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アオハルVチューバー+YouTube公式動画〜第29回配信 彼女の部屋での闘い

 一晩寝たら、昨日の妄想がバカらしく思えてきた。

(僕はなにを考えてたんだろう。エリスは昔からあんな感じじゃないか。単に人の欠点に寛容なだけだ。僕の性癖を見抜いて、似た者同士だと思ったわけじゃない。勝手に変態にしちゃってゴメンね、エリス)

 放課後、エリスと一緒に家に行き、リビングで紅茶をいただいた。

 エリスがクッキーを食べた。

 僕の心臓が、キュッとなった。

(ボリボリ、ボリボリ、クチャクチャ、ゴクン)

 いや、そんなにハッキリと、音はしていない。しかし耳が異常に研ぎ澄まされて、そんな音が響いたように聴こえてしまうのだ。

(イカン。チュンチュンのASMRを経験してから、妙に妄想が強くなってしまった。エリスをそんな目で見てはイケナイ……)

 エリスがクッキーを食べながら、チラチラと僕を見る。

 そして、ティーカップに唇をつけ、

(ズズ、ズズ、ゴクゴク、ゴクン)

「……ユメオ、大丈夫?」

「え? な、なにが?」

「寝不足じゃないの。体調は平気?」

「全然、どこも悪くないけど、どうして?」

「目がとろんとしてるから。熱でもあるかもね。測ってみる?」

「いや、いいよ。さ、配信を始めよう」

 エリスの部屋に行った。するとエリスが、トイレに立った。

 エリスのベッドに坐る。と、そんなはずはないのに、エリスが用を足す音が聴こえてきた。

(バカバカ、ユメオ! その妄想は行き過ぎだ。サイテーだぞ。今すぐやめろ!)

 だが逆に僕の五感はさらに研ぎ澄まされ、そんなはずはないのに、オシッコの匂いがしてきた。

(ちがう、ちがう。このバカタレ! いつからおまえは匂いフェチにもなったんだ!)

 僕はエリスの布団に顔を突っ伏した。

 そして、思いっきり匂いを吸い込んだ。

(あーあ。ついに一線を越えちゃった。スーハー。引き返さないと。スーハー、スーハー。匂い中毒になったらどうするんだ。スーハー、スーハー、スーハー)

「ユメオ」

 僕の心臓は凍りついた。布団に顔をうずめていたせいで、部屋のドアが開いた音に気づかなかったのだ。

 布団の匂いをガッツリ嗅いでいる決定的な現場を、その匂いの主であるエリスに見られてしまった!

(もう終わりだ。さすがにエリスも、これは引くに決まっている。もう僕を部屋に入れることはあるまい。男女コンビのVチューバーも解散だ。ああ、たった1回、スーハーを我慢できなかっただけで、僕はすべてを失ってしまった……)

「どうしたの……泣いてる?」

 ん、と思った。

 もしかして、まだチャンスはある?

(どうやらエリスは、僕のスーハーに気づいていない。布団に突っ伏して、泣いてると思ってるんだ。よし、ユメオ。泣け。泣いてることにすれば、この場を切り抜けられる。そうしたら、まだエリスとVチューバーを続けることができる。さあ、ユメオ、一世一代の芝居をしろ。泣け、泣くんだ、僕!)

「エリスぅ」

 布団から顔をあげたとき、僕の顔は、涙と鼻水でグショグショになっていた。

「えっ、えっ、ぼ、僕、えっ、えっ、えっ、えっ」

「嘘でしょ」

 エリスは後ずさり、ドアにピッタリと背中をつけた。

「号泣じゃん。男でそんなに泣く人いる?」

 思いっ切り引かれた。エリスの顔は、まるでホラー映画のヒロインみたいに引きつっていた。

(しまった、やりすぎた。変態と思われて引かれまいとしたら、泣き虫と思われて引かれた。さあ、どうしよう。芝居を続けるか、それとも強引にごまかしてしまうか)

「エヘヘへ」

 僕は笑ってごまかすことにした。

「今の涙は、嘘でしたあ!」

 エリスの顔は、引きつったままだった。

(マズい。今度は情緒不安定と思われて引かれた。ここからどう情勢を立て直したらいいのか、皆目見当もつかない。これがゲームなら、リセットしてやり直せるのに。現実は難しい。早くこの現実から逃げ出して、ゲームの世界に飛び込んでしまいたい)

「さ、冗談はこのくらいにして、転ゲーをやろう。僕と大谷選手の対決シーンからだったね」

「冗談って……私なにがなんだか、さっぱりわからない」

「ウフフ。最近僕、泣く芝居にハマってね。エリスを驚かそうと思ってさ。ドッキリ、大成功! なんちゃって、ハハハ」

「全然意味がわからない。本当に、熱があるんじゃないの?」

 エリスが僕のおでこを触った。

 その瞬間、エリスの匂いを思い出し、僕はクラクラっとして、ベッドに倒れた。

「ユメオ!?」

 エリスが上から覗き込む。僕の理性は、今まさに吹っ飛ぼうとしていた。

「ワー、ワー、ワー!」

 僕は必死になにものかと闘った。

「逃げろー、エリス。逃げろー、僕。ダメだぞー、ダメだぞー」

「ユメオ、どうしちゃったの? 配信のプレッシャーで壊れた?」

 エリスは本気で心配してくれた。その目は、涙ぐんでいるように見えた。

「ゴメンね。なんだかわからないけど、私きっと、ユメオを追いつめてたんだね」

「なーんちゃって、これもドッキリでしたあ!」

「今日は休もう。たまには配信を休んでさ。気軽におしゃべりでもしよう。ね、それがいいよ」

 エリスが心配そうに僕を見れば見るほど、僕の鼻の奥では布団とオシッコの匂いがし、頭がクラクラして過ちを犯しそうになるのだ。

「ダメだダメだダメだダメだダメだ」

 僕は渾身の力で頭をボガボカ殴り、エリスはただひたすらおろおろとした。


あらすじ(第1〜3回配信のリンク有り)

第28回配信 妄想爆発!

第30回配信 危険なトーク


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