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女児を守るために、私たち親ができること

※一部ショッキングな内容が含まれますので苦手な方はご注意ください。


先日、私が女子高生の頃に体験した怖い話を書いた。

それは、学校帰りの夜道で変質者に追いかけられたこと。

その後、何とか無事に家まで辿り着いた私は母に事の顛末を話し

母が警察に相談したことから防犯ベルを持たされるようになった。

それ以来、防犯ベルが活躍する場面が無かったのは本当によかったと思う。

ただ、犯人が捕まったと言う話は聞いていない。

この話を書くことによって「自分も昔、怖い目にあった」という方が何人かいて

おそらく、多くの人が何らかの危険な目に遭っている。

それらをあまり聞く機会がないのは

決して気軽に話せる内容ではないから。

人によってはトラウマになって思い出すのも辛かったり

心や体に傷を負ってしまう場合もあるだろう。

被害は人によって様々だけれど

自分を「汚い」と感じる人もいるかもしれない。

タイトルを「女児」と限定したのは

私自身が女性で、それ故昔は女児だったから。

そして自分が産んだ3人の娘を現在進行形で育てているから。

自分が経験していないことを憶測で書くことはできないから

過去の経験を踏まえて思うことを書いてみたいと思う。


✴︎


私がまだ小学生の頃にあった、ある噂。

「白い車」と聞いて、ドキッとする人はいないだろうか。

白い車の変質者が出るという噂は、小学校の高学年ともなれば

誰もが一度は聞いたことがあるぐらい有名な話だった。

一見、都市伝説のようなその話。

「白いセダンの車の男」という情報以外の詳細はわからないし

学校で先生から注意喚起を呼びかけられるわけでもない。

ただ、子供たちの間だけで囁かれる噂。

ただ「白いセダンの車の男」は本当に存在した。

何故なら、

私は実際に遭遇したことがあるから。


これはたぶん、母と私しかしらない話。

いや、母もきっと覚えていないだろう。

でも私の胸の中には今でも消えないままでいる。


あれは小学校5年生の夏だった。

当時バレーボール部に入っていた私。

その日はいつもの小学校の体育館ではなくて、

少し離れた町の体育館での練習だった。

ひとりで自転車に乗って、練習場所へと急ぐ。

田舎の県道、直線道路を。

そう、変質者に追いかけられたあの道を

今回は逆方向に。

家もまばらな田舎道。

自転車を漕ぐ私を後ろから追い越していった車が

少し先で止まった。

男は車から降りて待っていて

やってきた5年生の私に声をかけた。

場所は、民家を抜けたところで

周りは田んぼばかりだった。

確か、道を聞かれたんだと思う。

たぶん私には答えられない内容で。

2〜3言、言葉を交わしたあとに

「クモがついてるよ」って

男は私の服の中に手を入れてきた。


当時私は5年生で、昔から身長が高くて成長するのも早かったから

少しずつ、女性の体に変化をしていたときだった。

私の膨らみかけた蕾の部分を

手のひらですっぽりと直に覆って

男は

半笑いだったか記憶は定かじゃないけれど

とにかく言ったんだ。

「お姉ちゃん、大きいおっぱいしとるね」って。

そして男は車に乗って走り去って行った。

頭の中が真っ白になって

貧血みたいに冷や汗も出てきて

何が何だかわからなかったけど

とにかくそのままバレーの練習に行った。

練習を終えて帰宅して

2階の誰もいない部屋で、母にすべてを打ち明けた。

あまりのショックに涙があふれて止まらなくなって

ただただ、母の前で号泣した。

母は無言で私が泣くのを見つめるだけだった。

その時、確か母に訴えたんだ。

「服の下に何を着たらいいか、わからん」って。

当時はまだ今みたいに機能的な下着なんてなかった。

いや、子供の私が知らなかっただけかもしれないけれど。

小さい頃から夏はいつもTシャツを1枚、素肌に直に着ていた。

エアコンもほとんど使わない時代で

バレーをするからいつも汗だくで

暑かったのだろう。

低学年の頃はそれでもよかったけど

高学年になって体つきが変わってくると

擦れて気になる部分も出てくる。

人からどう見えているかなんて気にしていなかったけど

Tシャツの中身がスカスカなことに

だんだんと違和感を感じていた時だった。

私の問いかけに対して母は何も言わず

トップを確認するように、手の甲で服の上から軽く触れて来ただけだった。

べつに抱きしめて欲しかったわけでも

一緒に泣いて欲しかったわけでもないけれど

母は相変わらず無言で私を見つめるだけで

何かアクションがあった記憶はない。

思うに、母も大変だったんだろう。

下に妹や弟がいて

祖父母も一緒に暮らす大所帯だったから

気苦労が絶えなかったのは知っている。

私が面倒を起こすわけにはいかなかったんだろう。

それが関係あるのかはわからないけれど

私は昔から「人を頼る」という発想がなくて

何でも自分の力でやってきた。

いや実際は、親だったりいろんな周りの人に助けられて

生きていることに間違いはないのだけれど

少なくとも自分でそんな風に考えるぐらいには

人に何かをしてもらうってことに対して

諦めの気持ちがあるのかもしれない。

幸い、それからの私は精神的に落ち込むこともなく

普通に人を好きになり、恋愛して

2度の結婚を経て、現在は3人の娘がいる。


ちょうど末の娘が小学校5年生で

夏を迎えようとしている。

上の子達のときもそうだったんだけど

この年代の下着選びには特に気を遣う。

娘は夏でも肌着を着ている。

思春期に入ろうとしている年頃の娘に

露出の多いスカスカの

屈めば胸元が見えてしまうような格好をされるのは

どうにも抵抗がある。

下着選びにはある程度段階があるのだが

肌着の特性や大切さを娘に説明して

袖や肩紐のデザインなんかは娘の要望を聞いて決める。

もちろん肌触りがよくて汗も吸収してくれる素材の

擦れても気にならない優しい素材で

体の変化が目立ちにくいデザインのもの。

もっとわかりやすく言うと、胸の部分が二重になっていたり

中に保護をするためのパットが入っているものになる。

そんな段階を経て、年齢や成長に合わせて

ブラジャーへと移行する。

洗濯のたびに中のパットがズレるのを

干すときに直してやり

娘が少しでも快適に、思春期を迎えることができるように。


もちろん下着選びだけではなくて

何よりも大切なのは母娘の関係性。

なにか困ったことが起きた時に

相談できる間柄を作っておくことって本当に重要だと思う。

普段からベタベタに仲良くするのもいいけれど

言いたいのはそんなことじゃなくて

やっぱり、相談しようって思うのは

相手を信用しているからこそ。

5年生の三女が遊びに行く時は、誰とどこに行くのか聞いて

帰りの時間を決めておく。

外には悪い人もいて、心配なのはやまやまだけど

子供には子供の社会があるから

暗くならないうちに帰るように約束して

「行ってらっしゃい」って笑顔で送り出す。

これが高校生の次女になると

ある程度分別のつく年齢で、身を守る術もわかるから

夜遊びであろうと、行動に対してダメ出しをすることはない。

何故なら、遊ぶことも大切な人生経験だから。

本人がやりたくて決めたことに対して反対する理由なんてない。

必要で頼られたら送迎することもあるし

そうでないときも、快く送り出す。

ただ、その時に約束するのは

・自分の責任で行動すること。

・ちゃんと無事に帰ってくること。

の2点だけ。

あとは娘を信用して、すきなようにさせてやる。

そうすると頭の良い娘なので、めちゃくちゃなことはしない。

高校受験の時なんて、受験まで1ヶ月を切っていたけど

娘はBTSのコンサートに行った。

早朝4時の暗いうちからグッズを買うために並んだりもした。

でも娘は普段から本当に勉強を頑張っていたし

そんなチャンスはなかなかないから

私には反対する理由なんてなかった。

「気をつけて、楽しんできて」って気持ちだけ。

だから娘は何でも私に話してくれる。

好きな人のこと、友達のこと

ムカつく先生の話、欲しいもののこと

沈んだ顔で帰って来たときはすぐに気づくから

「どうしたん?」って聞くと

涙をポロポロこぼす娘を抱きしめて

気が済むまで話を聞いてやる。

ママはこう思うよって、娘を褒めたり励ましたり。

すると翌日には、スッキリした顔で登校する。

そんな、日々の積み重ねで親子関係は作られる。

ただ注意したいのは、心配だからといって

過干渉になり過ぎないこと。

子供って、いつまでも子供じゃないから成長することも必要だし

ポイントを抑えながらも、上手に親離れ子離れを促すことが大切。

そして親だからと言って、完璧ではないし偉いわけでもない。

大人だって良いときも悪いときもある。

そんな感情の起伏を家族に見せることもある。

そして人の意見に影響されやすい長女に相談されたときは

「でもママだって人間だから、間違うこともあるからね。

全部を鵜呑みにするんじゃなくて、決めるのは自分だよ。」

ってことごとく言ってきた。

そうやって、母も娘も成長していく。


✴︎


今日の話は自分の経験を踏まえて

女の子を育てるときに気をつけてほしいことを書いてきた。

こんなこと、自分にとっては嫌な経験でしかないから

わざわざネットで晒すことでもないんだろうけれど。

ぼーっとお風呂に入りながら

「書かなきゃ」って何となくひらめいて

同じ女の子を持つ親御さんには注意してほしいし。

何より、私が発信することによって救われる人がいるかもしれない。

でも、それよりも何よりも今回本当にしたかったのは

あの夏の日の、誰もいない2階の部屋に置き去りになったままの

5年生の愛ちゃんを抱きしめてあげること。


怖かったね。守ってあげられなくて、ごめんね。

悲しいことがあったけど、何があっても私は私。

汚いなんて誰も思わない。

私がこうして癒してあげるから。

何があっても、私は幸せにならなくちゃいけないから

自分を信じて

明日からも笑って過ごそう。

大丈夫!未来は明るいから!


嫌な経験は、すべて塵となって消えていくことでしょう。

こうして私は笑顔になった5年生の私を連れて

娘たちの良き理解者として

明日からも歩いてゆくのです。

ありがとう。

未来はいつも面白い!