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パリ室内楽センター 8年目のシーズンが開幕 その2

前回に続いて、パリ室内楽センターについて。今回はシーズン開幕の初日(12月1日)のコンサートのレポート。

12月のシングル メンテルスゾーンのトリオ第2番


今シーズン最初の「シングル」は、メンデルスゾーンのトリオ第2番を、トリオ・コンソナンス Trio Consonance が演奏。トリオを構成する小島燎(vn)、ジェレミー・ガルバルグ Jérémie Garbarg (vc)、岡田こうじろう(p) (漢字を探したけれど見つからないのでご本人か知ってる人、教えてください)は、2019年の Bœuf de chambre で出会ってお互いに音楽的に一目惚れし、以来トリオを組み、最近、初CDをリリースした。

小島燎は日本でも精力的に活躍しているのでご存知の方も多いだろう。ガルバルグはフランスのアーティストの新人賞として定評のあるADAMIクラシック新人賞を2019年に受賞、2021年からはアロッド弦楽四重奏団 Quatuor Arod の一員としても演奏活動を展開している。岡田こうじろうは1999年ボルドー生まれで、国籍はフランス。兄はヴァイオリニストの岡田修一。ガルベルグとは以前からデュオ・コンソナンスとして活動している。

演奏は、現在フランスで聴き得る若手の中でもおそらく最高峰だろう。外向的かつ情熱的なチェロ、溢れる抒情性を一見クールに弾きこなすピアノ、その中間でバランスの取れたヴァイオリン。三人三様だが、それぞれの長所が見事に溶け合って絶妙な音楽を創り出している。

トリオ・コンソナンス © CMCP


1楽章では内に秘められたエネルギーをはじめから無駄遣いせず、うまくコントロールしてここぞという絶妙なタイミングで出してくる。それは4楽章でも同じだが、ファイナルは曲が進むにつれてどんどんと枠が大きくなり、聴いている側も一緒に呼吸している。コーダ部分にかけて長調になり、大空に飛翔していくような終結部を、このような演奏で聴けるのは幸せという他ない。また、2楽章の、美しいメロディの中にある燃えるような感情や、メンデルスゾーン特有の、高度な技術が要求されるスケルツォ楽章で見せる3人のぴったりした呼吸は、ベテランの演奏家でも稀なのではないだろうか。それが、現在フランスで聴き得る最高峰、と言った所以だ。そしてこのような演奏を可能にする、パリ室内楽センターの活発な活動に改めて敬意を評したい。

リリースされたばかりのCDにサインするトリオ・コンソナンスのメンバー。
後ろには「+16禁」のポスターが。© Victoria Okada

12月のスペクタクルコンサート 「+16禁」


21時からの「スペクタクルコンサート」は、「+16禁」。16歳「以下」禁止ではなく16歳「以上の作曲家」禁止。数年前のクリエーションの再演だ。室内楽の最高峰に位置する有名な八重奏曲をメンデルスゾーンが作曲したのが16歳であることから、様々な作曲家が16歳で書いた曲を集め、ユーチューバーが解説するという趣向。ユーチューバーの部分は舞台後ろの壁にビデオを投影。扮するのはセンターのチェリスト。

舞台にはティーンエイジャーの部屋が再現されている。全体の色調はヴィヴィットな赤黄青。パソコンの画面には初期のビデオゲーム(ジェローム・ペルノーの若い時のものか?)。無気力にゲームに興じている人が2名ほど。衝立てにはスーパーマリオのポスター(こんなポスターを部屋にはるだろうかという疑問はさておく)。クッションに寝転がってずっと携帯をいじくっているヴァイオリニストが約1名。
そんな舞台上で、自分の番が来るとおもむろに起き上がり、これまでとは打って変わったように演奏を始める。ピアノは先ほどの岡田こうじろうがキックスクーターに乗って舞台入りし、弾き終わると何事もなかったかのように普通に舞台裏に帰っていく。

「+16禁」の一場面 © CMCP

プログラムは、モーツァルト(ディヴェルティメント K.131)、ショパン(遺作ポロネーズ)、シューベルト(弦楽四重奏曲第10番 D. 87)、マーラー(ピアノ四重奏曲)、そして最後にメンデルスゾーンの八重奏曲だが、最後から2番目に、当時16歳だったトメール・クヴィアテクという作曲家が、特別にこのコンサートのために作曲したピアノと弦楽のための『祭壇の前の生贄のダンス』が演奏された。
ビデオでは、当時16歳の環境活動家を紹介するなど、時事的な話題も盛り込んで、中高生が見ても面白いものになっている。この夏にサン・ジェルマン・アン・レで行われた音楽祭でこれが上演された際、小学校の課外研修でたくさんの小学生が鑑賞に来ていたのを思い出した。

演出つきプログラムを全曲暗譜で演奏


センターの他のスペクタクルコンサートもそうだが、演出は主に「隊列変化」からなっている。曲を演奏する間、モチーフやメロディを奏でる楽器を前に出したり、同時に弾く楽器をペアにしたりしながら、舞台上を移動するのだ。これによって音楽の構成がヴィジュアル化され、楽器間の関係や書法などが大変にわかりやすくなっている。1時間あまりのコンサートの全曲を暗譜で演奏するというのは、このような演出の必要性もあるだろうが、それよりもおそらく、若い演奏家に室内楽を完璧に習得してもらいたいというジェローム・ペルノーの強い希望がそうさせているように思えてならない。
彼らは、コンサートの前の2週間ほどは、時にはほぼ合宿状態で集中練習とリハーサルを行う。
曲にどっぷり浸かって楽譜がなくとも演奏できるようになるという体験を若い時に積むことが、それ以降の音楽家生活にどれだけ有効かは、少しでも真剣に音楽を嗜んだことがある人ならわかるはずだ。
それを年に3回も行い、そのうちの何人かは並行してセンターの別のプログラムにも参加している。短期間のうちにこれほどまでの完成度で曲を仕上げることはハードかもしれないが、達成感も深いだろう。コンサートを聴く人々は、それを思いやるように、大きな拍手と掛け声を惜しまない。

聴衆と音楽家がともに支援し支援されるという、家族的で温かな雰囲気に満ちたパリ室内楽センター。そこは、世界で活躍する演奏家の温床なのだ。

演奏を讃えるジェローム・ペルノー © Victoria Okada

「+16禁」プログラム 

Mozart, Divertimento K. 131 (Adagio)
Chopin, Polonaise op. post. « Adieu à Guillaume Kohlberg »
Schubert, Quatuor n° 10 D. 87 (Scherzo)
Mahler, Quatuor avec piano
Tomer Kviatek, Danse devant l’Autel du Sacrifice pour piano et cordes
Mendelssohn, Octuor pour cordes opus 20

2022年12月1, 2, 3, 8, 9, 10日21時 サル・コルトー



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