苦痛のトレーサビリティで組織を改善する
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苦痛のトレーサビリティで組織を改善する

1: 「良いの定義」を決めずに良くすることは可能か

社会のなかで善意を持つ人は少なくないだろう。しかし、デモや署名活動など、その善意の発露としての抗議運動は、なかなか成果をもたらさないという現実がある。

それでも抗議には行うこと自体に意義があり、為政者がそれを気にするということを通じて運動は現実を変える、という考え方もある。しかし、あまりにも遠い目標や間接的な実現を目指して、フィードバックのない活動を続ける精神力を求めることは酷であるし、抗議のための抗議に堕してしまわないことをチェックするのも困難だろう。

散発的な善意は、何かしらの形でつながらないと成果を出すことは難しい。だが、運動を上から集権化する「革命運動=組織の更新」には、さらなる悲劇(ナチズム、ソ連の虐殺など)を生んだという歴史がある。

国や社会という大きな単位の組織だけでなく、我々は企業や地域コミュニティなどに属している。そのような身近な組織にもスケールは異なるが改革の困難という問題は同様である。そもそも組織の理想的なあり様はどういうものなのか。過去の革命運動は、本来書き下すことができない夢や希望を「理念」として定義し、それに従わない人を内部闘争で追い落としたり、都合の良い解釈に従わない人を「反動的」だ非難することで惨劇を生んだ。

問題は、何が「良い」ことなのかを、漠然としか思い描けないことにある。共同体にとって「良い」ものを積極的に定義するのは難しい。「良い」は定義が難しく、かつ、定義すると形骸化しやすい。そこで、ポジティブに何かを得ようと求めるのでなく、マイナスを減らすと考えたらどうか。たんなる「否定」とは異なる、その都度「これは違う」という形で、境界を外側から徐々に限定していくような方法で、「肯定的ではない理想 (最小限の理想)」を考えてみたい。

本稿では、「最小限の理想」として組織が満たすべき条件を仮に定義し、その実現可能性に向けての具体策として、苦痛トークンというアイデアを呈示する。


2: 組織に対する最小限の理想、PS3


組織の望ましいあり方に、最小限の理想として、以下の4つの条件を仮定してみたい。

1.持続可能性:既存の組織形式と競争力を持つ程度に効率的である

たとえ組織がメンバー(例えば労働者)にとって「夢の労働環境」を提供したとしても、あまりに効率が悪かったり、生産性が低かったりしたら、その生産物は競争力を持たない。組織はやがて解散に追い込まれてしまうだろう。効率の比較対象は、同じ生産物を作っている既存の組織だ。

2.苦痛最小化:ステークホルダーの苦痛総量を可能な限り減らす

非常に良い効率が得られたとする。だが、その効率が組織メンバー集団の激しい苦痛によって贖われるなら、その組織は望ましくない。

苦痛最小であって、幸福(効用)の合計最大化ではないのは、巨大な格差を持つ組織なら、苦痛があっても「効用の怪物」に相当する一部のメンバーによって合計は増大しうる、または投資家の効用だけが増大するという事態を想定してのことだ。過去、多くの革命活動がこの条件を無視した。それゆえに「組織(革命)のための犠牲」を強いた。

3.スケーラビリティ:メンバーが増大しても、他の条件を満たし続けられる

少人数で始まった雰囲気の良いベンチャー企業が、巨大化後、単なる官僚組織になるのはありふれた事態だ。しかし、メンバーの知能や認知能力に限界がある以上、組織の巨大化と分業、権限の分割は避けられない。既存組織は多くの場合それを階層化によって解消している。他の方法はあるかもしれないが、未だ発見されていない。また、単純に組織を分散化しても、認知能力の問題は解消されない。ただし、管理者や階層が上のメンバーが高い報酬で報われる必要がどの程度あるのかは判然としない。ゆえに、そこを変更することは可能かもしれない。

4.セキュリティ:悪意ある攻撃者によって組織を破壊される可能性が低い

いい人しかいない世界を考えよう。そこでたまたますべての条件を満たした組織ができたとする。しかし、それがたった一人の利己的な侵入者によって破壊されるなら、その組織構造は不安定すぎて採用できない。「革命」によって一時的に「よい制度」ができ、そして一気に様変わりする事例も、歴史は数多く提供する。では、すべての人を信用しないのか?それもまたうまくいかないだろう。組織がセキュリティにかけるコストをできるだけ下げられることが理想だ。もちろん、どうやればいいかは分からない。 

以下では覚えやすいようにこれらの「理想」をPS3条件と呼んでおく(Pain, Scalability, Sustainability, Security)。

PS3は、たとえば「才能への資源集中とその創造性のみを社会的な評価」とする、というような立場とは相容れない。だからそれは万人の理想ではない。ただし、PS3は組織の理想を、「組織自体の性質(苦痛、スケーラビリティ、持続可能性、セキュリティ)」を通じてしか定義していない。その意味で「ミニマム」な理想ではある。だから、ここに「(メンバーの)自由と平等」というような理念を追加していくことは可能だが、その都度、PS3を破壊しないかどうかを吟味する必要がある。その意味で、PS3は普通の「理想」というよりは、「条件」に近い。


3: 他者への共感・関心を内包するPS3


前節に書いたように、ここからの記事では、苦痛最小化、セキュリティ、スケーラビリティ、持続可能性。これらの条件を「PS3(Pain, Security, Scalability, Sustainability)」と呼び、ガバナンスの基本的な要請(最小限の理想)として仮定する。

PS3は否定的な目標だ。それはブラック起業など組織の悪い状態に対する抑制の条件であり、積極的に理想の状態を描くものではない。

また、PS3では、たとえば、メンバーの多様性など、無条件によいとされている属性を、それ自体では肯定的なものとして扱わない。PS3では、たとえば「多様性がないと、学習に失敗し環境に対する過適応状態になり、結果的に組織が現実への対応力を失い持続不能になる(Sustainabilityへの違反)、または、苦痛の増大(Painへの違反)が起きる」ならば、それは良くない、という言い方しかしない。

PS3は、「ルールに従っていれば、後は個々人の自由」という思想だけの状況とは、似ているようで違う。どう違うのか?

一つには、言い換えられたかたちでの、他人との共感・関心が、すべての項目に入っていることだ。

「感情的、あるいは感覚的な共感」としての「苦痛最小化」、「計り知れない意図を持った他者への関心」としての「セキュリティ」、「群衆としての他者」に埋もれても制度が破壊されないこととしての「スケーラビリティ」、「相反する目標や信念を持つ他者たちと共に生存」しつづけるための「持続可能性」、というように。

PS3は、ブロックチェーンという技術によって可能になる「(自律)分散組織」の制度的可能性について考える中で仮定された作業仮説だ。つまり、中央集権的な組織、理想・目的・投資によって上から束ねられた既存組織にはない、分散組織ならではの可能性を探る中で、「理想にも命令にもよらず、それでいて組織が自己更新し続けるやり方」を考える時の条件としてとりあえず仮定された。

苦痛を最小化するといっても、苦痛を追跡・評価する手段がなければ無意味だし、その信用が特定の権力への委託よって維持されているなら、結局のところ国家の上位はないという事態へ逆戻りする。全体主義と現実主義をくぐり抜けた人類に、国家が苦痛の追跡に関してだけは不正をしない、と説得するのはとても難しい。

しかし現在では、ブロックチェーンによって、「(苦痛への)トレーサビリティ」と(中央集権的な組織や権威に頼らない)「分散化した信用」とを、技術的に結びつけるやり方を具体的に想像できるようになった。それが「苦痛トークン」である。


4: 苦痛トークンとはどんなものか


哲学者ハンナ・アレントは、組織の命令に従うだけではなく、ある種の勇気、命を危険にさらして命令に逆らい、人類にとっての正義を維持するような判断を個人に求めた。勇気はおそらく必要だ。しかし、個人の勇気に依存しすぎたガバナンスは持続可能ではない。勇気のある人は少ないし、増える見込みも特にないからである。

勇気を必要とせずに、嫌なものはイヤだと客観的に伝える仕組みが(昔は無理だったが)今なら作れる。VECTIONメンバーの西川アサキは「苦痛トークン」という簡単な仕組みを提案している

苦痛トークンは次のような文脈を仮定した仮想的な権利だ。


・幸福についての合意よりも、苦痛についての合意の方が得やすい

・大義(理念)や誰かの幸福のためには当然苦痛が伴う、と信じるのを避ける

・潜在的で見えない苦痛を顕在化する

・組織の失敗が苦痛というシグナルとして現れ、それを通じて組織構造が変わりうる

 
苦痛トークンは、ネットワーク内で利用されるトークン(仮想通貨のような、権利量を表す単位)という形をとり、次のようなルールに基づいて運用される。

1. 苦痛トークンは、組織のメンバーに一定期間に一定量配布される

2. 譲渡不可能

3. メンバーは行使量を毎期決める

4. 行使は匿名で行われる

5. 組織はその生産物(アウトプット)に、それを生産する際に行使された苦痛トークン量を、トレースできる形で添付する義務があるとする

苦痛トークンは、パブリックなブロックチェーンに記載されるため、改竄できず、しかも匿名で分散された、組織に対する変更要求権限となる。

苦痛トークンには、具体的な提案への評価の必要がなく、誰のせいでそうなっているのか、なぜ苦痛なのかわからないが、とにかく「苦痛」が生じている事実を匿名で表現できる、という特徴がある。

では、その苦痛トークンの行使に対し、組織はどう応じるのか? たとえば以下のような想定ができる。

苦痛トークンの行使により、組織構造(各メンバーの貢献、権限、命令、資源のルーティング方法)が変化する

変化の大きさや形は、行使された苦痛トークンの総量、行使したメンバー群の分類情報、現在の組織構造などを配慮し、別途定められたアルゴリズムによって(裁量の発生をできるだけ防ぐため人の手を介さずに)決定される。

苦痛トークンは、組織メンバーの苦痛シグナルを組織内外でトレースする仕組みの初歩的な一例に過ぎない。だが、似たような仕組みが正常に機能しうるのなら、「フェアでない商品は買わない」というような行為にも、もう少し具体的な内実を与えうるはずだ。


5: 苦痛トークンによる組織の変化(DAO+苦痛トークン)


たとえば、DAOのような分散組織で苦痛トークンを採用した場合、下のような、人の意思(政治)を介すことのない自動化された組織構造の変化を考えることができる。

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N:仮に想定した、完全にフラットで分散的なネットワーク状組織。

T=N(T):ある時点までの環境や学習によって形成されたツリー状のルーティング構造=組織。

※ N(T)はTと同じ構造を表現するネットワーク。

T´=N(T´):苦痛トークンの行使結果をフィードバックし、新たにルーティングし直された、別のツリー構造。

※ N(T´)はT´と同じ構造を表現するネットワーク。

N´:N(T)とN(T´)の両方に素早く切り替わりうる動的ルーティング構造として、複数のツリー的支持構造を内在させた組織。

a:現在のタスクや状況にあわせ、ネットワークNをツリーTにする。ツリーにする必要があるのは、分業可能性や実行速度などの点では、多くの場合ツリーが有効だから。ただし、一度できたツリーの硬直化、利権化、裁量化、支配権化が問題になる。

b:Tの環境不適応シグナルとして発せられた苦痛トークンを、ブロックチェーンを用いてトレースする。このシグナルは組織内政治からの客観性を担保するため、パブリックなブロックチェーンを使用するべきだろう。苦痛トークンのトレースを考慮した自動プロセスによって、ツリーTはT´へと変化する。そして、この苦痛トークンのシグナルを、人の手が入らない形で、組織構造やルーティングへ反映させるアルゴリズムを走らせる。

パブリックなブロックチェーンを使っているので、トレース結果は外部から参照できる。排出ガスのようなイメージで、組織が活動によって産出した苦痛トークンの総量がわかることになる。これにより、ブラック企業などのガバナンスの不透明性を打ち消すよう試みる。なお、組織がトレース結果を公表しない場合、なぜ公表しないのか、という公衆からの疑問に対峙する必要がでてくるだろう。

苦痛トークンを行使するのはメンバー自身であり、しかも匿名かつブロックチェーンにより客観性が担保されるので、情報入力部分での不正はかなり防げるはずだ。むしろ、問題は苦痛トークンの組織構造への反映方法や、そのアップデートアルゴリズムを巡る政治だと思われる。これについては、いずれ別に論じる予定。

c:環境の状態に応じ、過去の学習結果を参照したアクションとして組織構造を組み替える。図ではN(T)とN(T´)の二つが同時に描かれているが、ツリー構造はいくつあっても構わないし、明確に切り分けることができない場合もある。この状態の組織では、異質なツリー構造が同居するので、状況に応じ「上司-部下」のような関係が逆転することもある。このような動的構造をキープすることが、環境に対してツリー状組織よりも高い適応能力と学習能力を持つなら、このような組織は強い競争力を持ちます。苦痛は主観的なものなので、物理的・統計的な保存とは無関係に、いわばフリーランチ=(物理的・資源的に)ノーコストで減らせる可能性があり、そこには希望がある。

6: 「主体–責任」から「苦痛トークン–分散的変更」へ


苦痛トークンのアイデアを示すために記したAIやルーティングアルゴリズムの使用は、とても観念的なもので、現実的にはデータの不足や再現の不可能性、タスクの不明確さ、報酬定義方法、学習の失敗など、様々な問題、特にAIの仕様変更を巡る問題が生じる

これらを考慮すると、ルーティング変更規則は、機械学習を使わず、誰にでも意味の明らかな非常に単純なルールで機械的に行うという手もある。ただし、その場合は環境への適応能力が犠牲になるかもしれない。ポイントは、特定主体の責任・裁量が可能な限り無関係になるように、自動化・分散化・明示化することにある。

では、仮にそのようなシステムが機能したとして、「誰かにとって不幸な組織変更が起きた場合、誰が責任を取ればいいのか?」、という疑問が生じるかもしれない。

しかし、誰か特定の人間・主体に「責任」を取らせる、という方法自体、システムが複雑化した場合の制度維持方法として、もはや効果がなくなりつつある、と考えることもできるではないか。苦痛トークンは、「主体–責任」というペアを、「苦痛トークン–分散的変更」というペアに置き換えようとしているとも言える。

(画像は、カフカが日記に描いていたドローイングより)

*本稿は、
「ブロックチェーンとレボリューション──分散が「革命」でありうる条件とはなんですか?」
「r/place的主体とガバナンス──革命へと誘うブロックチェーンとインターフェイス」
から、苦痛トークンとPS3について記述された部分を取り出して、加筆、再編集し、
Spotlightに五回に分けて投稿した原稿をまとめたものです。


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