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X Talk 2.2-「砂漠を歩いてオアシスを探す」研究という名の旅

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。ふたり目のゲストとして、ボストン大学(Boston University School of Medicine)の茂木朋貴先生をお迎えしています。

前回は、"周り道" と思われる出来事が、その後のキャリア構築に重要な意味をもつ場合があることをご紹介しました。今回は、茂木先生が獣医学研究を始めたキッカケとその魅力について聞きました。

獣医学研究は、情報も足りない…

--:1st シーズンでは、獣医学研究の苦労についても話が出ました。茂木先生は、「キツイな」と感じることはありますか?
 
茂木:ん~、あまり感じません。強いて言えば、モノや情報がないことかな…。
 
前田:水野先生(= 山口大学・水野拓也教授)とは "抗体がない" という話になったんだけど、確かに、モノだけじゃなく情報もないね。
 
茂木:イヌのゲノムが公開されたのが2011年。でも “ドラフトゲノム” といって、分からない部分が結構あったんです。「ほぼ全部見れるようになってきたかな」というのがここ2~3年くらいです。
 
前田:イヌは、まだ分かってない部分があるの?
 
茂木:あります。それを全部埋めたいですね。そんな感じで情報が十分にないのが苦労かな~。博士論文を書いていた時には、土壇場で結構キツイ経験もしましたけど。

教科書が間違っている?!

--:何があったのですか?
 
茂木:色んな形になるCD44という分子を調べていました。そのバリエーションを決定している遺伝子が、ヒトでは見つかっていました。同じ遺伝子が犬にもあるので、「それを入れたら(イヌでも)色んな形のCD44ができるはず」でした。でも、全然、働かないんです。(形を変える遺伝子の)入れ方やサイズを工夫してもダメで…。
 
そこで、文献でイヌのCD44の形のバリエーションを決定している遺伝子とタンパク質の長さを確認してみました。色んな生物種と並べると、「あれ、イヌだけ短くない?」って…。よく調べると、(テキストの情報では)イヌの場合だけアミノ酸の数がかなり足りないことに気づきました。

でも(データベースには)「イヌの、この遺伝子の配列は “これです”」って、 “ドーン!” と載っているんです。他の生物種の遺伝子を並べて比べると、明らかにイヌの遺伝子の "前側" が足りてなかったんです。
 
--:教科書に書いてあったことが間違っていたということですか?
 
茂木:そうなんです。当時は正しいとされていたことが、実は間違っていたんです。実験で確認し直したら、イヌの遺伝子もネコの配列とほぼ一致しました。研究結果も想定したものが得られました。

これは僕が経験した一例ですが、間違った情報もあるんです。ヒトの場合は(大半が正確に分かっているので)必要ありませんが、イヌでは例えば遺伝子の「公開されている配列は本当に正しいのか?」という検証から始めなければいけません。
 
--:逆に言えば、獣医学研究はやはり “ブルーオーシャン” であり、可能性も大きいということですか?
 
茂木:良く言えばそうかもしれませんが、研究を進めづらい要因の一つでもあります。ヒトでうまくいった研究を動物でやる時、結果が出ないことがあります。それが実験における手技の問題なのか、情報の問題なのかを見極めて修正しなきゃいけない。それができて、ようやく研究がスタートできるわけです。お金も結構かかるんです…。
 
--:正しいとされていることが、本当かどうかの検証から…。
 
茂木:特に情報を扱う研究者にとっては最悪です。それが間違っていると、出てくる結果は全部ゴミ。そういう部分を補正しながらやらなければいけないのが、研究者が少ない理由の一つでもあります。

疑う大切さと折れない気持ち

前田:考えてみれば、イヌの遺伝子情報って、まだ “predicted” 、つまり「はっきり分かっていない」というステータスのことが多いよね。正しい場合もあるし、全然違う可能性もある。
 
茂木:基本に戻って検証し直すことは少なくないです。よくあることなので、僕はもう気になりません。基本、疑ってかかります(笑)
 
--:一般的には、教科書に書いてあることは正しいと考えますが…。
 
前田:教科書が正しいと思って勉強してきた学生は、そこを疑うことはありませんね。
 
茂木:信じてひたすら実験して、「情報が間違ってた」なんて知ったら、気持ちがポッキリ折れる学生もいるでしょうね。
 
前田:(悩みを)溜めちゃう学生もいますが、折れる前に相談して欲しいよね。
 
--:「折れない」ための秘訣は何でしょう?
 
茂木:目的意識かな?「病気を治す」という目的意識が強ければ、間違った情報に翻弄されても、泥臭い研究でも頑張れます。

“信念” というツールでオアシスを探す

前田:研究って地味だしね。
 
茂木:地味ですね。あと、最先端の研究って、広~い砂漠でオアシスを探すようなものだと思うんです。誰も道を教えてくれません。自分のアイディアだけで、「あっちの方向にある」と信じて歩き続ける感じです。

大学院時代は、(指導教官から)コンパス(= 指導)はもらえます。でも卒業後は、方角を示してくれる物もありません。
 
--:1st シーズンでは、「ブルーオーシャンで新大陸を探す」のが獣医学研究という話になりました。茂木先生は、砂漠でオアシスを探しているんですね!
 
茂木:共通したイメージですね。海図を持たない航海も同じだと思います。「自分が絶対正しい」と信じて進み続けるのって、辛いじゃないですか。色んなことが重なって、普通は心が折れたら諦めて戻るでしょう。それを最後まで歩き切るのって、正常な精神状態ではないと思います(笑)
 
前田:やっぱり、(研究者は)変な人なんだよね(笑)
 
茂木:執念とか狂気とか、何かがないとたぶん無理です。“自分の軸” みたいな。僕らは、それがあるから続けられるんだと思います。片手間にやろうとすると、次々に襲い掛かって来る理不尽なことに心が折れるでしょうね。
 
--:茂木先生の “軸” 、つまり、探しているオアシスはどんなモノですか?なぜ、獣医学研究を続けるのですか?
 
茂木:僕はですね…この世界から病気を根絶したいんです!そのために研究を続けています!

実は僕、子供の頃から病気がメチャ多いんですよ。生まれてすぐに小児黄疸になり、アトピー、喘息。血管炎で腎障害を起こしたこともあって、すごく辛かったんです。長期入院することもあったので、病気というものがすごくイヤなんです。

で、「病気をなくすにはどうすれば良いか?」ということを考えていたら、最終的に獣医学研究にたどり着きました。医学に比べると、獣医学では一人の研究者が色んなテーマに取り組めます。それが性に合ってるなと思いました。遺伝子をやっていれば、イヌもネコもヒトも基本的には同じなので応用しやすいですし。

前田:すべての病気を治したい。夢物語のようだけど、実は僕も同じことを考えてた。ブログにも以前そのことを書いていたので、今すごく共感しちゃいました。茂木君も同じ夢というか志があったんだなあって。

やっぱり病気ってイヤなものだから、治したいし予防したいよね。

力を合わせることが成功の秘訣

--:獣医学研究には、色々な病気を治すヒントが得られる可能性が高いのですね?
 
茂木:そうです。僕は病気の原因を見つけることに興味があります。そこから先(= 治療法の研究)は、誰かにやって欲しいんですよね。大量な情報から、必要なもの、有益そうなものをピックアップする作業が得意です。そこから原因と考えられるモノを解析して渡します。治療法は、別の研究者に見つけてもらうのが効率的だと思います。
 
前田:僕とも、そういうスタイルでやってきたよね。
 
茂木:原因を分析して、そこから先をどう生かすか、どう広げていくかは、前田先生のような(その分野の)プロに任せます。
 
--:茂木先生と前田先生は、すごく良いパートナーですね!
 
前田:彼はいつもきっかけをくれるんです。茂木君が「これ、面白いかも」って提案してくれたのを、「じゃあ、やりま~す」って(笑)
 
茂木:僕の仕事は、面白いと思ってくれる人がいて初めて役に立つんです。遺伝子解析のプラットフォームを作ったり、得られたデータから「この病気にはこの遺伝子が関係している可能性があります」っていう情報をまとめたり。イヌで作った情報をネコやヒトに合わせて作り直したりすることもあります。僕の研究は、“その先” のための土台作りです。
 
前田:茂木君はきっかけをくれるじゃない。それを自分でやればいいのに、「無欲な人だなあ」と思ってた(笑) 最終的なアウトプットより、きっかけづくりに自分(の役割)を見出しているんだね?
 
茂木:すそ野が広がるほど、(病気をなくす方法が)見つかる確率が高くなるでしょ?人を焚きつけるのがうまいんです(笑)

獣医学研究が医療に貢献

--:そんなコンビで行われたのがイヌの前立腺がんの免疫療法に関する研究ですね?
 
前田:以前行ったイヌの膀胱がんに関する研究で、CCL17という "ケモカイン" とその受容体であるCCR4 という分子が重要なことが明らかになりました。それで、前立腺がんでもこれらの分子をターゲットにすることは事前に決めていました。茂木君には、イヌの前立腺がんで遺伝子発現の "網羅的解析" をやってもらいました。

その結果、膀胱がんで見出していたCCL17やCCR4がイヌの前立腺がんでも同じように関連していることが確認できました。というか、むしろ膀胱がんよりも前立腺がんの方が強く関連しているということを証明することができました。
 
茂木:さらに言うと、「イヌとヒトの前立腺がんが遺伝子発現レベルでも似ているかも」ということも提示することができましたね。
 
前田:そこは、茂木君がやってくれた仕事で僕が一番気に入っている部分だな~。
 
茂木:RNAシーケンスという手法で、ヒトとイヌの前立腺がんの遺伝子発現パターンを比べてみました。すると、イヌの前立腺がんによく似た遺伝子パターンをもつ、ヒトの前立腺がん患者さんがいることが分かったんです。イヌを対象にした今回の臨床研究が、ヒトの治療にも役立つ可能性が出てきたんです。
 
前田:これをRNAシーケンスで証明したのは初めてだよね?けっこうすごいことだよね。
 
茂木:マイクロアレイという少し前の手法で、ヒトとイヌの骨肉腫を比較した研究はありましたけど、RNAシーケンスで示したのは世界初だと思います。今までは症状などから、何となくイヌとヒトの前立腺がんが「似てるんじゃないか?」と言われていました。でも「生物種を超えて遺伝子発現レベルでも似ている場合がある」ということを証明できたのは、すごくよかったです。

前田:いやほんと、あれはいいデータだよね。論文の中ではサプリメント(補足)データなんだけど、すごく意義のあることだと思ってます。

茂木:ですです。あれは、ホントいいデータが出てくれましたよね。

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「病気の根絶」というオアシスを探して砂漠を旅するのが茂木先生にとっての獣医学研究のようです。1st シーズンでは、新大陸を探す "ワクワクした" 航海に例えられました。冒険心と信念、その動機は違いますが、未知のモノを求める姿勢は共通しているようです。

次回は、茂木先生の「自分がいなくなっても "僕の勝ち"」という考え方をご紹介します。研究の成果を、とても長いスパンで捉えておられるようです。

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