『振り向けばキミがイル』
※今日のお話は、私が体験した怖い話です。
苦手な方はお気をつけて……。
夏になると思い出すことがある。
あれはいつのことだったか。
真っ正面から子どもとは言えず、さりとて大人とも言えない年頃の、ある夏の日の話。
その日は夏の盛りで、とても暑かった。
夏休みをすごしていた私は、昔から暑いのが大の苦手だったので、外に出かける気持ちにもなれず、クーラーの効いた涼しい部屋で、いつものようにゴロゴロと惰眠を貪っていた。
確か、お昼すぎくらいだったかな。
母が「ちょっと出かけてくるね」と私の部屋に顔を出した。
私が「買い物?」と問いかけると、「お父さんの会社に顔を出してくる」と言う。
暇だし、買い物だったら着いて行こうかと思っていたけど、アテが外れたので、私は「いってらっしゃい」とヒラヒラと手を振った。
それからすぐに、母が出かけたのが気配でわかったので、私は自分の部屋から出て、リビングに向かった。
家にひとりきりのときに自分の部屋にいることが、実はちょっと苦手だった。
なんで、って?
単純な話。“出るから“である。
虫やGならまだ可愛い。
“出る“のだ、この家は。
世間でお化けと呼ばれる、アレが。
“そいつ“は、私が物心ついたときには、もうこの家に住んでいた気がする。
とはいえ、姿を見たことはないのだ。
だから、私は“そいつ“が男なのか女なのか、はたまた大人なのか子供なのかもわからない。
だが、霊感の強い母や叔母、母よりも霊感の強い祖母はみんな同じことを言う。
「あれは人形だ」と。
このnoteを読んでくださっている方の中に、“気配“に敏感な方はいらっしゃるだろうか?
背後に誰かが立っていたらわかる、とか。
視線を感じたらすぐに気がつく、とか。
感受性が強いだけ、自意識過剰なだけ、と言われたらそれまでだけど、私は、自分以外の他者(人間以外も含めて)には、必ず何らかの“気配“があると思っている。
私は“そいつ“の姿をこの目で見たことはないが、家にいるときは、常に何者かの気配を感じていた。
それは“視線“。
どこにいても。何をしていても。
誰かが自分を観察しているような視線を感じる。
それが、特にひとりきりでいるときは強かった。
もちろん、“ひとり“という心細さもあって、そういう感覚を強く感じただけかもしれない。
私のただの被害妄想かもしれない。
でも、“その視線“は私が年を重ねるたび、大人に近づいていくにつれて、強くなっていった気がした。
リビングで、好きなアイドルの番組を観る。
心細いときは、好きな人に癒してもらうに限る。
ひとりが怖いとき。寂しいとき。
好きな人に囲まれていれば寂しくない。
広いリビングの真ん中で。
ソファに横になりながら。
背中を無防備に曝すのがなんとなく嫌で、ソファの背もたれに背中をべったりとくっつけていた。
カーテンは開いていた。
太陽の光が部屋に差し込んでいた。
部屋は明るかったのに、なぜか少し暗く感じた。
TVの横にある、大きな茶箪笥がふと目に入った。
茶箪笥の上に飾られている日本人形が、ジッとこちらを見ていた。
いつのまにか私は眠ってしまっていたらしい。
夕暮れの赤が、窓の外に見えた。
もう夕方か。
そろそろ母も帰ってくるだろうし、起きないと。
そんな風に思って、体を起こそうとして。
気がついた。
“体が動かない“
ググっと力を入れても、指先ひとつ動かせない。
“動かそうとする意思“は、ちゃんと頭にあって、その指令を体に向かって伝達しようと頑張っているのに。
力だけは全身に入るのに。
動かない。どこも。
金縛りだ、と即座に理解した。
とはいえ、それほど恐怖は感じなかった。
金縛り自体が初めてではなかったし、疲労が一定値を超えると、これまでも起き抜けに金縛りを経験したことはあったから。
だから、今回もそれと同じだろうと。
たかを括っていた。
こういうときは、無理に動かそうとせずに、時間が過ぎ去るのを待つか、もしくは無理やり力を入れて、脳を覚醒させてしまうか、どちらかを選ぶことになる。
別に急いで起きることもないんだし、自然と動かせるようになるのを待てばいいか、と。
ふ、と力を抜いたそのとき。
かたん、と私の近くで音がした。
それは、ソファの下から聞こえてきた。
仰向けに寝ていた私の視界には、その物音の主は映らない。
けれど、なんとなく直感でわかった。
“あいつ“だ。と何故かわかった。
いつも、私を見ている。
この家に住むもうひとりの“あいつ“。
“あいつ“がいる。
私の、すぐそばにいる。
じわりじわりと、迫り来る恐怖。
どうしよう、どうしよう。
仰向けになったまま、目を閉じることも出来ずに、同じ言葉だけが頭をグルグルしていた。
このままじゃだめだ。
逃げないと。少なくとも、体を起こさなくちゃ。
そのとき。
自分の首だけは動かせることに気がついた。
体は相変わらず動かさなかったけど、首だけは動きそうな気配がした。
逃げることは出来なくても。
“あいつ“が迫ってくる右側の反対。
左側を向けば、少なくとも“あいつ“の姿を見なくても済むんじゃないか。
そもそも、左側にはソファの背もたれがある。
強制的に視界をさえぎることが出来る!
そう思った私は、全身全霊の力を込めて、思いきり左側を向いた。
後悔した。
お化けに物理法則なんか通用するわけないのに。
右側から音がしたからって、
左側になにもいないとは限らないのに。
日本人形と目が合った。
ソファの背もたれに寄りかかるようにして、小さな日本人形が嗤っていた。
藍色の着物を着た、黒髪の日本人形。
濁ったビー玉のような瞳。
紅く色づいた唇。
ひび割れた肌。
ほつれた着物の帯。
「あ、コレ、見たらダメなやつだ」
と、無意識のうちに悟った。
明らかにこの世のものじゃなかった。
一瞬、“ウチの茶箪笥の上にある日本人形か?“と思ったけど、違う。
だってウチの日本人形は。
私が子供の頃から置いてあるあの日本人形は。
目が覚めるくらい、鮮やかな赤の着物を着ているから。
……実を言うと。
私の記憶は、ここで終わっている。
本当に尻切れトンボで申し訳ないんだけど、実話なんてそんなものなので勘弁してもらいたい。
その日本人形が私に何かをしてきた記憶もないし、よからぬことをされた記憶もない。
だから恐らく、私はまたあのまま気を失うか眠ったかして、夜、帰ってきた母に、何事もなく起こされたんだと思う。
ただ、しばらくの間。
この話は誰にも言えなかったことを覚えている。
母にも、父にも、友達にも。
誰にも、言えなかったことを覚えている。
何故かはわからない。
ただなんとなく。
言ってはいけない気がしたから。
父が亡くなり、あの家を出るまで。
私は、誰にもこの話をしなかった。
そして、この日本人形に会ってから。
私は、毎日のように感じていた何者かの視線を、感じなくなっていた。
さて。
このへんでこの話を終わらせようと思っていたのだけど、実はこの話にはひとつ、後日談がある。
私が“視線“を感じなくなってから、しばらくの時が経ち。
そのころには、あの日本人形のことも忘れ、視線のことも忘れ、「あのずっと私を見ていた“あいつ“はきっと家を出ていって、出ていくついでに、最後に私を驚かせただけだったんじゃないか」と思うようになっていたある日のことだ。
たまたま、東京の友人が我が家に遊びに来た。
この友人、実はめちゃくちゃ霊感が強くて、この子もまた色々と恐ろしいエピソードを持っている子なのだけれど、まあ、それは今回割愛する。
んで、その子が遊びに来た。
わざわざ東京から来てもらったし、今日は泊まっていきなよ、と言うと、「夜には帰る」と首を振る。
「なんで?」と私が訊ねても、何故か言葉を濁されるばかりで、絶対理由は教えてくれなかったんだけど、その翌日。
自宅に帰り着いた友人からメールが入っていた。
“アンタの部屋、ずっと誰かに見られてるような気がして気持ち悪い“と。
……。
おあとがよろしいようで。
もしもサポートをいただけたら。 旦那(´・ω・`)のおかず🍖が1品増えるか、母(。・ω・。)のおやつ🍫がひとつ増えるか、嫁( ゚д゚)のプリン🍮が冷蔵庫に1個増えます。たぶん。