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犬の舌には動物を狂わせる虫が棲んでいる!?

犬や猫では舌の先端の裏側の真ん中に索状の構造物があります。これは解剖学的にはリッサ”Lyssa”と呼ばれています。
リッサは舌の先端から舌小帯まで伸びています。人間にも舌小帯はあります。鏡で舌をぐっと上にあげると、舌の中程の裏側の真ん中に細い索状のものがみえます。これが舌小帯です。
犬や猫を飼っている方は是非自分の舌とペットちゃんの舌を比較してみてください。

リッサは脂肪や筋繊維のほか結合組織や軟骨も含んでいます。(※軟骨については、報告によりリッサに軟骨がある・ない両方の意見があります)
犬と猫では形状が異なるようで、犬ではJ状をしているいっぽう、猫ではらせん状であるため舌を効率よく素早く動かすのにリッサが役に立つと考察されています。

リッサは解剖学用語としてだけでなく感染症でも用いられている用語です。
ラブドウイルス科(Rhabdoviridae family)リッサウイルス属(Lyssavirus genus)狂犬病ウイルス(Rabies lyssavirus)は犬やそのほか家畜だけでなく人間にも致死的な病気を起こす原因ウイルスとして有名です。日本でもかつて犬から人への伝播経路を主要なものとして死者を多く出しましたが、現在も続く飼い犬へのワクチン接種義務化や厳しい検疫制度により日本では1957年以降発生がみられていません(全世界では毎年3万5千~5万人が死亡しているといわれています)。

狂犬病は紀元前1800年のメソポタミアの書物に初めて記載され、古くから人間に知られ恐れられていたことがわかります。この狂犬病は古代ギリシャではリッサlyssa=意味は「狂乱」として呼ばれており、これが犬や猫の舌の裏側のリッサや狂犬病ウイルスのリッサの由来になりました。
なぜ舌の構造物が狂犬病に関連づけられていたのでしょうか?実は、舌の裏側にあり人間の舌にはなかったリッサが狂犬病を引き起こす虫と考えられていたため、狂犬病を意味する言葉が付けられたのです。

その後ラテン語の「怒る」という意味のrabiesがリッサにかわる狂犬病を指す名称として用いられるようになりました。

古代の人々も狂犬病を発症した犬などの動物に噛まれ、唾液中に排出されたウイルスによって狂犬病に感染する様子をみて口の中に原因があると考察したのでしょうね。科学が今より発展していない時代ですが、その怜悧な観察眼には敬服します。

参考
・加藤嘉太郎, 山内昭二, 新編家畜比較解剖図説 上, p102,210,養賢堂, 2003年

・K. BESOLUK, E. EKEN, E. SUR, Morphological studies on lyssa in cats and dogs, Veterinarni Medicina, 51, 2006 (10): 485–489

・源宣之,狂犬病,日本獣医学会HP, https://www.jsvetsci.jp/veterinary/infect/01-rabies.html 2022/8参照

・国立感染症研究所 狂犬病とは, https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/394-rabies-intro.html 2022/08参照


犬や猫、ウサギの獣医師です。色々と勉強中の身ですが、少しでも私の経験や知識を飼い主さんや動物に還元していきたいと思います。