見出し画像

転がす

蒲生譲二のそばであたしは、マガジンに弾丸を込めていた。
「手袋をしてするんやで」
彼は、そう注意するのを忘れなかった。
その意味するところは、薬莢(やっきょう)に指紋を残さないようにということらしかった。
真鍮(しんちゅう)でできている薬莢は手の垢で指紋が残ると消えないのだ。

蒲生は、犯行現場で証拠となるものは極力残さない主義であるらしく、そうすることで捜査の遅延、攪乱を誘うのだそうだ。
薬莢も必ず回収しろと付け加えることを忘れなかった。
「できるだけな。時間が許さんときは、放っておけ。殺しはスピードが大事や。王将の社長のときもそうやったやろ?」
「うん」
「いまだに捜査は難航しとる」
「うん」
「警察はあほばっかしや」
「うん」
あたしもそう思った。
テレビドラマのように優秀な警察官はおらんようやった。
不祥事とヘマばっかりしてるみたいやった。
初動捜査も、なってない。
とっぴょうしもない証言に簡単に惑わされよる。
タレこみを鵜呑みにして、捜査を進めるんやから仕方ないけど。
あんなタレこみ、作戦に決まってるやないか・・・

「なおぼん、おまえ登記簿いじれるか?」
「まあ」
「この土地や」
蒲生が登記簿の写しを茶封筒から出してきた。
ぱっと見て、権利者が転々としているのがわかった。
写しは、最初の所有権保存登記が青焼きやった。
※青焼きとは感光紙による複写である。
戦後間もないときに表示の登記がされていた。
山科区大宅の土地一筆とその上の鉄筋三階建ての建物が付いている。

ここ数年は登記事項証明書は電子化されて簡潔明瞭になっているが、一昔前の登記簿は見づらかった。

甲区、いわゆる所有権の登記はなんと所有権移転登記が二十二回もされている。
「この土地、短期間に転がされてますね」
「そうや。所有者を見てみ」
「総連とか弥栄興業、但馬組・・みんなあっち系の団体ですね」
「乙区もそやろ」
乙区というのは抵当権などの設定登記がされる登記簿の部分である。

「うわ、朝銀、同胞信用金庫・・・みんなあっちの金融機関ですね」
「そや。そんでうちの権利に転がしてほしいねん」
「この乙区ですけど、朝銀の抵当権は消えてますけど、同胞信金の二番抵当権が消えてませんで」
「話はついたある。消させる」
「そうですか。ほんなら売買契約をつくらなあきませんよ」
「偽造してくれ」
「ま、形式さえ整ってたら、法務局は受理しますね。代理権を証明するもんがいりますけど」
「委任状みたいなもんか?」
「ええ、実印を押したもんと、その印鑑証明ですね」
「組のんはないけど、ペーパー会社が二社ほどあるから、それのどれかで頼むわ」
「不動産屋で、『悪(わる)さ』してくれるとこありますか?」
「飯島住建やな。おれの弟がやっとんねん」
「ああ、駅前の。そうでしたか。ほな、そこにちょこっと協力願って、あとは司法書士のあたしがなんとかしますわ」
「頼むわ。来月にはあげたって」
「了解です」

蒲生は最近、景気も上向いてきたんで、昔取った杵柄で「土地ころがし」をやり始めようという魂胆らしかった。

あたしは、もう後戻りできんような女になってしもた。
悲しむ家族もおらへんから、いいようなもんの、裏稼業にどっぷり浸かってしもてる。
指定暴力団「琴平会」の金バッジがあたしのスーツの上着に光っていた。

(フィクションですよ!)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?