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X Talk 5.4- 異文化の中で暮らして学んだ"寛容"である大切さ

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。5人目のゲストとして、「どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター」(https://vsec.jp/)の福島建次郎先生をお迎えしています。

最終回の今回は、福島先生がアメリカでの生活感じた「多様性の尊重」を中心にお聞きします。


大きく異なる死生観

前田先生(以下、敬称略)アメリカは、動物の治療費も高いそうですね?
 
福島先生(以下、敬称略)高いですよ。例えば糖尿病のケトアシドーシス(*)で入院すると、一晩で1000ドル以上はかかります。

*糖尿病による急性の合併症で、進行すると昏睡に陥り死亡することもあ

前田:それは高い!
 
福島:だから、払えなくて安楽死ということもあります。「助かるかもしれないけどな…」と思いながらも、「妥当な判断だと思います」とお話します。残念ですが、それもご家族の選択です。
 
前田:そこは難しいですね。
 
福島:安楽死のハードルは、日本よりかなり低いですね。
 
--:日本では、動物自身が辛いような状況でも、安楽死の決断に悩むケースは多いと思います。私も悩むと思います。
 
福島:そうですね。例えば腎臓病の末期で、尿毒症でゲーゲー吐いて苦しんでいる状態でも、「連れて帰りたい」という飼い主さんもいます。「この状態で連れて帰ったらかわいそうだな」というケースは少なくありません。帰国してまだ8か月くらいですが…。
 
--:アメリカでは?
 
福島:ほぼ100%、「お願いだから、眠らせてあげて下さい」と言われます。死生観の違いを経験する出来事がありました。肺の血管が詰まってしまう難病の犬だったのですが、飼い主さんも僕たちもすごく頑張って、奇跡的に回復したんです。

退院後も定期的に元気な様子を見せに来ていたんですが、ある日、椎間板ヘルニアで後ろ脚が両方動かなくなってしまったんです。緊急手術をしたのですが麻痺は残ってしまい、飼い主さんが安楽死を選ばれたんです。
 
前田:えー…、それは獣医師としてもけっこうショックですね。後ろ脚だけの麻痺であれば、犬用の車いすもあるんですけどね。
 
福島:それも提案したのですが、飼い主さんは「自分の力で走り回れない犬はunhappyだから」ということでした。「ドクター福島、ごめんね」って言われましたが、肺の治療を頑張った「あの日々は何だったんだ~」と悲しかったです…。死生観の違いは本当に感じます。
 
--:両前脚がない犬と楽しく暮らしているアメリカの愛犬家を知っています。価値観は様々ですね。
 
福島:様々ですね。ただ、そういった違う価値観を許容し合えるのがアメリカ社会の良いところかもしれません。どっちが正しいではなく、どちらもOKという考え方があります。日本だと、「こうあるべき」がすごく多いですよね。
 
--:車いすを使わずに安楽死を選ぶというのも、日本だと批判されそうですね。
 
福島:その飼い主さんは、沢山のフォロワーがいるインスタグラマーだったんです。この件についても色々書き込みがありましたが、「つらい決断だったね」などと基本的に好意的でした。それぞれを尊重し合える社会なのかなと感じました。

"違い"を尊重し許容する社会

--:アメリカでは、ほかにも多様性の尊重を感じることはありましたか?
 
福島:メチャクチャ感じました。知らないアジア人(= 福島先生)が片言の英語で、「ハロ~、マイネーム イズ ドクター・フクシマ」って話しかけても、飼い主さんは獣医師としてリスペクトしてくれます。学生もそうです。「こいつ、英語下手だな」とは思ったでしょうけど(笑)。外国人がいるのが当たり前という感覚です。
 
--:自然に受け入れてくれるのですね。
 
福島:日本って、外国人だけでなく、“常識”といったものから外れている人がすごく住みにくいと思います。アメリカの動物病院では、例えばブルーの髪に舌ピアスをしている人が治療していても何か言う人はいません。タトゥーなんてバリバリ入っている人もいます。本当に寛容です。

「ハロウィーンの日には、看護師さんが突然ニンジャタートルズになることもあります(笑)」 

それから、アメリカの獣医は7割が女性です。例えばレジデントが妊娠してお休みし、また戻って来るのも全然ウェルカムです。当たり前に受け入れられる土壌があります。
 
前田:日本にも良いトコロはありますが、僕は"正解原理主義"的な考え方、「べき論」みたいなものを研究を通じて変えられないかなあと思っています。
 
福島:と言うと?
 
前田:研究していると…
 
福島:間違えることだらけ?
 
前田:そうなんです(笑)。仮説なんて間違いまくりの時もあります。今、正解とされていることだって…、
 
福島:度々ひっくり返る…。
 
前田:はい、真逆にひっくり返ることだってざらにあります。だから研究の考え方に浸かったことがある人は「絶対的な正解や真理」なんてものはなく、あるのは「現時点の最適解」ということを理解するんだと思います。だから試行錯誤する。

そういった経験がないと、「教科書に書いてあることが絶対的な正解」みたいになってしまうことがあります。行き過ぎると、「○○すべき」という不寛容につながってしまうのかな、と。
 
福島:論文については前田先生がおっしゃる通りですね。「最新の論文にこう書いてあった」ということが、後で間違っていた、という事はざらにありますよね。ただ、教科書については僕はちょっと違う意見ですね。

前にも言いましたが、教科書は専門医がたくさんの論文をレビューして、その中からエッセンスを抽出して書きます。その専門医の主観が入ることもありますが、それでも現時点では比較的確かなことが書かれていると思います。まずは教科書をしっかり読む、ということを個人的には推奨します。
 
前田:それはおっしゃる通りですね。教科書の大切さは、福島先生とお話しして僕も痛感しました。

ただ、僕が言いたかったのは「絶対的な真理」みたいなことはないよ、ということなんです。今「正しい」とされていることを全部押し付けていいのかどうか、ということも考えたりしています。

柔軟性も大切な臨床

福島:なるほど。たしかに臨床でも、柔軟であることは大事です。内科医って、獣医師も医師(=人を診るお医者さん)も同じですが、救急医に次いで誤診率が高いんですよ。とても幅広く疾患を診るし、症状もあいまいなことが多いから誤診率は高くなります。
 
そういう時に何が大事かって言うと、前田先生がおっしゃるように柔軟性みたいなものです。自分が一度「これだ」と診断しても、治療していると治らないとか違う反応が出ることはよくあります。その時に、自分の診断を「間違っていた」って認識できる柔軟性がないと危ないと思います。
 
だから僕は、常に間違いを犯すものだと自分を疑いながら進めるようにしています。そういう柔軟性は大事ですね。
 
--:基本は理解した上で、「べき論」や常識、「自分の思う正しさ」などに固執せず、その時々に応じた柔軟性というものも併せて大切にすべきという感じでしょうか?
 
福島:専門医ではありますが、僕が絶対であるわけではありません。日本に帰って来るにあたって心配だったのは、専門医として僕が「これは黒いですね」って言った時に、(無条件で)「黒い」って信じ込んでしまう人が周囲にいると怖いなと思ってました。
 
前田:なるほど。
 
福島:だからそれも、今の病院を選んだ理由の1つです。佐藤先生(「どうぶつの総合病院」で一緒に働く佐藤雅彦博士)も内科の専門医ですし、ほかの分野の専門医もいます。僕が何か言っても、「いや、違うじゃん」と言ってくれる人がいるのはすごくありがたいです。若い先生にとっても、違う意見を聞けるのはとても良い環境です。
 
前田:それは本当に大切なことですよね。建設的なディスカッションがないと、自分が考える「正しさ」に囚われてしまうリスクがあります。

"貧困層"だったこともあったアメリカ時代

--:そんな福島先生は毎日お忙しいと思いますが、ご家族は?
 
福島:妻と子供が二人います。
 
前田:アメリカ人は家族との時間を大切にすると言いますが、みなさん家に帰るのは早かったですか?
 
福島:早いです。研究者も夕方5時とか6時には帰ります。向こうで二人目の子どもが生まれたんですけど、その時に上司が「明日から2週間休め」って言ってくれました。「1週間で戻ります」と言ったら、「2週間休んで、奥さんをキチンとケアしなさい」と言われました。
 
--:生活面も環境に恵まれていたのですね。
 
福島:ホントにハッピーでした。帰国した直後は、よく「戻りたいな」って思ってました。「コロラドに帰りたい~」って(笑)。
 
--:有意義な5年間だったのですね。
 
福島:でも、経済的には大変でしたよ(笑)。ある基金のサポートを受けて渡米したのですが、支給は月に1400ドル。家賃で消えちゃいました。
 
前田:え?それだけしか補助がなかったんですか!?
 
福島:(渡米前に)自宅を売ったお金を削りながら、なんとか5年間生き抜きました(笑)支給額が500ドルになった時もあったんです!トランプさんが大統領になって税制が変わり、留学生の税金がポンっと上がったんです。2か月くらいは(手取りが)すごく減って…。妻と、「これ、ヤバいね」って(笑)
 
前田:生活できないじゃないですか…。
 
福島:コロラド州だけかも知れないけど、貧乏人に対するケアが厚かったので助かりました。収入からすると、僕たちは“貧困層”だったんです。でも、アメリカに税金を払っていたので、子どもの医療費や学費は全部タダでした。あと、例えば水泳やアイススケート、クラシックバレーや乗馬など、習い事をさせるのも全部90%オフでした。
 
--:乗馬やバレーも?
 
福島:はい。貧困から脱することができるように、教養を身に付けさせるという考え方です。貧乏なのは親の責任で、子どもに罪はないということでしょう(笑)
 
--:納税していれば、アメリカ人と同じ権利が与えられるのですね。
 
福島:そうです。僕はグリーンカード(=永住資格の証明書)を持っていません。勉強に来ている貧乏人でした。でも、子どもは、ちゃんと教育が受けられる制度がありました。日本だと、「乗馬を習うなんて贅沢だ!」って感じじゃないですか。そういう風潮は全然ありません。
 
--:でも月に500ドルではご飯を食べられないのでは…?
 
福島:食べ物もくれるんですよ!キャンパスの中で “anti-hunger campaign” (直訳:反空腹キャンペーン)というのをやっていて、大学が食べ物を配るんです。僕も大きなバッグを持って毎週行きました。学生証を出せば取り放題で、牛乳とかタマゴとかをもらっていました。
 
前田:取り放題なんですね!それはすごい!
 
福島:取り放題!農家さんとか、牛乳の会社などからの寄付で成り立ってます。市が運営している場所もあります。そっちは学生証もいらなくて、行けばもらえます。
 
--:社会的な面でもシステムができているんですね。アメリカは医療費が高いとか、貧富の格差が大きいとか、暮らしにくさを聞くことが多いですが…。

福島:州によって違うのかもしれないですね。コロラドは裕福なので余裕があるんだと思います。こうしたことも、実際に行かなければ知り得なかったことです。なおかつ、貧困でなければ分からなかったので(笑)。見聞を広げるのにいい経験にもなりました。
 
--:本当に様々な学びがあったアメリカ生活だったのですね。

福島先生にとって獣医学とは?

--:それでは最後に、そんな貴重な経験をくれた獣医学という世界ですが、福島先生にとって「獣医学とは?」を教えていただけますか?
 
福島先生:なんでしょう…。うーん、そうですね…。単純に“楽しいこと”ですかね。楽しいから、この仕事を選んで良かったと思います。臨床も、臨床研究も、若い先生を育てるのも楽しいからやっているんです。それが、動物を助けたり、飼い主さんに喜んでいただいたりすることにつながるのは嬉しいですね。

福島先生が3年間診ていたDakota。帰国直前に、
ご家族とお別れに来てくれたそうです。
こういう信頼関係が結べるのも、臨床獣医師というお仕事の魅力でしょう。


最後に福島先生から、獣医療関係の皆さんへのメッセージです:

「どうぶつの総合病院では国際水準の獣医療の提供を目指し、日々多くの獣医師や動物看護師、コメディカルのスタッフが働いています。学生、獣医師、動物看護師を対象に、見学を随時受け入れています。ご興味のある方は、どうぶつの総合病院のホームページの専用フォームからお申し込みください。」

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獣医師として最も高いレベルの専門知識と臨床経験をもっておられる福島先生。これまでの道のりには、色々なご苦労もあったようです。でも、穏やかなトーンで「楽しい」と話しておられたのが印象的な対談でした。獣医師を志している学生さんも、レベルアップを目指している若い獣医さんも、楽しみながら経験を重ねていって欲しいと思います。プライベートな面も含め、今回ご紹介したお話が新しい何かを見つけるヒントになればと思います。

VET X Talksでは、これからも様々な角度から「獣医学研究はおもしろい!」ということを分かりやすくお伝えしていきます。次のゲストも、最先端の研究に携わる専門家をお迎えする予定です。ご期待ください。


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