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X Talk 1.3-「獣医王に!おれはなる!!」

山口大学の水野拓也教授をお招きした、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。前回は、主に臨床研究の "やりがい" についてうかがいました。すべては、飼い主さんからの「ありがとう」の言葉だということが、水野先生と前田先生の共通したご意見でした。

今回は、獣医学臨床研究の魅力について研究者としての立場から語っていただきます。また、学生さんたちへのメッセージをいただきました。"二兎" を追える臨床研究は今、大航海時代にあるそうです。前田先生は、「"獣医王" に!おれはなる!!」という仲間を募集中です。 

“ガチャ” から離れられる大学院

--(ファシリテーター):前回、病気を治せない時の辛さに加え、研究そのものにおいてもご苦労が多いことを色々とお聞きしました。辞めようと思ったことはありませんか? 

前田真吾准教授(以下、敬称略)臨床の現場は8年目ですが、今のところ、辞めたいと思ったことはありません。ずっと自由にやらせていただいていて、楽しめています。 

水野拓也教授(以下、敬称略)すばらしいね! 

前田:指導教員や上司に恵まれていると本当に思います。学部生、大学院生、ポスドク、そして今。特に今の上司は、僕の好きなようにやらせてくれるのですごく感謝しています。 

--:上司との巡り合わせ。企業と似たところもあるのですね。 

水野:研究室も会社もまったく同じですね。大学が企業だとしたら、研究室は部署と同じです。だから、上司(との相性)は重要な要素です。この人(前田先生)を自由にさせているんですから、彼の上司の度量が大きいことが分かりますよ(笑)。

できる若者を、つぶさずに自由に泳がせてくれる環境があるんでしょう。素晴らしいと思います。
 
前田:できる若者かどうかは別として…(笑)好きなことをやろうとしても、「それはダメ!教授の研究を手伝え」っていう研究室は少なくないと思います。
 
水野:あるよね。
 
前田:僕は自由に研究ができているので、 “めちゃめちゃ” (上司には)感謝しています。学生には、「大学院は自分で選べるよ」、と言いたいです。最近、”親ガチャ”とか ”上司ガチャ” とか言いますよね。
 
--:親や上司は運次第という、どちらかというとネガティブなイメージですが…。
 
前田:親や上司だけでなく、大学でも学部の指導教員は選べません。運・不運があるかもしれません。でも、大学院は自分で選ぶことができます。進学を希望する複数の研究室に見学に行って、先生とよく話して、十分に納得できる研究室を選べます。人生において、 “ガチャ” から外れることができる稀な機会なので、よく選んで欲しいと思います。

二兎を追える臨床研究

--:ということで、前田先生は研究者になってからは基本的にハッピーなのですね。水野先生はいかがですか?
 
水野:辞めようと思ったことはありませんが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉がずっと頭にありました。臨床と研究、両方をやるのが良いことなのか…。これは、大学院の頃も思っていましたし、山口大学に移ってからも、しばらくはすごく考えました。
 
細胞生物学で有名な九州大学の中山敬一先生は、医師を辞めて基礎研究に集中しています。研究は、医者(臨床)をやりながらできるようなモノではないという考えです。僕も、ずっと同じことを思っていました。
 
研究に集中している人は、僕が臨床をやっている時間もラボで費やしているんです。臨床をしていれば、研究のためにできることは少なくなるし、読める論文も減る。二兎を追うことは、飼い主さんにも失礼な気がするし、実験で使うマウスにも失礼だし…。それで良いのかと、ずーっと思っていました。
 
--:飼い主さんに失礼というのは?
 
水野:研究をやっている間、動物(= 患者)を見ていられません。臨床だけをやっていれば、動物のことだけを考えていられます。自分が診て入院させた動物についても、正直なところ、研究中は忘れたい時があります。もちろん頭のどこかで考えてはいます。でも、その状態が本当に動物と正しく向き合っているのだろうかという悩みがずっとありました。
 
研究と臨床を結び付けられるようになって、それは解消できました。それまでは「このままで良いのか?」という葛藤がずっとありました。
 
前田:その葛藤、よくわかります。
 
水野:それ、前田先生はどう解消した?
 
前田:僕の中では割と早い段階で答えが出ました。臨床をやると決まった時、僕は基礎研究も続けたいし、臨床研究もやりたいと言ったんです。指導していただいた先生からは、「どちらかにしないと、中途半端になるぞ」と言われました。

今思えば、マウス(を使った基礎研究)は基礎研究者がやるから、臨床研究をがんばりなさいという意味だったと思います。でもその時は、反発心で「無理だと言われても、やってやる!」と思いました。欲張りな性格でもあるので、「両方やるぞ」と決めていました。
 
そんなことで、当初は基礎研究も自分でやっていましたが、診療が忙しくなるにつれて時間がなかなか取れなくなりました。僕自身ができなくても、一緒にやってくれる大学院生の仲間を増やしています。チームで動けば両方(研究も臨床も)できる、というのが僕の結論です。
 
それと、「診察の中で研究をすればいい」と気がついて、臨床試験にたどり着きました。水野先生が既に(臨床試験を)やられていたので、「あ、これをやればいいじゃん」と。そこから、臨床試験にグッと舵を切りました。

水野:自分の中で、そういう明らかな転換があったの?
 
前田:そうですね。診療が忙しくなって思うように研究ができなくなり、フラストレーションがたまっているときに、ふと気づいたんです。診察の中に研究の要素を入れればいいんだって。それと、タイミングも良かったと思います。制御性T細胞など、診察が忙しくなる前にやっていた基礎研究的な準備がちょうど臨床試験に行けそうな段階でもありました。

Win-Winの臨床研究

前田:でも、「実際の症例(= 飼い主のいる動物)で “研究” をやっていいのかどうか?」、という思いがあり、最初に踏み出す時は怖さもありました。新薬を患者さん第一号に使う時は怖いんです。
 
水野:怖いよね。めっちゃ怖いよね。僕も最初の時の怖さを覚えてる。
 
前田:副作用が出たらどうしようとか、飼い主さんへの説明をどうしようとか…。「これ、前例あるんですか?」と(飼い主さんに)聞かれて、「ありません。第一号です」と言った時の飼い主さんのリアクションはハッキリと覚えています。

今でも新しい薬を使う時は怖いです。でも、診療を研究にできれば、僕も充実して診察ができるし、なによりおもしろい。そして、どうぶつたちや飼い主さんもハッピーに「できるかもしれない」。
 
--:臨床研究はWin-Winということですね。
 
前田:はい。でも、日本の獣医臨床では海外ほど積極的に臨床試験をやっていないんです。東大の中でも同じです。最近は外科の中川先生(東京大学獣医外科学研究室の中川貴之准教授)の研究チームも臨床試験を積極的に進めていらっしゃいますが、僕が始めた当時は東大内で誰もやっていませんでした。全国の大学でも、「もっとやればいいのに」と思います。

臨床系の大学教員はひたすら診察している先生も多いですが、そこに研究の要素も入れたらもっと診療がおもしろくなるんじゃないかと思います。せっかく大学の病院で働いているんだから。僕の中では、それが結論だと思っています。これが「僕の生きる道」だと。
 
--:水野先生はいかがですか?
 
水野:臨床に携わりながら基礎研究をやろうとすると、 “二兎” になっちゃうんだと思います。でも、 “臨床研究” であれば、研究と臨床それぞれがインタラクションしているし、それぞれが、それぞれのベースにもなるメリットがあります。自分なりの答えも、そこで見つかったと感じています。
 
--:そう思ったのはいつ頃ですか?
 
水野:臨床試験を初めてやったのが2013年でした。飼い主さんへのアウトプットにつながる何かをやろう、というスタンスに変わったのはその頃だと思います。別の言い方をすると、飼い主さんの何かにつながらないものは、「僕じゃなくてもいいや」と思うようになりました。誰かほかの研究者がやるでしょう。


 “引き出し” の多さも獣医学の魅力

--: “誰かのハッピー” がやりがいというのが、お二人に共通していますね。獣医師の場合、それがまず動物たちで、さらに飼い主、それからヒトも救える可能性があるというのは素敵だと思います。獣医師、もしくは獣医学研究そのものの魅力について、特に若い学生さんたち向けにもう少しお話しください。
 
前田:“引き出し”の多さは獣医学の魅力だと思います。友人の茂木先生(東京大学附属動物医療センター、茂木朋貴特任助教)の表現が秀逸だと思います。「獣医師法にはこう書かれています。”獣医師免許で診られる動物は、犬猫のほかウシやブタ、メンヨウからニワトリやウズラまでである”。つまり、(体重)80グラムから800キロまでの生き物を扱える分野であるということ。そんな学問は獣医学しかない」って。学部生向けのセミナーで言ってました。その表現が、すごく素敵だと思いました。

水野:その表現、すごくいいね!

前田:本当に多様な生物を扱える仕事です。そこは、獣医学の大きな魅力の1つだと思います。医学部や理学部で扱う動物は、マウスか、少し大きいラットに限定されます。犬猫を扱うことはまずありません。
 
さらに臨床ラボでは、自然に病気になってしまった色々な症例と向き合います。マウス(実験)では、条件を整えた個体に人工的に病気を作って解析します。そうすると、自然発症の病気とはズレているところもあります。
 
--:臨床研究の方が、より、現実に則した研究ができるわけですね。
 
前田:でもやっぱり基礎研究と臨床研究はどちらも大事だと思います。どちらが欠けても科学は進歩しません。基礎研究によって得られたデータの土台があって、はじめて臨床研究は成り立ちます。基礎研究だけでも、臨床研究だけでも、どちらかだけではだめなんです。だから僕は「両方できるようになりたい!」と思いました。

獣医学臨床で、「“獣医王”に!おれはなる!!」

前田:もう1つの魅力は “宝探し” だと思います。第1回でお話しましたが、獣医臨床の世界は分からないことだらけです。すごいお宝を見つけられるかもしれません。そこを探求しようという人が少ないので、若くても第一人者になれる可能性もあります。夢やロマンのある世界だと、僕は思います。

 --:“大航海時代”が始まりつつある感じですね。

 前田:獣医臨床研究の世界では、大航海時代は始まったばかりですからね(笑)。一緒に冒険する仲間が欲しいです。臨床の研究者をもっと増やしたいという想いは、水野先生や僕を含め、みんなが持っていると思います。(漫画の) “ワンピース” ではありませんが、「おれ達の仲間になれ!」って感じです。

--: “海賊王” ならぬ 獣医王” になれますね!

前田:「“獣医王”に!おれはなる!!」です。ほんとに。そんな志を持った仲間が欲しいです。獣医王には、まだ誰もなっていないので(笑)

--:水野先生はいかがですか?獣医臨床研究の魅力は? 

水野:前田先生が全部言ってくれました(笑)。「80グラムから800キロまで」という話が先ほどありましたが、僕が思う獣医学の面白さは、基本が “比較生物学” だというところです。

僕らは臨床をやっているので主に犬猫が対象ですが、(研究対象は)どんな動物でもいいと思います。それぞれの種が持っている特殊なことって何か必ずあります。それを比べることから、新しいことがたくさん見つかる可能性があると思います。最終的にヒトの病気治療にも活かせることがあり得ます。

動物からヒトに、ヒトから動物に。そんな循環ができたら面白いと思って、日々頑張っています。

色々な動物を知ることで、人間も含めた様々な動物の病気治療につながる可能性をもった獣医学臨床研究。二兎を追いながら、 "獣医王" をめざすワクワクに溢れた世界のようです。最終回の次回は、水野先生と前田先生が描く "新大陸" のイメージについてうかがいます。


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