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レストランに行くのならマナーなんて捨ててしまえばいい

最近ある人と話していた中でふと僕の口から出た言葉があって、それは
「レストランに行くのにマナーなんて捨ててしまえばいいって思うんですよね」
でした。

Google検索で「レストランマナー」と入れてみると、無数のマナーが世の中には溢れていることがわかります。

「乾杯時にはグラスを当てない」
「パンは一口サイズにちぎって食べる」
なんか聞いたことがありそうなものから、

「カトラリー(ナイフフォーク)には16種類あるので覚えておきましょう」
「着席時はティーソーサーは持たない」
「着席と退席は席の左側から」

のような、そんなんあったっけ、みたいなレストランマナーまで存在します。カトラリー16種類あるとか僕も知りませんでした。

これらの多くは、たとえば目上の方と食事に行く際などには覚えておいた方がもちろんよいと思います。
大事な取引先との商談が「たかがマナーを知らなかったことで」相手を不快にさせてしまったり不愉快な思いにさせてうまくいかなくなってしまったりするのは勿体ないでしょう。

少し話はそれますが、最近こういうマナーを知らない後輩に、おせっかいなくらいに教えてくれるような先輩というのはいるんでしょうか。あんまり見なくなったような気もするんですよね。実際、接客をしていてもそういうお客様に出会うことはほとんどありませんでした。

僕が20代前半のころはちょっとしたレストランに連れていってくれて、「お前こんなことも知らないのか」と笑いながらも懇切丁寧にカトラリーやテーブルナプキンの使い方を教えてくれるような先輩が身近に何人かいました。
僕の親も、マナーも作法も何も知らない学生の僕をグランメゾンに連れていって、「スープは向こう側にお皿を少し傾けると最後すくいやすいのよ」とか「落としたナイフは自分で拾わないのよ。ほら」とか教えてくれました。

じゃあそういう機会が失われていたとして、レストランマナーを知らなければレストランに行ってはいけないのか。

いや、それは違います。ある一つのレストランの仕組みさえ理解していれば大丈夫。通っているうちにそういうマナーはおいおい身に付いていきます。また、なんでも好きになったり興味を持てば覚えていくものです。多分、最初から気を付ける必要があるのは「短パンサンダルでは行っちゃダメ」くらいのものです。

さて、今回は2つのエピソードと一緒に、「レストランに行くのならマナーなんて捨ててしまえばいい」ことをお話しさせてください。クリスマスを素敵なレストランでお祝いしようと考えている方にもぜひ知っていてほしい内容でもあります。少し長いですが、ぜひおつきあいください。


怒って帰ってしまったお客様

ある日のランチ。

窓際の20代後半くらいのカップルでした。何回目かのデートかなという感じのお二人。

近くを通る際にふと見ると、前菜用のナイフフォークではなく、パスタ用のフォークを使って前菜を召し上がっていました。最初からどちらもテーブルにセッティングされていたのでつい間違ってしまったのでしょう。
そういう場合、前菜のお皿を下げるときに一緒に使っていない前菜のナイフフォークを下げて、パスタのフォークをセットして、パスタを出す、という手順を踏みます。

その日のランチは予約で満席とは言え、下げた後に取り換えるくらいの時間の余裕はあるし、フォローはそのテーブル担当のスタッフに任せておこうかなと様子だけ伺っていました。

担当のスタッフがお皿と一緒にカトラリーを下げながら、男性が気づいたんでしょうね。「あ」みたいな感じで反応したんです。そのとき、そのスタッフが

「ナイフフォークは外側から使うんですよ」

と言いました。

僕は少し離れたところにいたんですが、はっきりとわかりました、男性が勢いよく席を立ったのが。
何か一言そのスタッフに言って、女性にまた何かを言って、入口に一人で歩いて行きました。女性は慌ただしくバッグを持ち、追いかけていきました。

そのまま男性は扉を開けて出ていってしまいました。

帰っちゃったんですよ。怒って。お金も払わずに。


ホストとゲストと店

レストランって小難しいじゃないですか。予約をしなきゃいけないだの、コース料理ならその予約の電話で苦手な食材を伝えておかなきゃいけないだの、飲み物一つ頼むのにもソムリエと話さなきゃいけないだの。
そういうのって何のためにあると思いますか?簡単です。同伴者を喜ばせるためです。カップルなら女性がその側に回ることが多いと思います。家族なら奥様や子供がその立場になることが多いでしょう。

この喜ばせられる側の人のことを「ゲスト」と言います。
そして喜ばせる側の人を「ホスト」と呼びます。
ここに「店」のスタッフが入り、レストランは成り立っています。

「ホスト」は「ゲスト」を喜ばせたい。
お誕生日などの記念日をお祝いしたいとか、就職や卒業といった節目を飾りたいとか、そういう目的ですね。美味しい食事で口説きたい、でもいいです。

でも「ホスト」は喜ばせるためのワインの知識もなければ、料理を作る技術もない。素敵な食器も持っていないし、豪華なしつらえのダイニングもない。

だから「ホスト」はお金を払って「店」にそれを用意してもらいます。「店」は「ホスト」のために一生懸命「ゲスト」を喜ばせようとします。
ですから「店」は「ホスト」が「ゲスト」を喜ばせるためのいわばサポート役なわけです。

接待の上手なビジネスマンはこの三者の関係をよく理解しています。
「ゲスト」が好きなものとか苦手なものとか、すごくよく把握していて、予約の段階やオーダーの際に伝えてくれるんですよね。それでいて自分の予算だったりも教えてくれる。「今日の方、めちゃくちゃ食べるの早いからどんどん持ってきて」みたいな情報まで教えて下さる場合もあります。
そうしてくださる場合にはこちらも「ホスト」の望むように動きやすいのですが、意外とこの関係って一般的な会食では見落とされがちです。

もちろん中には友人同士の会食だったり、ちょっとした食事で寄っただけみたいな、「ホスト」役がはっきり決まっていない場合もあります。それでも僕たち「店」は、たとえば予約者である「ホスト」が割り勘であると言わなければ会計を全員に明らかにはしませんし、会の進行にしても「ホスト」役に限りなく近い予約者の意向を汲もうと努力します。

この三者関係を踏まえた上で、もう一つのエピソードをご紹介させてください。


カトラリーを楽しんでくださったお客様

これもある日のランチでした。

同じような20代後半のカップルで、同じように男性が前菜のナイフ・フォークではなくパスタ用のフォークで前菜を召し上がっていました。

先ほど説明したような手順でセッティングしようと思い、僕は前菜のナイフ・フォークとともにお皿を下げました。そのときまで男性は話に夢中だったのですが、なんかテーブルがすかすかになって気づいたんでしょうね。
女性の側にだけパスタフォークが置かれたままのを見て、「あ、すいません、(使うフォークが)違ったんですね」と申し訳なさそうな顔をして僕に言いました。
一呼吸おいて僕は話し始めました。

「実はうちは、前菜からメイン、ドルチェまで全部違うメーカーのナイフとフォークなんですよ」

僕は続けます。

「前菜はクティポールという、ポルトガルのメーカーを使っています。流れるようなラインがきれいで、女性の手にもなじみやすいフォルムなんです。店の中にも流線型のデザインが多いんですけれどそれに合わせてオーナーが選んだんですよ。

でも僕もそうなんですけど、どうしても男性の手には華奢で持ちづらかったりしちゃって、こっちのフォークで食べたくなったりするんですよね。

あの、ドルチェの時も違うブランドなのでぜひ楽しみになさってください。またそのときにどういうメーカーなのかよかったらお伝えさせてください。うちのオーナーが一つ一つコース料理のために選んだ、こだわりのカトラリーですので」

そこまで話して、僕は僕はにっこり笑って下がります。
その後僕がセッティングしたカトラリーをお客様は一つ一つ丁寧に手に取って眺めてくださいました。もちろん、満面の笑みでお食事を終えたことは言うまでもありません。


怒ったお客様と喜んだお客様の違い

なぜ最初のお客様は怒って、次のお客様は喜んだのでしょう。

デートで訪れたレストランで、自分がレストランマナーを知らずに間違ったナイフフォークを使ってしまった。それを店員から、女性の前で指摘された。しかも女性は正しく使っていた。

男性のメンツは丸つぶれです。女性のために素敵なレストランを予約しようと、意気込んできた食事だったのかもしれません。いくらマナーとして正しいことを伝えたとはいえ、その店員の一言がきっかけでせっかくの食事がかっこ悪いことになってしまったので、怒るのも無理はないと思います(さすがに代金を払うそぶりもなく出ていってしまったのには驚きましたが…)。

しかし、僕の時は間違えてしまったお客様に対して、「自分もそうやってしまいたくなる」と男性の気持ちに寄り添ったうえで「あなたがゲストを喜ばせようと予約してくださった店にはいろんな魅力がありますよ。僕がお手伝いしますから、もしよかったらぜひ会話のネタにもしてみてください」という想いで話してみました。
間違ったカトラリーを使ってしまった男性の気まずさを解消するだけでなく、できるだけ他の方向に話題をもっていってあげたくて必死にひねり出した内容でした。男性もそれにのってくださり、たまたま女性もそういうデザインに関する話題には興味があったのでしょう、うまく食事と会話が進んでほっとしたのを覚えています。

逆に言えば、男性側に僕の話にのってくれるだけの機転の良さがなければあんなにうまくいかなかったかもしれません。まさに「ゲスト」を喜ばせたい「ホスト」の力になれたような接客でした。

「店」はあなたの味方以外の何物でもない

「食前酒を頼んだ方がいいんだろうか…でも普段ビールしか飲んだことないし…」なんて思っているお客様がいらっしゃればこちらで察して、「今日はすごく蒸し暑いですし、ビールもすごく美味しいですよね」なんて声をかけて自然と飲みたいものを頼めるような雰囲気を作ったりもできます。

「このワインは回して飲んじゃいけないやつなんだろうか…なんかインターネットの記事もあったよなあ、そういうの。この子ワイン詳しいみたいだし、変なことしたらバカにされるかも…」というのをワインオーダーのときに男性から察したならば「素直に美味しさが最初から出るワインなので、そのまま優しく召し上がってあげてください。ゆっくりと味や香りが変わってくると思いますので、変わってきたなと思ったらぜひ教えてくださいね」なんて後につながるような声かけをしたこともあります。

レストランマナーなんて「店」のスタッフはいくらでもフォローできます。だってプロですから。

もちろんマナーは覚えていた方がいいものです。それは否定しません。でもマナーなんてなくてもなんとかなるものです。そのために店のスタッフがいるんですから。

ぜひホスト役である皆さんは「マナーを覚えなければならない」なんて幻想は捨ててしまって、ただただ「ゲスト」を喜ばせるプロであってください。そのプロには僕らサービスマンはなることができません。「店」ができるのはそのあなたの気持ちを全力でサポートすることです。そしてその関係がうまくいったときに、「ゲスト」の喜ぶ最高の食事ができるということを僕は知っています。

ぜひ素晴らしいレストラン体験を。ではまた。


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