BILLIE EILISH / HIT ME HARD AND SOFT (2024)
発売後幾度となくリピートしてきたが、これは非常に筆舌に尽くしがたい深みを持ったアルバムだ。彼女の作品は精神的・肉体的苦痛の果てに生み出されるが、今作でビリーは「自分がどういう人間なのか」という極めてシンプルでありながらも難解な問いに対して、極限まで向き合った。うつ病との壮絶な闘いから、自身の一挙手一投足が世間の憶測を生むことに対する嫌悪感まで、彼女のパーソナリティが凝集している。
ビリーはわずか22歳にして、自身の音楽がどうあるべきかを悟っているようだ。17歳で世界的名声を得たビリーのプレッシャーがどれだけのものだったか、我々には計り知れない。
辛辣な批判に苛まれ、ドン底に陥ったが、ビリーは見事に起死回生を遂げた。今の彼女は自分の経験を隠したり誤魔化さず、堂々と表に出すことができる。誰かのためではなく、自分のために人生を生きている。至極当然のことだが、現代人の多くは、膨大な情報で溢れかえる社会の中で見失ってしまっているかもしれない。
表情豊かなA面も良いが、起伏に富んだ変化を繰り返すB面が非常に素晴らしい。ボーカルを極度にピッチアップさせる手法は、声色からジェンダーイメージを脱色し、ジェンダーから解放されるための機能を果たしている。クゥイネスを公言したビリーのメッセージとも受け止められる。歳を重ね声質は変化したが、ウィスパーボイスはここでも健在で、実に心地よく響く。
言語や文化の壁を超えてシンパシーを感じるのは、音楽と感情が体内で同期し、心を揺さぶるからであろう。兄フィアニスは妹の人間性を誰よりも理解しており、彼女のパーソナリティを音にする作業に不可欠な存在だ。前作で鳴りを潜めていた、クールでソリッド、そしてメランコリーな音の世界にグッと引き込まれる。
本作を通し、自己と向き合う時間が増えた。自分にとって必要不可欠なものが沢山詰まったレコードである。ファーストアルバムと甲乙付けがたし。