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点・縦・横の読書術――文学を味わいたい人へ

こんにちは。大学で日本の近代文学を研究している者です。

ここ最近、文学に興味あるんだけど、とか文学を学んでみたいんだけど、という人から、勉強法や文学の読み方について尋ねられる機会が何度かありました。

そこでこの記事では、自分なりに文学の読み方味わい方について書いています。キーワードは、「点」「縦」「横」です。

○点――全集を読む

まずは「点」からご紹介しましょう。「点」、つまり一人の作家を深く読む読書法です。

マイナーな作家だとなかなか難しいですが、夏目漱石や芥川龍之介のような大作家だと、ふつう「全集」というものが刊行されています。

全集とは読んで字の如く、その作家の文章を全て集めたもの。作品はもちろん、評論、日記、書簡など、私たちが作家を知る上で欠かせない情報が集められています。日本文学の卒論を書く人は、まずその作家の全集を読むように指導されるはずです。僕ももちろん、何人かの作家については全集を持っています。

文学部の学生や研究者ならずとも、全集を読むことでさまざまな発見があります。

まず、作風の変化がわかります。多くの全集は発表年代順に作品を並べているので、全集を一から読めば作家の成長や変化が見えてきます。たとえば太宰治なら、前衛的な作品の多い前期から明るい作風の中期、そして『人間失格』を始めとする後期へと作風が変わっていくのが確認できることでしょう。

逆に、その作家が生涯ずっと追い続けたテーマのようなものにも気がつくかもしれません。夏目漱石の全集を読んでいけば、多くの長編で「三角関係」が重要な役割を担っていることに思い至るはずです。変わっていくもの、変わらないもの。どちらも、作家を理解する上では大切な手がかりになります。

次に、新たな作品との出会いがあります。太宰治なら「走れメロス」「富嶽百景」『斜陽』『人間失格』あたりが有名かと思いますが、そのほかにも「満願」「右大臣実朝」「ろまん燈籠」など多くの知られざる名作があります。他の人が知らない作品を知っているのは、どことなく「通」な感じがして気分がいいものです。

もちろん全集を読んでいると、質の低い作品にも出会います(太宰はかなり平均レベルが高いですが)。そんな出会もまた一興。「この前すっごいつまらない作品読んだんですよ―」というのは、ときに面白い作品の話より盛り上がります。また、大作家でもこんな作品を書くんだな、という謎の安心感も得られます。

たとえば三島由紀夫には、「たまご」という小説があります。たまご大好きな若者たちが、多くのたまごを食べた罪でたまごたちに裁判にかけられ、死刑判決を受けて……という実にくだらなくて面白い作品です。こういった作品を読むと、『仮面の告白』や『金閣寺』の荘厳な美文家とは違った三島の魅力が見えてきます。

そして、全集を読むことで他の作家に触れるときの「軸」ができるのも大きなメリットです。この作品は太宰治のこの作品と同じ時期に書かれたのか、とか、もしかしてこの作品は『人間失格』に影響を受けたんじゃないか、とか、詳しく知っている作家がいれば他の作家のことについても理解しやすくなります。一人の作家について深く知ることは、他の作家について深く知ることにもつながっているわけですね。

全集はハードカバーで立派な箱に入っているものも多いのですが、最近はちくま文庫などから文庫版全集も出ています。お手軽です。

生きている作家やマイナー作家だと全集がないことも多いですが、そういうときはとりあえず集められる分だけ集めて読んでみてもいいでしょう。10冊分ぐらい読んでみれば、だいぶその作家のことが分かるようになってくるはずです。

もちろん興味のない作家の作品を追い続けるのは苦痛です。まずは自分にあった作家を見つけることが大切。その際には、さまざまな作品が集められているアンソロジーなどから入ってもいいでしょう。「この作品いいな」と思ったら、図書館や本屋で作者の本を何冊か入手してきて読んでみる。きっとお気に入りの作家が見つかりますよ。

○縦――文学史を知る

ある作品を読んでみると、世間の評判ほど面白くなかった。この作品のどこがそんなにいいの?こういう経験をしたことがある人、少なくないのではないでしょうか。そういう時は文学の「縦」、つまり文学史について考えてみるのもいいのではないでしょうか。

単に作品が自分に合わなかったというパターンも多いですが、もしかすると「当時としては画期的だった」作品なのかもしれません。

たとえば明治末に発表された田山花袋の「蒲団」。小説家の主人公のもとを訪れた美人の女弟子。かわいい弟子を気に入っていた主人公ですが、なんやかんやあって彼女は郷里に帰ることに。気持ちの持って行き場のない主人公は、女弟子が使っていた蒲団を抱きしめて、その残り香を堪能する……という小説です。

気持ち悪っ、という感じですが、当時としてはこうした「性」の告白というテーマは新鮮でした。性的なコンテンツがあふれている現代と違って、第二次世界大戦前の純文学における性描写というのは実に淡白なものです。なんとなくエロいイメージがある谷崎潤一郎の文章ですら、フェティッシュな要素はあっても濡れ場はほとんどありません。露骨な性描写が出てき始めたのは戦後あたりからですが、それでも裁判になったり国会で審議されたりしています。

このように、性描写一つとっても近代文学150年分の歴史があります。作品の価値や魅力というのは、作品の内部だけでなく、その歴史性にも存在しているわけです。

ですので文学史をしっていると、作品をより深く、より面白く理解することができます。「こんなに早い時期にこのテーマをあつかっていたのか!」とか、この作家はあの作家に影響を受けていたんだろうな、とかいろいろな発見があります。

江戸川乱歩や久生十蘭の探偵小説は、今から読んだら大したトリックは使っていませんが、100年前に書かれたということを考えると相当に先進的です。そこから更に遡ると、夏目漱石の作品にも意外と探偵小説への志向が示されていることに気がつくでしょう。

歴史的な文脈を知り、その中に作家や作品を位置づけることで、作品単体で読んでいたときよりも高い解像度で文章に触れることができるのです。

では、どのようにして文学史を学べばいいのでしょうか。いろんな書籍が出ていますが、ここでは2つだけ挙げておきます。

まずは、国語便覧です。

え、国語便覧ってあの学校で使っていた国語便覧?はい、その国語便覧です。多くの方にとって便覧は教科書の副読本で、授業中暇な時間に読んでいたイメージしかないかもしれません。

しかしこれ、かなり優れた教材です。カラーで読みやすく、詳細な文学史が記されており、教科書会社が作っているので記述が信頼できる。しかも中古できれいなものが安く買える。これがもし中学校や高校の教材でなかったら、少なくとも3000円はするようなクオリティです。

ついでに古典や日本語文法、日本文化などについても学ぶことができます。自戒を込めて言いますが、国語便覧一冊分の内容がちゃんと頭にはいっている院生はあんまりいないのではないでしょうか。

どこの出版社から出ているものでもいいですが、知り合いが第一学習社にいるので、第一学習社のものをおすすめしておきます笑。

もう1つは安藤宏先生の『日本近代小説史』。

安藤先生は東京大学の教授で、日本近代文学研究の権威です。その分信頼度はバッチリですし、ソフトカバーでお値段お手頃。記述もコンパクトにまとまっています。さらっと読めて基本的なところはちゃんとおさえられるのがありがたいです。

また、電子書籍版があるのもいいところ。通勤通学のついでにスマホでサクッと文学史、いかがでしょうか。

○横――時代背景を意識する

キーワード3つ目は「横」――その作品が書かれた時期の同時代性を、広い分野にわたって見ることです。

「同時代」のくくり方はせまければせまいほど解像度があがります。しかし細かくしすぎても大変なので、まずは5年区切り10年区切りくらいで考えてみてはどうでしょう。

たとえば1920年代という区切り方。1920年代の文壇はモダニズム華やかなりしころで、前衛的な作品がいろいろと生まれています。また、探偵小説や新聞連載小説など、いまのエンターテイメント小説につながるジャンルが急成長したのもこのぐらいの時期です。

その裏側には、いくつかの政治的・文化的な背景があります。1910年代末には第一次世界大戦が終わり、1923年に関東大震災がありました。震災のダメージは深刻でしたが、復興に際して東京の町並みは一新され、「都市」にふさわしいビルなどが立ち並ぶようになってきます。

探偵小説の誕生にはこうした「都市」性が書かせません。せまく伝統的な生活共同体だとお互いの生活リズムやアリバイなどが把握されてしまっているので、「探偵」の出番がないからです。

さらに1925年には普通選挙法とともに治安維持法が可決されます。民主主義的な制度とそれを検閲し弾圧する制度。2つの制度の微妙な緊張関係の中で、文学は政治を描いていくことになります。

また、1920年代末、1930年前後には「科学」が重要なキーワードとして文壇に流通します。アインシュタインの相対性理論が日本に輸入され始めたからですね。

このように、同時代の文化的政治的あるいは科学的背景を知ることによって、作品が生まれた背景やネタ元を理解しやすくなります。加えて、同じ出来事に対して文学者たちがどのように反応したか、作家作品を並べて比較する楽しみも生まれます。

「横」は「点」と「縦」に比べて調べるのが難しい情報ではありますが、Google検索などでとりあえず同時期の大きな事件だけでも頭に入れておくといいでしょう。たとえば1930年代なら、1931年に満州事変、1936年に二・二六事件、1938年に日中戦争(当時は「戦争」とは呼んでいませんでしたが)、1941年に太平洋戦争がそれぞれ起こっており、どれも文学に大きな影響を与えています。

あるいは同時期にどのような文学運動が起こっていたかを知ることも大切です。再び1920年代に話を戻せば、一口にモダニズムといっても未来派、新感覚派、ダダイズム、シュールレアリスム、立体派、表現派、構成主義、形式主義、エログロナンセンス……などさまざまなイズムに分かれています。そのなかで反発や相互乗り入れを繰り返して、文学史は進んでいきました。

同時代の文学がどのように関わっているのか、あるいはどのように批判しあっていたのか。そうした「横」の文壇情報を知ることで、作品の面白さはぐんと増すことでしょう。このあたりの話は、文学史を学んでいけば自然と知識がつくかと思います。

○おわりに

以上、「点」=全集・「縦」=文学史・「横」=同時代状況から文学の読み方について記してきました。これは言い換えれば、作品に関するメタ的な情報を収集することで読みの精度や楽しみを高めていく、という話でもあります。

もちろんこれらは、ちょっと「頑張って読む」読み方なので、ひとつの作品だけを肩の力を抜いて楽しむのもすばらしい読み方です。

しかし、知識があればその楽しみが大きくなるのも事実。たまに芸術は予備知識なしで自分の感性だけで味わうのがいいのだと言う人がいますが、果たして本当にそうでしょうか。適切な知識がなければ楽しめない作品はたくさんあります。

文学ならまだストーリーがあるからマシでしょうが、たとえば現代アートはどうでしょう。現代アートの始まりと言われるデュシャンの「泉」。なにも知らずに見たら、単なる男性用小便器です。デュシャンがどのような芸術家で、なぜそうした試みをしたのか。それを知らなければ、「泉」の価値を理解することは困難です。

程度の差こそあれ、それは文学でも同じです。適切な知識を持つことで、初めて見えてくる作家や作品の姿というものもあるのです。

幸い、世に日本文学の解説書や研究書はたくさんあります。そうしたものを通して少しずつでも日本文学の世界に触れてもらえれば、一人の研究者(見習い)としてそれほど嬉しいことはありません。


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