見出し画像

人の腫瘍犬の腫瘍

犬や猫と人間は見た目はまったく違う生き物のようですが、共通していることもあります。
例えば犬猫の治療をする動物病院では動物用の医薬品として認可されている動物用医薬品だけでなく、人体向けに販売されている医薬品を使う場面もとても多いです。

わんちゃんにも多いB細胞性リンパ腫では、人間のB細胞性リンパ腫と同じ抗がん剤を用いて治療します。CHOPプロトコル(C:シクロホスファミド(商品名エンドキサン)、Hドキソルビシン(アドリアシン)、Oビンクリスチン(オンコビン)、Pプレドニゾロン(プレドニン))ですね。人間ではリツキシマブというCD20という表面抗原に対する抗体のお薬もありますが、これはヒトに適して調整されたもので現時点では動物にはあまり使用されることはありません。

また、同じように人用のお薬で動物の腫瘍によく用いられるものにイマチニブやダサチニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬があります。これらは人間では慢性骨髄性白血病という血液のがんに汎用されているお薬ですが、犬では慢性骨髄性白血病には用いられることは通常ありません。
人間では23組ある染色体のうち、9番染色体(HSA9)と22番染色体(HSA22)の一部が切れていれかわる転座が起こります。この9番と22番染色体が転座を起こした染色体をフィラデルフィア染色体(Ph染色体)と呼んでいます。フィラデルフィア染色体の上に載っているBCR/ABL1 融合遺伝子(びーしーあーるえーぶるいでんし)が作るタンパクは活性化されたチロシンキナーゼであり、白血病の増殖にかかわっています。そこでこのチロシンキナーゼの働きを抑えるチロシンキナーゼ阻害薬が効くのです。

ところが犬や猫ではPh染色体が確認されておらず、犬猫の慢性骨髄性白血病ではチロシンキナーゼが体内で腫瘍増殖にどの程度関わっているかわからないため、チロシンキナーゼ阻害薬の有効性もわかっておらず、普通は犬猫の慢性骨髄性白血病ではチロシンキナーゼ阻害薬が用いられることはありません。

しかし研究も進んできており、犬のCMLにおいても白血病細胞の増殖にかかわるPh染色体に相当する染色体異常が発見されています。人間の慢性骨髄性白血病のPh染色体は9番染色体(HSA9)と22番(HSA22)染色体の転座で起きていますが、犬においてはCFA26染色体とCFA9染色体の転座t(q;26)(q25dist-q26.1;q24)が起きていることがわかりました。
報告では、この人間のフィラデルフィア染色体に相当する染色体をローリー染色体と名付けています。その後の別の報告では慢性骨髄性白血病の犬の染色体検査で、BCR-ABL融合遺伝子が発見されています。

さらに研究が進めば、犬の慢性骨髄性白血病でもチロシンキナーゼ阻害薬が使われるようになるかもしれませんね。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
参考
・Cruz Cardona JA, Milner R, Alleman AR, Williams C, Vernau W, Breen M, Tompkins M. BCR-ABL translocation in a dog with chronic monocytic leukemia. Vet Clin Pathol. 2011 Mar;40(1):40-7. doi: 10.1111/j.1939-165X.2010.00277.x. Epub 2010 Dec 10. PMID: 21143615.

・Modiano JF, Breen M. Shared pathogenesis of human and canine tumors- an inextricable link between cancer and evolution. Cancer Therapy. 2008;6:239–246


・BreenM,ModianoJF.Evolutionarilyconserved cytogenetic changes in hematological malignancies of dogs and humans—man and his best friend share more than companionship. Chromosome Res. 2008;16:145–154.


JALSG: https://www.jalsg.jp/leukemia/cause.html 2022.04.16参照

犬や猫、ウサギの獣医師です。色々と勉強中の身ですが、少しでも私の経験や知識を飼い主さんや動物に還元していきたいと思います。