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体験記 〜摂食障害の果てに〜(21)

 絶食しているのに、胃薬を飲む必要があるのか、いつも疑問に感じていたので、先生に尋ねてみました。それと、膵臓からくる痛みを、胃液の逆流と考えていたので、胃薬で治るのか、も聞いてみました。
 先生は、
「胃薬は、できるだけ飲んで下さい。胃薬で(痛みが)治るか、わかりません。」
 と、部屋を出て行きました。私には、納得がいかなかったのですが、飲むことにしました。
  膵臓は、消化液を作り出し、食べ物を消化・分解する臓器です。私のイメージでは、膵臓から消化液がでなくなったから、食べ物が消化されず、食べると苦しくなったのだろう、と思っていました。でも、その逆でした。
 膵臓が悪化すると、膵酵素が出過ぎて(水が溜まる)、膵臓を消化してしまうのだそうです。そしてその周辺の臓器にまで炎症などが及んでしまうのです。それを治すには、膵臓を休ませるのが一番で、絶食するしかないのです。私の家族には、主治医の先生から、その説明があったそうです。
 通常、お酒を飲み過ぎた人がそういった状態になるそうで、命の危険があるそうです。多くの場合、死ぬのだそうです。私の近所の人の親戚も、それで亡くなったそうです。母の知っている人も、やはり同じだったそうです。
 先生は、私には一言も話してくれませんでしたが、「死にます。」と、家族に言っていたそうです。
「まさか本人には、(死ぬとは)言えんからなあ。」
 と、先生がもらしていたそうです。
 でも、私はそんなこと、ちっとも知らないので、いつかは治るんだろう、もう少しの辛抱だ、と自分を励まして毎日を乗り越えていました。そして、自分がずっと色んな物を食べず、家族に心配や迷惑をかけてきたことを、深々反省しました。
 お腹の真ん中から、固くて痛い物が迫り上がってくる度、
(お母さんは、『地獄なんて無い』と言ったけれど、これが地獄なんだろう。ずっと食べず、お母さんを困らせてきたから、神様がその罪を償ってこい、とこんな痛いことをするんだ。でも、この罰が済んだら、今までより元気にしてくれるはず。)
 と、繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせました。きっといつか治る! と信じていましたが、時々、(本当に治る日がくるのだろうか?)と、不安になる時もありました。一週間が過ぎても治らず、二週間が近付いてきました。
 いつものように主治医の先生がやってきて、
「どんな具合ですか? まだお腹痛い? お腹触りますよ。」
 と、おへその辺りから左二~三箇所を押されました。
「痛くありません。」
 と、答えると、
「でしょう。膵臓の値が下がってきました。」
 と、言い、次の瞬間、
「よし、今日から水、お茶は制限なし。いくら飲んでもよろしい!」
 と、突然に絶食の終わりがやってきたのです。
 この瞬間をどれだけ待ち望んだことでしょう! 嬉しくて嬉しくて、
「ブドウジュースもいいですか? ほんの少しでいいんです。ティッシュに染み込ませたのを口に垂らすだけでも構いません。」
 と、聞きました。先生は少し考え、
「よろしい。がぶ飲みしなければ飲んでよろしい。」
 その言葉を聞いた瞬間、どっと涙が押し寄せてきました。
「あ~ん、あんまり嬉しいから泣いちゃう‼︎」
 大泣きしました。先生は部屋を出て行き、「良かったですね。」と看護師さんが言ってくれました。そして、
「さっそく飲んでみます?」
 と、オレンジジュースをティッシュに含ませて口に絞り入れてくれました。私は、天にも昇る心地でした。
 ところがーー!
 その瞬間は針を飲み込んだようでした。滲みるのなんのって、息が詰まりました。口の中の傷をナイフで刺したようでした。
 水なら滲みないかもしれない、と思い、ストローでコップの水を飲ませてもらいました。
「うううっ!」
 窒息死しそうでした。痛さで息ができないのです。頭の中心が痛くなりました。やっと自由に飲める時がきたのに、たった一口の水が飲めない。
「残酷ねえ。」
 私が洩すと、看護師さんは、何も言わず俯いていました。

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