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フミオ劇場  10話『100円玉を探せ!』

 昭和51年頃

 テーブル型ゲーム機が
 各地の喫茶店に置かれ始めた。

 初代はブロックくずしだ。



 フミオの妻、三枝子の喫茶店にも
 さっそく1台が設置された。


 自宅が喫茶店🟰自宅がゲーセンとなる。


 子供にとっては
 パラダイス天国楽園。


 しかし誰より驚喜したのは
 大人代表フミオだった。




   
「貯金箱から100円玉、持ってこい」

 子供たちに命じる。




 硬貨が貯まる箱の鍵は
 機械のリース会社が管理している。

 だから店のオーナーでも100円玉を
 入れない限り遊べない。



 閉店は午後7時だ。


   シャッターを下ろす音が聞こえると
 フミオと子供らは一斉に立ちあがる。


 仕事を終えた三枝子と入れ違いに


 引き戸一枚で繋がる店内へとダッシュする。



 機械のプラグをコンセントに挿すと
 さっき電源を落とされたばかりの物体が

【ブーン】と唸るような低音を出して
 再び目を覚ます。




 閉店後のブロック崩し大会が
 日課となった頃




 とんでもない怪物

 『スペースインベーダー』が現れた。


 子供や学生のみならず
 仕事をさぼって夢中になる会社員も続出

 ついには社会問題とまでなったゲームだ。


 三枝子の店もインベーダーへと
 入れ替わり、閉店後貸し切りタイムも
 日に日に長くなっていった。


 子供たちの貯金箱は、すでに空っぽで
 フミオの小遣いが頼りだったが


 とうとう
 フミオが財布をパタパタした。

 千円札1枚、残っているだけだ。


「ワシもすっからかんや。給料日まで小遣い無いぞぉー」

 フミオは毎日、会社帰りに両替していたが
 インベーダーが来てから
 使い過ぎて、早々と小遣いが無くなった。

 こうなると
 自宅がゲーセンは、生き地獄である。

「パパ、近所で両替してきたら」
 と、樹里が言い

「ほんまやのう〜両替か」
 と、フミオがあごに手を当て

「100円落ちてないかな」
 と、和彦が床にはいつくばって


 ふと、3人が店内を見廻すと

 カウンター奥にレジがあった。



「お、ここで両替したらええか」

   

 フミオが無造作にレバーを引く。


【ガシャン!チン!】

 エラ激しめ音が鳴り
 勢いよく引き出しが飛び出してきた。



 てんこ盛りの100円玉が
 ピカピカと銀色に輝いている。



【ふぉ。ふぇ。ふゎ】


 宝箱を前にヨダレを垂らす海賊状態である。



「やったー!!」

 和彦が大声で両手ガッツポーズをすると


「おっきい声出すな!」

 と、フミオに頭を叩かれた。


「イッタ〜イッヒッヒ」

 叩かれて痛いのに
 笑いが止まらない。



 翌日

 三枝子が風呂に入ったのを見計らって
 フミオがそっとレバーを引いた。

【ガシャン! チン!】

 とにかく激しい音が鳴り響くため

 この作戦は敵が入浴中に
 決行しなければならなかった。



 だが、あっさり気付かれ

「これ! あんたら! レジから100円玉取ってるでしょ!」

 大目玉を食らう父と子供たち
 もとい、子供3人であった。





「店の売り上げやからな。ママが怒るんは当たり前や」

 フミオは小さい目を大袈裟にしかめた。

 だからもう100円玉を取るのは
 やめようと言うのかと思ったら、違った。


「バレへん程度にしとかなあかん。明日からは100円玉は5枚までやぞ」

 そう言うフミオだが、ゲームをし出すと
 率先して約束を破る。


「しもた! もうちょっとやったのに、お、樹里もっかいレジ開けてこい」


 もはや父でも何でもない。

 ただの泥棒親分である。


 「いい加減にしなさい! 店のお金を何や思てんの! あれはお客さんの両替用でしょ!」

 ふたたび、三枝子の大きな雷が落ちた
 その翌日
 レジから100円玉だけが消えていた。


「ママ、どっかに隠したな」
 フミオが店内を見廻す。


「ゲームでけへんの?」
 和彦が泣きそうな声を出すと



「探せ」

 親分が命令を下した。


「あったー」

 樹里がコーヒーメーカーの奥に隠してあった
 巾着袋を見つけた。


 だが次の日、同じ場所に袋は無かった。


「バレたな。探せ」

 親分が悔しそうに言う。


「ここや!」

 トイレの備品の奥に置いてあった。


「こんなとこに隠してたんか。ママもいろいろ考えとんな」

 親分が感心したように言う。

 オーナー三枝子VS海賊親子の
 攻防戦はしばらく続いた。



 この頃の夕飯時の議題はいつも
 『本日の隠し場所について』だ。


「パパ、今日はどこや思う?」

 和彦が、ご飯粒を飛ばしながら
 パパというニックネームの親分に聞く。


「そやのぉ。昨日はコーヒー豆の缶やったから、今日は掃除道具のとこちゃうか」


 海苔の佃煮「アラ」の瓶からひとすくい
 ご飯の上に乗せながら

「私は傘立ての後ろやと思うなー」

 樹里も楽しそうに推理した。



 インベーダー前の宝探し。
 ひと粒でニ度美味しいような日々だった。



 だが諸行無常。
 パラダイスは永遠に続かない。
 海賊団も解散。


 三枝子が体調を崩して
 喫茶店の営業を辞めることになったのだ。



 最終日
 店から運び出されるスペースインベーダー様に
 手を振ってお別れをした。 


 名古屋打ちもマスターしたし、大満足だった。

 ありがとうインベーダー。

 また会う日まで。



                 つづく

🟣番外編🟣

2015NY MOMAにて著者撮影

 思いがけず、旅行先の美術館で再会。

 時代の電子機器といったテーマの展示で、壁に設置されていて、実際に遊ぶことが出来ました。

 白人の男の子が遊ぶのを暫く眺めていたのですが、ついつい我慢できず、日本語英語とゼスチャーで話しかけました。

 名古屋打ちを力説するうち、気付いたら台を取り上げていました……血は争えないとは、こうゆうことを言うのでしょうか。

 あの時の坊ちゃん。
 アジアのおばちゃんは深く自省しています。

 アイアムソーソーリー。        



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