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ウェザースプーンのなぞ

パブには何個か種類がある。まず、個人経営で細々やっているパブ。だいたい個人経営で、何年も一件を持って経営していると、そこのオーナーにいろいろ話が来ることになっている。曰く「隣町で同じような形態のパブが売りに出ている。オーナーにならない?」とか、同じ町でパブをやっていて後継者がなくつぶしてしまうのももったいないので、買わない?みたいな話が大体出てくるので、一件経営できるノウハウがある人はだいたい、パブを2,3件持っている人が多いような気がする。

大分前に仕事でパブ経営者が料理を仕入れするのを手伝いをしたことがちょっとだけあるが、だいたい仕事で一緒になったパブ経営者は2,3件パブを持っているのが常で、決定権はオーナー、現場仕事は、各パブのマネジャークラスが出てくる、というイメージがある。

他、パブチェーンに加盟する。西ロンドン中心にやたら多いのが、西ロンドンに醸造所があるフラーズという酒造会社が持っているパブチェーンに加盟しているパブが多い。フラーズの看板が出ているので、すぐわかる。フラーズの醸造所はアサヒビールに買われたが、パブチェーンはアサヒは手を出していないという話である。

チェーンといっても日本のチェーン店のフランチャイズほど厳密というか、面倒臭い感じではなく、いろいろ形態があって緩いイメージがある。でもとりあえずフードメニューなどは加盟店用のメニューになっていたりする。加盟しているが、人材などは独自で確保していて、マネジャーとかも会社から派遣などではなく、昔から雇っている人をそのまま雇い入れて、みたいなパブもあり、形態はなんだかよくわからない。

そして、イギリスにはイギリス全土、ウェールズにスコットランドにアイルランドと800店以上のチェーン加盟店パブを擁するパブチェーン、ウェザースプーンというチェーン店がある。

だいたいどこの街でもある。ふらっと地下鉄に乗って、下りて、メインストリートを下っていけば、何軒かパブはあるが、その中の一件は必ずウェザースプーンのパブと言っていい。ショッピングモールの中にも、映画館についている場合もあれば、飛行場、中長距離のバスステーションのたもとなど、至るところにあるパブチェーンである。

朝の9時から開店(下手すると8時から開いているところもある。ただし、朝早いところは、朝のうちは酒は出さない。)夜は11時まで開いており、食事はだいたい9時から始まり、夜の10時くらいまでサーブしてくれる。お子様用のメニューも豊富、グルテンフリーやビーガンなどの要望に応えたものもあるし、店自体広めなので、足が悪くて杖を突いている、なんて人でも狭苦しい思いをしないで食事ができる。曜日によって、割引メニューがあり、昔から有名なのが「カレーの木曜日」「ステーキの火曜日」あたりか。ビールも種類が豊富で、だいたいいつも「ジンを楽しもう週間」みたいな感じでジンメニューを充実させたり、何かしらキャンペーンをやって世界の珍しい酒を持って来たりカクテルを持って来たりする。何かしら、楽しそうなことをやっているパブである。

地方になるとウェザースプーンがホテルを経営しているところもある。これは昔はパブの2階などは宿屋を兼ねていたところが多く、パブの持ち主=宿屋の持ち主ということで、ウェザースプーンにパブを売るときにだいたい宿屋も一緒に売るからである。そういうこともあり、ウェザースプーンはホテル経営のノウハウもあり、ホテル専門のスタッフを雇ったりしている。

イメージ的にはファミレスに毛が生えた感じのレストランにパブがついたというところであろうか。そして、ウェザースプーンのもう一つの売りは、「お手頃価格」「庶民の味方価格」と言ったところか。とにかく安い、そして飯はまずくもなくうまくもないが、ちゃんと注文したものは出てくる。ということで、イギリス生活の中でも侮れないパブである。

ただ、一つだけ、独立系のパブと違うところは「スポーツ中継をやらない」(やってもハイライト番組のみ。)「テレビはあってニュースを流すが音声はほとんど流さない」「音楽は流さない」(低く流しているところもあるが)というところか。

一応イギリスのパブで格式の高いパブ、伝統的と呼ばれるパブは音楽は流さない。スピーカー優先でクワイエットという形式をとる。これは昔パブに集まった政治家のスピーチを聞いたり、人々が政治を語ったり、商売上の大事な情報をみんなで交換したころの名残と聞いている。(ビッグベンがあるウェストミンスターあたりのパブ、裁判所近くのパブ、金融街シティのパブなどに多い。)次に格式の高いパブは普段はクワイエット、でも時々バンドが入ったり、ギターの弾き語りが入ったりするという、生の音楽が楽しめるパブ、そして普通のパブは音楽を流したりする。

なぜか、庶民の味方価格で、定年退職者や仕事ない人がちょこちょこ遊びに行けるオアシスのようなパブチェーンウェザースプーンなのに、この辺はちょっと格式ばっているのが不思議だったりする。まあ、パブにいるのはほんのちょっとだったりするので、音楽などはあまり関係ないかもしれないが。

私の場合、ウェザースプーンに一緒に行ったことのある人で圧倒的に多いのが私の両親である。両親がイギリスに来たとき、ほとんど外食したときに一緒に食事をとったのがここである。両親曰く「安い」「メニューがわかりやすく、とりあえずそろっている」「そこまで待たされないで温かい食事がとれる」「注文前払いなので、御勘定してもらうのを待たず、食べ終わったらすぐ出ていける」「周囲に気を使わないで食事が可能」だから好きだそうである。

確かに注文は先払いである。カウンターに行って、テーブル番号を告げて、フードの注文をする。この時一緒に飲み物の注文もする。そしてフードと飲み物のお金を支払い、飲み物はこの場で用意してもらい、セルフでテーブルに自分で運ぶ。食事は、ウェイター、ウェイトレスが運ぶ。慣れればかなり便利なことこの上ない。

そして、ウェザースプーンは常連はいることはいるが、常連が威張っているわけでもなく、ヘッド格のバーテンはいるが、だいたいのバーテンは学生や若い人達が多く(正社員ではなく、アルバイトという感じが多い。)、活気があり、フレンドリーな感じのすれてない接客が多いような気がする。うちの両親のように外国に慣れていない人にも優しいイメージがある。ガイドブックに載っていて入ってみたら、常連以外に愛想が悪かったり、やる気のない暗い個人経営の店だったなんてこともイギリスだと結構多いので、そういう店にお金を落とすなら、ウェザースプーンでさっさと安くあげて、他でお金を使った方がいい、という考え方もできる。あとはうっかりスポーツで大きい試合があるのをわからず、入ってしまって、うるさい中継がひっきりなしにずっと続いていて(特に競馬)落ち着かなかったなんて経験もあったりして、そういう意味ではウェザースプーンは安心して入れる、食事もとれる便利なパブだったりする。

ウェザースプーンは一時イケイケでお店の形態を広げており、かなりのパブを買い漁っていた。これは地元の人にとってはいい話だった。うちの近所では、映画黎明期の有名なイギリスのプロデューサーの名前を冠したパブがあった。(もっと昔は違うパブだったが、その近所に住んでいた有名なプロデューサーが有望な若手の俳優をたくさん連れてそのパブに遊びに来ていたという。プロデューサーが亡くなってから、そのパブは名前をプロデューサーの名前に変えたという。)このパブが左前になってしまい、つぶれるという話だったが、ウェザースプーンが買い取って改装し、新規開店したことがある。歴史のあるパブがウェザースプーンに救われた。まあ、ウェザースプーンは左前になった歴史のあるパブや、街で一軒しかないパブなのにつぶれそうで、もうどうにもならない、というパブを買い取ってなんとか持たしたりと、ある種パブ業界の「ホワイトナイト」でもあった。

そして、経営側は割にロビー活動が好きというか、政策に矛盾があったり、何かマスコミがあることないこと書いたりすると、結構はっきりと「事実と違うことを書かないで」とか「どうしてパブばっかり税金かけて冷遇するの?」みたいなことをはっきり言う、業界でも名物の経営陣だった。

そんな勢いのあったパブチェーンであるが、最近悲しいニュースが流れた。

この記事は昨年11月の記事であるが、39件パブを売りに出すことを決めたという。(40件と書いている記事もある。)コロナ後、思ったより景気が上向かず、売り上げが伸びないこと、古いパブを買い取ってチェーン店にしているので、改装費がかなり高くつくこと、そして、人件費に食料や酒の仕入れ費用が高騰しているのに、客があまり入らず、値上げもままならないことが多い。ということで、チェーン店のうち40件を売るらしい。

もともとつぶれかけたパブを買ってなんとかしてやってるのに、それをまた売るなんて、買う人出てくるのかな?という単純な疑問がある。そして、だ、売りにかけているパブの中に、私が両親と何回か食事に行ったパブも入っており、なんだかそれも複雑な気分だ。

ウェザースプーンにはいつでも強気でいてほしい、そして、庶民の味方でいてほしいと願っているが、パンデミック後はそうはいかないのかな。イギリス人と話していて、「あんなところ」みたいな言い方をみんなするが、だからと言って、行かないというよりは、何かにつけて利用しているイギリス人がほとんどだと思う。なので、こういうニュースが流れてくると非常に悲しくなったりする。

とりあえず、パブ文化が好きな人、なるべく早めにイギリスを旅行した方がいいような気がするくらいここのところバンバンなくなっている。パブ好きとしてはさみしい限りである。



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