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『多様性について考えてみた』

#多様性を考える

今日はちょっと面白いテーマを見つけたので、ゲームだ曲だから離れて少し真面目な話をしてみる。

多様性って、頭では理解してるつもりでも、説明してって言われると難しい。
SDGsとかLGBTQとか、多様性が多様化してきて正直よくわからない時もある。
大きな世界の話は私には向いてないなと思うので、今回は私のすぐそばにいる多様性の塊のような人間を観察しながら色々考えてみることにする。

1.私の旦那は多様性のかたまり


例えば我が旦那はとある難病を抱えている。
薬がなくなればすぐに死んでしまう難病だ。
だけど一見するとただの体格の良い男性(後述するがここにもハテナがつく)で、パッと見ただけでは決して病気を患っているようには見えない。

けれど絶対に他人がやらないことを、人前で必ずしなければならない時が毎日あって、そしてそれをしなければ、彼は必ず死ぬ。下手したらスペランカーレベルですぐに死ぬ
私なんかはもう慣れているからなんとも思わないけど、やっぱり周りから奇異の目で見られることもある。
名も知らぬ子供から「ねー、あのお兄ちゃん何してるのー?」と指をさされたこともあるし、口には出さなくても「ウワァ」って顔で見られて、ヒソヒソされたことは数え切れない。

私はある意味頭が飛んでるので、別にそれを見たところで「だからどうした」としか思わないし、全く気にも止めないけれど、彼がそう思えるようになるにはきっと長い年月がかかったのかなあと思って聞いてみたところ。
「だってそうなっちゃったんだから仕方ないじゃない。別に恥ずかしいことじゃないし、それしないと死ぬし、1番初めから、表で堂々とやってた。隠したことなんかないよ」
だそうだ。
感動的なエピソードなど何もなかったが、それでも、その病気自体を受け入れるまでにはしばらくの時間を要したという。

そして我が旦那は、見た目の面でも大きな特徴がある。
髪型である
これは私の趣味というか、全面的に私が「切らないで!」とお願いしているせいもあるが、彼はとてつもなく髪が長い。
SUPER BEAVERの渋谷龍太より髪が長いと言えば、どれだけ長いかわかるだろう。

彼個人的には、病気よりもこちらの方が社会的に受け入れられていないと感じる事が多いらしい。

前述したが、彼をパッと見ただけでは男性だとよくわからない場合も多い。ただ髪が長くてガタイが良いだけの女性に見られる事が多々ある。
特に今はマスク必須の世の中なので、一瞬で判別するのは困難を極める。

温泉なんかに一緒に行くと、ナチュラルに女性用のセットとかを渡されることがある。
それは別にいい。「あなた男性ですか?女性ですか?」という問いかけなんて、店員さんからしてみたらとてもじゃないが聞きづらいことこの上ないだろう。
一応中に入っている浴衣の色とか、男性用かどうか確認してから入ることにしてるので、今のところ大きな間違いを起こしたことはないが。
だがそういう面ひとつとっても、もう面倒だから男性女性で分けたりせずに、みんな同じ浴衣にしちゃえばいいのにな、と思わなくもない。

2.異端を受け入れない社会


多様性、ダイバーシティを謳うようになってきた社会でも、異端は結局異端なのだと思う事が多くある。
前述した髪型の問題ひとつとっても、やはり世の中の目はなかなか厳しい。

例えば求職中。
女性は、どんな髪型をしていたところで、咎められる事が少ない。募集要項に髪型自由とさえ書いてあれば、長かろうが短かろうが許されるのである。
だが男性はこうはいかない。
募集要項に髪型自由と書いてあっても、髪の長い男性は異端なのである
「そんなに髪が長いとちょっとねぇ」とか、「そんな髪型でお客様の前に立たれてもね」とか普通に言われる。
何が「ちょっと」なのだろう
だってそうして面接をしているあなただって髪が長い女性ではないか、と思うのだ。勤務中は縛るとかひとつにまとめて帽子に入れるとか、そういった対処法はいくらでもあって。
同じ髪型の女性がそうして許されているのに、何で男性は駄目なんだろうと私は大体疑問に思う。

もちろん職務内容によるだろうことはわかるのだ。
例えばウチの会社みたいな医療系だったり、営業なんかは清潔感が第一だし、男性で髪が長いってだけで駄目になるのもまあわからなくはない。(毛量とか毛の太さもあって、ちゃんと手入れしないと女性よりもさもさしてるからね)
でも「うちは多様性を認めています、受け入れています、あなた自身のままでOKです!」とか言っちゃってる企業に面接に行って、上記のような文言を言われた旦那を見ていると、正直「ふざけてんのか?」と思う。
その企業には二度と多様性とかありのままとか言うなよ、と言いたいし、結局フォーマットから外れた人間は採る気もないんじゃねえかと詰ってやりたくもなる。

幸い今はそんな旦那でもありのままを認めてくれる企業にお世話になることが出来たので結果オーライではあるが、ここまで来るのに紆余曲折、年単位の年月がかかっている。このかかった年月が、世間がまだまだ多様性を認めていない証である。

3.主夫ってそんなにいけないもの?

旦那云々抜きにして、個人的に異を唱えたいのが、男性が必ずしも働き一家を養うべきという風潮である。
別に働かなくたっていいじゃない?と思う。
男性が駄目なら女性が働いて、一家の大黒柱として立つのではいけないのだろうか。

私は難病持ちの旦那と結婚した時点でもう“旦那にめいっぱい働いてもらって稼いできてもらう“って世間一般の風潮を諦めているし、それも含めて全部自分が背負う覚悟をしたから旦那と結婚した。
残念ながら私は契約社員の身であるので、まだまだ一家全員を守っていけるほどの稼ぎはないのだが。

しかし旦那には「堂々と主夫と名乗ってよい」と言っているし、旦那も周りにそのように話すらしい。
だがまア、正直に言うと馬鹿にされる事が多々あるらしいのだな、これが。
中には「男は働いて女を食わすのが仕事だろう」と面と向かって言ってくるすごい奴もいるらしい。もちろん、それが出来るのであれば出来るに越したことはないのかもしれないし、そうして自信たっぷりに言い放てるところは尊敬するが、別にこっちを否定しなくてもいいだろと思う。

主夫ってそんなにいけない事だろうか?
主婦の字が一文字違うだけじゃないか。
家にいて家を守る人間が女性か男性かでそんなにも違いがあるものなのだろうか。

いいじゃないか、主夫。
私は家のことが得意ではないし、もし今後子供が産まれた場合、子供が好きなタチでもないので、旦那が家にいてくれればとても助かるのだが。
主夫がパートに出たっていいじゃない。
主夫というだけで何か家庭に異常があるのでは?と決めつけるのはマジでやめてほしい

4.結局まだまだ時間はかかる


前述したように旦那は難病持ちである。
もちろん病気の面で就職を断られた事もある。
だが、結局病気が理由で落とされる時は、落とす側も気を使うのだ。
設備が整っていないから、とか。決まった時間に休憩が取れないから、とか。
何かしら理由をつけて、こちらを傷つけないように断ってくれる。

だけど見た目は違う。
髪が長いからダメ、の一言で終わりなのだ。

好きでやってる事なんだから、ダメだと言われても仕方ないのかもしれない。切れないなんてわがままなんだから当たり前なのかもしれない。
でも、何かしら理由があって“そう“している人もいるのかもしれないと、ちょっとでも思ってくれる人は今どれくらいいるだろう
その理由について考える、ほんの少しだけ思いを馳せる。
それが多様性を受け入れやすい、いや、認めやすい社会にしていくための第一歩になるのではないかと個人的には思う。
まだまだ先は長そうだけど、でも、こんな旦那を受け入れてくれた企業もあったわけで。

他人を受け入れるってとても難しいことで。
世の中には色んなパーソナリティを持つ人がたくさんいるから。
例えば趣味ひとつとったって、さまざまなものがあるのと一緒。

インドア派とアウトドア派は決して相容れないかもしれないし、アニオタとかゲーマーってだけで引いちゃう人もいるかもしれない。
でも、そこで大事なのはきっとお互いを否定しないって事で。
仲良くなれなくても、理解出来なくても、とりあえず相手が自分とは違うことを、そこにいることを認めてあげるだけでも、だいぶ生きやすい世の中になるんじゃないかなと思う。

SDGsとかLGBTQとか、そんな大きな話じゃなくてね。
周りにいる“ちょっと変わった人“を、認めてあげるだけでいいんじゃないかって。多様性の塊のような旦那を持った私は、なんとなく思うそんな或る日の夜。

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