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X Talk 5.1- 日本も見習うべき?アメリカの獣医学教育と教員評価システム

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。5回目のゲストには、埼玉県川口市にある「どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター」(https://vsec.jp/)の福島建次郎 内科主任をお迎えしました。福島先生は昨年までアメリカで活躍され、「米国獣医内科学専門医(小動物内科)」の資格を取得されました。現在は専門医として動物の診療に携わると同時に、後輩の育成や臨床研究にも取り組んでおられます。
 
渡米前は、東大の動物医療センターに特任助教として8年間勤務されました。博士号(獣医学)を働きながら取得されるなど、バイタリティ溢れる先生です。ホストの前田先生とも東大で出会い、それ以来の長いお付き合いだそうです。

ベット・クロストークスでは、これまで4人の獣医学研究者に登場していただきました。“研究”という観点から前田先生と語り合う様子を通して、獣医学の魅力をご紹介しました。今回のSeason 5では少し角度を変えて、動物とその飼い主に向き合う“臨床獣医師”として、福島先生と前田先生にお話していただきます。
 
「僕はどこまでいっても臨床獣医師です。ヒト医学の役に立たなくても、『目の前の犬や猫が助かればいいじゃん』って。そんな獣医学の臨床研究がやりたいんです」とおっしゃる福島先生。5年間のアメリカ生活では、“貧困層”だった時代もあるというお話を赤裸々に語っていただきました。


大学入学から12年かかる専門医

--:福島先生はアメリカでも臨床獣医師をご経験されているということですが、アメリカでは獣医師になるにはどうしたらいいのでしょうか?
 
福島建次郎先生(以下、敬称略)アメリカの場合は、獣医師になる前に一般の4年制大学を卒業しなくてはなりません。その後、ベテリナリースクール(=獣医大学)で4年間の勉強や実習を終えると、国家試験の受験資格が得られます。試験に合格すれば、獣医師として働くことができます。このシステムは、医師(=人間を診るお医者さん)も同じです。
 
前田真吾先生(以下、敬称略)一度大学を卒業してからですか!トータルで8年間…けっこう時間がかかりますね。では、獣医大学を卒業すると修士号をもらえるんですか?
 
福島:いや、(国家試験に受かれば)日本と同じようにDVM(Doctor of Veterinary Medicine)として認められます。つまり獣医師免許は取れますが、修士号はもらえません。
 
前田:なるほど…。DVMから研究者になりたい場合や修士号が欲しい人はどうするんですか?
 
福島:研究職を目指す場合、DVMは考えず、最初の大学を卒業してから研究ができるところに行きます。獣医大学に来る学生は、ほぼ全員、臨床医を目指します。基礎獣医学を3年間勉強して、最後の1年間は病院で働きます。そこで臨床を経験して、臨床医になるのが通常のルートです。
 
前田:日本の場合、獣医学科を卒業しても獣医師にならない学生は少なくないですよね。特に東大は。アメリカは事情がかなり違いますね。
 
福島:違いますね。
 
--:福島先生は「米国獣医内科学専門医」とのことですが、普通の獣医さんとはどう違うのですか?
 
福島:内科に限りませんが、臨床の専門性を極めたい場合は獣医師になった後、1年から3年間はインターンとして勤務します。色々な診療科をローテーションして、指導を受けながら働きます。次にレジデントと呼ばれる研修医として3年間、専門分野の経験を積みます。ちなみにアメリカでは、専門医の認定を得るシステムも、獣医師と医師で基本的には同じなんです。
 
--:その"認定"は、誰が行うのですか?
 
福島:内科の獣医師の場合、「アメリカ獣医内科学会」があります。レジデントのトレーニングは、その団体が認めた施設でしか受けられません。トレーニングを修了し、内科学会が課す2段階の試験に合格すると専門医を名乗ることができます。
 
--:トレーニングといっても、実際に患者さん(= 動物)の診療をするのですね?
 
福島:レジデントは、患者さんを診て症例をたくさん経験しながら、学生の指導もします。そのほか、臨床研究をやったり論文を書いたりして、学術的な発表もしなくてはなりません。“レジデントプログラムの手引き”みたいな150ページくらいの書類があります。その基準の全てを満たさないと、専門医にはなれないんです。
 
前田:専門医を目指す場合、“マッチング”というのを聞きます。最近はSNSなどで、「マッチングしました!」と言ってアメリカに行く若い日本の先生もいますよね。
 
福島:インターンは、全米の獣医大学にいる成績優秀者の上位5~10%くらいしか受け入れられないんです。日々の勉強や1年間の臨床トレーニングを頑張りながら、「私はあなたのところにインターンに行きたいです」って何校かに申請します。大学側も、「きみは成績優秀だし、推薦状も良いから、うちに来てください」となると、マッチング成立です。昔の 「フィーリングカップル」みたいなものです(笑)

前田:アメリカ人でなくても申請できるんですか?
 
福島:出せますが、日本の獣医大学を卒業してすぐに応募しても、ほぼ100%受からないです。
 
前田:推薦状が必要なんですよね?アメリカでは評価の際、推薦状がとても大きなウェイトを占めると聞いたことがあります。
 
福島:日本の教授が推薦状を書いてくれたとしても、「誰?」ってなってしまうので…。日本の先生でも、アメリカの専門医資格をもった人が推薦状を書けば多少は違うと思います。うち(どうぶつの総合病院)からも、何人かインターンとして渡米しました。
 
前田:そうやってようやくインターンになって、次にレジデントということですね?
 
福島:レジデントも同じように応募するんですが、さらに狭き門です。循環器のレジデントは、倍率が20倍くらいだと聞きました。
 
前田:インターンから自動的にレジデントにはなれないんですね…。めちゃくちゃ大変だ。レジデントのマッチングはインターンと同じなんですか?
 
福島:インターンもレジデントも同じシステムです。統括している組織があるので、そこに申請します。

内科医の魅力:パズルをピタッと合わせる

--:福島先生は内科ですが、具体的にはどこを診るのですか?
 
福島:アメリカ獣医内科学専門医がカバーするのは、呼吸器、消化器、内分泌系、腎臓、泌尿器、血液疾患、免疫介在性疾患みたいな感じで…。
 
--:全部ですね(笑)
 
福島:そうなんです(笑)心臓と神経、腫瘍はそれぞれに専門医がいます。それ以外は全部です。
 
前田:前から思っていたんですけど…、内科だけ守備範囲が広すぎますよね(笑)

対象となる動物も幅広い。福島先生から貴重な写真をお借りしました。
「内視鏡は全て内科医の担当です。爬虫類や鳥類の内視鏡も経験しました」

福島:確かに(笑)でも、だからこそ面白いんだと思います。僕は循環器や神経にはあまり惹かれないんです。やることが比較的パターン化しているというか…。
 
循環器だと、心臓の雑音か不整脈で病院に来ます。若い子なら先天性だし、歳をとっていれば加齢性の変化なので、診療はシステマチックに進みます。神経も同じです。脚を引きずっている場合は、異常がありそうな場所の見当がつきます。MRIを撮って、手術や保存療法など治療方針を決めていきます。
 
内科は、症状を聞いたり検査結果を見たりしながら、パズルのピースを色々な所から集めてくるようなイメージです。“カチッ”とハマって、患者さんが良くなった時の喜びがすごく大きいんです。
 
--:色々な角度から検証して、悩んだ末に頭の中で電球がつくような感じですか?
 
福島:あ、そうですね。何か急に"ポン"とひらめく時があります。
 
前田:それは確かに内科の醍醐味ですよね。よく分かります。

臨床や教育が評価されるアメリカ

--:話が戻りますが、アメリカでは獣医さんも人間のお医者さんになるのと同じシステムなのですね。
 
前田:アメリカって、“システム”を作るのがうまいですよね。
 
福島:米国獣医内科学会はかれこれ50年やっていますから。紆余曲折もあって、今の形になったんだと思います。
 
--:勉強は大変そうですね。
 
福島:大変なだけに、学生のモチベーションはすごく高いですね。だから、教え甲斐もすごくありました。教員のやり甲斐という点では、評価基準の違いも大きいんです。日本だと、大学教員は臨床教育をいくら頑張っても評価されない…。
 
前田:そうですね~。
 
--:臨床教育が評価されないというのはどういうことですか?
 
福島:日本の場合、大学の教員は“インパクトファクター”(*)と呼ばれる論文の実績が評価基準です。臨床や臨床教育を頑張っても評価されないんです。でもアメリカでは、獣医師を「育てる」ことが重要な業務として教員に課せられています。学生から教員が評価される仕組みもあります。論文を書いていなくても、臨床と学生の教育をしっかりやれば評価されます。

*論文の影響力を測る指標の一つで、主に一年あたりに引用される回数の平均値

前田:日本も論文と教育、両方の評価軸があれば良いですよね。日本の大学にいるのはみんな研究者で、教育の専門家がいない…。
 
福島:日本では、研究者じゃないと評価されないですからね。
 
前田:僕は、日本の大学でも教育を専門にやる先生がいた方が絶対いいと思うんです。研究ばかりやってきた人が、教員になった瞬間に「じゃあ、学生に教えてください」って…。教育に関するトレーニングは何も受けていないので、手探りでやるしかないんです。
 
--:アメリカの良いところは、それぞれの専門性に対するリスペクトがあり、その評価軸も明確なところですね。これは他の職業にも言えることだと思いますが。
 
福島:そう思います。僕ら臨床獣医師がやりたいのは臨床研究で、実際の患者さんに直接関係するような研究です。現場で困っていることを解決しようとする研究は、日本の大学ではあんまり評価されないんです。そうすると、予算がおりない。そこが(アメリカと日本の)大きな違いです。
 
--:アメリカでは臨床研究の評価も予算付けもされるということですね?
 
福島:間違いなく日本よりも評価されますし、臨床研究に対する助成金もたくさんあって取りやすいんです。それから、フードメーカーや製薬会社などが共同研究で比較的大きな予算を付けてくれる場合もあります。
 
前田:本当にうらやましい環境です…。

獣医さんになるには、まず一般の大学を卒業しなくてはならないというアメリカの制度。なかなかハードルが高そうです。でも、「臨床獣医師になる!」というモチベーションの高い学生が集まることで、先生もやりがいを感じられるというのは素晴らしい仕組みですね。

次回は、米国獣医専門医について、福島先生の実体験に基づくお話を聞きます。

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