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データで見る文系大学院

中央教育審議会、略して中教審。日本の教育のことについていろいろ考えている政府の部署です。

中教審のホームページでは、会議の議事録が公開されています。どれもけっこう気合の入ったもので、データとして有用です。特に、レポートの課題に困っている学部生などは一度覗いてみるといいかもしれません。エビデンスとしての能力もしっかりあります。

さてそんな中教審の大学院部会で、2022年夏、文系大学院の教育をめぐる会議が行われました。議題は「人文科学・社会科学系の大学院教育に関する方向性:中間とりまとめについて」、「人文科学・社会科学系の学部学生における大学院進学の意向調査(案)について」などです。

そこで配布されている文系大学院をめぐるデータ集がなかなかおもしろかったので、今回はこれを見ながら文系大学院の今後を考えてみることにします。

○修士号・博士号取得者数

修士課程や博士課程に入学する学生の割合はいわゆる「理系」分野に比べると有意に低く、諸外国と比べても修士持ち・博士持ちが少ないようです。

これにはおそらく、就職へのイメージが影響しているのでしょう。文系で大学院に進んでしまった場合、研究者か学校の先生くらいしか就職先がないだろう、という推測が、大学院への進学を思いとどまらせているわけです。後述するように、実際にはそうでもなさそうなのですが。

もうひとつは経済的な問題でしょう。理系に比べてお金が入ってきにくい文系大学院は、やはり奨学金などの支援も比較的少なめです。ただし最近はJSTの給付型奨学金が増えましたし、そもそもの学生数が少ないので奨学金へのありつきやすさは理系とあまり変わらないように感じます(それこそデータも探せばあるのでしょうが……。とっちらかっちゃうので今回は省略)。

まあざっくり言えば、「文系大学院に進学してもうまみが少ない」という印象が先行しているという感じでしょうか。

○公立と私立

いわゆる文系学問に関しては、研究者数が理系に比べて私立に集中しています。これは、研究費をめぐる問題と関連してくるでしょう。

文系をめぐる議論のひとつとして「文系の学問は役に立つのか」という議論がありますが、これは「文系に公金を投入すべきか」と言い換えることが可能です。なぜなら社会的な問題として「研究」を考える場合、そこにどれだけ支援をするかということが議論の中心だからです。趣味でやる分には、「そんなもの趣味にするな!」というのも変な話です。要するに公金が絡まないとしたら、何をやろうが自由ですよね。

私立にも政府からの補助金が降りているのでそこは留保する必要がありますが、文系学問に関しては割りと公金に依存している割合が低い、というか文系研究室自体あまり大規模な研究費を必要としていないという側面があるでしょう。実際顕微鏡とか貴重な試薬とかだと数百万数千万単位でお金がかかるわけですが、科研費の安いやつはほんの百万円くらいの規模で、下手をうつと実験器具ひとつ分くらいです。

私立大学の創設者は福沢諭吉やら大隈重信やら思想家・政治家です。いまでこそ微妙な感じになっていますが、私立の多くは政府の方針にしばられない独立独歩の学問をやるという気風があります。その名残が、上からの支援を受けにくい文系科目にも注力するという形で今も残っているのかも知れません。

公金の供出という金銭的なものさしで言うと、文系学問はわりかし「ミニマリズム」を達成しており、「文系のお金を削って理系へ」はあまり現実的でないでしょうね。文系の研究費を多少削っても、大したプラスにはなりません。科研費などのデータも調べたら簡単に出てきますから、よかったら探してみてください。文系と理系だと桁が違っている分野もありますよ。

◯留学生数

留学生の受け入れ数で見ると、1位工学部、2位社会科学、3位人文科学という感じで、人文系科目がかなり貢献しています。いまは理系分野もそれなりに留学生を集めることができていますが、今後割合的に言うとより人文系に偏るのではないかと予想されます。

というのも、理工学系の研究では良くも悪くも英語が圧倒的に強く、わざわざ日本に留学してくるうまみがあまりないからです。現在は研究環境の良さや各大学の努力で留学生を集めることができていますが、今後日本の科学をめぐる状況が劇的に改善することが期待できない(暗い予想ですが)以上、アジアなら英語の使用率が高いインドやベトナムへ留学生が流れていくのではないでしょうか(英語で授業をする大学も出てきていますが、正直意義がよくわからないです。日本に来てわざわざ英語で話を聞きたいか……?という)。

留学生が多いことがイコール善であるか否かは議論の余地がありますが、海外から人を集めるときに強いのは人文系、特に文学部系の学問でしょう。日本文学や日本文化、日本史、日本美術などを学びたいときに日本に来る。これはわかりやすくメリットがある話ですから。人文系の学問は、どうしてもある程度ローカルな要素を有しており、それは外側から見ればその国の固有性ということになります。

◯キャリアパス


文系の大学院なんか行って就職大丈夫……?というイメージ通り、理系に比べて人文系大学出身者の就職率はかなり低いです。

具体的な進路の流れとしては、こんな感じ。


修士の卒業者のうち、半分くらいが就職し、3割くらいが進学します。「その他」の多さが気になりますが、一応そこそこの割合の人が進路は決まっている状態ですね。

博士はというと、30%くらいが一般就職し、15%くらいがアカデミアに就職しています。「その他」の割合が全体の30%ほどと高いですね。研究職を目指す場合、博士を出てすぐに職が見つかるパターンは稀ですし、専業非常勤みたいになる人もいますから、それでこうした割合になってるんでしょう。「不詳・死亡」が15%ほどいるのが闇を感じさせますが……。

とはいえ、一般就職が3割というのはイメージよりも高い数値です。実は文系博士人材も、企業から疎まれているわけではありません。次のデータを御覧ください。

これを見ると、専門性があまり求められていないというのもありますが、そもそも文系大学院出身者が企業に応募していないというのが採用数の少ない理由として挙げられるようです。

もちろん人文系の場合多くの人が教員(主に大学、あるいは中高など)を目指して進学しているようですので一般企業への応募が少ないのは自然なのですが、別に教員以外の選択肢がないというわけではなさそうです。博士号という資格が十全に評価されることはあまり期待できなさそうですが、博士課程出身だから落とされるということばかりでもない、という感じでしょう。

新卒一括採用にも批判の声が上がっていますし、今後人文系博士人材の一般就職が進んでいく可能性も高そうですね。

◯おわりに

中教審の資料を使って、ざっくりと人文系大学院の現状について見てきました。このPDFは100ページくらいあるので、ゆっくり読み解けばいろいろ面白いことが見えてくるはずです。

「エビデンス最強!」みたいな姿勢もどうかとは思いますけど、イメージだけで物事を語る危険性くらいは把握しておきたいものです。使うか使わないかは別として、データを押さえた上で物を考えたいですね。

おそらく今後人文系大学院の立場が強くなることはないと予想していますが、状況がすべて絶望的なわけでもありません。進学を考えている方は、事前に奨学金や良さげな制度を下調べして、使えそうなものは何でも使って生き延びていきましょう。

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