨みを抱いているわけですから、おそらく、せっかく部屋に入ってきた彼女には自分の死体に気づいてほしいだろうし、この場合LINEのメッセージは「出テイケ!」ではなく「助ケテ!」などになりそうです。
「彼女に浮気を疑われる」というシチェーションにするために、幽霊が主人公に執着している雰囲気になったのだと思いますが、彼女のほうがぜんぜん話を聞いてないので「助ケテ!」だったとしても問題なかったかもしれません。あるいは、もともとこの女性が主人公のストーカーだったとかだと、幽霊の行動原理も一貫します。現状の、抵抗して殺された女性の幽霊としては、行動が変な感じ。
 あと時制の処理がちょっとおかしいですね。冒頭一文節は「彼女に浮気を疑われていることだ」となっていて、すでに彼女が部屋の中にいる時制です。その次の文節以降は彼女が部屋を訪れるところから始まりますから、ここは冒頭の時制からすると過去を振り返っていることになります。なので過去形で叙述されるべきなのですが、普通に現在形の叙述になっていて、ちょっと混乱があります。
 語り部がいまどの時制にいて、どの時点のことを叙述しているのかというのは、わりとしっかりと意識しながら書いたほうがいいです。

謎の巡礼者:
 幽霊と同居していることを浮気と勘違いされる男のコメディ小説。
 オチも良い感じに劇場コントっぽいですね。途中から不穏なものを感じ取りはじめていたら語り部が信用できないサイコキラーだった、というのはコントっぽくも小説らしい構成でとても良かったです。
 ただ、結構勢いでの笑いに任せている節があり、お話として見たときに細かいところが気になってしまう部分があったかも。たとえばさゆりさんの「出テイケ!」連呼とか、もしかしてこれは主人公ではなくて彼女さんに向けての言葉かな、などと読めなくもないのですが情報としては不足しているので、実際にそうだったのか最後のオチとのミスマッチなのかが判断しかねるところ。実はこうでした、というオチに向けた伏線であるならば、作者にとっては「これはわかりやすすぎるんじゃないか?」と思うくらいわかりやすく書いてしまいましょう。どうしても作者は作品の全容をしっているので、読者と作品内で提示される情報の齟齬を起こしやすいです。一度精読して、はじめて読んでみた人がどう思うか、という想像をして推敲してみるといいかもです。
 舞台も主人公の部屋だけで完結していて、登場人物も二人だけ、というのはコント脚本としても割と好きなので普通に舞台で演劇としても芸人コントとしても演じられそう。そのくらいには完成されていた脚本だったと思うので、小説として読んだ時の印象操作にも気を配ってみてください!
 面白かったです。しっかり笑いました。彼女も主人公の話を全然聞いていなくて起こる心霊現象に対して猪突猛進でウケますよね。メリーさんに対して「他の女!?」ってなるところ好き。

97:クラッシュ/野村ロマネス子

謎の有袋類:
 セイレーンのお弁当を書いてくれたロマネス子さんの二作目です。ありがとうございます。
 不思議な失せ物探しが出来る少女が巫女となり、母に捨てられて保護された前半と、トラウマを引きずりつつもなんとか社会でやっていく中で母の行方を察するという後半に別れたお話でした。
 前半と後半で文体が主観になっている主人公に併せて変わっているところが好きです。
 子供にはわからないのは当然なのですが、不思議な力がある失せ物探しの巫女という多分そういう集団にはぴったりの主人公がなんで捨て置かれたのかだけ不思議すぎたので、ここら辺の情報が補足されると僕はうれしいなと思います。
 こういう鬱エンド系のお話は本当にめちゃくちゃ書く人が多いので、救いのない辛いお話なのでと銘打っている場合は思いっきり鬱にしちゃいましょう!
 お話の骨子はしっかりとしているので、あとは自分の中にある枷を外すだけ! 読んだ人に嫌な思いや辛い思いをさせたいならフルアクセルでガンガン行っても大丈夫だと思います。
 最後の最後で、母がいると確信し、母への執着というか捨てきれない情のようなものが噴きだした主人公の描写がすごく好きです。
 何十年経っても、意外と親への執着じみたものというのは消えないし、親からしっかりと植え付けられた呪いは解け無いものですよね。

謎の概念:
 前編の子ども主観の叙述が雰囲気あっていいですね。ちょっとわざとらしすぎるように感じられるところもありますが、おおむね違和感なく、いい塩梅です。大人が子どもの主観を描こうとするとどうしても無理が出るものなのですが、上手にできています。
 ただ必然的に事情をあまり把握していない子どもの主観で話が進むので、読者てきにはどうしても情報不足にはなります。バランスてきには後編のほうをより厚くして、前編での情報不足を大人の視点からしっかりと補ったほうがよかったでしょう。
 お話としては、主人公が置かれた特異な状況の設定が明かされたところで終わってしまっています。このお話の主人公はこういう人ですよ、と紹介が終わったところ。起承転結で言えば起の部分。これだけでは、なかなか一本の話としては成立しません。もっと書き進めたほうがいいでしょう。
 エンタメてき物語というのは、ひとまず「主人公の変化を見せるもの」と考えていいと思います。必ずしもそうというわけではないんですが、まあ基本はそう考えておいたほうが最初はやりやすいです。
 これで起の時点での主人公は描けましたから、ここから主人公をなにかの出来事に直面させて、葛藤や決断、主体的な行動をさせて、結の時点ではなにか心情的に変化しているようにしましょう。

謎の巡礼者:
 不思議な能力から母にも教団にも囚われていた女の子のお話。
 幼い頃の神谷さんの視点の前半から、福祉課によって教団から距離を置かれて成長したティーンの後半との構成。これはすごい良かったです。前半は幼い少女の目線なので幻想的な雰囲気があり、能力は本物だからその雰囲気は多少残しつつも成長した後半では急に現実的な雰囲気になる。上司の杉江さんとかいい仕事していますね。ザ・日常感がある。そんな日常であっても食べるものも着るものも教団と母の影響から逃れ切れていない。しかも彼女の目にはずっと白猫が見えていることが端的にその支配からの脱却をできていないことを表しているようです。これがハッピーエンドであれば最後には能力もなくし、白猫も見えなくなるところですが、本作ではそうならなかった。たとえ物理的にカルトから距離を離されたところで、真にその影響から逃れられるわけではないことを描いている嫌ーな作品ですね。
 ただ、そうなのであれば結末の置き方はもう少し工夫があってよかったかもしれません。教団の建物が土砂で流されてしまいましたが、これで母親が死んでしまったのか、それとも生きていて神谷さんは母親のもとへ戻ってしまうのか、色々なルートが考えられる。まだルートが定まっていないところでの終わり、ということはこれから先の希望も絶望も好きに読者が想像できるわけですが、そうなってくると本作のお話のテーマがブレてしまう。「宗教二世が親の影響下から抜けられず救いのない話」なのであれば、それを感じられるくらいもっと徹底的に救いのない、未来の見えない終わりにするべきだと思いました。躊躇せず、フルスロットルで不幸のドン底に向かっていきましょう。後は教団の情報が何にもないので、そこもほしいですね。ないにしても、彼女が母親に会いにいってしまうかもしれないから情報がある程度伏せられてるとか、そんなことはなく普通に世間でも知られていてそれを彼女は意識的に調べようとしていないとか、そういうディテールがあると読みやすかったな、と思います。
 個人的には神谷さんの視界から猫がいなくなり、影響を完全にはなくすことはできずとも平穏な生活ができることを祈ります。

98:裸一貫大脱出 〜バケモノだらけの地下墳墓より〜/@ alalalall

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 実際には読んだことがないのですが、なんとなくニンじゃスレイヤー的な文体なのかな? と思いました。
 勢い良く進んでいき、全裸の男がダンジョンから抜け出すお話でした。突如駆けつけてきた冒険者が主人公を助けてくれて、たまたま拾った指輪がいい感じに働き、ピンチを脱するもドラゴンは不死だったので再びピンチになります。
 決戦のテンポの良さはすごく好きなのですが、とにかく情報がいきなり出されて咀嚼する暇がないのと、駆けつけてきてくれた人がよくわからないままいきなり主人公を仲間にするので、なんらかの布石があると怒濤の情報も飲み込みやすくなるのかなと思いました。
 筆が乗りまくっているという印象なので、このままの勢いや好きなものを書くぞーという気持ちを忘れないままたくさん創作を続けていって欲しいなと思います。

謎の概念:
 小説というよりは、選択肢のないゲームブックみたいな読後感でした。他人がプレイしているゲームブックの本文だけを読んでいる。あるいは、知らないロールプレイングゲームの実況プレイの文字起こしみたいな感じ。
 ダンジョンゲーらしい、わりと無色透明な個性の薄い主人公なので、読者としては感情移入がしづらいです。ゲームだとプレイヤー自身のアバターとしての個性の薄い主人公というのは定番ですが、小説の場合はしっかりと個性を濃い味にしたほうがいいでしょう。
 ダンジョンをだんだん降りていくのではなく、地下4階建ての地下4階スタートで地上を目指すというのは、お題である「逆境」感のあるシチュエーションで良いのですが、結果的に地下墳墓の主と地下1階で戦うという、ダンジョンゲーのお約束からは離れた設定になってしまっていますね。
 開幕速攻、地下4階でスカルドラゴンが出現して大ボスの追跡をギリギリかわしながら地上を目指す、という風にしてしまうか、あるいは地下100階くらいの大ダンジョンの4階に落っこちてしまった、くらいの話にしたほうがよかったかもしれません。
 俺たちの戦いはこれからだ! エンドなので、すでに大ボスを倒してしまっているのは緊張感に欠けますから、後者の設定がいいかな。スカルドラゴンは序盤の中ボスくらいのポジションで、まだまだヤベェのがいるぞ、てきな。
 命からがら4階から逃げかえってきたけれど、今度は自ら望んで地下100階を目指すようになる、みたいな主人公の心理の変化を見せれると良いかもしれません。

謎の巡礼者:
 ダンジョンの深奥部に全裸で置いて行かれた男がダンジョンから抜け出すお話。
 めちゃくちゃ面白かったです。スライムを器用に使ってどんどん上階にむけて走り出していく主人公、良い。人格者なところも垣間見えて、ストレスなく読めたのもプラスですね。小説というより昔々のキャラの設定だけ存在しているアクションゲームのプレイングを文字起こしした感じがありました。ずっとダンジョン探索RPGのイメージで読んでました。最後にボス戦もあるし。指輪とかも序盤で拾ったアイテムが後々意味が出てくる感じ。この辺り、意識して書いていたのでしょうかどうなんでしょうか。だって最後につけられる主人公の二つ名が「ローグライク」ですもんね。まんまじゃん。
 めちゃくちゃ勢いのある文体で、書いていて楽しんでいたのであろうことがうかがえたのですがその反面、ところどころ意味がわかりにくいところがあったり、日本語として成立していないような文章もありました。
 勢いで書くのは大事だけど推敲もしっかりやりましょう。
 勢いのままお話が進んで勢いのままこれからも冒険は続くのだ! という勢いのある終わり方で大変に好感を持てたのですが、上述の通りゲームの文字起こしのような印象があり、それも細かい設定がわからないまま進むので、これが本物のゲームならいざ知らず、主人公のキャラが薄いまま進んでいくと読者としても引っかかりがないまま読むことになるので、文体の勢いに加えて、キャラクターもテンプレっぽくない濃いキャラを用意しておき、そこから見えてくる世界観なども提示されていると尚良かったかと思います。
 全裸の逆境スタートからのドラゴン戦までの流れはめちゃくちゃに熱かったです。うおお、ローグライクこそ我が人生!

99:狼筋/尾八原ジュージ

謎の有袋類:
 グレートオールドトミコ☆オカルティックチェンジ!を書いてくれたジュージさんの二作目です。
 伝記物! 狼に似た子を産んだサキが子と共に生きるお話でした。
 狼筋というのは、人狼的なものなのかなと思いましたが、最後に狼になって好き放題するのめちゃくちゃにいいですね。
 獣は月夜に夢を見る(https://eiga.com/movie/83896/ )を彷彿とさせるストーリーラインだったのでめちゃくちゃによかったです。パクリだ! とかではなく、良い人外ものだなと思いました。
 個人的には、話の中心になっている家系についてや狼筋についてもう少しだけ知りたかったな……と思いました。
 せっかくタイトルにもしているので、シズさんがもっと話してくれても自然かも?
 サキはずっと閉じ込められているのですが、最後になんとか医者へ連れて行かれます。なんとなくここら辺はシズが死に、狼の娘を処理してもう一度子供を産ませるためなのかななんて思いました。
 子が死んでどうするのかと思ったのですが、ずっと溜めた鬱屈を最後に爆発させるのがすごく気持ちよくて、愚かな人間ざまあみろー! とテンションがあがりました。野生で子供と共に元気にいきていってほしいサキさん。
 人間はおろか! 狼は最高!

謎の概念:
 落ち着いたどっしりとした筆致が、鬱々とした明度低めの作品の質感を支えています。作風によって文体を調整できているし、最後まで集中力を保てているのがいいですね。
 お話の大筋は良いと思うのですが、大半が座敷牢に閉じ込められているだけなので、画てきな動きがすくないです。せっかく描写力があるので、カメラがほぼ座敷牢の中しか写してないのはもったいない。サキの本能的な森や自然への憧憬などが表現できているとラストの展開にも説得力が出ますし、画てきな美しさも足せるかも。
 子も個性が薄く、物語の中心であるはずなのにあまり存在感がないので、もっと動かしたほうがいい気がします。速攻で座敷牢に隔離されているせいでお話に動きがなくなっているので、当面は人と関わりながら暮らし、なんらかのエピソードがあって隔離されるに至るほうがよかったかもしれません。
 サキに情動がすくないのは狼筋である伏線だとは思うのですが、物語は基本的に主人公の感情の変化を見せるものなので、キャラクターが全員淡白なタイプだと淡白な印象にはなってしまいます。
 シズがいいキャラをしているのですが、現状だとサキと交流がある人間がシズだけなので、サキが人間に恨みを募らせるようなところがあまりないですね。子がいつの間にか殺されているのも、ショッキングさを和らげてしまっています。目の前で殺されたほうが極まったかも。
 人間の愚かさを強調し、読者にストレスを溜めさせ、サキと子に感情移入させたほうが、ラストのサキの覚醒パートのカタルシスに結び付くと思うので、人間は愚かエピソードは盛れるだけ盛ったほうがいいでしょう。もっと姑を活躍させましょう。
 すでに小説的な体幹はしっかりしているので、書いたら書けちゃったの段階は過ぎていると思います。腰を据えてプロットを練り、完成度の高い物語に挑戦していきましょう。

謎の巡礼者:
 狼筋という狼の血を引く存在を描くファンタジー作品。
 開幕から狼筋の赤子の描写から始まるので、ずっしりとした文体でもこれはファンタジー作品であることがわかるのが親切で良いですね。庄屋などの言葉である程度の世界観を想像できるのでそこも読みやすさにつながっています。
 基本的には一作品として完成していて、あまり口出すところもないように思ったのですが、気になるとことがないではなかったのでその辺りの講評をば。
 本作はずっと幽閉されているターンで始まり、最後に村の人間を食い殺すカタルシスで終わる作品でしたが、そこに至るまでの流れが少々唐突だったので作品全体としての印象は薄いように感じました。子に愛情がないわけではないのに名前をつけていなかったりと、普通から考えると少しズレたように感じるサキの情は、考えてみると彼女が狼筋であったことの伏線だったのかな、と思えなくもないのですが、実際そうであるのかどうなのか読み取りにくい塩梅だったと思います。
 そんな中でシズさんは良い印象を残していましたね。幽閉されて狼筋が何なのかもよくわかっていないサキにそのことを教えたりする役回りですが、いつの間に死んでいていつの間に退場していたのがもったいない感じ。「狼筋の子と近くあった人間の子なんて殺してしまえ」くらいの村人の殺意とかがあって、それが子の死と合わせてサキが最後に村人を食い殺すシーンにつながっているとかでも良かったかも。
 これからサキさんには狼筋として幸せに暮らしてもらいたいですね。

100:柳生十兵衛は二度死ぬ/筆開紙閉

謎の有袋類:
 名前が変わってますが「流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った」を書いてくれた作者の方ですね。
 冷凍されていた柳生十兵衛が蘇り、日本を牛耳っている他の柳生一族を殲滅するために日本へ舞い戻っていくというお話でした。
 ドラゴンスケイルと話の構成自体は近く、復讐へ向かう途中に様々な刺客が襲いかかってくるものというお話でした。
 歴史の偉人をモチーフにした登場人物たちが豪華共演をしたり因縁の対決をするというのは、よくあるといえばよくあるのですが個性の活かし方や設定の活かし方がおもしろかったです。
 壮大な顔見せで物語の序章と言った感じなので、一万字の規模というものを把握してワンエピソードでバチッとキメると短編として収まりがいいと思います。
 このまま長編として腰を据えて書いてみるのも悪くないのではないでしょうか!

謎の概念:
 忍殺とBLAME!とFATEを合わせたクソバカドリフターズてきな設定ですね。こういうものを書きたいんだ! という意欲は伝わってきますが、まだ根本的な基礎体力がついてきていない印象です。
 基本は敵の本拠地に踏み込んだ主人公の前に、フィクション、ノンフィクション問わずの歴史上の偉人が立ちふさがる! という展開なので、もっとジャカジャカ偉人を出して、クソバカ展開を重ねたほうがいいでしょう。せっかく冒頭で神曲を引用したのだから、ダンテには出てきてほしい。現状だと体力が続かず息切れしちゃった感が否めないです。
 基本設定もキャプションで説明されていて、いきなり本文を読むとよく分からないので、ここは物語を展開しながら自然に開示していけたほうがアドです。読者が読みたいのは設定集ではなく物語なので、お話を展開していきましょう。
 トンチキ小説は正気を保ったまま自覚的にアホにならないといけないので、書き続けるには意外と基礎体力と集中力が必要です。小説的な基礎体力は書けば自然と身についてくるので、たくさん書くといいでしょう。

謎の巡礼者:
 うおおお! トンチキ日本ブシドーだ! ヤッター!!
 柳生に支配された商業クソ日本に主人公が立ち向かっていくお話で、歴史上/フィクションを問わず偉人をモチーフにした敵と戦っていく様はやはりアガるモノで、しっかりと読ませてくれます。
 トンチキ日本での激バトルが展開されていく様は格好良く描けており、それぞれのバトルやキャラクターのバックボーンもしっかりと描写され面白かったです。
 ただ、『流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った』もそうでしたが、襲い掛かってくる敵どもを薙ぎ倒し、最後に待つ大ボスの描写で話が終わる、というのは多用し過ぎると物語をしっかり締める方向の体力がつきづらいように思います。せっかくの描写力でせっかくの熱量で重厚な物語を書いているので、二作品で参加しているのだからどちらか一方だけでも、多少速足であっても多少強引であっても一度物語が「オチる」ところまで書いてみるといいでしょう。人生という現実は完結したら死ぬまでですが、描きたいものさえあれば作者の力で完結させていくことができるのが物語というものの良さでもあるので。作者の中では作中の色々な要素が繋がっていて、これはこれでオチていると感じるものであったとしても作者と読者とでは持っている情報量が違うので受け取り方が変わってくることも意識しましょう。
 それでもバトルひとつひとつをきっかりと魅せていくというのは並大抵の熱量でできることではないし、こういうのが書きたいんだという方向性もしっかり見えるのでそこは本当に良いです。一度腰を据えて長編書いてみましょう、長編。

101:飛雄馬君はロボじゃない!/あさって

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 能井戸のいど 飛雄馬ひゅうまはなんぼなんでもそらヒューマノイドでしょー! と思いながら真っ黒な内容を読み進めていたのですが、藍田さんは失恋するし、新木 揺理丁ことシンギュラリティちゃんとはラブラブだし……とめちゃくちゃおもしろく読ませていただきました!
 藍田ちゃんの葛藤を示す場面で競馬が始まったのもスルッと入ってきてすごく好きでした。煩悩賞(夏)《GⅠ》を制したジュンナラブハートは見事に砕け散るのですが……。
 後半まで楽しく読ませていただいたのですが、藍田ちゃんの正体だけがわかりませんでした。AIでいいのかな? 同期をしているので人間ではないのだろうなとは思ったのですが。僕の理解力と察しが悪すぎるのもあるのですが、オチの部分なのでこうじゃ!と示してくれるとすっきるするかなと思います。
 全体的にノリもテンポもよく「わはは」と読みながら、繰り返されるどんでん返しも軽やかですごくおもしろかったです。好き。
 飛雄馬ひゅうまくんが、いきなり早口でロボットの肩を持ち始めるところが特に好きです。

謎の概念:
 めちゃくちゃよかったです。あ~、笑った笑った。
 回想シーンを除けば教室でキャラふたりが喋っているだけの、いわゆるワンシチュエーションコメディなのですが、主人公の怒涛の語り口でダレることなく一気に読めてしまいます。とくに煩悩賞(夏)《GⅠ》のシーンは最高で、パクりたい(率直)。
 ちょっぴりロボ要素のあるS(すこし)F(ふしぎ)なほんわか日常系かと思いきや、お話が展開するごとに設定が青天井でインフレしていくので、最後のどんでん返しも無理がありません。いや、お前もかよ。
 決起集会にまで参加しているゴリゴリのロボット主義者な飛雄馬くんが最初に「人間である証明がほしい」と言い出すのは辻褄があってない気もしますが、まあ勢いが大事なので細かいことはいいでしょう。
 登場人物全員が特濃の味付けなのに、くどくなりすぎずサラッと飲めちゃうさじ加減も上手です。
 ラストの抹殺音頭は駆け抜けてきたスピード感が急に失速しているきらいがあるので、フルトラック収録はさすがにちょっと重かったかも。
 ロケットスタートからのスピードそのままで最後まで駆け抜けたほうが楽しかったかもしれません。

謎の巡礼者:
 めっちゃくちゃ笑いました。あっははー、これ最高ですね。
 自分がロボットなのかもしれないという悩みを持つ飛雄馬くんに相談された、飛雄馬くん大好きな主人公と飛雄馬くん、それと新木さんが織りなすSFコメディでした。確実にロボットである飛雄馬くんが自分がロボットであるボロをそりゃあもうポロッポロとひっきりなしに出していくので作中ダレるところが一切ない。ずっと笑いどころ。ここまでの参加作品でもトンチキコメディは何作かありましたが、その中でも上位に食い込む面白さだったと思います。
 ガシャンと手を合わせたじゃないのよ。その擬音は人間には鳴らないのよ――と思ったところで、それを言ったらどれだけ恥ずかしくても人間の手からジュウ~っって音は出ないよなあ? と思っていたらそれもオチに向けた伏線だったっぽい。全面がトンチキなので「まあそういうギャグ表現か」と流せてしまうところが実は伏線だったって構成、狙ってやるのかなり難しいバランスなので、思わずひゃあっと声が出ました。すごいです。
 ただ、それまでかなり明瞭にテンポよくお話が進んでいっているのに、その最後のオチ部分に関してははっきり明言されている形ではなく、におわせエンドではなく誰が読んでも「お前もかよ」と読者がツッコミを入れられるくらいにわかりやすくして良かったと思います。せっかくのテンポの良さが、最後がはっきりしていないとちょっとストレスになってしまい印象が良くないので。
 主人公が途中まで頑張ってるのに「正直、間違いなくロボットだと思うよ」って真顔で諦めてるの好き。煩悩賞(夏)もバカで好き。めちゃくちゃトンチキな抹殺音頭好き。シンギュラリティとラッブラブなヒューマノイドよ……。一個一個の要素が全部面白いんですわ。参加作品数も百を超えたここに来てすげえ面白いトンチキSF来てだいぶ困惑してしまいましたが、その分最高に笑わせていただきました。面白かったー。

102:雪の庭/鍋島小骨

謎の有袋類:
 女神の山を書いてくれた鍋島さんの二作目です。
 和風SFかな? と思った魔術を使って空間を作る茶道のお話でした。
 異界から来た魔術師を使って空間を作って茶道をする……最初はイメージが少し掴めなかったのですが、コミカライズとかされたらめちゃくちゃに映えそうですね。
 自分を落ちこぼれだと思っていた主人公が、実は別の方向のスキルツリーが優秀だったというのも好きです。
 スルッと飲み込んでしまったのですが、主人公達の種族というか、鬼と呼ばれる存在は異界だと時間が止まる的なことがあるのか、魔術師なので長い年月を生きられるのか書いて無くてちょっとだけ気になりました。
 些細なことが気になりつつも、クライマックスである大脱出劇がかっこよくてめちゃくちゃによかったのでさいこーーーーになりました。
 みんなで力を合わせること、自信のなかった子が自分の力を信じられるようになること、派手な魔法の演出! 超良かったーーーーー!
 やはり盛り上がるところは盛り上がると気持ちが良い!
 結末のお互いに文化交流をすることになったり歩み寄っていること、あちらの世界に出向いて茶道をすることという爽やかなエンドもすごくよかったです。
 自己肯定感が低い女の子が前を向く話はいいぞ……。

謎の概念:
 お話の大枠としては典型的な「行きて帰りし物語」なのですが、出発地も異世界で行った先も異世界で、その全部の設定が一万字に詰め込まれているので、だいぶ情報量が溢れかえってますね。
 特異な設定で独特な世界観を作り上げられるのは強力な武器なのですが、独特すぎて読者が飲みこみ切れないかも。かなり複雑なので、無理なく飲ませるにはもっとじっくりと文字数を使う必要があるでしょう。根本的に、一万字でやるには世界設定が複雑すぎます。でも今回は文字数を増やすよりは、設定をバッサリ削ぎ落してシンプルにするほうがいいかも。
 近年はわりと気楽に異世界もの異世界ものと言っちゃう風潮がありますが、異世界にもいろいろなレイヤーがあって、指輪物語や十二国記みたいな、完全に歴史の異なる理路の通った異世界をまるごと顕現させるものから、不思議の国のアリスのようにナンセンスで理路の通らない限定的な異界だったりと様々です。
 わたしの印象としては組茶界は組茶以外のことをなにもしてない組茶だけで成立している世界で後者にちかく、元の世界が前者にちかい印象なのですが、オチの説明ではどちらも並列するレベルのひとつの異世界であるようです。このへん、わりと情報不足でしっくりこない。
 あと細かい点ですが、元の世界も異世界であるはずなのに、利休や日本刀といった語彙が出てくるのにも違和感を覚えます。
 へんてこナンセンスな組茶界に比べると、元の世界の描写はテンプレ異世界っぽく、おざなりな印象も受けます。滅茶苦茶に繋がった和風建築を駆け抜ける映像感はいいので、一万字でやるならもっとシンプルに、組茶界に迷い込んだ日本人が脱出を図るという筋でもよかったかもしれません。
 千と千尋の神隠しくらいのアレですね。アレも典型的な行きて帰りし物語で、変則的な不思議の国のアリスです。

謎の巡礼者:
 異世界から呼び出した鬼を使役して行う組合茶道で鬼として間組職人となった主人公、令良のお話。
 世界観の設定が独特でありつつ重厚で面白い。異世界から来た魔術師を鬼と呼び使役するというのもかなり好きなポイントで序盤からテンションの上がるファンタジー小説でした。
 本作を整理すると、異世界から組合茶道のある世界に飛ばされた主人公が、罵られながら生きていたために自信をなくし自分を落ちこぼれだと思っていたけれど、別方面からその才能を見込んだ第三者に見つけられて、その才能を持って奮闘する、というお話。こうやって要素だけ抜き出せばかなり判り易い、王道の物語であるのも良いです。ここがあまり複雑になり過ぎるとどれだけ広がりのある世界観を編んだところで魅力が半減してしまうので。
 よく読んでいくとシンプルなお話である反面、独特な設定と異世界同士の交流という複雑な設定のため、今何をやっているのかわかりにくくなる、という部分が多く見受けられました。せっかくの面白い題材と面白い物語なのに、演出と語りの部分で目が滑ってしまって本質を見逃してしまうのは勿体ないので、物語の根幹にある「組合茶道」「鬼」「間組職人」などの言葉以外はあまり独自用語を提示せずにお話を進めていった方が読みやすいものになったように思います。要は「ファルシのルシがコクーンでパージ」みたいな感じになっちゃってます。私はあれ好きですけど、わかりづらいことで正当な評価が巷からかなりオミットされちゃったのも事実ですからね。お話を進めるにあたって裏設定をどれだけ組んでもいいけれど、それが必ずしも面白さにつながるとは限らないので、この設定を提示する意味はないな、などと溢れ出てくる情報の洪水は切って切って切りまくり、シンプルな構成にしてましょう。情報の洪水でおぼれさせること自体が目的の作品ならそれでも良いのですが、本作の場合はそういうわけでもなさそうだったので。
 でも実際、そうやって編んでいった重厚な世界観はしっかりと伝わってきますし、また同じ世界観で別作品を書いたりすると、両作品を読んだ人が「あ、あの時の!」となる楽しみなんかも出てくると思うので、またいつかこの魅力的な世界を見ることができたら嬉しいですね。

103:うつくしの星夜はやがて死へ向かう/ナモナシのナナシ

謎の有袋類:
 私を一番見てる人を書いてくれたナモナシさんの二作目です。
 夜の王と星の神子! 対の男女が同じ時を生きて一緒に歩もうとする物語はとても良い……!
 星の光と宝石と魔力の関係もすごく好きなアイディアです。
 夜の王ですが、序盤から星の神子の対をなす存在というかそういう存在がいると他の人のセリフなどで仄めかすと、めちゃくちゃにかっこいい夜の王降臨のシーンが更に「こういうことか!」とエモさが更に増すのかな? と思います。
 文体もゴージャスで物語に合っていてすごく良いですね。何度ピンチになっても立ち向かうノクスがかっこいいし、おそらくずっと飼われているような状態だったステラも神官に立ち向かうのもよかった……。
 これから夜の王と星の神子の二人で色々頑張っていって欲しいなと思います。
 女性だけど○○の王と呼ばれるの、僕ははちゃめちゃに好きなのでとてもテンションがあがりました。
 超よかったー! 

謎の概念:
 星づくしの豪華絢爛ゴージャスな文体なんですが、まだ肩肘張っている感じがしてナチュラルには繰り出せていないっぽいです。これはやってるうちにそのうち馴染むと思うので、いっぱい書いてください。
 ノクスの主観的な叙述で進行するのですが、具体的にノクスがどこにいて、どういう状況から神子を狙っているのかというのがあまり伝わってきません。施設の規模感とか人物の位置関係とか、そういう客観的な事実が見えてこない感じ。
 小説というのは作者のイメージと読者のイメージを繋ぐ媒介です。作者が頭の中にあるイメージAを小説に記して、それを読んだ読者が頭の中にイメージBをレンダリングする。このイメージAとイメージBをなるべく近いものにするのが、ひとまずのところ「小説がうまくなる」ということだと言えます。
 現状だと、読者が脳内にレンダリングするために必要な情報が足りてない感じ。一人称視点でエモく叙述しながらも、客観的な情報を自然に読者に提示していけると良いと思います。
 こういう世界観、こういう関係性を描きたい! というイメージはしっかりあるようなので、いっぱい書いていきましょう。自作もしばらく寝かせて、すっかり忘れた頃合いに読み直してみると客観視しやすいですよ。

謎の巡礼者:
 一族の復讐の為、神子と呼ばれる存在を殺しに来た主人公が、神子は操り人形に過ぎないと知り、殺すどころか助け出す話。
 格好いい場面と格好いい台詞の応酬で物語が進んでいくので夏のファミリー映画みたいな大作感がありました。
 プロットはシンプルで、最後に魔力を身に宿せない主人公のノクトが実は「夜の王」という、周囲の魔力を操ることのできる存在であることがわかり、一度敗北するも守られていた神子の奮起を経て再度立ち上がる、といったくだりは少年マンガ読み切り的メソッドで、押さえるべき展開をしっかりと押さえている作品でした。
 ただ、そうして「魅せたいところ」「描きたいキャラのやり取り」部分を続々と流し込んでくるので、その繋ぎの部分が分かりづらく、個人的には、1クールかけて放送されたアニメ作品の30分総集編を見せられているような感覚を覚えました。短編小説なので魅せたいシーンのオンパレードで全然構わないのですが、一度通しで読んだ時に与えられる情報量をもう少し調整して抑えてみると、イケメン(少女)な主人公ノクトと操り人形から脱するヒロイン(青年)ステラの格好良さがより伝わったものと思います。作者にとってどれだけ魅力的に思える設定だとしても削れるところは削れ! のヤツですね。ギリギリ一万字になっているのでこれでも削った方だとは思うのですが! なお、これは自分に対しても言っています。せっかく作った世界観、全部放出したいですからねー……。
 この後の世界が広がっていく余韻を残しつつも、一つのお話としてしっかり完結しているので読後感はスッキリしていてとても良かったです。

104:遠き宇宙 遠き故郷 遠き床/今井士郎

謎の有袋類:
 僕にゲー魔王をおすすめしてくれた罪を背負う者、今井さんが参加してくれました! ありがとうございます!
 前回は劇団の脚本家のお話である「あの日の夜の白煙の」とモブの視点を書いたファンタジー「一騎当千・男らの意地・そして鉄板包み焼き」を書いてくれましたが、今回は宇宙船を舞台としたお話です。
 無重力空間でストレス発散をしていた主人公が、足掻くお話でした。逆境。
 僕の察しが悪いだけなのだと思いますが、最後はやはりうんこをしたということでいいのでしょうか?
 序盤から便意のあれこれを書くと最後の仄めかしも「あ! うんこか!」と受け取れるのでそういうヒントがあると優しいかもしれないです。水の痕跡なので、小さい方なのかもしれませんが……。小さい方でも推進力は出そう。そう?
 宇宙船に詳しくないのですが、細かいディティールがしっかりしているように思います。色々なことの確認、こまめな連絡は大切。
 すぐに決死の決断をするのではなく、色々な方法で助かろうとするのもおもしろかったです。ちょっとしたストレス発散だったけど、損失がでかすぎる逆境度もなかなかすごい。
 こうして、また小説を書いてくれてうれしいです。ありがとうございます!

謎の概念:
 うんちかな? おしっこかな? 推力としては気合いの入ったおならが一番よさそうな気がします。ほぼジェットエンジンみたいなもんですからね。
 質感の高いリアリティある宇宙描写に支えられた超バカバカしい逆境てきシチェーションと、それに見合った超バカバカしい解決で、肩のちからを抜いてワハハと笑える感じでよかったです。
 文章は整っていて読みやすく、また具体的にどこがというわけでもないんですけど、全体的にひょうきんな独特な雰囲気があって良いです。掌編としての完成度は高いでしょう。
 ただまあ小品ではあるので、大賞に推せる感じではないですね。
 ちょうほうんかくSF物語ではなく、ガチガチの超本格SF物語を書き上げる地力はすでにあるように見受けられますので、ぜひ中編以上の規模にもチャレンジしてみてください。

謎の巡礼者:
 無重力空間に取り残された主人公! いきなりの逆境ですね。ワクワクするスタートでとても良いです。各話タイトルが名作オマージュになっているのも素敵ですね。個人的にこういう細かいところは割と加点ポイント。取り残されたところが無限に広がる宇宙空間ではなく、宇宙船ドッグ内の超巨大倉庫というのもオリジナリティを感じられて良いです。なによりロマンがある。主人公にとっちゃあたまったものではないですが。
 主人公がドジな女の子の造形なので映像化したら一定のファンがつきそうですね。オチもオチなのでコアなファンまで見込めそうだ……。うんこですかね、おしっこですかね。多分うんこだな(この辺も映像化したらわかりやすいっすね)。その辺、明言するのは難しくてもどっちなのかほぼ確定する一文があっても良かったかもしれませんね。「水の痕跡」だけだとどっちとも取れるので。よくできたゆるゆるSFショートショートとして完成しているので、特に大きなツッコミどころはないですが、最後のオチに向けた伏線を途中から多少散りばめていた方が読み物としての満足度は高かったと思います。
 こういう、割と間抜けに見える下ネタをある程度よく練られた世界観に放り込んでくるのも「ちょうほんかくSF物語」っぽくて良いですね。設定や科学考証がどれだけ正しいかは置いといて、肩肘はらずにこう、ゆるゆるのSFを描いているところもだいぶ好ポイントでした。

105:く/ポテトマト

謎の有袋類:
 前回は「にせ物の愛、モノトーンの」で参加してくれたポテトマトさんです。間に合って良かったね! 参加ありがとうございます。
 詩の素養が本当にないのと、僕に知識が無いのでわからないことが多かったです。ごめんなさい。
 僕にはわからないのですが、きっと詩が得意な人にはわかるのだと思います。
 受け取れた情報は、一人の少女の絵を描く画家の展示会に来ていること、おそらくその画家が脳内で見ていたという少女と同じ人物が語り部の脳内にもいるのだということでした。
 逆境要素や、語り部がどうしたいのかはわからなくてすみません……。
 僕に気に入られるための企画ではないので、これからも好きなように色々書いてみるのがいいと思います。
 書く体力を付けてから、作品に対して間口を広くするのか、好きなジャンルの人に思いきり刺さるものを目指していくのか考えてもいいかもしれません。
 書けば書ける!

謎の概念:
 ちょっと分かんなかったですね。与えられた情報から、わたしの頭の中にどういう情景を描けばいいのか分かんないです。
 キャプションには「ある画家の作品を眺める、女の子のお話です」とあるのですが、叙述している主体のパーソナリティに関する情報がほぼないので、透明な主体、三人称記述にちかくなっています。
 絵の話なのか、画家の話なのか、女の子の話なのか、なんの話をされているのかがまず分からないので、最低限、世界観のセットアップを済ませ、これからこういう話をしていきますよと読者に理解させたほうが良いでしょう。
 本文のないページや、ラスト1ページの意図もよく分かりませんでした。

謎の巡礼者:
 アングラ・マイルドルという画家の描いた四作を鑑賞する語り部の感想を連ねた作品。読み取り材料がそれだけなので、色々な読み取りができそうな作品です。アート鑑賞を描いた作品がそのままアートになっている作品、といった風でこれを小説と呼ぶかどうかは議論の分かれそうなところだな、などと思いました。
 タイトルの「く」とキャプションの「れなずむ」で「くれなずむ」になりますが、辞書を開くと「暮れなずむ」というのは「日が暮れそうで暮れない様」とあるのでそういう「◯◯しそうで◯◯しない」という「◯れなずむ」を表現したいのかな、などと読みました。後で作者なりの正解教えてください(こういう作品は作者の思う正解がそのまま正解にならないという面もあると思いますが)。
 これまた材料が少なすぎるのでよくわかりませんが、アングラ・マイルドルという画家とその絵を見ている鑑賞者は、同じ幻想の少女を見ているんですかね。そして同じ少女を見ながらも、鑑賞者は画家とは別のことを感じている、みたいなお話。
 作品と受け手の間にうまれる何かこそがアートの本質なんだ、という言説がありますが、幻想の少女はその象徴なのでしょうか。
 ……なんかコウ・メダユーみたいな講評になってる(知らなかったらググッてくださいませ)。そのくらい、読み取ること自体が難しいお話なので賞レースには不向きの作品なのは違いありません。
 個人的にはポテトマトさんの作風は好きなので、こういう路線を突き詰めてほしくもありますが、路線は変えず、そこに小さじ一杯のエンタメを加えてもバチは当たらないように思います。
 色々書いて色々やってみよう!
 以上、無理くり引っ張り出した作品講評でした。

106:夢のカケラ/ももも

謎の有袋類:
 勇者の従者を書いてくれたもももさんの二作目です。
 マジで本当にめちゃくちゃに申し訳ないのですが最終話で脳裏にゲー魔王の影がずっとチラチラとしていました。光のロクくんだ……。
 趣味の合う友達が死んでしまい、超有名週刊連載マンガに友達が登場して出てくるということからスタートするお話でした。
 発想がめちゃくちゃに好きですし、書かれていないのですが親友のおじさんが何故作品の中にいる甥を殺したのかもなんとなくわかる構成が好きです。
 お話がずっとモノローグ調で二人称視点なのですが、特別な効果を狙ったわけではないのなら、3話までは一人称視点で書いて場面を動かしながら、4話目という方がエモいかもしれない?
 めちゃくちゃにいいお話ですし、天寿を全うした主人公がずっと忘れないように書き続けていた親友との再会という結末はめっちゃ好きです!
 基礎体力は十分だと思うので、どうすればもっと威力を出せるのか考えると更にパワーアップ出来ると思います!
 エモゲージを貯めてブッパして読んでいる人の心を壊しましょう!

謎の概念:
 ベースのストーリーラインはオーソドックスな運びで良いと思うのですが、解像度が足りません。
 具体的には3話と4話のあいだ「ひたすら描き続けた」の部分。ここがドラマの中心なので、完全に書き飛ばされているのは良くないです。
 今回投稿されたもう一作品のほうもそうだったのですが、ベースとなるカメラの位置がずっと一定で遠いです。重要な場面ではカメラをグッと寄せて、具体的な細かい出来事や、キャラクターの心理の変化を仔細に描くようにしてください。物語のアウトラインをザッと素描したところで満足してしまっています。
 異世界転生のフォーマットにツイストを入れてやろうという意気込みで最初のアイデア出しをしたのかもしれませんが、仕上がりから見てみると、作中で異世界転生という単語だけが浮いているように感じます。異世界転生は新文芸ジャンルでの流行であって、週刊少年マンガジャンルで支配的であったことはないはずです。異世界転生という語が、この週間少年マンガを軸とするこの物語においてはノイズにしかなっていないので、単純に削ったほうがいいでしょう。削っても成立します。
 書けば書ける、のラインはクリアしています。ここが小説てきに一皮むけれるかどうかの瀬戸際です。途中で投げ出さずに踏ん張って、自分で作ったキャラクターの心理に、いけるところまで肉薄してください。書き続けましょう。

謎の巡礼者:
 めちゃくちゃ読みやすくてめちゃくちゃしっかりまとまっていましたね。
 死んでしまった友人と夢の中で再会する話。それだけなのですが、そこにフィクションに対する救いや未来への希望を衒いなく組み込んでいて、とても綺麗な創作讃歌になっていたと思います。こういう話をするときにお話自体がお粗末だと一気に説得力を失うものですが、本作は物語のセオリーに忠実であり、起承転結もはっきりと押さえていたのでテーマと作品とが乖離することなく最後まで読めたと思います。
 本作は夢の中、漫画のキャラクターに転生したのかな? と「君」が疑問を呈するところから始まるお話ですが、焦点が終始「週刊少年ジャック」に当たっている物語なのでそこに多少のミスマッチを感じました。せっかく現行の週刊少年ジャンプの連載作等をパロディした作中作の感想戦を描写しているのに、そこだけプロデューサーに流行りの要素入れとけって言われたからフックとして入れた深夜ドラマみたいな違和感を感じました。当然、これはスポンサーのいるドラマ作品ではないので、一風変わった異世界転生モノだったのだとしても作中でそれに触れる必要はなかったかな、と。そういうのは読者が勝手に感じれば良いので。
 後はこれは完全に自分の好みなのですが、人生の最期を「よかったあの頃」に帰って終わる、という話が私は綺麗すぎてあまり好きではないので、第3話から第4話まででそこまで綺麗にお話を締めるよりも、主人公が漫画を描いて描いて描きまくって、ようやく連載にこぎつけた、くらいのところで友人のことを思い出して終わり、くらいの方が好きでした。
 以上2点は半ばいちゃもんめいた講評であって、作品としてはめちゃくちゃ好きな部類です。何より上記に述べたように、確かな手触りでフィクション/創作への希望を恥なく描いているのがとても良いです。
 とても素敵な物語を読ませていただきますハッピーでした。

107:人魚は歩けない/いぬきつねこ

謎の有袋類:
 第三回こむら川小説大賞の覇者です!
 前回は「夏のおわりの天狗の子」と「池中さんは池の中」で参加してくれたいぬきつねこさんですが、今回は人魚のお話でした。
 顔の抜群に良いクズ気味の男が人魚に食われるお話でした。
 徐々に愛に目覚めていって……だと思ったら、そうではなかったというどこか痛快なお話。
 伏線回収も綺麗で気持ちよかったです。
 しっとりとしていて、どこか色気のある文章がすごく好きなのですが、人魚の描写もすごく好きです。養殖場があるのも「なるほど!」となりました。
 ところどころ草太が颯太になっていたり、地の文章の一人称がブレていたりするので、名前系だけ気をつけて推敲するのが良いかもしれません。
 主人公のクズさ、そして最初に自殺をした女の妊娠検査薬が後半になって呪いのようにまとわりついてくる嫌さなどなどじっとりとしながらもどこか爽快感のあるとても良いお話でした。
 あとは体力を付けるだけだと思うのでたくさん書いて、中編長編などにチャレンジしてくれたら僕がうれしいです!

謎の概念:
 根本的に小説が上手な作者さんだと思います。
 厭~などんでん返しなんですが、事前にちゃんと雰囲気を盛り上げられているのでいいですね。主人公の主観記述では順調なように見せかけておいて、些細な違和感や不穏さを紛れ込ませるのが上手で、どんでん返しにも説得力があります。
 人魚を養殖するというのは、ありそうでないラインのアイデアで良いですね。また、エビスサマがみんな同じ顔で主人公には区別がついていないというのも救いがなく、画てきにも非常に禍々しくて良いです。
 強いて言うと、これまで女を消耗品としか考えていなかった性根がカスの主人公が、エビスサマに入れ込むようになるエピソードにもうちょっとしっかりとした説得力があると良かったかもしれません。
 これまで誰も彼の物語に興味を示さなかった、というのが主人公のコンプレックスであり、エビスサマはその点で主人公にとっての救いであったのだ、という筋だと思うのですが、もうちょっと強調があってもよかったかも。
 最後は普通にバッドエンドなのかメリバなのか分かりませんね。主人公にエビスサマへの信仰心のようなものを芽生えさせ、崇拝するものと一体になれるメリバてきなエンドでもよかったかもしれません。

謎の巡礼者:
 エビスさまと呼ばれる存在の世話係となった男のお話。
 男の身の上を語る前半のお話から急に一転、気づけば攫われてエビスさまの世話係になるという構成なので、途中まで「最初の話は何につながるんだろう」と疑問に思いながら読んでいましたが、最後まで読んで膝を打ちました。良いですね。これは良い。男の心の変化も読み途中までは「こいつ基本的にクズだったのになんでこんな簡単に改心した、みたいなマインドになってんだろう」と思ったりしてたんですが、それも織り込み済みのラストでしたね。良い。こういう良い意味で読んでいる自分を裏切ってくれる作品はとっても好きです。
 とは言え、途中であまり疑問符を抱かせ過ぎると最後まで読む前に飽きてしまう、ということもあるので、主役である男の心情の変化は男目線でしかないにしてももう少し丁寧に描けていても良かったかな、と思います。ストーリーラインと伏線の散りばめ方は最高だったので、最後に地獄のどん底に叩き落とすのだとしても、読者が男の心に多少なりとも共感していけるような作りだと、その叩き落としも映えるというものです。
 男はエビスさまを愛していた気がしていただけで、何体もいる彼女たちを見分けられていなかった、というのも最低で好ポイントですね。最後までデッドコースを突っ切るのに余念がない。とても良い。
 誤字脱字のチェックだとか、上記のような読み味の構成精査だとかをしっかりしたら、かなりレベルの高い短編として今後ずっと残していけると思います。

108:夏の選択とその集積/目々

謎の有袋類:
 アロハの似合う男はいいぞ……。※必要な条件が不足していますと、対象:非対応につき読込不能で参加してくれた目々さんです。参加ありがとうございます。
 先輩と肝試しに行くことになり、選択ミスを放置した結果、自分だけ助かったという話。
 怖い場面がめちゃくちゃに怖い。映像化したらもっとヤバそう。子供が出てくるところからの描写がすごく怖くて好きなのですが、先輩が「仏間にいるよ」と言ったところが本当に「あ! もうだめだ」感が漂っていてマジでやばいなって感じさせる描写力がすごいなと想います。
 全体を通して怖くて嫌だなって話なのですが、振り返っている感じの地の文なので主人公は助かるんだろうなとちょっと予測出来るので、特に確固たる理由がないの限りは現在進行形で書いた方が更に怖さとハラハラ感が伝わってきたかもしれません
 構成も内容も描写も本当に怖いので、あとは読んでいる人の不安を今後もどんどん煽っていきましょう!
 アロハの似合うバカな男が好きなので、楽しく読めました。最後に主人公を逃がしてくれた人はなんだったのでしょう。ホラーはこういうわからない部分もあるのがいいなとなる派なのですが、ここらへんは本当に好みの差だと思います。
 こういう全講評系企画での反応をうまく踏み台にしてどんどん作品を書いてくれるとうれしいです。

謎の概念:
 オーソドックスな怖い話ですね。
 後半のホラー描写は画てきな怖さがあって非常に良いです。映像化すると映えそう。
 一方で、結果的にはなんの因果も因縁もなく、不運で怪異と行きあってしまっただけのお話っぽいので、主人公と先輩のパーソナリティや関係性は、さほど重要でないところがあります。
 前半部分で結構な紙幅を割いてそのへんの説明がなされるのですが、必要な情報は「ノリで酔った大学生が心霊スポットに行った」だけなので、物語上ではとくに大きな役割を果たしておらず、バッサリとカットしてしまっても影響がなさそうです。前半と後半が分断されていて、あまり繋がりがないんですね。
 とはいえ、前半部がないと本当に2ちゃんの怖い話っぽくなってしまって小説らしさが出ないので、前半と後半になんらかの繋がりを持たせるのがいいでしょう。
 前半部でのなにかほんのちょっとした先輩の嫌な部分が、最後、主人公に手を離させるきっかけになっただとか、あるいはなんらかの行動、アイテムなどが主人公だけが見逃される理由になった、などですね。伏線と、伏線回収ということです。
 とはいえ、怖い話は説明がつきすぎても興ざめなので、このへんはバランス感覚が重要です。たくさん書きましょう。

謎の巡礼者:
 酔っ払って心霊スポットに突っ込んでいった先輩を追っかけて行ったら、先輩がモノの見事にフラグを踏み抜きまくってしっかり犠牲になった話。
 語り部はマジで巻き込まれただけで、巻き込まれただけゆえに助かって良かったね、の話ではあるのですが「あのとき手をとっていたら」という後悔を残して終わる、という嫌な読後感を残す、とても良いホラー話でした。
 話としては「バカな大学生が心霊スポットに突撃して案の定酷い目にあった話」というだけなので、主人公と先輩との仲を描いてラストに後悔を残すというのがお話としての面白さ。──なのですが、だとすると先輩とのエピソードと最後に先輩を見捨てるまでの主人公の心の動きが、もう少し描けていても良かったかな、と思います。さもなくばいさぎよく怪談部分以外は完全にカットしてしまうか。ただ、語り部による最悪を繰り返す先輩に対する焦りやツッコミが面白いというのも本作の良さなのでこの辺りのバランスは難しいところではありますね。似たような話をどんどこ書いて、自分が一番書きやすいかつ読者にウケるバランスを探っていくと良さそうです。
 多分本作に関しては評議員三人色々とバラバラなことを言ってると思うので、それらの都合のいいところを拾い上げて次回作の参考にしてもらえると嬉しいです。

109:ありふれたロマンティック・ウォーリアーの平凡な恋/狐

謎の有袋類:
 BBBを書いた狐さんの二作目です。
 作中の『今から、瑠奈ちゃんの胎内に還る』がめちゃくちゃにキモくてよかったです。狂っている主人公なのですが、どこか正常というか、結婚を夢見たり、同じ名字になりたい的な発想などを持っているのが「形貯水タンク」を好きであるという利点を活かしきれてないかも?
 せっかく最初から形貯水タンクというカードを出しているので、フルスロットルでやべーーーーやつを書いた方がいいかもなと思いました。
 結婚や同じ名字どうこうよりは、瑠菜ちゃんの胎内に還って瑠菜ちゃんの中にある水を私が独占したいとか、瑠菜ちゃんから流れた水を飲んでいるあのマンションのみんなは瑠菜ちゃんとキスをしていて許せない的な方向性の方が映えたのかなと思います。
 引っ越しをしてから、取り壊しが決まり、貯水タンクの中に入って犯罪の流れはめちゃくちゃに好きです。恋する乙女は盲目ですからね。
 ゴリラを暴れさせようとがんばっているのは五億点! どんどんチャレンジをしていきましょう!

謎の概念:
 短編小説はエッジが命なので、奇抜なアイデアを捻りだしてやるぞ! という前のめりな意気込みが良いです。貯水タンクに恋をするのは、なさそうでギリギリありそうでもある絶妙なライン。
 でも貯水タンクに恋をした! というブチ切れた設定のわりには、本文や展開がわりと正気度が高いですね。読後の印象も、意外とこじんまりとまとまっちゃったなという感じ。うまくやろうなんて利口ぶった考えは捨てて、でたらめをやってみましょう。
 主人公の瑠奈ちゃんへの想いを綴るパートがちょっと淡白で、ロマンティックウォリアー感を十分に出せていない印象も受けます。もっとキショくていいかもしれません。「一緒になってるよ、私たち」は最高にキショくていいのですが、ここらへんが最大火力なので、まだ物足りなさがあります。もっと火力をあげましょう。
 親友もいいキャラをしているのですが、現状だと物語上での役割があまりないので、もっと動かしていいと思います。
 変則的な純愛もの、かつ余命ものでもありますから、設定てきにはお話を展開させやすいはず。もっと主人公を右往左往させて無様に足掻かせたほうが良かったかも。世界の中心で愛を叫ぼう!

謎の巡礼者:
 貯水タンクに恋をしたのロケットスタートから始まる無機物恋愛モノ。そんなジャンルはない。ないが、何作か思いつくのでジャンルとして確立しても良いのかもしれない、というのは与太話です。
 貯水タンクに瑠奈ちゃんと名付けて恋をした主人公の逆境ラブストーリーでした。良いですね、昨今のダイバーシティにも配慮した素晴らしい設定です。絶対違う。
 ──とは言え、そういう配慮も多分狐さんの「貯水タンクに恋する女」エミュを邪魔していたのでしょう。ロマンティックウォーリアーの悲哀を描きたいのか、クィアなラブストーリーを描きたいのか、主人公の爆速狂いっぷりを描きたいのか、どれかどれやらどっちつかずになっているように思います。短編小説として姿勢がブレてしまうと、読む方もノレないので「自分の書きたい方向性はこれ!」と決めてそれに専念して行った方がより面白い一編に仕上がることでしょう。
 多分どれと言われたら、方向性として爆速狂いっぷりが描きたかったのに一番近いと思うので、だとするならば主人公の恋に対する狂いっぷりをもっと入念に、躊躇なく描いてみると良かったかもしれません。
 発想も面白かったし、物語としての締まりも良く、終始笑顔で楽しむことができました。

110:本当に恐ろしいのは人間/こくまろ

謎の有袋類:
 【猫耳爆乳美少女全裸待機中】の作者さんの二作目です。
 どういうことなんだろなーと読んでいたら、語り部は人間でした! というオチでした。
 話を聞いている相手が幽霊でしたというのと、実は語り部はお化けではありませんでしたどちらもびっくりさせようというサービス精神はとても良いことだと思いますが、どちらの情報も薄ら見えていてびっくり度は低かったので、どちらかを囮にすると効果的にびっくりさせられるのかもしれません。
 語り部はもう完全に虐待されてる人間じゃん……とバレバレくらいに書いて読む側を油断させておくと聞いている側は人間じゃなかったです!がハマりやすいかな? と思います。
 聞いている側の情報も「そういえばどこから来たのですか」とか「顔色が悪いような」的に語り部に心配させてみると、結末の虐待死した語り部と、死が近いので見えるようになった幽霊というオチが光ると思います。
 【猫耳爆乳美少女全裸待機中】でもそうなのですが、アイディアや発想力が優れていて、コミカルな語り口調も馴染んでいると思うので強みをどんどん活かしてたくさん作品を書いて欲しいなと思います。
 こういう全講評企画を踏み台にしてどんどん強くなってくれたらうれしいです。

謎の概念:
 ありきたりなタイトルで読者に「あ~はいはい。そういうのもうホント飽きてるんですけど」という先入観を抱かせ、それ自体をミスリードにしたどんでん返しですね。
 冒頭で速攻で読者をズッコケさせ、最後にまたタイトルを回収するという感じで、読者を振り回す手法としてはオーソドックスなんですが、上手にできていると思います。色んな伏線が、最後にちゃんとぜんぶ回収されていますね。
 ただ「お上手ですね」という印象で終わってしまっているところはあるので、もう一歩進んで小説としてのおかしみが提供できていると、また数段評価が上がると思います。現状だと小説を書いているというよりは、ネタを書いている感じなんですね。
 小説においてはギミックや伏線回収度、ネタの部分というのは付加価値であって、本体ではないです。ギミックを成立させることだけに終始してしまうのではなく、小説そのものにも注力しましょう。

謎の巡礼者:
 オバケの視点から「本当に恐ろしいのは人間だよ」と語られていく話かと思ったら「本当に人間が恐ろしかった」話。ははあ、レトリックでございますね。
 最初から一般的に想像される幽霊の主張としては違和感があるまま読み進めると、最後の大オチに唸らさせる、という作品でめちゃくちゃ良い発想だと思います。
 作品としては発想だけで突き抜けた手触りがあるので、一編の小説としての面白さを突き詰めるためにはどんでん返しに至るまでの流れを工夫することもできたように思います。最後に新聞記事の抜粋をポンと置くだけでは味気ないので。とは言え、オバケの視点だけで曖昧にせず、ちゃんと読めば意味がわかる塩梅はちょうど良いです。このバランスを保ったまま、インパクト勝負だけでなく、物語としての体を肉付けしていくようにしましょう。あくまでインパクト勝負でいくのであればオバケの語りはもう少し削れたと思いますが、それだと文字数が足りなくなるんですね。
 面白かったです。聞いていていい感じに嫌な気持ちになるナイスアイデアでした。

111:絶対にシリアスになる世界/理沙黑

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ギャルとゾンビとファンタジー! おもしろそうなものてんこ盛りの作品でした。
 ギャルが一人称で語るので地の文が多少ギャル(概念)しているのですが、話の内容としてはゾンビハンターのいる世界でゾンビを殺すと保証金もでるからゾンビをたくさん殺している双子の姉妹が、ふわふわの生き物にいきなり魔王討伐を頼まれるという感じでした。
 魔王を倒しても特に変わることはなく、日常に戻っていくのでせっかく大々的にタイトルに掲げている「絶対にシリアスになる世界」の真偽もふわふわしてしまうのが勿体ない気がします。
 魔王を倒した後にご褒美的なものや変化があるとタイトル的にもいいのかもしれないなと思いました。
 登場人物達がかなり魅力的ですし、世界の設定も好きなものを盛ってやるぜ! という気概に満ちていて僕はすごく好きです。
 書きたいものを書く力は十分にあると思うので、これからもどんどん色々なものを書いて欲しいと思います。

謎の概念:
 この文体のまま息切れせずに一万文字を書き切ってしまう肺活量と体力は大したものです。
 お話としては無双系で、とくにピンチに陥る描写などもないので、爽快感はあるものの単調ではあります。魔王に自己紹介の隙すらあたえず瞬殺したり、モケケを躊躇なく水責めで拷問したりと、主人公ふたりのあっけらかんとした容赦のなさは描写されていますが、これだとふたりが強いというよりも周囲がザコいという印象になってしまうので、もうちょっと工夫があってもいいかも。
 レイコとケイコの関係性にしてもわりあい描写が淡白で、最後に手を握るくらいなので、もっと細かい具体的なエピソードの積み重ねがほしいですね。
 あと「絶対にシリアスになる世界」の意味はよく分かりませんでした。本来は絶対にシリアスになる世界のはずなのに、まったくシリアスさのない主人公ふたりだけが異常という設定でしょうか? それならそれで、もうちょっとその点、誰かの口から補足説明があってもよかったでしょう。
 緊張感のないギャルふたりがゾンビが蔓延したポストアポカリプス世界で元気にやっていっている世界観は良いので、物語を丁寧に展開してもらいたいです。

謎の巡礼者:
 ギャルとゾンビと魔王とファンタジーとテンコ盛りでテン上げな話。
 この世界は絶対にシリアスになる世界で、魔王を倒せばそれは終わると言われたJKゾンビハンターが無双するお話で、終始ギャル口調で進む物語という構成はだいぶ面白く、これだけ特濃の設定であるというのに途中で全く息切れすることなく読み進めることができました。絶対にシリアスになる世界って言いながら、ゾンビが普通に跋扈する世界で生まれて生き延びたギャルの容赦のない価値観で世界が語られるから全然緊迫感がないのは謂わばシリアスな笑いで面白い。
 ただ、それを狙ってやっているのかどうかよくわからなかったのです。タイトルにもなっている「絶対にシリアスになる世界」という意味の真相が魔法少女に契約せまってくるマスコットみたいなモケケの方便だったのか、それとも言ってること自体は本当だったのかわからないままに終わったから余計。
 テンポよくお話が進んでいくのでサクサクと読み進めることができるのは本作の利点です。しかし、サクサク過ぎて物語の引っかかりがないままさらっと終わってしまうので、キャラクターの内面や関係性であるとか、モケケが結局どこから来たのかなどの設定であるとか、どれでもいいので焦点を当てて描写してみても良かったと思います。そんで書くだけ書いて、最後には最強の二人でブッ飛ばせばいいんです。そんなことはあたしらには関係ないし~のノリで。
 今回のギャル+ゾンビ+ポストアポカリプスという発想自体がめちゃくちゃ秀逸で、小気味よく描けていたので、文章を書く筆力だとか物語展開には全く問題なし! なので、後はそれを盛り上げる演出と世界観提示を期待します。

112:クロノスタシス/御調

謎の有袋類:
 前回は「ただいま前夜」で参加してくれた御調さんの作品です。参加ありがとうございます。
 悪魔と契約をした女性のお話でした。
 特に大きな出来事は起こらず、意にそぐわない契約を提示してしまった主人公と、契約を果たすために主人公の側にいる不器用な悪魔の組み合わせはとても良いですね。
 人生で最も美しい瞬間にこの身の老いを止めよという契約を果たすために毎朝「今日がおまえの人生で最も美しい日か」と聞いてくる悪魔と人間が少しずつ距離を縮めていくのが好きでした。
 最後にやっとジョークを言って笑って終わるところもしんみりとしてよかったです。
 登場人物が二人で、場面もあまり動かないので静かな作品なのですが、退屈せず読めたのは御調さんの書く力が高いからだと思うのですが、読んだ人の心に一太刀残すぞ! みたいなものも読んでみたい気がします。
 ゴリラ(概念)を暴れさせて制御不能なくらいになった物語をなんとかすると今までとは違った作品が書けると思うのでそういうチャレンジをしている御調さんも見て見たいです!

謎の概念:
 たぶんファウストの「時よ止まれ、お前は美しい」からの発想ですかね。叔父を生き返らせようとしたら、実はその召喚の儀に願いまで織り込まれてしまっていたという筋。
 最終的に物語は「悪魔が冗談を言った」で締めるのですが、ここの冗談がけっこう分かりにくいですね。堅物の悪魔らしいといえばらしいのですが、もうちょっと頑張ってベタベタのジョークを言って、しかも滑ってるくらいのキャラ崩壊を起こしたほうが、お茶目に見えたかもしれません。
 そもそもの物語の起点である叔父の復活も、いつの間にかなぁなぁでなかった話になっているので、ここは悪魔との関わりのなかでフレデリカの心情に変化が起こり、いつしか叔父のことなどどうでもよくなったのだという風に見せられると、さらによかったかも。
 悪魔はなんのメリットもないまま長く付き合わされていて不憫にも見えてしまうので、彼のほうにも「悪魔にとっては数十年程度はなんてことない」とか、あるいは「冗談が言えるようになった」は悪魔にとって十分にメリットあるおかしみである、みたいな描写があると、フレデリカと互恵的な関係になり、読み味が爽やかになるかもしれません。
 現状のそっけなさは、はっきりと語りすぎないいぶし銀の絶妙なラインを狙ってのものだとは思うのですが、「遅かれ早かれ、悪魔との契約を後悔する」と、みえみえの伏線を置いていますから「後悔なんてなかった」みたいなことをフレデリカに語らせて、しっかり伏線回収してもよかったかもしれません。
 物語を締めるのはいずれかひとつの要素になるわけですが、それ以外の部分についても、野暮ったくなりすぎない範囲では回収していったほうが綺麗でしょう。

謎の巡礼者:
 悪魔との契約モノ。1話から悪魔召喚をし、その召喚の不備を悪魔から指摘される流れによる物語への興味の引かせ方が抜群に良かったです。ファウストを思わせるクラシカルな雰囲気を感じられたのも良い。真面目で寡黙な悪魔レブカとせっかくの悪魔との契約をふいにしたフレデリカというキャラクターの魅力が物語を牽引していて、かなり理想的なストーリーテリングだった思います。
 物語の最後にフレデリカは結局契約を終わらせることなく天寿を全うし、冗談を言えなかったレブカは最後にはじめての、つたない冗談を言って二人の関係が終わる、という結末も好きでした。おそらく悪魔であるレブカにとってはフレデリカの一生を共にしたことはほんの僅かに感じられる時間に過ぎなかったのではないかと想像しますが、彼女の最期に堅物のレブカが契約を遂行することなくとも笑顔を見せた彼にとって、それは悪いものではなかったのだろうと思わせるだけの演出をさらっとしているのもさりげなくて素敵です。
 キャラの魅力で物語を飽きさせることなく読ませられているのはすごいのですが、一万字弱のお話で二人の関係性を多少提示して、最期の時だけ見せられる、というのは少し勿体ない気がしました。物語の序盤と最終回だけ読んだ気持ちです。せっかくの魅力あるキャラクターなので、彼女たちが日常でも非日常でもどちらでも良いから、生きた中で起こした道中の心情の変化をもう少しだけ見たかったな、と。
 次に誰かに召喚される時があれば、レブカはその召喚者にどんな悪魔と見られるのでしょうね。冗談が好きな割にへたくそな、不器用な悪魔になっていたら良いな。

113:「俺は犯人じゃない!」/吹井賢(ふくいけん)

謎の有袋類:
 『次の球種は?』を書いてくれた吹井賢さんの二作目です。
 裏切り方が綺麗ーーーー! やっぱりお前が犯人か!
 犯人じゃ絶対にないでしょ! でも状況的にはどうなんだろう……と終わったところでエピローグで真相を明かしてくれておもしろかったし、すっきりしました。
 そして、殺人の犯人としてはなあなあになったけれど、食い逃げの犯人扱いされている主人公……不憫かわいい。
 これは僕が普段本を読みなれていないせいだと思うのですが、どこからどこまでが地の文で、地の文がどこまで周りにいる人に聞こえているのかわからなくて一瞬だけ混乱をしました。
 最初だけ「?」となりつつも全体の話がテンポ良くぐいぐい進んでいくので全体的にはとても読みやすくてわかりやすかったです。
 登場人物も多いのですが、メインの探偵役と被害者加害者目撃者以外はさらっと出てきてさらっと去るので「誰が誰?」となりにくいのもめちゃくちゃにすごいと思います。
 世知辛い休日の緊急連絡が田中を襲ったのが個人的にはめちゃくちゃに好きです。
 六千字ちょっとでサクッと読めて面白い探偵ものでした。熱中症には気をつけよう!

謎の概念:
 ミステリーの皮を被ったシチェーションコメディなんですが、ミステリーてきな状況設定も、コメディてきなキャラクターも、ちょっと一押し足りない感じです。
 まず「……『信号待ちの若者を車道へと突き飛ばし犯』って、なんすか?」という被害者のセリフにもあるように、冒頭で設定された状況じたいがわりと「なんすか?」という程度のもので、わらわらとキャラクターが集まってきてワイワイはじめるにはインパクトが弱いです。軸足はコメディにあるわけですから、リアリティをかなぐり捨ててでも、ありえないくらい大げさな状況を設定してしまってよかったように思います。
 キャラクターも、エルロックだけはやたら濃い味なのですが、彼が主人公としてトンチキ推理で物語を牽引していってくれるのかと思いきやそうでもなく、わりとガヤのひとりという程度で、お話の中で果たしている役割が少ないです。
 それ以外のキャラクターはだいたい薄味で、モモは地下アイドルで僕っ娘という設定があるのですが動きが少なく、あまり活かしきれていない印象。コメディですから、もう出てくるやつ全員、いけるだけ外連味を盛りゴリゴリ状況を動かしましょう。サブキャラ全員ボケで主人公がツッコミ、という配役がやりやすいかなと思います。
 主人公を張れる濃いキャラを中心に据え、周囲を彩る奇人変人を揃えて、もっとガヤガヤ賑やかにできると楽しいと思います。

謎の巡礼者:
 信号待ちの若者を車道へと突き飛ばし犯の容疑をかけられた主人公!
「俺は犯人じゃない!」と主張する主人公、それじゃあこの事件の真相はなんなんだ!
 ……という形式のシチュエーションコメディ。小劇場でやれる系のシチュエーションコメディを書いてくる参加者は今回多くて本作もそのうちの一つでした。
 熱中症には気を付けよう、などの笑いどころをしっかり用意しながら、主人公のツッコミと共にポンポンとテンポよく読み味はとても良いです。ただ、上記の通りあまり尖った部分がないと他のコメディに埋もれてしまうジャンルでの挑戦ではあるので、舞台が喫茶店から動かない分、出てくる登場人物のインパクトをめちゃくちゃに上げていっても良かったと思います。今のところ充分にキャラが濃いのがエルロック田中くらいなので、自称アイドル桃山も話は聞かせてもらった仏谷刑事も、もっともっと属性を盛りに盛ってしまいましょう。最後の野次馬女子高生がまともなのはそれはそれで笑えるので据え置きで。
 そしてエピローグで明かされる衝撃の真相も、なるほどそういうことかー! という納得ができるような伏線が随所にあっても良かったかも。
 個人的には舞台上で彼らを演じる俳優のやいのやいのを脳内でありありと想像できたのでそれで満足はしました。
 熱中症には気を付けます!!

114:トラックに轢かれて転生した俺の第2の人生はトロッコ問題で轢かれる役でした/ラーさん

謎の有袋類:
 だから僕は先輩と、この喫茶店を繰り返すを書いてくれたラーさんの二作目です。
 温度差がエグい! 切ない二人の物語からのギャップ!
 トラック問題の一人側に転生した主人公、トロッコにのるひろゆき! 出てくるシャイニングの扉から顔を覗かせている人!
 縄文人も好きなんですけど、縄文人、一体誰なんだ……。SSR与謝野晶子が「死にたまへ」というところが好きです。実在与謝野晶子さんも苛烈な性格だったのでしょうが、まさか後世で力道山を殺さなかったとかマッチョの偉人として描かれているとは思わないことでしょう。
 ラストの「俺たちの冒険はこれからだ!」エンドも好きなのですが、与謝野晶子さんが神々を葬るかずっと佇んでいるだけのジャックニコルソンが何かをしてもおもしろかったかな? と思います。最後の着地はどでかく派手にいったほうが作品の温度感的と僕の好み的にはよかったかもなと思いましたが、はちゃめちゃでわはは! と全体的に笑えてすごく好きな作品です。
 ジャック・ニコルソンが最後までずっと佇んでいるのが僕は好きです。
 バカのFGOおもしろかったです。

謎の概念:
 KUSO小説を書くぞ! というモチベーションで書かれた見事なKUSO小説! という感じでいいですね! こむ川賞はKUSO小説も大歓迎です! ちゃんとトイレでうんちできてえらい!
 タイトル出オチ感が満載なんですが、出オチでこじんまりとまとまらずに、最終的にはこの腐った世界のすべてをぶっ潰す! くらいのところまで風呂敷が広がったので、わたしは大満足です。
 最初から最後まで完全無欠のKUSO小説ではあるんですが、一話めの「こっちに切り替えろっ!!」で、ちゃんと読者が応援できる主人公像を設定できているのがいいですね。セーブザキャットの法則!
 レバー切り替え役がひろゆきで、召喚される最強の英霊が与謝野晶子(ネットミームのすがた)なあたり、賞味期限の短いネットミームをがんがん取り入れている感じがKUSO小説らしくていいのですが、その筋でいくとジャック・ニコルソンはちょっと浮いてる感じがしなくもないです。
 与謝野流柔術の解像度と比較するとジャック・ニコルソンや、ひろゆきのひろゆき感などが手薄なので、そっちのほうにも「わかる~」な小ネタが盛り込めたらもっと楽しかったかも。

謎の巡礼者:
 不条理ギャグですね。このジャンルでの話は伏線とか物語とかなんかそういうしゃらくさいことは全部どっかにほっぽって、評価対象が「笑いのセンス」みたいなものになってくるので、最強だと思っています。俺がルールだ! を押し出しやすいタイプのKUSO小説。
 主人公が猫を助けるために死んで転生したタイプの人間という、ちゃんと好感もてるキャラクターであることが、この何でもありの不条理をしっかりとまとめる軸になっていて良いです。主人公が軸にさえなってくれればどんなめちゃくちゃやってもお釣りが来ますからね。素晴らしい。
 ギャグなので細かいところへのツッコミとかは野暮ですね。そういう笑いだと呑み込んで楽しんだもん勝ち。
 スーパー縄文人めっちゃ好き。なんなんだお前は。
 暇を持て余しているひろ〇きの顔した神様、確実にぶん殴りたくなるのは当然ですね。
 ジャック・ニコルソンが召喚されてからずっと空気なので、そのずっと空気の部分も賑やかし要因になったりして、もうちょっと笑いに繋げられると良かったかな、と思いますが気になるのもそのぐらいです。
 めいっぱいのKUSO小説、楽しかったです。

115:愛の歌を君に!/まこちー

謎の有袋類:
 前回は砂の王子シリーズの番外編である「人魚の楽園」で参加してくれたまこちーさんです。参加ありがとうございます。
 今作は砂の王子第三部からのお話でした。馴初めのお話めちゃくちゃに良いですね! キュン!
 なのですが、初めてまこちーさんのお話に触れる人にはめちゃくちゃに敷居が高いお話になっている気がします。
 はじめて読む作品でたくさん人が出てくると、多分覚えられない人も多いのでフォーカスをドミーとケイトに絞ってあげて、他のみんなは「この話では」モブに徹してもらった方が、はじめて作品を読む人には親切だと思います。
 恋人がいる相手への恋というシチュエーションや、王道の扉を開いて結婚を止めるシーンなどなどキメのシーンはよく描けていますし、多様な個性を持ったキャラクターたちが楽しく描かれているのがまこちーさんの作品の良さだと思います。
 書きたいことを好きに書けるようになった後は、どういう人向けに何を見せたいかを意識して書くと作品としての方向性がギュッと濃縮されて更におもしろくて間口の広い作品になると思います。
 これからも楽しんで創作をして欲しいです。

謎の概念:
 お話の筋じたいは極めてシンプルなのですが、登場キャラの数が多くて序盤がけっこう大変ですね。これからこういう話をしていきますよ、という枠組みをまず提示して、誰にフォーカスして読めばいいのかを明確に示してもらえると分かりやすいかもしれません。
 セレブレティなパーティー会場の様子であるとか、ドミニオが歌うシーンなど、おそらく画てきに映えるであろうシーンがすごいさらっと流されてしまっているので、もったいないです。このへんはじっくりと腰を据えて描写したほうがよかったと思います。ただ誕生日パーティーと書かれてしまうと、わたしてきにはけっこう庶民的な誕生日パーティーが思い浮かんでしまうので。しっかりとした描写で煌びやかなシーンを演出してもらいたい。
 あと細かい点なんだけど、キャラの名前からしてたぶん海外(あるいは架空の異世界)が舞台の物語だと思うのですが、ファミリーレストランは和製英語なので、わたしの場合はファミレスと言われた瞬間に日本的な景色がレンダリングされてしまいます。ダイナーなどの語彙に置き換えたほうが雰囲気が出るかもしれません。
 華やかでゴージャスなお話なので、表現する語彙もそれに合わせて華やかでゴージャスにできるとかっこいいでしょう。

謎の巡礼者:
 好きな女を悪い男から奪い取る話。
 みんな大好き救済ハッピーエンドでにっこにこです。
 お話自体は王道でとてもわかりやすいのですが、序盤に出てくる登場人物がわちゃわちゃ多いと読んでいる方としてはどこに視線を向けていいか混乱してしまうな、と思いました。今回の場合ならファミレスのシーンから始めるよりも、最初からドミーとケイトのシーンから初めて、そこからファミレスのシーンに続けた方が読みやすさは上がったように思います。とは言え、長編のスピンオフとのことなので、まず最初にバン! と何人か原作キャラを出してそこから回想に飛ぶ、というのは原作キャラが好きな人向けに対してはなしではないのです。単純にターゲットをどこに向けるかによって描写の順序が変わってくる、という話ですね。また本作は限りなく現代日本に近い世界観なのですが、実際には現代日本ではないので、ファミレスや誕生日パーティーなど、現代日本人が想像しやすい部分こそ詳細に描くことで読む際のちょっとした引っかかりをなくせると思うので、そういう情景描写にも気を配ってみましょう。私はこういう現代日本ぽいファンタジー世界は大好物なので設定自体はとても好きです。ディテールを詰めて、せっかく用意された魅力的な世界観、読者の解像度を爆上げにしていきましょう!
 物語としては芸能界を舞台とした、王道のラブストーリーで読みやすく、安心して読める手軽さがあってグッドでした。こうやって奇をてらうことなくしっかりしたストーリーラインを組める、というのは確実に強みです。
 用意した世界観設定、字の文の描写、エピソード提示の順番など、どうすれば自分の伝えたい物語が最も映えるのか、色々書いて色々試して一番エモを届けられる形態を探していってください!

116:六文には足りない人生/@ Agorannku

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 死んだら賽の河原に美少女になった奪衣婆がいたお話&スマホの残高が足りなくて六文銭を集めるお話でした。
「この姿を見たのはお前が初めてだよ」というセリフを後半の賭けに活かしているのがすごく気持ちよかったです。賭けに乗り気なおじさんたちも善人ではないけど悪人でもない感がすごく好き。
 最後の「きっと俺は地獄に行くだろう」だけ、ちょっと屁理屈を言っただけなのに? とびっくりしたので、主人公の生前のパーソナリティや職業を書いてくれると結末が今よりもストンと落ちてきたように思います。
 小銭集めまでの流れ、美少女奪衣婆の伏線回収、そして晴れやかな気持ちで裁判へ向かう主人公とテンポ良く進んでおもしろかったです。
 お話を書く力は十分にあると思うので、たくさんカクヨムでも話を書いてくれたらうれしいです。

謎の概念:
 三途の川の渡し賃が足りなくて、賽の河原でどうにか小銭を工面するという話。
 最初に設定された目標を、それなりに納得できる手法でクリアしたところでお話が終わるので、お話はきれいに終わってはいるんですが、小奇麗にまとまってしまった印象です。
 きれいに終わるよりも風呂敷を広げてほしかったですね。うまくやろうなんて考えは捨てて、でたらめをやってみましょう。主人公も終始クールな態度で、あまり感情移入しやすいタイプではないですね。もっと焦らせたり、他人と関わらせたりして、人間味を見せておいたほうが読者も肩入れしやすいかも。
 最初に提示されるミッションはがんばってクリアしたぞ! だと、どうしても小品になってしまうので、そこをクリアした時点でミッションがアップデートされ、さらなる困難に挑む羽目になる、みたいな構成になっていたほうが、もっとにアツかったかもしれません。
 寂寥感エンドにするにしても、賽の河原での交流をしっかりと描いておいたほうが映えたでしょう。
 ギミックは特に短編小説においては、お話を終わらせるためには絶対的に必要なのですが、それが小説の中心的な価値というわけではありません。
 出来事を通じて、主人公のパーソナリティになんらかの変化を与えましょう。

謎の巡礼者:
 死んで三途の川を渡るための六文銭を持っていなかったから、三途の川の河原で集めるお話。
 まとめるとそれだけの、プロットが実にシンプルであるお話に、初っ端の美少女奪衣婆のインパクトから始まり、台風で期日までに川を渡れないという問題提示、それを受けての河原での小銭集め、それが難しそうだからと霊たちへ持ち掛けた賭け、と読者を楽しませる要素をどんどんと繰り出してくるので綺麗にまとまっていて、かなりまっとうに面白い作品でした。
 最後に窮地を脱するための切り札である、美少女奪衣婆の水切りフォームも絵的に映えていて良いですね。こういう風に問題解決の絵が漫画でいう大ゴマのように映えているシーンを選択すると、読後感が本当にすっきりします。
 同時に、すっきりとまとまっているだけにどこか口寂しさをおぼえる部分があったのも確かです。特に主人公のパーソナリティが本作ではほとんど語られておらず、彼が生前どういう人物であったかが見えてこない。
 奪衣婆を利用し、霊に賭けを持ち掛けてしっかりと勝つ、というそれなりにエキセントリックなことを可能にしている人物なので、最後に奪衣婆に言われた「生前も同じようなことをしていたんだろう」の部分を、ほのめかすよりもしっかりと物語中に提示していた方が作品としての面白さは増したように思います。
 特に削るべき部分もなく、そのまま色々遊べるプロットなので、美少女奪衣婆や罰を受けていない河原の子供たちなどの独創的で魅力的な表側の設定部分に加えて、主人公の性格や現世とリンクする地獄のシステムについてなど、内側部分の設定にもどんどん肉付けしていってみましょう!

117:罪人の王/故水小辰

謎の有袋類:
 前回は、星辰は堕ちて泥に塗れと逆光の樹影、ガラスのリノウで参加してくれた故水小辰さんです。参加ありがとうございます。
 今回は荒くれ者を束ねる罪人の王が立ち上がるお話でした。
 かっこいい文体と、バトルシーンがすごくかっこよかったのと蒼仁くんがそれなりに華奢だけど強い王族っぽくてとても好きでした。最初は二十歳前後なのかなと思ったけれど二十八歳だったので童顔属性もあるのか……となりました。
 王位を奪い、藏真を島へ流した蒼仁の父が命を奪われて王位も奪われるという繰り返される悲劇のお話でもあるのですが、後半で一気に話が詰まっていて情報処理が追いつかなかったです。
 僕の理解力不足だと思うのですが、藏真が実の父だったことが判明してからの情報の密度がすごく、藏真が何をしてどうなったのかが少し読み進めても「この解釈でいいのか?」と少し不安になりました。
 せっかくのクライマックスシーンなので、ここはわかりやすいくらいはっきり書いてしまった方が親切な気がします。
 弟を自らの手で討とうとするシーンでこのお話は終わりになるのですが、藏真は一命を取り留めて欲しい……と思いました。
 どうなるんだろう……。
 藏真が獣皮にあぐらをかいているシーンや、着替えをして髭と髪を整えるシーンなどの荒々しい男が王族としてのポテンシャルの高さを取り戻す様子などが好きです。
 中華ものなどで見たいシーンをしっかり入れてくれるサービス精神もあり、アクションシーンもとてもかっこよく描けているので、このまま一万字の規模と戦っていきましょう……!
 藏真かっこよかった……。

謎の概念:
 がっちりとした硬質な文体が馴染んでいて、文章は非常に慣れた感じなのですが、お話の筋はちょっとフォーカスがぼけて、ぼんわりとしてしまっている印象です。
 主要な登場人物は藏真と蒼仁のふたりなのですが、このどちらが主人公なのかあまり明確でない感じ。序盤~中盤は主に藏真にカメラがあるのですが、物語を締めるのは蒼仁になっていますし、途中もときどき視点がナチュラルに移動しちゃっていますね。
 短編の場合、視点はキャラクターひとりに固定したほうがまとまりやすいです。三人称記述であっても、カメラがあっちこっちにいくとちょっとグラグラした印象になるんですね。カメラを背負っているキャラの心理描写はできるのですが、それ以外のキャラの内心については三人称記述でも推察に留めたほうがいい。藏真か蒼仁のどちらかの心理にフォーカスを合わせ、その変化をしっかりと見せたほうがいいです。
 読者に一番アピールしたいキャラクターのひとつの感情が、物語のピークにくるようにデザインできるといいでしょう。この規模の短編ではひとつに絞ったほうが火力が出ます。
 最後、蒼然が秘密をベラベラと喋るところは「黙っていればよかったのでは……?」となってしまいました。藏真も蒼仁もまったく思ってもみなかったようなので、蒼然が黙ってればバレなかったですよね。サスペンス系で崖に追い詰められた犯人が勝手に自供しはじめるやつっぽかったです。薄々勘づける程度のヒントはあってもよかったでしょう。

謎の巡礼者:
 王位継承を巡る中華もの。
 第一話、流刑地で荒くれ者どもの頭となっている藏真のもとに若く武功の心得のある来客があり、その来客は彼の甥御だったのヒキはとてもわくわくするもので、これからどんな物語が展開されるのかの期待を持たせるのに充分な描写でした。掴みはバッチリです。
 ですが、序盤の荘厳な雰囲気に比べて後半失速していった面があったように思います。蒼仁が藏真の息子であったなどの真相も、とってつけたような印象を覚えました。別にその部分を削る必要はなくとも、クライマックスで結末まで至らずに物語が閉じている印象なので、テンションをあげていくところはどんどん上げ、一つの結末に至るまで駆け抜けていってもよかったように思います。
 中華ものに限らずですが、読む側があまり馴染んでいない世界観を描く際に物語への取っ掛かりになるのはやはり魅力的なキャラクターであり、国から追い出された藏真、王位簒奪者である蒼然、そして当然もっとも活躍するであろうことが約束されている第一王子越蒼仁のそれぞれの魅力を、読者に向けてわかりやすく提示して物語を牽引した方が伝わりやすいかもしれません。この中では冒頭、かなり格好良く描写されていた藏真の魅力が一番よく描けていると思うので、彼を中心にした部分だけで物語を編み直すと作品の間口が広がるように思います。
 前王に追放された王族が国に戻ってきて、謀反を起こした簒奪者に王子と共に立ち向かう、というだけでワクワクするシナリオなので、一万字の短編ではそれ以外の無駄な部分は削ぎ落してしまってもいいかもしれません。
 藏真の格好良さ、中華ファンタジーなアクションシーンなどはとても格好良く描けているので、これからもそれを武器として、物語を彩る手段として、作品作りをしていってください!

118:エロ本少年 VS. 死神/かぎろ

謎の有袋類:
 他の自主企画などでたまにお見かけするかぎろさんだ! 参加ありがとうございます。
 ちょっとえっちなラノベを買うために遠くの本屋さんへ来た少年のお話でした。
 途中の死に神は一体……。最後の方でいきなり物語が急加速してえっちなお姉さんの店員さんがショタの性癖を歪ませるお話でした。
 途中でいきなり死に神が出てくる周辺だけ「どういうこと?」となったのでせっかくのトンチキスイッチフルスロットル場面ですし、序盤からたとえ話だと思わせておいて死に神の気配を仄めかしておいてもいいのかもしれないなと思いました。
 転ぱいシリーズ、主人公は読んだことがあるっぽいのですがこれはWeb小説で読んでいて、書籍化をしたから買いに来た的なバックストーリーもあるのでしょうか?
 少しえっちなラノベを追い求める逆境感や、作品への思い入れを話し始めるシーンはすごくよかったです。
 あと、最後の黒髪メカクレ眼鏡女性の破壊力がすごかったのでよかったです。これはもうそういうものでしか致せなくなっても仕方ない。
 良い逆境作品でした。

謎の概念:
 わたしもKUSO小説ソムリエやってけっこう長いんですが、過去最高クラスにバカバカしいどんでん返しでよかったです。黒髪メカクレ眼鏡女性いいよね。
 まぎれもないKUSO小説ではあるんですが、これからこういう話をやりますよと端的に舞台や主人公の目的をセットアップし、主人公をピンチに陥らせ、スリルとサスペンスで物語を牽引して、最後に意外な方向性でオチをつけるという風に、短編サスペンスの基本をしっかりと踏襲していて、けっこうテクニカルです。
 主人公のしょーもないピンチは、もっといちいち派手に演出したほうがジョジョっぽさが出たかもしれません。集中して「最初は棚に隠れて見えなかったとでもいうのかッ!?」あたりのテンションを維持しましょう。
 最後、黒髪メカクレ眼鏡女性店員が唐突に登場した感があったので、序盤から登場させておいて主人公に「興味ないねッ! 僕はえちちサキュバスお姉さんのリルル一筋だからなッ!」みたいなことを言わせておいたほうが、伏線回収感が出たかも。
 途中の少年と死神の概念上のバトルはふわっと始まってしまってて一瞬「うん?」となるので、概念上の死神の登場シーンをもっと華々しくしたほうがいいかもしれませんね。

謎の巡礼者:
 小学生がエロ本を買う話。
 KUSO小説フルスロットルで最高に良かったです。
 小学生男子にとって間違いなく逆境であるこの状況を面白おかしく、そしてスリル満点に描いていて本当に面白かったです。
 せっかく隣町に来てまでエロ本を買いたい少年が、クラスの女子たちを本屋で目撃して、この絶対絶命のピンチをを回避するために奮闘する様がとにかくハイテンションで展開されていくわけですが、途中テンションがハイになり過ぎてイマジナリー死神が顕現しているくだりはめちゃくちゃ笑いました。「タナトス!」が馬鹿らしくて好き。
 最終的にミッションはコンプリートしたけれど、別の逆境に遭遇しているオチもバカバカしくて良いです。馬鹿。Twitter漫画とかで見る気がするこの感じ~。
 少年の道中の行動がわからなくなる部分などもなかったし、流石KUSO小説の名手、かぎろさんだと思い切り笑いました。
 イマジナリー死神も黒髪メカクレ眼鏡女性定員もインパクトがあって大変によいのですが、どちらも唐突に読者の前に現れるので少々面食らってしまうところがあったようには思います。こいつらが唐突に出てくる面白さはわかるのですが、漫画と違って絵がない文章だけの小説だと、急なキャラの登場には困惑しかねないので、その二つの存在が登場するまで何かしらの予備動作があってもよかったかもしれません。
 楽しかったです。元気に生きろよ、エロ本少年。

119:電紋の末端はこの次元/佳原雪

謎の有袋類:
 契約を書いてくれた雪様の二作目です。
 ヤク中の異次元から来た存在と、博士がやりとりをするコミカルなストーリー!
 ユーピッドのキマりきった様子がめちゃくちゃに好きでした。傲慢な異界から来た謎の存在、めちゃくちゃにヤバい。
 電源内蔵さんもまともかと思いきや、法律などをぶっちぎっているっぽい方で、ヤクではないものの何かをキメている様子でした。ダメな大人のバーゲンセールだ……。
 こういうコミカルでぶっとんでいるお話は、舞台設定をわかりやすいくらいわかりやすくした方が「わはは」と笑いやすいかもしれません。
 ヒラガと呼ばれている男の名前が電源内蔵と地の文では書かれている部分や、恐らく電気を信仰する宗教であることなど、話の温度感に対して設定や人物の周りの知能が高すぎるので、トンチキを書くときは知能を落としてわかりやすくした方が読む側もストーリーの勢いに乗っていけるように思います。
 一話目と二話目の文体や主観の様子がめちゃくちゃに好きなので、ヤバい傲慢なやつがやらかすというストーリーライン自体はとても良いと思います。キマってるやつのさわやか逸脱行為、大好き。
 普段は書かない傾向の作品にチャレンジしていただいたっぽくて、うれしいです!

謎の概念:
 ちょっとあの、いくらなんでも異次元がフルスロットルすぎて分かりづらいです。ミスタ・ヒラガと電源内臓さんは同一人物なんでしょうか? そこから「うん?」ってなっちゃう。
 われわれとは根本的に異なった文化的背景をもったキャラクターの主観叙述をできるのは結構な高等スキルだと思うのですが、全編それで押し通ってしまうと、いわゆる謎解きパート、解説パートがないので、つぎつぎと湧き上がる疑問が解消されないままにさらに謎が積み上がることになってしまい、なかなかお話の筋に集中できません。ツッコミ不在のままエキセントリックなボケ倒しになってしまっています。それなりに常識のあるツッコミ役がいたほうがいいでしょう。
 また登場キャラが全員エキセントリックなのに喋り方にはあまり個性がなくて、セリフが連続するところでは誰のセリフだかよく分からなくなるところもあります。ここまでキャラを立たせたのですから、すべての語尾がエレキになってるくらいのキャラの立ちかたがあってもよかったと思うエレキ。まあエレキはさすがに安直ですが、セリフだけで誰が喋っているのか一目瞭然のほうがテンポが良くなるでしょう。
 あえてトンチキな小説にチャレンジしてくれたのだと思うのですが、もうちょいアクセルを緩めたほうがいいですね。いい塩梅というのはなかなか難しいものです。

謎の巡礼者:
 アクセル全開のトンチキ小説。
 異次元から来たタバコが決まっている女ユーピドとこれまた倫理観ゼロの頭のイカれた発明家ミスターヒラガが織りなすドタバタ劇。情報の洪水でわけわかんなくなるこの感じ、ヒラコーのギャグ漫画っぽいな、などと思ったりしましたが、情報の洪水を押しとどめてくれる存在がいないのでひたすらにドバドバと電波を流し込まれるみたいな作品でした。
 タバコがキマっている他次元人の女目線で進むお話、という発想自体は面白いので、もう少しアクセル踏む勢いを緩めた方が読んでいる側も振り回さずに済みそう。
 本作の場合、語り部のユーピドがマジでキマっているキャラクターなので、彼女の思考をそのままトレースした形で文章を生成してしまうと、作者もヤクでもキメながら書いたか? と困惑しながら読む羽目になってしまうので。というかなっているので……。まず間違いなく全年齢向けのとっつきやすい小説ではないです。
 ――ただ「パラレル世界からやってきたイカレ女と現代日本のイカレ男の邂逅」という、やろうとしてること自体は結構面白いのではないか? と思っています。
 本作に何か必要だったものが何かと言えば、おそらくは常識的な人間の存在であり、二人の狂人の言動をある程度抑制する一般倫理観をもったキャラクターを投入すると読みやすくなるかもしれません。さっきはアクセル緩めた方が読者は振り回されずに済む、と言いましたが、それだとイカレ女ユーピド目線で進む本作の魅力を削ぐ方向に改稿される可能性が高いので、アクセルは踏みっぱなしだとしても、ブレーキ役を投入して出力されるスピードを減速しよう、の作戦ですね。大家さんとかミスターヒラガの助手とかいたので、彼らにもう少しツッコミ役を担ってもらってもいいかもしれません。
 イカレた奴らがイカレたまま愉快に馬鹿をやる作品というのはそれはそれで魅力的なので、その方向性を保ったまま、エンタメとしての味を増やすにはどうしたら良いか、色々と試行錯誤してみてほしいです。

120:黄昏の子ら/ごもじもじ/呉文子

謎の有袋類:
 前回は水底に住まうものと橘姫異聞で参加してくれたごもじもじさんです。参加ありがとうございます。
 SNSでも定期的に話題になる目がすごいことになる寄生虫の話だ! 空にいる人間のために地上で人間が養殖されているお話。
 捨てられた失敗作が復讐するという構造はめちゃくちゃに好きです。そのためには手段を選ばない苛烈さもあるのですが、少年少女たちは淡々と空島の崩壊を観測しているので、カタルシスを描いたらもっとエモかったかも?
 骨子にある設定などはめちゃくちゃに良いので、これを元にして物語を再構築するといい感じになるのかもしれません。
 どんどん新しい作品を書いたり、時には一度書いた作品を下地にして長編を書いたり等などたくさん書いていきましょう!
 文章も読みやすいですし、アイディアもすごく良いと思います。あとは、お皿の上にモリモリ好きなことを盛り付ける体力だけ! 次の作品も楽しみにしています。

謎の概念:
 エグいですよね、ロイコクロリディウム。短編小説はエッジが命なので、新奇な設定と特異な解法を発想しようという意気込みは良いです。でもちょっと駆け足すぎるので、もっとカメラを近くに寄せて、キャラクターをしっかりと描いたほうがいいですね。
 ロイコクロリディウムの生態に着想を得た、変則的な「わたしを離さないで」みたいな設定なのですが、アウトラインをザッと素描した感じで終わってしまっているので、もっと仔細に具体的な出来事やキャラクターの心理を書き込んだほうがいいです。「わたしを離さないで」も「全寮制の学校だと思っていたら臓器移植用のクローンを育てる施設だったんだ!」と、ザッと設定だけ説明されちゃうとフーンってなっちゃうので。読者が読みたいのは説明や設定ではなく、物語です。
 ラストシーンの映像感はいいので、ここは固定でエンディングから逆算してプロットを組んでいくといいかな。少年か少女が主人公になると思うので、そのどちらかにカメラを固定して、最終的な解法に至るまでの様々な出来事や、迷いや葛藤、決断。反目と和解などのふたりの関係性の変化とかを描いていったほうがいいでしょう。

謎の巡礼者:
 ロイコクロディウムが生物兵器化した寄生虫や後編のがん細胞の時限爆弾といった、ビジュアルにもインパクトのあるガジェットの設定がとても良いです。
 空の上の街で普通の男や編み物をしていた老婆の体が爆ぜて肉塊になっていくシーンの様子など、映像にしてみるとそこだけでカルトなファンがつきそうな思い切りの良さはとても好きです。
 ビジュアル描写の良さ、SFガジェットの面白さに比べて、そのを利用した物語としての収まりが少しだけアンバランスに感じたので、その部分を調整していくとなお面白くなっていったと思います。
 今のままでも、翻訳古典SF短編みたいな雰囲気はあるのですけれど、個人的にはもとより日本語で描いている作品をそちらの雰囲気に寄せる必要はないというのが持論です。あの辺の作品のわかりにくさって、学術的な描写というよりも言語が違う故の演出の伝わらなさに起因している部分が大きいと思うので。
 本作の場合、空の少年少女に物語のフォーカスを合わせるとか、フェイクドキュメンタリーのように淡々と歴史を紡いでいくとか、色々と方法はあると思うので、シーン一つ一つのインパクトだけではなく、その背景にある世界観も伝わるようにしてくれると嬉しいです。
 繰り返しになりますが、ロイコクロディウムや時限爆弾のビジュアル的インパクトは本当に良かったと思います。
 本作にも根底に流れる、何か遠くにあるものを必死に手繰り寄せているような雰囲気はごもじもじさんの良さだと思うので、その良さを提示する設定やキャラクターを使って、存分に演出していきましょう!

121:非美少女戦士/おなかヒヱル

謎の有袋類:
 こむら川でははじめましての方です。参加ありがとうございます。
 もうすぐ三十代半ばを迎える主人公がセーラームーン的な衣装を着て異形と戦うというお話。
 youtubeで配信される戦闘画面、お役所仕事なのにきわどい服を着て戦う公務員の主人公、謎の経歴などおもしろい設定とちょっとしたお色気でおもしろく読めました。
 なんとなく「月と言えばかぐや姫!」的なニュアンスなのかなとは思ったのですが、唐突だったのもあってわからないまま終わってしまったように思います。
 仄めかしエンド的なものよりも、ばっちり説明してから終わった方が多分伝わりやすいような気がします。
 マホリちゃんも異形だったとのことですが、異形の謎や月からの使者の謎が気になるエンドでした。
 2060年と近未来を舞台にしたセーラー服を来た中年女性戦士の活躍、おもしろく読めました。
 これからも色々楽しく書いていって欲しいです。

謎の概念:
 スルスルと抵抗なく最後まで読めたので、うまいんだと思います。
 20年経っても引退できない37歳美少女戦士の悲哀みたいな話かと思ったら、最後の最後でわりと急転直下の急展開でした。わたしと天使は顔見知りみたいな雰囲気でしたが、実はわたしはヤバレベルの異形であることを自覚しながら、それを隠して美少女戦士として活動していたんでしょうか? それとも、あの最後の一瞬で自身が異形であった記憶を取り戻したんでしょうか? このへん、もうちょっと情報にフォローがあってもよかったと思います。
 気がついたら女子高生としてマンションで一人暮らししていた、あたりが異形であることの伏線なんだと思いますが、ちょっとささやかですね。あといくつかあってもよかったでしょう。びっくりと納得が同時にくるぐらいが良いどんでん返しです。
 超常大怪獣バトルをやっているのに、妙にしみったれた下町くさいリアリティがあるのがいいバランスですね。わたしとマホリの関係性もいいです。ふたりの掛け合いがいい味を出しているので、それだけで一万字くらいは平然と読めてしまいました。もっと続いてくれてもぜんぜんいいですよ。
 書いてたら文字数上限がきてしまったので慌てて話を畳んだみたいな印象なので、文字数上限とか気にせずリライトしてみてもいいでしょう。

謎の巡礼者:
 17歳から20年美少女戦士を続けた主人公が引退するお話。すごい良かったです。
 主な登場人物は基本的に主人公の月宮ヒカリと後輩で現役JK美少女戦士のマホリ、それと長官くらいなのですが、キャラクターが「生きてる」感じがもの凄くします。長い間美少女戦士を続けながら引退のしどきを失っている主人公の悲哀や、そんな憧れの先輩の腐った様子をただで見ていられないマホリとのやり取りが、実際に彼女たちが存在しているように錯覚するくらいの質感で描かれているのが良かったのだと思います。
 ラストシーン、月から二人を迎えにくる異形の神の描写とかも好きなのですが、そこに至るまでの細かい心情描写や設定提示が、1万字では少々足りなかったために唐突に結末が訪れた印象があります。ヒカリは「いい人もいた」というけれど、肝心の東京の人々との交流が本作内では描かれていないので絵的には映えていてもシーンとしての説得力には欠けます。──でもわかります。短いんですよね、1万字……。
 マホリとの二人のやり取りだとか二十年前にスカウトされた時も今も変わらない長官との会話だとか、一々絵になるシーン選びが抜群に良いので、一度文字数制限を気にせずに描き切った本作のリライトなんかがあればよんでみたいな、と思いました。
 かなり自分の好みにもズドンと刺さった作品で好きです。ヒカリとマホリの二人の美少女戦士に幸あれ。

122:かえるおとこ/フカ

謎の有袋類:
 三船槙一43歳を書いてくれたフカさんの二作目です。
 お米が大好きな人が、ある日おたまじゃくしを吐いてしまうというお話でした。
 おたまじゃくしの次は足が生えているおたまじゃくし、そしてカエルと徐々に成長していくおたまじゃくしが不気味でした。
 このご時世だと、喉が痛いだけで結構心配されたりしますもんね。
 カエルのために水槽まで用意しているのが、ちょっと微笑ましくなりました。
>無理やり信じて耐えてきたのに、あれだけいがいがしていた喉は綺麗さっぱり治ってしまった
 僕の理解力が足りないのだと思うですが、ここだけちょっとわからなくて、カエルが出てきて、喉が痛くなくなったので助かったのでは? と思ったのですが、尻尾があるからまだカエルではなく、カエルが出てきていないから助からないとなにか絶望したということなのでしょうか?
 お米にへばりついたカエルやおたまじゃくしの悲しみが、おたまじゃくしになって人の喉から出てくるというお話もおもしろかったです。お米を粗末にしたらおばあちゃんとかからそういう話を聞かされそう……。僕の地元にはなかったのですが。
 ちょっとだけ不思議で怖い話でよかったです。ありがとうございました。

謎の概念:
 たしかにちょっと変なことは起こるんですが、ホラーっていうほど厭な目に遭うわけでもなく、分類としては奇妙な味とかになるのかもしれません。風邪気味かな? って思って咳き込んだら、喉からおたまじゃくしが出てきちゃって、でもそこからなにか事態がエスカレートするかというとそんなこともなく、わりとそれだけみたいな。
 主人公はお米が好きで、お米っておたまじゃくしの怨念ですよね〜みたいな話はあるんだけど、それで因果がちゃんと繋がっているかというとそうでもなく、わりとただの与太話のレベルで、はっきりとしたオチがつくわけではない。
 小説を書く以上は、読後の読者になにか印象を残したいはずで「なんじゃこれ?」という印象を残したくて「なんじゃこれ?」な小説を書いているのであれば、それはプロダクトが設計どおりに動作しているということだから、別に構わないと思います。そうでないなら、もうちょっと説明とか展開はほしいですね。
 あと田んぼは冬のあいだは水を抜いていて、施肥を済ませてから代かきの前に入水をするので、だいたい5月以降なら水が張ってあって、次に水を抜くのは収穫の直前になりますから、そのあいだにおたまじゃくしはみんなかえるになって旅立っていきます。田んぼの水を抜かれたおたまじゃくしの怨念というのは、たぶん実際にはないんじゃないかな。

謎の巡礼者:
 喉からおたまじゃくしが出てくる不可思議現象に苛まれる男のお話。
 こういう、常識では考えられないゆえに他人には言えない現象に苦悩するタイプの短編って、昔から一定の人気と需要があると思うのですが、その中でもおたまじゃくしが喉から出てくる、というのは見たことあるようで初めて見るお話で良かったです。
 不可思議現象に困る主人公、見越の右往左往する様子と、最後に職場で同僚の小林から一応のこの現象の起こりみたいなものを聞かされて納得する、という起承転結の起と結はストンと描けていると思うので、無理矢理でもいいから喉からおたまじゃくしが出てくる現象に自分が苛まれることになった理由だとかをこじつけると、物語として収まりがよくなったと思います。
 現実の不思議は因果関係がうまく結びつくとか限らないので、フィクションでもまたその不条理を描きたいという気持ちはわかるし、私も常々そういうのを書きたいという気持ちはありますが、強い拘りがあるわけでなければ、物語中の説明だけは納得できるようにした方が無難だし面白い作品にはなるでしょう。
 とは言え、喉から出たおたまじゃくしを潰すでもなく飼っている見越の様子だとか、独特の雰囲気は好きで楽しめました。

123:1000秒後にうんこを漏らす勇者/左安倍虎

謎の有袋類:
 前回は神罰の島で参加してくれた左安倍虎ニキ!参加ありがとうございます。
 今回はうんこ。やはり逆境と言えばうんこなのでしょう。
 せっかくの大きなドラゴンを討伐する前なのに、生焼けのうなぎを食べてお腹が痛い主人公。
 ドラゴンに論戦をしかけるという設定なのですが、うんこは漏れていないけど口から本音がドバドバ出ている! うんこをしたいとやはり脳内がうんこをしたいだけで支配されてしまうのでしょう。大丈夫? 吟遊詩人にどういう論戦を仕掛けたか語られてしまいませんか? と心配をしていたのですが、無事にドラゴンの体内に入れたようでした。よかった。
 動物は怒るとうんこを投げてきますもんね。うんこうんこ言ってるので、もうここでドラゴンのうんこはやばい! と言ってしまってもよかったかもしれません。
 n日後に云々は、結構ホットな時期を過ぎたので、タイトルはストレートにスカトロジア―糞尿譚―でも威力は高かったかも?
 最終的にうんこを漏らしたことはバレなかったけど、うんこまみれになったことは記録される勇者……。それでも子供達に喜ばれるならと割り切っているのが彼の勇者たる所以なのでしょう。

謎の概念:
 タイトルで「よっしゃ、またうんこ漏らすんやな」って覚悟きめて読み始めたら、あんまそんな雰囲気でもなくて肩透かしをくらった珍しいパターンやな。今回のこの企画でうんこ漏らしたやつはもう5〜6人目くらいなんやけど、手垢のつきまくったネタにも、まだ手つかずのフロンティアが残されているはずやって諦めずに新奇性を狙っていく姿勢はええと思うで。あ、この場合は手垢やなくて手クソかもしらけどな、わっはっは!
 勇者って職業が現代で言うところのユーチューバーみたいなシステムで運用されてるっていうのを、きっちりファンタジーてきな設定に落とし込んでるところは良かったと思うで。あんま聞いたことないし、こんあアホ小説に投入するにはちょっともったいないくらいの新奇性やな。
 ほんでまあ、うんこは漏らすんやけど、勇者の舌戦()が便意に押し負けて小学生レベルになってもーてるところを除けば、あんまりピンチっていうほどのピンチでもない感じやねんな。うんこ漏れそうやのに、勇者、意外と終始冷静。
 やっぱ中年男性にとってはうんこを漏らさないというのが自尊心の最後の砦なわけやから、なんぼクールなタイプの勇者でも、もうちょっと焦ってよかったんちゃうかなぁ。でも、よう考えたらこいつはそこいらの中年男性やなくて勇者やからね。勇者レベルともなると、うんこ漏れそうになっても冷静な理性は失わないんかもしらんね。
 まあでも正直、どういうスタンスでこの話を楽しんだらええんかは最後まで迷ったわ。アホな話やるならやるで、とにかく明るい安村みたいに最初から全身で「バカでーす!」ってアピールしながら出てきてくれたほうが親切なんとちがうかな。知らんけど。

謎の巡礼者:
 うんこでしたね。タイトルの通りうんこでした。うんこ好きなのは子どもたちだけじゃないですね。大人も好き。みんなうんこ好きだなあ……。
 大まかには勇者が古代竜に挑み、体内に入って戦うという王道のお話です。竜との舌戦とか詩を紡ぐ吟遊詩人のエルフとか、ディテールが割と本格的な北欧風ファンタジーをしっかりと踏襲しているのが憎い。ちゃんとしている。
 ただその土台がちゃんとしている反面、KUSO小説的勢いや跳躍は足りなかった印象があります。語り部の勇者も割とちゃんとしている人みたいで、うんこ漏らしそうになった時のピンチ感があまりなかったです。タイトルと古代竜の大腸に入った時点でここで漏らすんだな、というのはもはや分かり切っているのでそこから先は予定調和みたいな節があります。
 勇者の主人公さまにはもっと焦りに焦りまくってもらうと良かったと思います。もっと窮地に立たせてバカをやらせてしまってもよかったかもしれません。
 前述の通り、うんこな本作でしたが土台がしっかりしているので流れるように読むことができたのは間違いなく本作の強みです。いや、ホントにすごいと思います。バカなだけじゃないから。
 今後KUSO小説に挑戦する際はこの土台をしっかりと固めたまま、KUSOならばKUSOらしい更なる跳躍を見せてくれることを期待します。

124:勇者よ、逆境にて奮い立て!/林きつね

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 そっちも奮い立ってるのかよ!!!! あと、プルトガはいいやつ。自分の欲望に素直ないいやつだ……。
 テンポが良くてわはは! と笑えるお話でした。
 天丼の使い方もすごくうまくてよかったです。
 気になったのは、なんでみんなは一緒にいないのかということなので、そこだけ理由があるとすっきりするかもなと思いました。
 サーヤがめちゃくちゃに思想が強い部分で吹き出しちゃった。
 それぞれの個性が強いキャラクターが回想に出てくるところと、やたら打たれ強い勇者、少し気の毒な魔王と全員個性的なのにくどくならないのがすごくいいですね。
 最高の仲間達と築き上げた剣、小型カメラと猫耳コス、そして豊満なボディ……確かに最高の仲間たちと築き上げた剣やね。ダブルミーニングで終わり、タイトルもダブルミーニング。良かったです。

謎の概念:
 やっぱ男の子が一番がんばれるのはスケベのためですよね。
 ピンチの場面で頭をよぎる仲間との思い出がことごとくクソという天丼芸なのですが、最初に出てきた新品のパンツに染みをつけて合法的に使用済みパンティを作成しているプルトガが一番火力高くて、一切喋らないマルセン、思想強めのサーヤと、だんだん尻すぼみになっちゃってるところがあるので、もっと振り切ってマルセンとサーヤのキャラを盛っていったほうがいいでしょう。
 だんだん味付けが濃くなっていってほしいので、喋らないし意思表示すらないというマルセンのキャラは二番手としては相性が悪い気がします。なんかもっとクレイジーなやつにしちゃっていいかも。
 トリを飾るサーヤも、現状では思想強めといいつつ言動がやや物騒なだけで、基本的にはつつましく平和に暮らしていきたいようなので「魔王を倒したらふたりで情報商材で情弱を騙して財を築き、森を破壊して宅地開発し不動産所得で基盤を盤石とし、ゆくゆくは大資本家として愚かな人民を影から導いていこうね」くらいの火力がほしいところ。
 こんなもんかな? みたいな手加減は一切不要なので、全力で盛っていきましょう!

謎の巡礼者:
 最初からクライマックス。良いですね。短編小説においてこういうロケットスタートは大好きです。
 最終決戦で仲間のことを思い出そうとすると、仲間との癖強めなくだらないやり取りばかり思い出すという天丼なのですが、なんかマルセンだけ火力が弱い気がしました。こういう奴がいても全然良いのですが、思い出す仲間が三人だけなので、だったら三者三様の強火なヤバさを押し出してもよかったのではないかな、と思います。猫耳コスプレ衣装をくれるみたいなキャラ付けは良かったので寡黙だけどめちゃくちゃ尖った性癖で勇者がドン引く、とかでも良かったかもしれない。
 立ち上がったせいで立てない、の部分が馬鹿らしくてよかったです。確かに奮い立っていますね、勇者の勇者が。
 こんなんで倒される魔王哀れ。否、こうしたくだらねぇ男子同士の友情と女への欲望こそが世界を平和に導くんですよ。そういうことです。
 テンポよく笑いを繰り出してくるので読みやすく、めちゃくちゃなれどしっかりとまとまった楽しい一編でした。

125:雨/ぶいさん

謎の有袋類:
 第三回振りの参加ですね! うれしい!
 名前がめちゃくちゃにわかりやすいのがすごく好きです。
 落手太郎が巻き添えを食らって落ちて死ぬのですが、その一分前のお話。悪魔、かわいい見た目で騙そうとしてくるのもめちゃくちゃ嫌な感じで好きでした。
 いいぞ悪魔。そして気の毒な悪魔……。
 タイトルの雨だけがわからなかったので、雨要素がわかりやすいと更に良いかも?
 短編、やはりタイトル回収などがあるとめちゃくちゃにあがるので。
 悪魔を巻き込んで無事に?死んでからの、カラス頭の上司の元で働くようになったのがすごく好きでした。
 ただではしなかった……。
 こむら川に参加作品ではないのですが、カステラとかもめちゃくちゃによかったですし、やはり書いていると強くなるのだなと思います。
 これからも小説を書き続けてくれるとうれしいです!

謎の概念:
 やっと登場人物紹介が終わったところですね。読み切り漫画だと、これくらいのエピソードは冒頭4ページほどに収めるんじゃないでしょうか。
 羊頭が所属する組織がなんなのかも、羊頭が主人公をスカウトして手伝わせたかった仕事の内容も明らかになっていませんから、ここで話が終わってしまうのはもったいないです。ここから半人半魔となった主人公は羊頭に代わって、羊頭と一緒になんらかの仕事をすることになるんでしょうから、そのエピソードを最低でもひとつは描いて解決まで持っていかないと、物語が始まって終わったという印象にはならないです。
「カラス頭が説明してくれた」のところも、地の文で済ませずに、ちゃんとシーンとして描いたほうがいいでしょう。
 文字数てきにもまだまだ余裕がありますから、単純にもっと書き足したほうがいいです。

謎の巡礼者:
 ブラック会社に勤めていた主人公が同僚に巻き込まれて会社の屋上から落下して死に向かう手前で悪魔にスカウトされる話。
 羊頭の奴とかカラス頭とか、特に明言はされてないけれどまあ悪魔ですよね。
 ブラック企業に勤め続けて手に入れたのであろう、死んでもただで起きないガッツを羊頭に向けて発揮して、悪魔(またはそれに準ずるだろう存在)を道連れにして死んでいく主人公の異常性が本作最大の魅力だと思いますが、その行為によって結局は羊頭の組織に入ったところでお話がおわったので、まだまだ展開のしようがありそうです。
 一応話としては1話目で(二重の意味で)オチているので、2話目の死んでからのお話では、もう少し仔細に羊頭やカラス頭が何者であり、これから主人公は何を業務としていくことになるのかくらいは描いていても良かったように思います。
 また「走馬灯にしては風が強い」とか少々意味が読み取りにくい文章があるので、推敲にももう少し手をつけてみても良さそうです。
 結末までひたすらに不憫だな、羊頭……。相手が悪かった。

126:ブレイヴ・ハート・ブレイカー/@inori_poke

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 勇者と失恋のお話でした。
 巫女の下した八年後の災厄に備えて特別な施設である楽園ガーデンで育てられた子供が、勇者になるお話でした。
 勇者候補同士のやりとり、淡い恋心、同胞を救いたい想いなどなどルカと主人公のやりとりがすごくよかったです。
 ルカがサイコ野郎なのか、それとも主人公のためにサイコを演じているのかはわからないのですが、行動力と攻撃力のある思い切りのいい男はとても良いですね。
 魔王や勇者、巫女などが出てくるのですが、世界観的には映画もある世界っぽくてどういう舞台なのかがちょっとわかりませんでした。
 どんな舞台でどんな世界なのかをカッチリ決めて描くと、作品の雰囲気が更に伝わりやすくなるかもしれません。
 あと、指摘ではなくて個人的に少し気になったのが「楽園の奥底の異邦人」の存在です。異世界転生してきた人もいる的なことなのでしょうか。
 大枠の設定や、主人公とルカの関係性もすごく良いと思うのでこれを骨子にして中編や長編にしてもおもしろそうだと思います。
 まだカクヨムには一作しかない作者さんなのですが、こうして最初の一歩を踏み出してくれたのですし、たくさんこれからもお話を書いてくれるとうれしいです。

謎の概念:
 あー! よかった!!
 中盤の性別誤認トリックが、それじたいで読者を驚かせるためじゃなく「あ~うん、そっちね~と」読者の意識を誘導しておいて、その後の展開を予測させないための煙幕の役割を果たしていますね。恋愛てきな方向に意識がひっぱられていたので突然のルカの凶行にびっくりしたんですが、たしかにたしかに、予言成立の道筋としてはそれが一番自然です。煙幕がなければ「ルカ=魔王」は容易に予想がついたかも。かなり玄人じみた使い方で、こういう使い方でなら、手垢のつきまくった性別誤認トリックにもまだまだ使い道があります。
 一見極端なルカの行動にも彼なりにしっかりと理屈が通っていたり、事実上、主人公の現実を直視できていない綺麗事の理想論が魔王を顕現させてしまっていたりと、因果や理屈がウロボロスって繋がっているので、腑に落ちないところが少なく、納得感があります。お互いに相手を思いやりながらも行動がすれ違ってしまう、最悪な「賢者の贈り物」って感じですね。物語としての完成度が高い
 大きく物語を取り回しながらも、最初から最後までピントは飽くまで主人公とルカの関係性、その恋心とも言えないような淡い感情に合わせてきているのもいいです。描くべきところに注力して不要な部分をバッサリと切っているので、この規模感の物語を一万字以内に収めることができています。
 ありきたりでない比喩表現の使い方も上手なのですが、全体的にやや濃口で、ところどころ修飾が重い印象もあるので、コッテリと盛るところとサッパリと言い切るところで文に緩急をつけていけるとさらに良いかもしれません。

謎の巡礼者:
 良い。めちゃくちゃ良かったです。一万字弱の物語ですが、小規模感を覚えることなくボリューミーです。作中に起こる展開とその演出のコントロールが抜群に上手い作品でした。
 巫女の予言した災厄に向けて育てられた勇者候補生の二人にフォーカスを当てたファンタジー作品でしたが、物語を盛り上げるのに必要ない情報をかなり過不足なく描いていたように思います。
 本作は勇者になりたかった主人公が、それよりも勇者に相応しい勇者候補生の愛しき友人であるルカに勇者の役目を託すところで一度「エンドロール」となっています。しかし物語としては寧ろそこからが本番。一度閉じたエンドロールからその先、それまで積み上げてきたロジックをもとに怒涛の展開をしているのが良かったのだと思います。この構成によって、短いながらビターエンドの後のトゥルーエンドを見せてくれたかのような満足感がうまれているというわけですね。素晴らしい。
 お話としてはある種のボーイミーツガール物でもあるので、そのジャンルとしての読み味が濃いのも強み。
 物語は終始、二人のセカイを中心に描かれていきますが、贅沢を言うのであれば、そこから視点を引いた先、市井から見た彼らの起こした出来事の見方などもわかると、世界観の解像度が高まって良かったかな、と思います。
 でも二人のセカイを中心として描いたからこその魅力がある、とも言えるしそれを書こうとすると無理に二人のやり取りを削らざるを得ないので今がベター。正に最良とは言えずとも、彼らのお話を書くのに結局のところ今の形がバランスよくできていたのだとも思います。
 とても濃厚で素敵なファンタジーをありがとうございました。

127:サイトウさんは肉食獣/棚尾


謎の有袋類:
 前回はヴァンパイア・アイデンティティで参加してくれた棚尾さんです。
 前回もそうだったのですが、人間社会に溶け込んでいる人間ではない存在かもしれない人物を描くのがとてもうまい……。
 そして、サイトウさん、とても色気があって不思議で危険でめちゃくちゃに好きでした。
 主人公の気持ちもわかる。多分、人狼的なものなのだろうなとも思うのですが、そうでもないかもしれないという絶妙な具合がすごくよかったです。
 特に大きな指摘というほどでもないのですが、サイトウさんの服が少し汚れてるなどの後ろをついてきていたよ!的なことを仄めかす何かがあると個人的にはもう少し盛り上がったのかもしれません。
 なのですが、棚尾さんの目的が「どっちにもとれるようにする」なら今のままで大丈夫だと思います。
 遭難したときは下るのは危ないと思っていたのと、登ることを諦めてはいたのでハラハラしながら作品を読んでいました。緊張感を保たせる構成がすごくよかったです。
 作品で描かれていた後の主人公がサイトウさんとどうなるのか楽しみな最後でした。

謎の概念:
 たぶん自分を食べようとしてる化け物なんだけど、頼もしい味方でもある。この設定というか距離感はけっこう珍しいですね。
 ちょっと危険なムードがあるほうがより魅力的に見えちゃうやつでしょう。サイトウさんのキャラが非常に良いです。「親切な独裁者」という表現はサイトウさんの特殊性を端的に表現できていて秀逸。実際のところ、一番いいですよね。親切な独裁者。
 でも主人公はサイトウさんの被支配に入るのをよしとせず、頼りないながらも自分でがんばろうとしていて、そこも良い。しかもそこは、彼の主観では美点ではなく、上手に他人に頼れないという欠点なんですね。「何でもひとりでやりたがる未熟者」という表現も、彼の性質を端的に表していて、秀逸。
 こういう、平易な語彙を使った、でも独特な、ドンピシャの表現を持ってくるのが上手です。
 作中で実際に起こっている出来事は、ほぼ主人公がひとりで山の中を彷徨っているだけなので、画面に動きが少なく画てきに地味なところはあります。エンタメてきにはもっと出来事を起こしたほうがいい気もしますが、これぐらいの地味めのラインがリアリティってものかもしれず、難しいところですね。

謎の巡礼者:
 人間を食欲の目で見つめる肉食獣系女子サイトウさんを描く作品。
 とは言っても描かれているのはサイトウさんに「美味しそう」と評されている主人公の遭難が主である、というのはなかなかに独特で攻めた構成のような気がします。
 結局サイトウさんが狼になりたい変わった女子なのか、はたまた本当に狼人間なのかは定かではありませんが、その真相はどっちでもいいのでしょう。とは言え、どうとでも取れる結末は時にストレスをうむので、少なくとも作者がどういうスタンスで本作を描いたのかがわかるように主人公の立ち位置を設定すると、お話として地に足のついた、より良い短編作品になったものと思います。
 未熟だから独りでやりたがる。とても身につまされる話だ。それを理解しつつ、彼は彼自身の矜持で苦難をしっかり乗り越えているのでホッとできます。その後ろをじっとサイトウさんが狙っているのだとしても、それもまた彼の力になっていることがわかるのは良い。
 今回はそこまで描かれませんでしたが、捕食者/被捕食者の二人の関係がどう着地するのか、それとも大学生の関係らしくいつか空中で霧散していくのか、これから先も気になる一編でした。

128:締め切り間近なわたしは、半人半獣の黒羊の夢を見るか/藍上央理

謎の有袋類:
 なんだかんだでこむら川では初めましてです!参加ありがとうございます。
 ネタが浮かばなくて逆境だよー! という作品、幾つか来ると思ったのですが思っていたよりもなかったです。
 キャラ語りなのかな? と思っていたら、ゴドウくんが反旗を翻す! この展開がめちゃくちゃに好きです。
 最後はいっそのことぶつ切りでもそれっぽかったかもしれないなと思いました。
 作者の不条理というか、めちゃくちゃな注文に逆らうゴドウくんがすごくよかったです。
 そしてさりげなく混ぜ込まれるうんこの単語。うんこをポロポロ出す為には日頃から力む癖を付けることが大切です! がんばっていきましょう!
 ゴドウくんとオムホロスの出てくる作品も読んでみたくなりました。
 いつか描いてくれたら嬉しいです。

謎の概念:
 お話の筋としては決して新奇ではないのですが、ディティールに業が深くていいですね。
 オチは予想の範囲内ですが、この出だしで話をまとめるのにこれ以外の方法というのもあまり思いつきませんし、あとはもう業の深さで読者をドン引きさせるしかありませんから、もっと身勝手で嗜虐的な趣味をぜんぶ吐き出したほうがいいでしょう。
 まだぜんぶ出しきってないよね? 君のえげつなさこんなもんじゃないよね? みたいな印象です。ここまでやっといて、なにをまだ気取っちゃってるの? て感じです。わたしの中の班長が「へたぴだなあ、へたっぴさ。カイジくん、欲望の解法のさせ方がへた……」って言ってます。
 まだまだ深いところに暗い欲望がいくらでも埋まっているはずです。グッと深く潜水して、底の底から掘り起こしてきましょう。うまくやろうなんて利口ぶった考えは捨てて、欲望のおもむくままにめちゃくちゃをやってください。

謎の巡礼者:
 締切前の脳内をそのまま作品にしてしまったよ、といった趣きの作品。ノンフィクション風フィクションの読み味ですね。面白かったです。
 そろそろ「〆切だ! 逆境!」の作品が来る頃なんじゃないかとほんわか思っていたのですが、意外と一番乗りです。
 お話としては締切前だからこそ脳内に出てくるあれやこれやの妄想を面白おかしく描いているわけですが、締切前の作品妄想なんてもっとはっちゃけて良いはずだとおもうんですね。個人の見解ですが。
 ゴドウくんに作者のやりたいすべて、やらせたい全てを背負わせてしまおうじゃないですか。そうなると主人公が負う責苦もより重くなりそうですが。
 展開の仕方によって無限の可能性がある作品だと思いますので、同じ設定でも色々な描き方、色々なオチを考えてみても面白そうです。
 読んでいてこちらの創作意欲を膨れ上がらせてもくれる良い作品だと思います。面白かったです。

129:嘘と狼/こむらさき


謎の有袋類:
 一万字の規模を見誤りました。狼の人外はいいぞ

謎の概念:
 現時点ではプロローグで、お約束通りの異類婚姻譚のセットアップがされたところ。この段階で短編としてまとまっているかというと、そうでもないです。
 たまたま通りかかって気まぐれで助けてくれただけだと思っていた化け物の正体が実は昔馴染みだった、というのがこの物語の主なギミックだと思うのですが、情報の置きかたがバレバレなので「ですよね~」となるだけで、驚きはないです。この見せかたでは「チャンチャン♪」とはオチません。
「狼という名のおかしな男」のエピソードは主人公のモノローグでザッと説明されるだけで、いかにも伏線回収のためのアリバイ工作じみています。ここは具体的なエピソードで語られるべきでしょう。
 これまでの最悪の人生の中でも比較的マシだった頃のことを回想するみたいなかたちで、狼とのエピソードからのスタートでもいいと思います。きれいな印象を残しつつ、飽くまでまだマシだった頃のエピソードで、現在とは分断された過去の思い出に過ぎない、と読者に認識させておくことができれば、同じ設定でも驚きを与えることは可能だと思います。
 とはいえ、キャプションによると加筆予定ということなので、今の段階で講評などの外部の情報を入れすぎるのもよくないと思います。ひとまず書き切ってから二周目にとりかかりましょう。

謎の巡礼者:
 主催者こむらさきさんの逆境小説作品その2。
 異類婚姻譚のファンタジー、そのプロローグとあった趣きの作品。実際加筆する気満々のようなので思ったことをつらつらと羅列します。
 主人公好きです。魔法のある家系で魔法が使えない落ちこぼれ、というこの手の作品では王道のキャラ設定ですが、それだけではなくかなり勝ち気な様子も見える能動的に動かしやすそうなキャラクターであるのが至極好感がもてます。男の支配欲のどうしようもなさを理解してなんとか利用しようとする、不遇な境遇からうまれたであろう強かさも好き。そして魔法が使えないというのは誤解であり、本当は誰よりも魔力の強い存在であるという逆境を裏返す要素は定番ながらにワクワクするもの。
 短編作品として森の魔法使いの嫁となったところで物語は閉じますが、彼が実は昔主人公を助けると言っても消えた男との関係を仄めかしているのは完全に長編連載で後々の伏線を張っておく手管といった感じでニンマリしました。
 狼の人外と赤髪のヒロインの組み合わせがまず良いので、これから紡がれるこの仮初の夫婦の行く末が気になるところです。

130:暴れウォシュレットの侵略、逆境、そして奇跡/真狩海斗

謎の有袋類:
 「何この髪の毛?浮気してる?」いや、それは幽霊の髪で……。の作者さんの二作目です。
 一部で話題になっていた暴れウォシュレットがこちらにも流れてきたようです。久し振りに出掛けたら、ウォシュレットのAIが発達して一部のウォシュレットが人間に反旗を翻したという設定はおもしろかったです。
 今、一部の子供達に流行りつつあるスキビディトイレという作品を思い浮かべました。トイレからおじさんの顔が出ているやつらが映画泥棒と戦う話なのですが、スキビディトイレたちも行進をしたり確かロケットを発射するんですよね。
 ウォシュレットの氾濫、トイレが並んで行進する様子などコミカルですし、インパクトもあるのですごく好きです。
 五年間育児をしていて世間から離れていても、五歳だと子供が幼稚園や保育園に行く年齢ですし、ママ友などもいると思うので主人公の無知の理由をもう少し固めるか、子供の年齢を三歳くらいに設定するとちょうどいいかな? と思いました。それか、子供が見ていた動画をフィクションだと思っていたら事実だった的なことでも
 暴れウォシュレットになりそうな描写から愛を知ったウォシュレットの下りが好きです。そして感謝を強要してくるウォシュレット、他人事ならかわいいですね。実際に家にあったらめちゃくちゃに切羽詰まったときに喧嘩になりそう。
 コミカルだけど読み終わると少し心が温まるお話でした。

謎の概念:
 暴れウォシュレットってなんだよ……。
 いやなんか、語だけでイメージはできるんですけど暴れウォシュレット。わたしもたまに遭遇しますね、暴れウォシュレットに。ヒュッ! ってなりますね。
 いかにも「バカでーす!」って感じにはじまったのに、読後感としては「わりと小奇麗にまとめてきたな」という印象です。どうせやるならもっと振り切ってバカをやってほしかったところはある。
 暴れウォシュレットの暴れかたが意外と普通で単に暴れているだけで、別にウォシュレットじゃなくてもよくない? みたいなところもあるので、どうせならビームを出す前に、暖房便座機能とか温風乾燥機能、音姫などの上位機種あるあるを盛り込んだ暴れかたをしてみてもよかったかもしれません。
 暴れウォシュレットが恐ろしいのは基本的に自宅以外の場所での不意の遭遇、しかもこちらはおしり丸出し状態で最初から圧倒的に不利な状況にある、というところだと思うので、自宅でちゃんと着衣状態で、向かい合った状態で暴れウォシュレットが暴れ出すというシチェーションも、ちょっと緊張感を失わせ逆境っぽさを薄めている要因かも。

謎の巡礼者:
 ウォシュレットAIがシンギュラリティを起こし、人類への反乱を引き起こした!
 結局この設定はどこまでが友人が言っているだけの話で、どこまでが実際の国際ニュースなのか謎ですが、どうもトイレのデモ行進までは事実っぽい? なんて世界だ。
 主人公が世間のことに疎い故に暴れウォシュレットの発生とかいうトンチキ面白いニュースを知らなかったのを頑なに「育児でニュースから離れていたせい」で押し倒すのもちょっとギャグっぽいですが、それよりも納得のいく設定を提示しても良かったかも。それこそ育児のために自然のあるところでテレビやネットからは完全に離れたところにいた、ってことにするとか。
 愛を知ったウォシュレットときたねぇE.T.みたいなことしてるところとかめちゃくちゃ笑いましたが、もっとハチャメチャしてくれても良かったかも。本作はあくまで一主婦の目線だから難しいかもしれませんが、レーザー銃に改造されたウォシュレット水圧で政治家がケツから爆散する様とか見たかったな、というのは悪趣味でしょうか。
 作品全体から終始、作者が楽しく書いているであろうことはガンガン伝わってきたのはめちゃくちゃな強みです。「俺はこれが好きだ!」の心がめちゃくちゃにこもった渾身のインパクトシーンをもっとこれでもかとばかりに繰り出しまくって、作品としての印象をより強めていきましょう。

▶字数制限が来たので続きます
第六回こむら川小説大賞結果発表2 大賞はボンゴレ☆ビガンゴさんの「短編幻想SF『アボガド』」に決定(No131~No171 大賞選考)