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ソウル親子留学2002年②翌日移動と感謝の出会い


翌日コンドミニアムに戻ると、アリはさらに増えていた。

部屋を替えて貰おうかとも思ったが、廊下にもいたので(季節的な繁殖か)これは建物全体にいる気配が濃厚だと判断。

出よう。

少し高くなるが、検討していたもうひとつの江南側コンドミニアムへ移ることに。

宿のおじさんは外出中で、対応はその息子さんがしてくれた。キャンセル料なく一泊分のみを支払う。ホッ。

しかし昨日の下り坂は今日の上り坂。
大荷物、、た、倒れる。

若い息子さんは優しくて、荷を運び終わってもそこで自ら手をあげてタクシーを停めようとしてくれた。が、運転手は車から大荷物を見て「アイゴー、ムリムリ」手を振って停まってくれない。

【ところで、韓国語でも無理はムリ意味も発音も同じ。散歩はサンポ。同じものがいくつかあっておもしろい】

数台見送ったころ。婆さんと幼児が寒がってるのを見かねた彼は、なんと自分の車を出してあげますよと言ってほんとに送ってくれた。

どんだけ優しいのだっ。韓国の男性。感動。

私は、自分のおやつに持参してた煎餅詰め合わせをせめてものお礼にと、手渡した。

次のコンドミニアムでは、到着するなり

「アリさんいないよね」

メロンが床に這いつくばってチェックする。

さあ、気を取り直して明日から部屋探しだ。

しかし

その部屋探しこそ、昨日のアリどころではない本物の試練だった。

1週間もあれば部屋は簡単に見つかる。東京の感覚でアパートやコーポみたいなの、いくらでもあるっしょ。

なんて
ワタクシ、とんでもない間違いのひと。

だが、私たちは韓国滞在中のあさひちゃんという日本女性と知り合い同居することになっていたので随分助けられた。彼女には本当に感謝しかない。

あの頃は、自分とメロンの留学生活のことで精一杯、毎日突っ走っていたから、きちんとお礼が出来たか分からない。こちらは親子連れ、迷惑もかけただろうな。正直彼女がいなければ、親子留学生活はスタート出来なかった。この場であらためてありがとうを言いたい。

彼女の話はこのあとの日記にも出てくる。なんといっても韓国語ペラペラ現地の人と同じスピード感で話せるすごい子だった。

私は、梨花女子大学併設の語学堂(韓国語勉強センター)へ通うので、まずは通学しやすい場所で部屋を見つけるつもりだった。

しかし

そんな甘いもんじゃないってこと
このあと散々思い知ることとなる。 

そして

極寒ソウルのこともなめていたよ。
謝るよ。
さぶいよー。

                   続く


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