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ランチタイム

今日のバイトはロング。晴れの日は、昼休憩を外でとることも多い。私はいつもの高台に座り、ハンバーガーにかじりついた。一年間の旅?放浪?から戻ってきたばかりのミツキも、隣でいつものように持参したお弁当を広げている。
「また、どっかいくの?」
「んー、わかんない。お金ないし。それに、なんかもういいかなって」
「ふーん」
「結局なんとなくだったんだなって」
「なんとなく?」
ミツキの言葉は足りないことが多い。きっと頭の回転が早いんだと思う。「そう。なんとなく。目的がなんとなくだから、なんとなくしか納得できない。みたいな」
「まぁ、言いたいことはわかるかも。なんとなく。でも、そんなもんじゃない?これから何か意味がわかるかもしれないし」
「うーん。どうだろ、そもそも意味なんてなかったのかも」
「休学してまで行く価値はなかった?」
「わかんない」
「後悔してる?」
「それは微塵もないけど」
「微塵もって、イケメンだな」
それに努力家だ。料理が苦手なミツキのお弁当は、代わり映えがしない。不格好に切られた肉と野菜を炒めるか、たまに安い惣菜を買って詰めるだけ。それでもいつもお弁当をつくって持ってくる。ぱんぱんにバイトを入れて、貯めたお金で旅行に行く。何度も何度も。たとえなんとなくだったとしても、何かを納得するまで続けられる人間なんてそんなにいないんじゃないだろうか。大丈夫だよ。意味あるよ。


ミツキと話していたら、東部へ旅行に行った時のことを思い出した。当時は交流が再開したばかりで、申請も通りづらかったし、行動できるエリアも制限されていたけど、なんというか、乾いた埃っぽい空気みたいなものを覚えている。露天には原色のフルーツや土がついたままの野菜、見たこともないかっこいい魚が積まれ、多くの人が行き交っていたが、ひとつ道を外れると暗くひんやりとした路地が続いていた。歩くにつれてメインストリートの喧騒が遠のき、ただの音となって吹き溜まりる。色数の少ない空間に堆積する。時折、銃を抱えた憲兵が中央の軍服を着て立っていた。
あの街は夕焼けが似合うと思う。何か浮ついたザラザラしたものに、上から綺麗な布をかけて体裁を保っている。そんな街の空気が、濃く滲む緋色の中で立ち止まって、昨日も今日も明日もなく混じり合っていく。
メインストリートへ戻り、一軒の古本屋に入った。店内は外から見るよりもずっと広く、背の高い本棚が幾列も店の奥へと伸びていた。それでも入り切らない本達が床に積まれてた。古い紙の匂いにつつまれたその空間には、ふっと肩の力が抜けるような不思議な安心感があった。隅の陽だまりでは、猫が丸くなって眠っていた。アカデミーでも大量の蔵書に囲まれているが、端末からアクセスすることも多い。ここではそんな利便性は望めないが、時間をかけて本に会いにいく、そんな非効率で贅沢な時間が許されているような気がした。私は猫を撫で、本棚の間を泳ぐ。なんとなく目に留まった臙脂色の背表紙を本の間から抜き出した。それは少し変わった本だった。料理本のようだが写真は無く、茄子やトマトにパスタ、色えんぴつで描かれたようなかわいらしいイラストが散りばめられていた。レシピの他にエッセイが綴られていて、その文章が持つ個性的なテンポに惹き込まれていった。私はその臙脂色の料理本を買うと、また猫を撫で、店を出た。

「アイのトマトパスタ、たべたい」
「いまご飯食べたばっかじゃん」
「食べたい。こんど」
「ん。いつでもつくったげるよ。また食材買って塔に行こうか」
「私も料理手伝うよ」
「今度は指、切らないようにね」
ミツキは膝を抱えて前後に揺れている。どうやら嬉しいらしい。なんだか動物っぽい。

アリスの趣味か権力か、ここの塔はやたらに快適で以前はよくミツキと一緒に遊びに行っていた。遊びにと言ってもアリスはいわば仕事中なわけで、キッチンを借りてご飯をつくったり、膨大にある空き部屋で課題をやったりして過ごした。ミツキが旅に出てからは、塔に行く機会も自然と減っていたけれど、また一緒に遊びに行きたいな。


アイのつくるパスタ、特にトマトのやつは絶品だ。元々は東部の古本屋で買った料理本のレシピで、少しずつアレンジを加え続けているらしい。私は以前、同じ本に会ったことがある。中央の外れにある田舎町を一人で旅行をしていた時、たまたま入った古本屋にその臙脂の料理本はいた。適当に開いたページにはパスタのイラストが描いてあって、かわいい本だなって思ったけどそのまま買わずに店を出た。料理らしい料理なんて殆んどつくったことないし、荷物が増えるのもなーなんて。それでもその後ずっと気になっていて、本屋に入る度に探してた。私が手に取った本と同じとは限らないけど、アイのところに辿りついてあのパスタが生まれたのだとしたら、素敵だと思う。

私が旅に出たことに明確な目的なんてものはなかった。アカデミーに入学して少しした頃だったと思う。休日の少し早く起きた朝に外へ出たら、世界が青みがかって見えた。その時、遠くに行こうと思った。それからバイトを始めて、貯めたお金で旅行に行って、お金が無くなったらまたバイトをした。一年くらいそんな生活を送ってたけど、それも何だかもどかしくて、一年休学した。旅先でバイトしながら、とにかくその時行ってみたいところへ行った。中央も北部も東部も、合わせて30箇所以上まわって、そしたら飽きた。帰ってきたらアイは進級してて、バイトの時給が上がってて、料理ももっと上手になってた。

今できることをやりたくて、知らない場所に行ったら何か見つかるんじゃないかって、そんなことを漠然と考えてたんだと思う。でも何処に行っても、そこには知らない人たちの日常があるだけだった。私はただの部外者で、日々の決まった流れに押し流されることもできずに、その脇をいつもトコトコ歩いてた。一年各地を周った後にアリスの塔が見えて来ると、さすがに帰って来たんだなって思ったけど、感慨のようなものは湧いて来なかった。どうやら旅に出ることも、旅から戻ることも、私にとっては同じことみたいだ。この街でさえ私は私以外の世界の部外者で、流れの中を上手く泳ぐことができない。まぁ、それならそれで。
また無駄な時間を過ごしてしまった。何を検索しても何処に行っても誰と会っても、何もみつからない。そんなの当たり前か。私の答えは私の中にしかないんだろうから。つまりは、結局何をしてもお腹は空くし、食べたら眠くなるってこと。

遠くの空に浮かぶ雲がふかふかくもくもしていて、マッシュポテトみたい。最後にアイと塔に遊びに行ったときは芋の皮むきに惨敗。ポリゴンみたいにカクついた、ちっちゃな芋を産み出してしまった。それでもみんなでつくって(つくってもらって)、みんなで食べたマッシュポテトはおいしかった。そう言えばこの一年間、あの時のポテトやパスタよりもおいしいものに出会えていない。塔にはいつも誘われてばっかだったから、次は私から誘って遊びに行こうか。



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