上手くいっている時には注目されずに失敗した時だけ叩かれる
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上手くいっている時には注目されずに失敗した時だけ叩かれる

*アイキャッチの画像は、東京都下水道局のキャラクター「アースくん」です。

縁の下の力持ちは失敗した時にしか注目されない

国民の生活を守るために、広い意味での国家(または地方を含む行政府)が行う仕事にはさまざまなものがある。自衛隊の災害派遣などは報道される機会も多く、広く人々に知られている分かりやすい例だ。
しかし、そんな分かりやすい貢献ではない、意識されることもなく、見えないところで生活を支える仕事があり、そこで働く人の努力がある。そのような努力は、上手くいっている時には注目されないのに、失敗したときにだけ注目される。

その具体例として、東京都の下水処理について考えてみたい。
下水といえば誰もがトイレや風呂などの生活排水をイメージするが、そうした“汚水”の処理に加えて“雨水”の処理も下水道の重要な役割である。特に、梅雨の長雨やゲリラ豪雨、台風の発生などによって雨量が増えた場合、都市を浸水から守るために下水処理施設は機能する。

近代的な下水道の歴史は明治41年から始まる。下水道設備には汚水と雨水の管が別である“分流式”と、汚水と雨水を同じ管に流して処理場へ送る“合流式”があるが、東京都では急速に処理施設を整えていくにあたって“合流式”の下水道を採用することになった
一つの管で済むので整備が早いという大きな利点の他、地上に溜まって雨水に溶け込んだ重金属などを自然に放流せずに処理できるというメリットもある。
だが、雨量が増えて処理場の処理能力を超える水が流れてきた場合、下水に含まれるアンモニアやリンを微生物に食べさせる“高級”処理を行わず、ごみや砂、泥を除去して塩素消毒するだけの“簡易放流”を行わなければいけないのが問題となる。
この時汚水交じりの水が放流されてしまうことが、海や河川の水質悪化につながるとされている。

トライアスロンの水質問題

ところで、2021年に行われた東京オリンピック・パラリンピックにおいて、トライアスロンなどの競技で選手が東京湾を泳いだということを皆さんは覚えているだろうか。さかのぼること2年前のテスト大会では、「トイレのような臭さ」という表現で、東京湾の水質問題が懸念されていた。


この問題は、発覚当初は大いに盛り上がったものの、東京2020大会をめぐる数々のゴタゴタの一つとして、いつの間にか人々の記憶から抜け落ちていったように思える。

そして2021年、本番の大会が行われた。東京湾の水質問題はどうなっただろうか。


有料記事だが、無料部分だけ読んでも、臭いについて問題はなかったことがわかる。オリンピック大会の週は台風の襲来などで水量も多かったが、にもかかわらず、東京都は東京湾の水質問題をクリアした。そしてそのことはほとんど話題になっていない。

日々の報道は失敗だけに注目しがちで、地味な努力による成功や成果はたいてい無視されてしまう。つまり「見えない努力」は世間の注目を浴びることはほとんどないのに「悪い結果」に対してはバッシングが起こる。

政府は何割くらい信用出来るか

人々の生活が維持できるように環境(世界)に働きかける仕事で、市場の外部にあって採算をとることが難しいものに人材や資源を集約できるのは、地方を含む行政府としての政府(国家)だけだろう。政府(国家)による環境への働きかけは多岐に渡る。だがその多くが普段は意識されない見えない仕事なのだ。
そして、見えない仕事に対しては「良い」が評価されずに「悪い」だけが目立つ。

政府(国家)は批判の対象になりやすいし、批判は必要だろう。普段から見えている仕事に対しては、良い・悪いの評価がしやすい。しかし、見えないところで環境を支える役割りをもつ仕事を評価することは、「悪いところ」だけが見えて「良いところ」は見えていないだけにとても難しいし、間違いやすい

大部分の「隠れているところ」が見えないため、政府(国家)への評価は両極端にはしりがちになるのではないか。「批判」すべきことばかりが目立つことになるので、政府(国家)のなにもかもが駄目だと感じ過小評価してしまう。あるいは、「批判ばかりする人」に良い感情をもたない人は、気に入らなければ日本から出て行けとばかりに、政府を過剰に信頼してしまう。後者にしても「良いところ」がどのくらいあるのか見えていないままの評価なので盲信でしかない。

隠れているところが見えていないだけでなく、隠れているところが「どのくらいあるのか」も、わたしたちには見えていない。

政府に対する建設的な批判をするためには、ゼロでもイチでもなく、政府は何割くらい信用出来るかを数値化することが必要ではないか。さらに、国民一人ひとりの考えを共有し可視化し続けることができればなおよい。それにつながるアイデアとして、VECTIONでは「政府はどの程度クラウドファンディング化できるか?」という問を立て、可視化の手段として「ミラーバジェット」というアイデアを呈示している。興味のある方は読んでみてください。


ちなみに、VECTIONでは、「国民」「政府」「世界」の3つのレイヤーがサイクル的な構造(部分的には上下関係が決まるが、全体としては上下関係が決まらない)で相手を制御する3レイヤーサイクルを、三権分立の脆弱性を補強する権力分立として呈示した。「世界」そのものを、権力を担う一つのレイヤーとして考えることは、世界的な気候変動や人新世が指摘される今日的な状況とリンクしてもいると考える。



下の図は、3レイヤーサークルのレイヤー間の制御の関係を示したもの。国民による政府の制御を「統計的意思決定」、政府による世界の制御を「境界条件の向上」、世界による国民の制御を「資源制約」と考えている。
下水処理や自衛隊災害派遣は「政府」→「世界」の制御(境界条件の向上)の具体例としてある。

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