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飢餓海峡(Famine sector)6【実話特集】 大食いチャレンジメニューを食べると何が起こるのか


 就職氷河期世代──1974年から1984年までの間に産まれたわたしたちが恵まれていたのは、ある特定のジャンルの進化を体験できたこと。音楽、ゲーム、そして大食い!1990年代、10代~20代の多感な時期に「TVチャンピオン」「フードバトルクラブ」で赤阪尊子や岸義行や小林尊や新井和響やジャイアント白田らの超人的な食べを見てきたので、氷河期世代は大食いに一家言あり。当然わたしも大食い番組が大好きだ。
さて2002年の不幸な事故により表舞台から姿を消したかに思えたフードファイターたちだったが、新世代大食い陣の奮闘、Youtubeの人気により今まさに最盛期を迎えたと言っても過言ではない。ギャル曽根、MAX鈴木、魔女菅原(ご冥福をお祈りいたします)、ロシアン佐藤、アンジェラ佐藤、もえあず、木下ゆうか、大食いラスカル、ぞうさんパクパク、えびまよ、しのけん、はらぺこツインズ…若い俳優やアイドルやミュージシャンの名前は全然知らないのにフードファイターの名前だけはスラスラ出てくる自分に驚くが、それは子どもの頃から大人の今までずっと大食い番組ばっかり見ていたからだ。

そしてわたしは今までの人生で2度、大食いチャレンジメニューに挑戦したことがある。

若かりし頃、わたしはその日の糧にも事欠くような有り様で体重も45kgしかなかったが憧れの大食いチャレンジメニューは常に側にあった。それがcoco壱の1300gチャレンジカレーだ!いつの間にかcoco壱は万人に優しいファミリー向けに路線変更したためこのチャレンジは無くなってしまったが20年前までは確かにあった。そして店の雰囲気も牛丼太郎かゆで太郎かのような「男の世界」だった。

「やるか…。」
25年ほど前のある日のこと、わたしは日払いの現場作業で得た8000円を握りしめcoco壱の前にいた。腹はペコペコ、明日は休みだ。失敗しようが体調が悪くなろうがなんとかなる。
「いただきます。」
食べても食べても減らないルーに苦戦しながらも、やさしい味わいと冷たい水に助けられて15分で完食。やった!一食分浮いた。
「ごちそうさまでした。」

次の日、恵比寿。

わたしは◯◯◯◯専門学校の会長の白亜の豪邸にいた。そこに住み込みで働いている女性と付き合っていて、邸宅に彼女以外誰もいない隙に彼女が使わせてもらっている部屋に遊びに行ったのだ。会長がTRFのSAMと写っている写真があった。すると程なくして腹が痛くなった。
「ウッ!」
間違いなく昨日のカレーだ。トイレをお借りすると、TRFのSAMのサインがあった。そして───

「イェイイェイイェイイェイイェイ ウォウウォウウォウウォウ イェイイェイイェイイェイイェイ ウォウウォウウォウウォウ イェイイェイイェイイェイイェイ サバイバルダンス サバイバルダンス なんとか」

───現在に至るまで、あれほどの大物が自分から出てきたことはない。
そして流れなかった。どうしよう。 
SAMのサイン…いやそれだけはまずい…そして彼女とはまだ「割りばしかボールペン無い?」なんて訊けるほどの関係にはなっていない。背伸びをしていたのだ。15分経過。ちょっとまずい。
よく考えてみたら家がでかすぎて大声出しても彼女の部屋まで届かないだろう。
「やるか…。」
ふう…と静かに息を吐き精神集中して、息を大きく吸ってフッ!と気合いを入れる。

「ゴッドフィンガー!!」

(心の声です)

──手を綺麗に洗った。
背伸びしながら付き合っても無理があったのだろう、彼女とは程なくして別れた。

それから17年後の2015年。

わたしは因縁の地、恵比寿で再びチャレンジメニューと相まみえる事となった!



2010年代初頭。
「あの現場だけはいやだな…。」
恵比寿を通りかかる度に見かけた、とんでもない難工事が予想されるサラ地。どこのゼネコンが手掛けるのか、いつ着工するのか、分からないまま時は流れそして──俺か。星の数ほどある都内の現場の中で、敢えて俺が偶然ここの現場をやるのか!となった。恵比寿は因縁の地だ。
きつい24時間の重労働を続ける中、まわりに飲食店がたくさんあるのは助かった。中でもお気に入りは「ステーキのくいしんぼ」だった。ライスが食べ放題だったからだ。そしてメニューの中で一際目を引いたのが「チャレンジメニュー ハンバーグ2000g お好きなソースが2種類選べます」だ。

「やるか…。」
忙しくて前の日の晩ごはんから何も食べれなかった日の晩ごはん、わたしはチャレンジを決行した。「このチャレンジハンバーグ2000g、シャリアピンソースとシャリアピンソースで。」
すると、
「いらっしゃいませー。」
カランカラン。店内に青い顔の男性が入ってきた。サラリーマンというか弁護士ふうで50代後半といったところか。年季の入ったスーツを着ている。さて青い顔と書いたが本当に青い。もうどう書いても嘘のようだがジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」の特殊メイクのように顔に青い色を塗ってあるけどそれ以外は普通のおじさんが店内に入ってきたのだ…!

「メシ出して!メシ!」
普通のおじさんじゃなかった。ヤバいおじさんだった。店に入るなりブチ切れて「メシ」を要求している。こいつはかなりヤバいおじさんだ!
「あっライスのことでしょうか?」
と店員さんが訊くと
「違う!ライスじゃない!メシだっつってんだろうが!」
といきなりブチ切れテーブルをドカッと蹴りあげた。
「やるか…。」
わたしはふう…。と息を吐いて呼吸を整え、ゴッドフィンガーの準備をした。店内の有線からTRFの「サバイバル・ダンス」が聴こえてきた。意味がわからない。

店員さん「ではハンバーグセットでよろしいですか?スープとサラダはお付けしますか?」
青いおじさん「もういいよそれで!」
空気を読んだ店員さんがなんとかうまいこと注文をとった。わたしはゴッドフィンガーを仕舞った。すると、

「フゴー。フゴー。」


青いおじさんはのけぞるように椅子にもたれかかり、イビキを書いて寝始めた。フゴー。フゴー。ガー。ガー。大きなイビキに「サバイバル・ダンス」は掻き消された。

「お待たせしました。」
「フゴーフゴー。」
わたしのチャレンジハンバーグが来た。大好きなシャリアピンソースだが、イビキがうるさくて味がわからない。砂を噛むような思いでハンバーグを口に入れていくが一向に減っていかない。わたしが悪戦苦闘しているうちに、おじさんのハンバーグセットも出来たようだ。
「お待たせしました。」
「フゴー。フゴー。」
「ハンバーグセットになります。」
「フゴー。」
おじさんは目を覚まさない。店員さんはおじさんの肩を軽く叩きながら「お客様、お客様、」と呼び掛けるが、イビキはますます大きくなるばかりだった。わたしはヤバい!と思った。
現場の安全衛生責任者の講習で教わった救急のヤバいやつだ。

わたし「すいませんこの人脳梗塞かもしんないっす。」

わたしはハンバーグチャレンジの最中なのに席を立って、狼狽える店員さんのもとに行った。
「すぐ救急車呼んだほうがいいっす。」

チャレンジ失敗!


もう完全に意味がわからないがチャレンジは失敗した(チャレンジ中席を立つと失格)。
ハンバーグがもったいないので救急車が来るまでハンバーグを食べた。来たのは警察官だったのでわたしは「脳卒中か脳梗塞かも知れないから青いおじさんをあまり動かさないで!」とキレた。
そしてわたしはまたハンバーグを食べた。救急車が来た──

わたしはチャレンジ失敗料3800円を払って現場に戻りまた作業を始めた。「おっさんが顔青いのって意味あった?」と考えながらの作業はまじで意味がわからなかった。大食いチャレンジ…恵比寿…ゴッドフィンガー…TRF…サバイバル・ダンス……SAM…全てが意味なくつながっていた。三次元世界のバグ。
我々の思う真理は宇宙にとってはただのギャグなのかもしれない。
様々な思いが頭を巡っていた。

トホホ 大食いチャレンジはもうコリゴリだよ

わたしの周りを丸が、こういうふうに閉じてきた。

おわり


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