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きっと未練は残るけど。

大学三年の春。

私は君のマウンド姿に一目惚れした。

大学野球でマネージャーをしている私の目の前に現れたのは、新一年生で公式戦のマウンドを任されている君の姿だった。

自分のチームではない選手に惹かれたことは今までにも何度かあったが、その時していた仕事の手が止まって、目が離せなくなるのは初めてだった。

他の選手達と比べて、少しレベルの違う、かといって大差がある訳でもない。

でも、なぜだか私は君のマウンド姿から目が離せなくなった。

顔を見て惚れた訳でもないし、声を聴いて堕ちた訳でもない。

ただ、ただ君のマウンド姿が、私を夢中にさせた。

「この子、何年生?」

私は君のチームのマネージャーにそう聞いた。

「新一年生ですよ、伸び代ありますよね。」

この選手が、あと四年間も楽しめるのか。そう思ったら心がワクワクして止まらなかった。

それから、私は君を密かに推し始めた。

密かに、と言いつつ、仲の良い他大学のマネージャー達に布教はしていた。

君のマウンド姿が好きすぎて、一人で密かに応援するだけでは我慢出来なかったから。

自分でも分からないくらい君の魅力に惚れ込んで約一年が経ち、君は二年生になった。

マネージャー同士が仲良いものあり、君のチームと念願の練習試合を組めた。

そして奇跡的にその練習試合で君が先発することになった。

前日の夜、マネージャーが気を利かせて君と私を会わせてあげようと言ってくれた。

私は途端に緊張して、いつもならしないようなパックをしたり、お風呂に長く浸かったりした。

お風呂から出ると、スマホの通知が鳴った。

君のインスタからのフォローの通知だった。

え?何かの間違い?と戸惑いつつ、フォローを返すと、君からDMが来た。

「フォローして大丈夫でしたか?」

大丈夫じゃない訳あるかい!

心の中で叫びつつ、一年前からファンなことを伝え、明日直接お話したいことも伝えた。

翌朝、球場の駐輪場で君を見つけ、マネージャーに背を押されながら初めて顔を合わせた。

「一年前からずっとマウンド姿が好きでした。」

そう言おうとずっと練習していたのに、緊張して中々その言葉が出てこなかった。

そして何故かその言葉よりも先に

「サインください!」

と私は彼に自分のバインダーとネームペンを押し付けた。

「サインって…俺プロでも何でもないのに…」

君は笑いながら私のバインダーに控えめに名前をフルネームで書いてくれた。

思ってたのより小さくて少し下手な字が可愛くて、愛おしくなって、マウンド姿以外の君をもっと知りたいと思い始めた。

その日から毎日、君は私と連絡をしてくれた。

お互い同じ県内ではあったが、端と端でほぼ遠距離な関係性だった。

「ご飯とか行ったら?二人で」

君のチームのマネージャーがそう言う前に、君は私をご飯に誘ってくれた。

女性経験がないと言われていたので、歳下なのもあり、気分は野球以外の色んな事を教えてあげるお姉さんだった。

それからしばらくして、私達は二人で会うことになった。

君に出会った頃の私は、よくいる大学生と同じく、特定の恋人を作らずに複数の男と体だけの関係で遊ぶような大学生だった。

四年生になった私は就職も既に決まっており、遠く離れた県外へ来年から行くことが確定していた。

だから、今から恋愛しようが無駄だ、そう思って体だけの関係に落ち着いていた。

特にそれで困ったこともなかったし、対して誰のことも好きにならなかったから、それでいいと思っていた。

それなのに、私はプライベートで初めて会った君のことを、どんどん好きになってしまった。

帰りたくない。

恋愛する気がない、という気持ちが先行していたので、少しでも夢を見られれば、と私は君の前でわざと終電を逃した。

「でも、僕、本当に初めてで…」

戸惑う君の姿が可愛くて、私は尚更帰りたくなくなった。

私はその夜、君の初めてを貰い、一緒にお風呂に入ったり、翌朝ホテルを出て朝ご飯を食べに行った。

駅まで送ってくれた君と離れたくなくて、私は時間ギリギリまで帰りたくないと駄々を捏ねた。

君は嫌がることなくそれに付き合ってくれて、結局家に帰ったのは夕方頃だった。

それからしばらくして、私は君に会いたくて、理由をこじつけて部活がオフの日に片道二時間はかけて、君に会いに行った。

「家、上がっていきます?」

翌朝が早く、長い時間会えなかったので、私は再び彼を誘った。

下着をつけながらキッチンで私の為に水を入れてくれる君の姿をボーッと見ていた。

これ、他の体の関係だけな男達と同じじゃん。

君は私の中で特別な存在なのに、してることは他のどうでもいい体の関係しかない男達と全く同じだった。

女性経験がない君の初めてを、付き合ってもいない女が奪ってしまった。

私は少し後悔した。

「…今日、会える時間短くてごめんなさい。」

そんな私に、君がそう言って水を渡してきた。

「ううん、私が会いたかっただけだから…むしろ突然お邪魔してごめんね?」

本当は、君は特別だから、こんな体の関係だけじゃ嫌だよ。
でも、恋愛したところで来年就職だし…。

私は、君のマウンド姿が好き、という感情以外の好きを一生懸命見えないフリをした。

「次は、もっと時間とってどこか行きましょうね。デートしたいんですよね?」

冗談半分でデートしたい!と言った私のワガママを、君は覚えていてくれた。

ダメだ、こんなの好きになっちゃう…。

二年程忘れていた恋心が、私の背後まで忍び寄ってきていた。

それから公式戦シーズンが始まり、私と君は全く会える暇がなくなった。

それでも君は、毎日連絡をしてくれたし、ほぼ毎回電話しますか?と聞いてくれた。

会えなくても、頑張ってる君と電話して、声が聞けるだけで幸せだ。そう思った。

公式戦も半ばに入り、君のチーム状況は気軽に話しかけられない程厳しくなっていた。

私のチームはスタートも良く、可もなく不可もなくと言った成績だった。

君からの連絡が格段に減り、毎日あった電話の誘いも全くなくなった。

君はチームで上級生を差し置いて、主力を任せる選手なことは分かりきっていた。

君は誰よりもマウンドに立って、どこの大学よりも球数を投げていた。
君の体は限界寸前だったと思う。

それなのに、私は君からハッキリとした「試合で忙しくて、あまり連絡出来ない。」の一言が貰えなかったから、寂しくて仕方なかった。

忙しいならそう言ってよ、そしたら我慢するのに。

日に日に連絡頻度が下がる君とのLINEが、日に日に心苦しくなってきた。

邪魔はしたくない。
君のマウンド姿は私が誰よりも好き、だから、邪魔したくない。そんなの決まってる。

それなのに、今まで毎日あった連絡がなくなっただけで、私は君に寂しさを押し付けてしまった。

邪魔してごめんなさい。

何度も何度も謝りながら、寂しいと言った。

彼は戸惑っていた。

でも、公式戦終わったらまた今までみたいに連絡しますね、だとか、この日だったら電話出来ますね、だとか私が欲しい言葉は一つもくれなかった。

女性経験がないなら、分からないんだろう。

そう思ったから、オフの日を狙って素直に「電話がしたい。」と伝えた。

君は他の人と電話してるから、と断った。

あれだけ毎日電話していたのに、突然なくなったと思ったら、他の人とは電話はするんだ。

そんな重い気持ちが溢れ出て止まらなかった。

君はそれに対して、「ごめんなさい、言わなければ良かったですね。」と謝った。

言わなければ良かっただなんて、
そんな言葉が欲しかった訳じゃない。

私の気持ちはどんどん拗れていった。

寂しい。
それだけだったのに。

連絡頻度なんか少なくていい、君が頑張ってるのは知ってる。

ただ、言葉が欲しかった。

公式戦終わったら会いましょう、とか、そんな言葉一つでよかった。

それだけでいくらでも我慢出来るのに。

彼女じゃないくせに。

そんな事も分かっていた。

けれど、君が毎日連絡してくれて、毎日今日は電話出来ますか?と言ってくれて、デートしましょう、と言ってくれた過去があったから。

ありったけ尽くしてくれた君を知ってしまったから、突然取り上げられて、寂しくない訳ないじゃんか。

君の彼女になりたくなっちゃったの。

そんな言葉を、公式戦期間中の繊細な君にかけることなんかできる訳もなく、飲み込む。

勝手に寂しいと泣き喚いて、邪魔してごめんと黙り込む。

そんな迷惑な私に、君は迷惑なんかじゃない、とだけ言う。

迷惑なんかじゃないなら、もっと言葉にしてよ。

君が密かに女の子に人気なことも知ってる。

後輩の女の子から毎日LINEが来てるのも知ってる。

私のLINEを未読無視して、その女の子には返してるの?

私よりその子の方が楽だな、とか思ってるの?

自分の中の感情が日に日に重たくなっていることに、恐怖を感じた。

就職で君と離れなきゃいけないことが確定しているのに、依存なんかしたくない。

色んな感情がごちゃごちゃになって、私は半日以上未読無視されている君へのLINEを送信取り消しした。

もう、君から連絡が来るまで私から連絡するのはやめよう。

視界に入れないために、君とのトーク履歴を非表示にする。

トーク履歴のカレンダーがふと目に入る。

LINEのやり取りがある日に印がついているそのカレンダーは、初めて君とLINEを交換したその日から二ヶ月と少し、毎日印がついていた。

この印が、初めてつかない日が出来るのか。

私は涙が溢れて止まらなかった。

元はと言えば私が勝手に駄々を捏ねたせいだ。

私が連絡が少なくても、そんなの分かってるよと笑って待ち続けていればよかったのに。

自業自得なのは分かっているのに、少しずつ狂った歯車に、自分で押し潰されていた。

邪魔したくないから連絡しない。

そうしたら君からの連絡は途絶えた。

君にとって私は、それくらいの関係だった。

自分のことを大好きでいてくれる歳上の女が、勝手に追ってきて、勝手に離れただけ。

君からしたらプラスでもマイナスでもない。

けど、私は何故だか、君と繋がる前にどうやって過ごしていたかが分からないんだ。

私は、君と連絡しなくなって、マイナスでしかないんだよ。

体の関係だけの男を呼びつけて、忘れようとした時もあった。

私は忘れられなかった。

君に出会うまでは気持ち良かったその時間も、全く気持ち良くなかった。

君は何してるんだろう、それだけだった。

公式戦期間が終わったら、ありがとうとさようならだけ伝えて、終わりにしよう。

そう決心して、私は自分の気持ちを昇華するべく、ここに気持ちを書き記している。

君と繋がれて幸せだった。

けど、君と繋がる前に戻れますように。

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