「One Last Kiss」の押韻
宇多田ヒカルのこの曲に関しては、以前に詳しい記事を書いたことがあります。
ただこのまえ、この曲をなんとなく聞いていたら、この記事執筆時点では見逃していたことに気づいたので、ちょっとした補足を書きたいと思います。押韻についてです。
本題に入る前に、かんたんに押韻について説明しておきましょう。押韻とは、特定の箇所に同じ音の言葉を配置することです。やや乱暴な言い方をしてしまえば、ラップ的なものを想像してもらえればわかりやすいかも知れません。
世界の多くの詩で押韻が一種の規則として用いられています。中学高校で、漢詩の押韻について習った方も多いのではないでしょうか。
例を挙げます。韻の美しさで有名な、エドガー・アラン・ポーという詩人のアナベル・リーという詩です(ちなみにこの詩人の名前を元にして江戸川乱歩というペンネームで活動した小説家がおり、それをさらに元にして「江戸川コナン」という名前が出来ています)。
冒頭部だけ挙げました。詩の意味はいったんおいておくとして、音に注目してください。
この詩の文末では、1・3・5行目がago・know・thoughtと「オー」の音で韻を踏み、2・4・6行目がsea・Lee・meと「イー」の音で韻を踏んでいます。こんな感じで、決まった場所(今回は文末なので、いわゆる脚韻です)に決まった音を配置することを「韻を踏む」=押韻と呼ぶのです。
ではOne Last Kissの押韻を見てみましょう。
これが冒頭部の歌詞です。さっきと同じ方法で文末の音をとっていきます。「は=ha」「わ=wa」「ザ=za」……すべてa音で統一されていることがわかります。
いやいや、「喪失の予感」だけ「予感=yokan」でnじゃないか、と思われた方もいるかもしれません。
歌詞だけ見ればその通りなのですが、実は宇多田ヒカルはこの部分のnをほとんど発音しておらず、音としてはちゃんと「よか=yoka」だけ響くようになっています。聞いていただければわかります。
じつは前々から、この冒頭部の歌い方はけっこう気になっていました。「はじめてのルーブルは なんてことはなかった わ」「私だけのモナリザ もうとっくに出会ってたか ら」と「わ」や「ら」の音だけ変にリズムからはみ出てるんですよね。
ここから音の響きに注目した時に、歌詞の末尾がa音で統一されていることに気づきました。つまりあの特徴的な歌詞の切り方は、a音の押韻を際立たせるために用意されているんじゃないでしょうか。
偶然?なるほど、ではほかの部分も見てみましょう。
Aメロが終わると、「ど=do」「と=to」など次はo音が響き始めるようになります。「もう一つ増やしましょう」の部分は、「喪失の予感」と同じく、やはり文末の「う」が響かないように発声されていて、音としてはやはり「しょ=syo」と末尾がoになるように歌われています。
注目したいのは「Oh oh oh oh oh…」の繰り返し。言うまでもなくo音が響くところですが、メロディとしては「忘れたくないこと」のo音から続いて「Oh oh oh oh oh…」になるので、まるで「忘れたくないこと」末尾のo音を強調するかのように配置されているのです。
つまり先ほどの「なんてことはなかった わ」「もうとっくに出会ってたか ら」がa音を際立たせていたのと同じく、ここではこの繰り返しがo音を際立たせているのです。こうやってみていけば、a音やo音が強調されていることは疑いにくくなってきます。
ちなみにこの押韻は歌詞全体を貫いていて、この歌の末尾はほとんどa音とo音で構成されています。内容と絡めるなら、「あなた」との思い出を歌う部分がa音、「あなた」への思いを語る部分がo音という感じでしょうか。
さらに言えば、頭の方(頭韻)もある程度a音とo音が多数採用されています。「写真は苦手なんだ」のようにi音もありますから、こちらはそれほど厳密ではありませんが……。
ところで、私は故意にある歌詞の部分を飛ばしています。「Can you give me one last kiss?」です。この部分の「kiss」ははっきり発音されていて、音としてはu音が響くようになっています。
ここまで見てくれば、もちろんここは押韻を乱す邪魔者などではないことがわかります。むしろ、タイトルでもあるone last kissのu音は、ひときわ音を強調するために配置された特権的な例外だと言うべきでしょう。まさに一つだけの(one)、特別な音なのです。しかもkissの部分ではi音の後にu音が響くことになりますが、この部分以外の韻ではi音も出てきません。最後のキス、one last kissがいかに特別なものとしてこの歌に配置されているか分かろうというものです。
ここまでくると、母音で唯一脚韻に登場しないe音が気になってきますね。「EVA」の「E」とも言えそうなこの音が、実質的なエヴァンゲリオン最終作となる本作のエンディングで避けられていることは偶然なのか必然なのか……。
よろしければサポートお願いします。