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帽子の達人 (帽子が笑う…不気味に including bonus track)

 労働者階級の象徴、それは帽子!選挙キャンペーンの予算を野球帽につぎ込んだドナルド・トランプの事を、「選挙のプロ」ヒラリー・クリントン陣営はスマートに揶揄し嘲笑した。それに対しベースボール・キャップがトレードマークであるマイケル・ムーア(ドキュメンタリー映画監督)はこうコメントした。
「ヒラリーたちは何も分かっていない。僕らは、こういう人たちなんだよ。」

井の頭五郎は労働者の町・山谷の定食屋さんの客が、食べている最中でさえ全員帽子を被っているのを見て「美学のようなものを感じた」────。

さて作業員歴30年のわたしも通勤時、プライベート時、性行為時、ほぼ毎日帽子を被っているし(一部誇張)、現場の作業員の90%は誇張なしにいつも何かしらの帽子を被っている。野球帽、ハット、ハンチング、バンダナ、ただのタオル、押井守、種類も無限大だ。真夏なのにポンポンつきニット帽を被っている人はわたしでさえどうかと思うが、普通にいま詰所の隣の席にいる(外気温35℃)。とにかく作業員は帽子が大好き。何で帽子を被っているかって?
だって現場行くと絶対ヘルメット被らなくちゃならないから髪型セットしても無意味だし、ヘルメット被ってると頭皮にいろいろと大問題が発生するからそれを隠すために決まっているでしょうが!
例えばわたしは今ドレッドヘアーだがその前にイデオンのような赤くて丸いアフロヘアーにしたことがある。大きなライブステージに立つ予定があったのでそうしたのだが、現場仕事に行って終わってヘルメット脱いだら髪型が「凸(とつ)」みたくなって直らなくなった。関係ないが現場にいる戸塚さんという作業員のあだ名が「トツさん」だった。結局ライブ当日も髪型は直らずわたしが

凸さん


として出演した。戸塚さんも観に来てくれてありがとうございました。

作業用衣料品店に行くとこういう帽子がたくさん売られている。デアゴスティーニ・週刊「ヤバいジジイになれ」の付録として十分成立する品揃えだ。

 
 さて、我々ぼうし人類は、朝現場についたら通勤時被っていた帽子を脱ぎ→手拭いかタオルを頭に巻き→ヘルメットを被って朝礼にDELL。帰りはヘルメットを脱ぎ→手拭いやタオルを脱ぎ→お気に入りの通勤帽子を被る。
このチャートで人前に何も被っていない頭の状態を曝すのは1日2回だ。

だが!


20年前───
「なあ」
「え?」
「つぼ田(仮名)さんが帽子脱いだとこ、見たことある?」
「…そういえば無いな。」
「今度着替えるとき俺見るわ。」

つぼ田さんは我々若手作業員の先輩にあたり、常日頃厳しい口調で作業を指導してくれた。普段着はジーパンになんかドクロや英語が書いてあるやつを履いていて、Tシャツにもドクロや英語が書いてあった。そして背中まである長髪を後ろで束ね、イスラエル製だという自慢の黒いレザーの野球帽をガッチリと被っていた。
作業時にはニッカポッカに大工ベスト、頭には水色のタオルがガッッッチリと巻かれていた。
「昔はチーマーのリーダーだった。」
と休憩中に話してくれたが、仲間とつるんでワイワイやるチーマーというより、近寄り難い孤独な一匹狼の雰囲気を持っていた。わたし達にはバカとかアホとか冗談まじりに言うが、つぼ田さんが同年代の人と楽しそうに会話しているのを見たことがない。

「お疲れ様でーす。」
「オツカレ」
ある日の作業終わり、つぼ田さんと着替えるタイミングが同じになった。わたしは安全帯を外し、ヘルメットを外し、手拭いを取って、シャツを脱ぎ上半身裸になる。
つぼ田さんは安全帯を外し、ヘルメットを外し、シャツを脱ぎ上半身裸になる。頭にはまだガッッッチリとタオルが巻かれている。
シャツを脱いだ時に一緒に持っていかれないようにシャツの襟口を広げ気味にしている動きが見て取れた。
そのあとズボンを脱ぎ、パンツ一丁になっても頭にはタオルが巻かれたまま。ちょっとユニークな見た目になってきた。ていうかつぼ田さんは多分わたしの視線に気づいている。時々目が合うので。

「お疲れ様で~す。あーつかれた。」

仲のいい同僚が詰所に入ってきた。
「あっおつかれ~アッ!」

上半身裸のつぼ田さんの頭にあるモノがタオルから帽子に変わっている!!!!


同僚が詰所に入ってきて挨拶を交わした時に目を離した、たった0.2秒のうちに帽子がタオルに変わった!
中国四千年の秘技「変面」のように──

その後つぼ田は上半身裸にレザーの野球帽の状態からこれまた器用にドクロと英語が書いてあるTシャツの襟を広げてその輪をくぐった。肩が上下し、少し息が荒くなっているようだったが。─────

「じゃ」
つぼ田さんは帰った。

おわり



Bonus track 
・全然関係なく、つぼ田さんは「じゃんけんに絶対負けない」という特技があり、挑んだわたしは本当に10回連続で負けた。
・どの現場にも結構「帽子の達人」がいて、日々帽子早変わりをやっている。つぼ田級の達人は稀で、こないだ帽子早変わりやってた若い奴見てたらタオル→帽子に1.5秒ぐらいかかってて一瞬見えた頭が─────帽子被ってると普通の若者だった。

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