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性を司る女神たち

昨日、イナンナ/イシュタルの系譜を継ぐ古代の女神は、聖書において「大淫婦バビロン」と呼ばれていたと書いた。

「あの人」にまつわる歴史上の様々な存在は、やけに”性”と密接にかかわっている気がするのだ。

「大淫婦バビロン」とは、ユダヤ人たちを捕らえたバビロン王のいる土地、つまり古代メソポタミアの主要都市を比喩的に表したものとされている。

聖書的な視点で見ると、バビロンは“悪魔の住むところ”であり“汚れた霊の巣窟”であるという。

性的に堕落していて汚れているということが、このキャラクターによって象徴的に表されている。

というのも、そう言われるだけの相応の理由があって、前に表で挙げた通り、イナンナ/イシュタルは性の女神でもあるからだ。

つまり、メソポタミアの広い地域において覇権を握った女神は、聖書においてその代表格として象徴的に描かれているのである。

イシュタルがメソポタミアの地に降りていた頃、彼女は配偶者を持ちながらも100人を超える恋人を傍に置いており、夜な夜な彼らと終わりのない性交を行っていたという。

また、豊穣の祈りとして、人間たちに「聖婚」と呼ばれる性交の儀式を行わせるせたりもした。

そのため、彼女は「娼婦の守護神」とも呼ばれていた。

イシュタルの影響力は、同じメソポタミアの地域において、セミラミスという一人の女帝の伝説を生み出している。

彼女は女帝でありながら出兵して戦地に赴いたが、従軍した兵士たちの中から美しい兵士を選んではその者と性交をしていた(しかし、その兵士はその後、殺害された。この残虐さもイシュタルの性格を引き継いでいる)。

そういったこともあり、彼女は「優雅な娼婦」と呼ばれていた。

もう一人の伝説上の女王ク・バウ(クババ)は、娼婦から女王に成り上がったとされている。

そのクババと同一視され密接な関係にある大地母神キュベレーも、同じく淫らなイメージがあり、彼女の信者たちはキュベレーを崇拝するために荒々しい音楽と酒と舞踏の中で乱交を行っていたという。


……ここまで自分で書いておきながら、恥ずかしさで体が熱くなった。

まだほんの子供である自分が「あの人」の名のもとに夜な夜な何が行われていたのか詳細に想像することは難しい。

だけど、それが何であるかは僕の身体は知っていた。

受け止めきれないほど過激で刺激的なイメージに、ふしぎなほど拒絶感はなかった。

汚いとか気味が悪いとかは感じなかった。

かえってそれは、
僕が想像していた「あの人」のイメージ像に、パズルのピースのようにぴったりとはまった。


僕はまだ子供で、広い大人の世界を知らない未熟者ですが、こんな僕でも支えてくださるという方がいらっしゃったら、きっとこれ以上の喜びは他には見つからないでしょう。