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【嗚呼、人生 vol.06】〜電車に乗りながら⑥〜

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私は混雑した時間帯にプラットホームを1人で歩かなければならないとき、まっすぐと立って遠くの一点にやった目を一切逸らさず、アップテンポのEDMやROCKなどの音楽をbloothoothイヤホンから大音量でかけながら殺気立った目をして歩くように心懸けている。

そうすることで、タンクトップに短いキュロット、5cmのヒールを履いていても変な人は近寄ってこないし、忙しそうに急いでいる人の間を容易に移動できる。むしろ虫除けとして絶大な効果を発揮できる。

これは小学生からの電車通学で培われた護身術だ。

私にとって駅のホームとは今も昔も、そしておそらく未来においても他のどの場所より一段と神経を研ぎ澄ませ、自分の身を最大限に守らなければならない場所であった。

冷徹さを貼り付けて人を寄せ付けないこのような顔を英語圏ではsubway faceと呼ぶことがあるらしい。なんて素晴らしい言葉。早く東京でも流行らないものか。そして犠牲になりやすい者たちが皆その顔ができるようにならぬものか願ってやまないばかり。


一度、理不尽に怒鳴られたことがあった。


そのとき背中には大きくて重たいリュックサックを背負っていて、5kgほどある紙袋を抱えていた。はからずして混雑する時間帯に乗車することになってしまった。いつもであれば少し時間をずらしたり違う路線の電車での移動を再考するが、その日の私は忙しさのせいで疲れ切っている上に急用に追われすぎていたので、考える間もなく満員電車のドアへと足を進めた。

大荷物で満員電車に乗車することがどれだけいわゆる他者の迷惑に値する行為なのかは重々承知していたつもりだったが、人には人の無視できない都合がある。
出来る限り体をすぼめて小さくなって迷惑をかけないようにと努めていた私は後から乗車してきた野郎から怒号を浴びせられた。

「てめえ、満員電車でリュックなんか背負ってんじゃねえよ!邪魔だろうがよ!早く前に抱えろよ、ア"ア"ァ??」

彼は、感情を怒りに支配されすぎていた。
そのときの私は大きな紙袋を前に抱えてより一層小さく縮こまるしかなかった。そんな私の弱々しい姿につけ込むかのごとくその野郎は捲し立てた。

「ア"ア"ァ??てめえ日本語わかんねえのか?」

開いた口も塞がらないほどの差別用語に塗れた脅迫。無知のなんと恐ろしいことか。私が前にも後ろにも荷物を抱えていることは一目瞭然でその時間帯は多くの人が移動するいわゆるラッシュアワーだということを理解していれば絶対に口をついて出ない言葉たちの群れ。
汚い言葉を使って人を脅すことでしか威厳を保てないその様は無様、滑稽という言葉を具現化したようなものだったとさえ今は思う。


私はこの件があって以来、電車に乗るときのsubway faceをより強固なものにしようと決意した。subway faceをするには不機嫌、無表情を心懸けなければならない上に必要に応じて睨みも効かせられるように気を張っていなければならない。
乗車中ずっとこれを顔に貼り付けてなければいけないのは想像以上に神経を酷使することになるしそれ故に疲労も溜まるのである種の訓練と言っても過言ではなく出来ればやりたくはないが、野郎の餌食になることだけは御免だ。

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