見出し画像

#11 北部のベトナム料理おいしいですか?

唐突ですが、私は中学生になるまでお好み焼きを食べたことがございませんでした。
正確を期すると、店舗やフードコートなどで販売されているお好み焼きを食べたことはありませんでしたが、祖母が作ってくれるお好み焼きはよく食しておりました。

私は子供のころ、母方の祖父母と暮らしていたのですが、両親が共働きだったため、土曜日の昼食などは祖母が用意してくれておりました。その祖母の料理で特に好物だったのがお好み焼きで、フライパンで焼いている香りが漂ってくると気分が高まったものでした。
小麦粉を生卵と水で溶いた後に、千切りキャベツとかつおぶし、余りものの肉や魚介類や魚肉ソーセージ、時には肉じゃがを混ぜた、ふっくらとはほど遠い歯ごたえのある、いま思うととてもお好み焼きとは言えないような料理でしたが、私のなかではこれこそがお好み焼きでした。

そして、「うちのばあちゃんが作るお好み焼きはおいしいんだぞ」と、友人を家に招きふるまうのですが、友人から「これはお好み焼きじゃないよ」と言われ、「これはお好み焼きだ」「いや、違うと」の言い合いから喧嘩になった思い出もございます。
ですので、友人と遊びに行ったお祭りの夜店ではじめてお好み焼きを買って食べたときは、その柔らかさ、その具の多さに驚き、しかし自分が知るお好み焼きとかけ離れた味に違和感を覚えたことを覚えております。
これは長じたいまでも同様で、山芋などを練りこんだふっくらとしたお好み焼きよりも、少し硬く粉っぽさがあるお好み焼きの方が好みであったりします。

長年にわたり通っているお好み焼き屋。一時帰国の際はちょくちょく顔を出します

さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回は味の好み、長年にわたりすりこまれた味のこだわりについて、私の感想を記させていただきます。
正直なところをもうしますと、この話しを綴ってもいいものかと幾度も逡巡を繰り返しました。この私の考えを赤裸々にすることにより、ベトナムにお住まいの同胞の方々から非難をいただくことになるかもしれませんが、ここはあくまで私個人の意見ということで話しをすすめさせていただきたく存じます。

ご存知のようにベトナムは日本と同じく南北に長く、気候の違いだけでなく、様々な地域差がある国です。大雑把に北部、中部、南部に分けられますが、実際はもっと細かいのではないかと思っております。
これについて突き詰めていくと、歴史や民族問題などになりかねないので深くは掘り下げませんが、人によっては『別の国』と称されるほどに様々なことが異なります。

地域ごとに異なる風景が楽しめます

わかりやすい違いですと、まずは一般的に言われるのが気候や言葉、そして人の性格や料理とその味付けではないでしょうか。
まず、気候に関しては北部に位置するハノイ市は、ケッペンの気候区分によると温帯夏雨気候となり、中部の代表都市であるダナン市や南部の代表都市であるホーチミン市はサバナ気候となるそうです。
偉そうにケッペンの気候区分などともうしてはおりますが、これは調べた内容を記載しているだけであり、地理の授業があまり得意でなかった私は、ハノイ市を中心とした北部には四季があり、ダナン市を代表とする中部は雨季と乾季の時期が南部とはほぼ逆の時期、南部は5月から10月頃が雨季で11月から3月が乾季、ぐらいの認識しかございません。

ハノイ市の代表的な観光地であり、ベトナムの歴史的にも重要なホアンキエム湖

次に言葉についてですが、ベトナムにおいては、発音、読み方に各地の差があり、さらに一部の単語も異なります。
これは私の勝手な認識かもしれませんが、単語単位だけではなく文章全体で抑揚がつくのが北部、単語の発音が滑らかで流れるように文章が構成され、ゆえに聞き逃してしまいそうなのが南部のような気がします。ですので、『小鳥のさえずりのような言葉』と表されることもあるベトナム語ですが、これは北部弁(標準語)のことを指しているのではないかと思っています。ちなみに中部に関しては聞き取りにくい、程度の認識しかございません。

中部最大の都市ダナン。海が近く、人々が大らかな気がします

そして、様々なな場面で話題にあがり、時として人間関係の悪化にもなりうるのが、北部と南部の人の性格の違いになります。
一般的には、北部の方は真面目でお堅く、南部の方はおおらかで人懐っこいと言われますが、これは個人差があるのは当然のことで、十把ひとからげにはできないとは思いつつ、大枠で納得できる表現だと思います。
そして、この認識は我々外国人だけではなく、ベトナムの方々も同様に抱いているイメージであり、特に当事者である彼ら彼女らにとっては、自己肯定からなのか、歴史的背景からなのか、民族的な背景からなのかはわかりませんが、この気質の違いからお互いに反発しこともままあるようです。

そして、最後になりましたが、料理とその味付けの話しに進ませていただきます。
まず、一般的に言われる味の違いですが、北部はさっぱり、中部は辛い、南部は甘いと表現されます。
実際、ベトナムの代表的な料理であるフォー(Phở)などは、国内中どこでも食すことのできる料理だと思いますが、地方によってその味付け、食べ方が異なります。
中部の都市でフォーをいただいたことがないので、そちらについてはわかりませんが、私がはじめて北部、ハノイ市でフォーをいただいた時は軽い驚きを感じたことを覚えております。

日本人の多くの方々が『ベトナムらしい』と感じる場所は、ハノイ市の旧市街ではないでしょうか

私は当地、ホーチミン市ではじめてフォーという麺料理をいただいたのですが、当時はフォーがどこの地方の料理かも知らず、ベトナムを代表する麺料理であるぐらいの認識でした。
その程度の認識であったので、当然食べ方がわからず、テーブルの上に並べられた各種調味料にとまどい、フォーと一緒に運ばれてきた大量の野菜、というか葉っぱをどう食べるのだろうと悩んだ思い出がございます。周りを見回して食べ方をおぼえ、その後は自分なりの好みの味に調味料も使えるようになってきたのですが、これはあくまで南部版のフォーの食べ方になります。

私が好きなホーチミン市のフォーのお店。写真には写っておりませんが、プラスチックのカゴにたくさんの野菜(葉っぱ)が一緒に提供されます

私はそんなに頻繁にハノイ市に行くことはございませんので、これは私の少ない経験からの感想と印象になりますが、ハノイ市でフォーを食べた際、葉っぱが提供されず、さらには、南部では当たり前のように並んでいる調味料の類の一切がテーブル上に置かれていないことに驚いた記憶がございます。
そして次にその味です。正直にもうしあげると物足りないのです。
さっぱりした味とは言えなくもないのですが、南部のそれと比べると、お湯の中に麺が入っているような感覚です。南部であればテーブルに置かれたヌクマム(Nước mắm)と呼ばれる魚醤をスープに加え、トゥンデン(Tương đen)という黒いペースト状の調味料と、チリソースであるトゥンオット(Tương ớt)を小皿で混ぜ、フォーに入っている牛肉につけて食せば問題はございません。しかし、その調味料が一つとしてないのです。

見た目とはうらはらにあっさりした味のフォーでした

これはフォーに限らず、その後いただいたブンチャー(Bún chả)という日本人にも人気のつけ麺を食べた際においても同様に味が薄く、私の口には合いませんでした。
ならばということでこってり味の南部料理、もしくは中部料理のお店を探すのですが見つかりません。
ホーチミン市であれば、北部・中部・南部料理のレストランがそこかしこにあるのですが、私が滞在した周辺だけかもしれませんが、北部料理のお店しか見当たりませんでした。
これは私の勝手な解釈かもしれませんが、食に関して北部、ハノイ市は保守的であり、中部や南部は開放的なのではないかと、薄味の料理をいただきながら考えておりました

私が大好きなハノイ市の歴史的料理、チャーカーラボン(Chả cá Lã Vọng)

誤解なきようもうしあげると、これは決して北部の料理が美味しくないということを言いたいのではなく、ベトナム北部のことを理解していない、ベトナム南部の味に慣れたいち日本人の感想になります。
しかし、ここでどうにも腑に落ちないことがございます。
再三再四お伝えしますと、ここからはホーチミン市に住まう中年男性の勝手な感想となりますので、その心づもりでお読み捨てください。

まず、一般的に言われる北部と南部の味の違は先に記したとおりとなりますが、それと併せて、『日本人に合うのは北部の料理』と度々紹介されていることについても私は認識しております。
たしかに、はじめてベトナム料理を食べ比べたら、そのようにおっしゃる方が多くなりそうな気はします。
しかし、人は朱に交われば赤くなるのが理であり、私などは必要以上に赤くなってしまうことが多いゆえに、一時帰国の際などはいろいろと気を使うことも多いのですが、それはさておき、南部の味に慣れた同胞の方々が北部料理を食べたらどうなるか、おそらく私と同じ反応になるものばかりと思っておりました。

かつてのタクシー、シクロ(Xích lô)も地域差があるように思います

しかし、SNSなどの意見を見ているとどうもそうではないらしく、ホーチミン市にお住まいの方でも「やはりフォーは北部が美味しい」や「北部の料理の方が南部よりも美味しい」といった結構な数の意見が見受けられるのです。
実際、先に記させていただいたハノイ市でいただいたフォーのお店ですが、こちらはかなりの老舗の人気店だったのですが、このお店の味が物足りなかったという顛末をある方に話したところ大層驚かれたことがございます。

これは単に味の好みの問題として解決できれば問題ないのですが、だとすると日々口にしている料理を美味しくないと感じているのか、美味しくない料理を食しているのか、私のお好み焼きへの思いはいったい何だったのか、などと悩んでしまうわけであります。

いまは立ち入り禁止になってしまったようですが、ハノイ市のトレイン ストリートは欧米人の方を中心に人気の観光地のようでした

さて、最後に味の好み、長年にわたりすりこまれた味のこだわりに関して、トゥオイチェー(Tuổi Trẻ)というホーチミン市を中心に発刊されている新聞のオンライン版の記事 『Gốc phở có phải ở TP.HCM đâu mà có tới 8 quán được Michelin Guide chọn?(フォーの本場はホーチミン市ではないのに、ミシュランガイドに選ばれたお店が8軒もあるの?)』を紹介したいと思います。

以下、かなり勝手に内容の要約させていただきます。

2024年のミシュランガイドに、ホーチミン市から24軒のレストラン(うち8軒はフォーのお店)、ハノイ市からは18軒のレストラン(うち5軒はフォーのお店)が紹介されました

「フォーの本場でないホーチミン市から8軒のフォーのレストランが選出された」と Facebook に投稿した人がいますよ

「サイゴン(ホーチミン市)の代表的な料理であるコムタム(Cơm tấm)やフーティウ(Hủ tiếu)がほとんど含まれていないことにがっかりした」と言っている方がいますよ

でも、ベトナム料理協会?の副会長は、「ミシュランガイドには独自の基準があり、その基準を満たしているレストランである」と言っています

Tuổi Trẻ『Gốc phở có phải ở TP.HCM đâu mà có tới 8 quán được Michelin Guide chọn?』

ミシュランガイドの権威やその正当性については、私はそれに選出されたレストランで食事をしたことがないのでわかりませんが、ようするに『ミシュランガイドによるベトナムのレストランの選出は正しいのか?』ということではないかと思います。
なるほど、確かにフォーの本場は北部、ハノイ市であり、フォー以外にも、むしろフォーよりもおいしい料理はベトナムには数多くあります。このような意見がでることはもっともだと思います。
しかし、ベトナムの新聞のオンライン版では、多くの場合においてコメントが投稿できるのですが、以下のような投稿が人気の投稿になっていたのも大変に興味深いところでありました。

この記事の人気のコメント

私はサイゴンに住んでいますが、サイゴン(ホーチミン市)のフォーはおいしいと感じています。
でも、ハノイに行って有名なお店に食べに行っても、美味しいとは思えません。

やはり人は長年慣れ親しんだ味が一番であり、そのこだわりも当然なのだと得心した内容でした。

ところで、冒頭のお好み焼きのくだりはすっかり私の記憶からなくなっていたのですが、この件で喧嘩をした友人から「次回の一時帰国の際は飲みに行こう」と誘いの連絡をいただき、その流れからはじまった昔ばなしから思い出した次第です。
そろそろ日本出張が入りそうなので、友人とお好み焼きでも食べに行き、98歳で鬼籍に入った祖母の命日も近いことですし、墓参りにも行こうと思います。
そして、機会があれば祖母が作ってくれた肉じゃがの入ったお好み焼きを、作ってみようと思います。

ちなみにハノイ市は好きな街の一つです


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?