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旅と郷愁の版画家・川瀬巴水 ~八王子夢美術館~

ぷらっと八王子に行って、初日に見て来ました川瀬巴水の「旅と郷愁の風景」。
書き始めたものの途中で放置状態になってしまいました。
当初はまだ桜の時期だったので、見出し写真は桜の絵に・・・
今はソメイヨシノは終わって、八重桜も終りつつありますね。

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大正から昭和にかけて活躍した木版画家・川瀬巴水かわせはすいは「旅情詩人」とも呼ばれるほど日本各地を旅して写生し、四季折々の景色や、そのなかに庶民の生活をうかがわせるような風景画を描きました。
そして新時代の木版画「新版画」運動を推進した版元の渡邊庄三郎や
彫師、摺師と共に制作の道を歩んだ人です。

巴水の展示は何度か見たことがありますが
150点余りが展示されているのを見るのはおそらく初めてで
とても見応えがあり、また画家としての巴水の歩みがよくわかるよう構成されていると感じました。

実家は老舗の糸屋で、
虚弱であるため継ぐには不向きだと感じていたこと。
結局は妹夫婦に店は任せて、生き甲斐ともいえる絵画の道へ進んだこと。
糸屋の若旦那だったモダンなセンスの持ち主として
絵を学びながら、銀座の有名な婦人小間物屋でデザイナーの仕事をしたことなど、
これまで知らなかった巴水という人物が見えてきました。

私が巴水の版画を初めて知ったのは、「夕暮れ巴水」という本です。

「イギリスはおいしい」などのエッセイで大好きだった林望さんが、
巴水の版画に詩文を添えていて、
そのノスタルジックな情景や空気感に惹かれました。

林さんは巴水の作品について「概して明るい色彩の昼景画には傑作がない。」とはっきり書いていますが、
確かに巴水の絵からは、夕暮れや夜、雨の日の情景などに
なんともいえない染み入るような懐かしさや寂しさを感じます。

「新大橋」(東京二十景)大正15年

図録の表紙は、東京二十景というシリーズの「新大橋」。
隅田川にかかる橋だそうで、濡れた路面にレールが見えます。
この橋の上を、東京市電が通っていたそう。
夜、雨、ぽっと灯る電灯、小さく人がいる情景など、
やや寂しく幻想的な風景は、やはり魅力的です。

でも今回の八王子の展示では、朝や昼間の明るい光の風景画が何点もありましたが、日本橋や、桜と富士山など、それはそれで素敵なものもあるように感じました。

「日本橋(夜明)」(東海道風景選集)昭和15年

今回、めずらしく図録も買ってしまったのですが
展示されていないものも載っていたので
奥付を見てみると、SONPO美術館とあります。
調べてみると、同じタイトルで2021年にSONPO美術館でも開催されていて、
その後全国各地を回って、3月の高松からやっと八王子に来たようです。

誠実で穏やかで物静か、綺麗好きで散髪と風呂は欠かさない、
義理と人情を大事にする江戸っ子で、
スケッチブックを片手に旅をするのが大好きないっぽう、
芝居や音楽、映画も好きだったとか。

そんな巴水の絵になぜ淋しさや孤独感のようなものが漂うのか、
図録の中の解説などを読んでいて、わかったような気がします。

 巴水には一種の無常観というようなものがあった。死のかげのようなものがつきまとっていた。淋しい人であった。酒をのんで酔うと柱に凭れて、しょんぼりしていた。巴水の人間の上へ、仕事の上へ、おそいかかる哀愁が、巴水の絵に現れている。淋しくて眠れず、夜中にとび出して一杯飲むこともあった。この哀感はどこから来たか、これは解明し難いことである。巴水はそれについて何も語らなかった。

巴水研究の先駆者で、交流のあった楡崎宗重氏の評より

巴水には奥さんもいたし、版元の渡邊庄三郎とも一緒に歩んでいたので、
決して孤立していたわけではないけれど、なにかずっと抱えているものがあったのでしょうね。
こういった無常観や哀感は、表現をする人には必要なもののように感じます。
そしてその感覚や感情は、必ずしもその時の人生だけのものではなく
前の生から持ち越してきたものだと、私などは考えてしまうのですが、
絵を見て感じるのは、決して嫌なものではなく
逆に心地のよい孤独感です。

「平泉金色堂」昭和32年

「平泉金色堂」は巴水の絶筆で、
一歩一歩御堂に向う後姿は、巴水その人だといわれます。

関東大震災で、家も版木も作品も壊滅状態になったという厳しい経験もありつつ、スケッチブックを片手に日本のあちこちを写生し、版画作品にしていった巴水の生活は、とても羨ましいものに感じてしまうのでした。

買ってから気づいたのですが、
図録には、スケッチブックに写生したものも掲載されているのですね。


「馬込の月」(東京二十景)昭和5年

代表作のひとつ、「馬込の月」。
なだか東京とは思えない景色です。

そして、会場で妙に気になった作品のひとつ、「大阪道とん堀の朝」。

「大阪道とん堀の朝」(旅みやげ第二集)大正10年

明けていく早朝の道頓堀。
この当時も、花街や芝居茶屋、商店が立ち並ぶ一大繁華街だったそうです。
川に浮ぶ船は、家船という水上生活者の舟だそう。

巴水の作品で大正から昭和の日本の景色を見ていると、
同じ地名でも、別の場所を見ているような、
「これが日本」と思って私達が見ている日本のあちこちは、
その土地の長い歴史のなかの、ほんの一時の断片のようなものなのだと、あらためて感じました。

「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」は、6月2日まで。
7月は山形、10月は大阪にいくようです。

こんなにまとまった数の巴水の作品を見る機会はなかなか無いので
興味のある方は、ぜひ行かれることをお勧めします。

書くこと、描くこと、撮ることで表現し続けたいと思います。サポートいただけましたなら、自分を豊かにしてさらに循環させていけるよう、大切に使わせていただきます。